“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

FC2カウンター

全記事表示リンク

比叡山で修行体験9

今月13日からの2泊3日、比叡山延暦寺の研修道場「居士林」を拠点に参加した修行体験のレポートは、本日分の記事がおそらく本当に最終回になる見込みです。

掲載する写真は、居士林や座禅を体験した西塔地域の本堂「釈迦堂」の建物などを撮った雑観の9枚です。
記事としては、お預けになったままの座禅体験について書くつもりですが、またまたしばしお預けにして、まず写真だけをアップしておくことにします。

BL140913~15比叡山研修・番外7DSCF5453  BL140913~15比叡山研修・番外8DSCF5415  BL140913~15比叡山研修・番外9DSCF5448

アップした写真はまず、修行体験の拠点となった居士林の外観と、玄関の靴だなに並べられた私たちのシューズ。
玄関先で底の土や砂を落としたシューズは下の段から、奥の方から、かかと部分をそろえて入れる決まりとなっていました。

中央の写真で写した細いヒモのような花は、進物に結ぶヒモに似ていることから、その名もミズヒキ。バックにボケて写っているピンクの花は舟を吊るしたように見えるツリフネソウで、いずれもこの時期の秋の花です。

BL140913~15比叡山研修・番外10DSCF5659  BL140913~15比叡山研修・番外11DSCF5566  BL140913~15比叡山研修・番外12DSCF5503

残る3枚の写真は、まず、先に紹介した「大乗戒壇院堂」のわきで撮った杉の大木の根元。
比叡山は植林地の多い山です。学生時代、京都を拠点に毎週のように山を歩いていた私は、より自然な森にあこがれていたことから、ドライブウエーも通る比叡山を、はなから山歩きの対象から除外していましたが、こうして山の中で過ごしてみると、ここの杉木立は人の手で植えられたものとはいえ何百年も守られてきたとあって立派な大木が多く、深山のような雰囲気をかもしてくれていました。

次は前の記事で紹介した「浄土院」の外壁に投影された瓦や木のこずえの影。
この写真では分かりにくいのですが、この外壁には横に5本の線が入っていて、この5本線の入った壁は、そこが天皇と関連のある建物であることを示すしるしなのだそうです。

そして最後の1枚が、すでに何枚かの写真で紹介している西塔地域の本堂「釈迦堂」。私たちが座禅の修行体験をする道場になったところです。

※※※

ようやく写真の説明が釈迦堂まできたところで、宿題になっていた座禅の体験について簡単に振り返ります。
2泊3日の修行体験の研修日程のうち、私たちは初日の夕方に1回と2日目の早朝に1回の計2回、この釈迦堂で座禅を体験しました。初日は10分ほどの練習、2日目はちょっと本格的な30分ほどの座禅の体験となりました。

先にも少し触れたとおり、私はお寺で座禅を組むのは今回が初めてでしたが、学生時代に一時期「禅」に興味を持って、自宅の部屋で独り座禅を組んでみたことが何度もありました。当時、好きだったアメリカの作家・サリンジャーが禅に傾倒していて、彼の難解な作品を読み解くカギの1つが禅にあるなどと聞いたのがきっかけだったと覚えています。

しかし実際には禅について解説する文庫本を買って読み、そこに書かれていた方法に従って、指導する人がないままに座禅を組んでみただけでした。
また、同じ時期から、やはり主に我流でヨガもかなりの間やっていて、最近でも体調がなかなかすぐれなかったり腰痛が出たりするなどして入念なストレッチが必要な場合、それに似ていながらより効果があると思っているヨガの基本的な体位を繰り返すことがあります。

いずれにせよ、過去にやった座禅もヨガも自己流でしたが、それでも足を組むことに慣れていたことなどから、ほかの仲間たちに比べると、今回の座禅の体験には入っていきやすかったものと思っています。

※※※

今回の研修の最終日に未明から山を歩いた回峰行の体験でも、スタート前には入念なストレッチが行われましたが、座禅の際にも、実際に足を組む前後にストレッチなどで体をほぐす運動が行われ、大昔から行われている座禅とはいえ、一般人向けに指導する際には現代的なアレンジがされているものだと感心しました。

足を組む際、本来は両足をそれぞれ反対側の太ももに乗せるのですが、私は、それがつらい場合に勧められた左足だけを右の太ももに乗せる方法で座禅に臨みました。仲間のなかには、それすらつらくて、あぐらの格好で勘弁してもらうメンバーもいましたが、片足だけでも組んだ方が、尻に座布団を敷いたとき両ヒザが下に着きて安定しやすく、背筋も伸びやすくなるため、あぐらはあぐらで姿勢を保つのが難しかったようです。

足を組んだあと、手も親指と他の4本の指を向い合せにして組んだうえ足に乗せて身体に近づけ、目は半開きにして1.5メートルほど先の床をぼんやりと見ます。そうして姿勢が定まり、座禅がスタートすると、その後は一切身動きをすることが許されません。スタートに合わせてお堂の扉は閉められ、広いお堂のなかは、ろうそくの灯りでぼんやりと照らされるだけ。唾を飲み込む音など一切の物音を立てることもNGですので、10人以上が座っていながら自分の周囲はシーンと静まり返り、空気は張りつめた感じになります。

そんななかで、心から一切の想念を取り払い、心を空にするのが座禅の作法ですが、以前に自己流でやったときにも思いましたが、心に浮かぶ思いを次々に取り払おうとしても、また別も思いが次々に浮かび上がってくるもので、眠りに落ちず覚醒したままで心を空にすることなど至難の業です。そこで、今回その第1歩として勧められたのは、自分の呼吸を無心に数えるという方法(「数息観」)でした。

しかし、それはそれで初めは難しさを感じます。といいますのも、初日は組んだ足が早々に痛くなり、呼吸を数えながらも「早く終わらないものか」という思いばかりが頭の中を占めてしまいます。そして、そればかりを考えているうち、いくつまで数えたのかがふとわからなくなり、5つほど戻って数えなおすことになります。また突然、自分の心臓の鼓動が耳に大きく響いてくることもあり、今度はそのことが気になって、呼吸の数を忘れそうになります。

私は高いところも苦手ですが、最も苦手なのは狭いところで、いわゆる閉所恐怖症です。MRIの検査でトンネル状の機器の中に頭を突っ込み、壁が目の前に迫るのが耐えられず、かつてダイビングの体験でかぶりものをしたときも怖くなって海に入るやいなやギブアップしました。以前住んでいたマンションで、エレベーターが故障して夜中、1人ゴンドラに閉じ込められた際には気がおかしくなりそうに心配したほどです。
座禅でも、本当は動けるところを身動き1つしてはならなくなると、ふと狭いところに閉じ込められたような気になって、取り乱しそうになることが心配になりました。

そんな具合で、初回の練習では、ちょうど100を数えたときに終了した座禅が、けっこう苦しいもののように思え、2回目で、その何倍かを座ることに耐えられるかどうか、ちょっと不安になりました。

※※※

しかしながら、夜明け前に起きて臨んだ2回目の座禅では、そうした不安は杞憂だったことが分かりました。
初日の練習の効果があったためか、今回は足を組んでもさほど痛みを感じなくなったことが、一番の理由ですが、その直前まで眠っていて、身体がじっとしていることに慣れていたからかもしれません。

とにかく今度は、お堂のなかのヒンヤリした空気を全身ですがすがしく感じる余裕もできて、静かな心で呼吸を数えることができました。不思議なことに、数えることに集中できると、足の痛みもスッと感じなくなっていることに気づきます。目の盲点を探すテストをするとき、紙の上の真っ黒な点が消えるときと似た感覚です。そして、これも邪念の1つなのでしょうが、背中が丸くなりそうになると、お坊さんたちに気づかれないよう真っ直ぐにただす余裕すらありました。
全員の前に順番に立ったお坊さんが、気持ちを引き締めるために肩を「警策」でたたいてくれるときも、筋肉がほぐされるようで快感を覚えるほどでした。

そんなふうに身体も頭の中も、なんだか清涼な感じで、むしろ気持ちよくさえ思えてきました。
「もう少し座っていても良さそうなくらいだ」とさえ思う気持ちは、楽しく調子よくマラソンを走っていてゴールに近づいたときに感じる気持ちのようでした。そう思ったころ、呼吸を178まで数えたところで2回目の座禅は終了しました。
1回目の3倍に当たる約30分間を座りましたが、むしろ短く感じたくらいで、呼吸数が2倍にも達していないことから、呼吸のスピードもゆったりとしたものになっていたようです。

※※※

何も考えず座ることに集中し、実際にはつらいはずの組んだ足の痛みも忘れるという体験は、無心に走ったり自転車をこいだりして、調子が乗ってきたときの感覚を思わせるものでした。
実を言えば、かつて自己流ながら座禅を少しばかりかじっていた私は、これまでも走ったりこいだりすることを一種の動きながらの禅だと思っていました。

独りで走っていると、家や職場で何かをしているときに比べて、いろんな思いや考えが頭のなかに浮かんでくるものです。それはときに、思いもよらなかったグッドアイデアであることもあり、おそらくそれは、身体を動かして脳の中の血の巡りも良くなるためなのだろうと思われます。また、走ることに集中して、座禅で目指す状態のように頭の中が空っぽになることもあるため、そこに想念が噴出してくるのかもしれません。

どちらにせよ、特に山の中を無心に走っているときなど、足のつらさなどまったく感じないばかりか、時間の経過さえも忘れてしまうことがあるものです。
実のところ、仏教で言われる「生老病死」といった人間の苦しみも、取り払うべきだとされる人間の煩悩といったものも、物ごとに対する無意味なこだわりも、すべては人には逆らうことができない時間の流れというものが原因なのではないかと思えます。

こうした思いは、今読んでいる般若心経の解説本などの内容の受け売り的な部分もありますが、要するに過去のことを悔やんだり、病に侵されたり老いたりして死を迎えることを怖がったりすることは、人間にとっては、とらえることができない時間というものを、実態のあるものだと思い込んでいるからなのではないのかということです。
うまく言えませんが、過去のことは既に消え去っているわけですし、将来のことは、なるようにしかならないわけで、そう腹をくくって、今を一所懸命に生きることが、やはり唯一、一番大事なことなのだと思うわけです。

そして、時間やそれによってもたらされる様々なこだわりなどを一時的にでも消して忘れるには、走ることや座禅をすることは、けっこう良い手段なのではないでしょうか。まあ私としては、沈思黙考(あるいは頭を空っぽにして座る)よりは身体を動かす方が性に合っているようですので、これからも座禅の代わりという意味も込めて走ったりペダルをこいだりしようと思いますが、時間があれば、たまには座禅やヨガも生活に取り入れることができればなお良いのでしょう。

スポンサーサイト

比叡山で修行体験8

比叡山延暦寺で駆けっこ仲間らと参加した修行体験の研修は、昨日分の記事まででレポートをひとまず終えたつもりでしたが、手元に残っていた雑観の写真12枚を本日から2回に分けて掲載します。

書き殴りに近かったものの、久々に長文の記事を連日書いて、回峰行体験の終盤のようにちょっと息切れをしてしまったところですので、息抜きを兼ねての写真掲載といったところです。
本日分の写真のなかには、宿題として持ち帰りながらいまだに完成していない般若心経の写経や、延暦寺の山内巡回の際には割愛することになった伝教大師(最澄)の御廟所がある「浄土院」の様子などが含まれています。

BL140913~15比叡山研修・番外1DSCF5403  BL140913~15比叡山研修・番外2DSCF5410  BL140913~15比叡山研修・番外3DSCF5463

アップした写真の1枚目は、初日に延暦寺バスセンターから居士林に向かう途中、建物わきに積まれていた丸太。
そのわきには伐採した丸太が切断される途中で置かれていて、積まれていた短い丸太は、まきに使われるものとみられました。

その次のシソ科の花は、やはり居士林に向かう途中で道のわきに咲いていたオオマルバノテンニンソウ。通り過ぎても振り返るほどきれいだという意味を込めてミカエリソウとも呼ばれているそうですが、写真に撮った花は大味な感じで、シソに似た葉は虫に食われていました。

続く写真は既に紹介した、私が途中まで書いた般若心経の写経です。その後、般若心経の意味を知りたいと思って解説本を読み、短い教典に込められた奥深い意味に感心しているところですが、宿題として持ち帰った写経の紙に続きを書く作業は、まだ終えていません。

BL140913~15比叡山研修・番外4DSCF5557  BL140913~15比叡山研修・番外5DSCF5407  BL140913~15比叡山研修・番外6DSCF5565

続く写真はまず、2日目の山内巡回の帰りに撮った仲間たちの後ろ姿。
東京夢舞いマラソンのスタッフ用につくられたオレンジのTシャツと、斜めにさす日の光に輝くカエデの葉のコントラストが美しく見えました。

そして残る2枚が浄土院の様子です。
この浄土院は、伝教大師(最澄)が亡くなったあと、弟子の慈覚大師がその亡きがらを安置した場所。今でも、12年間も俗世から離れて比叡山にこもる「十二年籠山」の修行をしているお坊さんが、伝教大師が生きているかのように仕えながら寝泊まりしているということです。

籠山中のお坊さんは、浄土院を雑草の1本も生えないくらいに日々とことん掃除することになっていて、ここでの修行は「掃除地獄」とも呼ばれているそうです。私たちが世話になった現在の居士林の所長さんは、この「十二年籠山」を終えられたということでした。

比叡山で修行体験7

今月13日から2泊3日の日程で駆けっこ仲間らと一緒に参加した比叡山延暦寺での修行体験のレポートは、7回目となる本日分の記事がひとまずの最終回です。

今回紹介する写真も前回に続き、未明から山の中を歩く回峰行の体験の際に撮ったものですが、今回は夜明けから朝にかけての9枚となります。実のところ今の時点では、前回の記事も写真の説明などが途中までしか書き終えていませんが、今回もまたとりあえず写真のみをアップしておくことにします。

BL140915比叡山回峰行体験2-1DSCF5632  BL140915比叡山回峰行体験2-2DSCF5626  BL140915比叡山回峰行体験2-3DSCF5634

真夜中のエイドステーションとなった横川の四季講堂をあとにすると、かつて瀬戸内寂聴さんも研修を受けられたという「比叡山行院」の前を通り、コースは林道として開かれたとみられる広い歩道をたどり、次第に下り基調となりながら麓の坂本に向かっていきます。
ときおり坂本の街など琵琶湖西岸地域の夜景を樹林の間から望めますが、気が付くと空全体が次第に薄っすらと白み始め、足元を照らすライトの輪郭も薄れていきました。

下りの勾配が次第に急になり、道が何度もつづら折れを繰り返したあと、次なる休憩地点となった日吉大社の奥宮に達し、ここで私たちは夜明けを迎えました。この奥宮は、京都・清水寺の舞台と同じく急斜面に足場を組んで建てられた「懸け造り(舞台造り)」の建物で、ここから見下ろす琵琶湖の眺めは、まさに絶景。

その立派な舞台が見えたころ、琵琶湖の向こう岸の空が見事に赤く焼けました。朝焼けの色はカーマインというか、紅色がかった見事な色です。仲間たちは夜が明けて麓が近付き、ほっとしたこともあってか「きれいねえ」などと声を出して、次々にカメラやスマホを取り出して朝焼けの空に向けていました。

すると、休憩タイムに入った直後に後方からついてきてくれていた研修担当のお坊さんから厳しい一喝が入りました。
「あなた方は何なんですか!記録写真ならいいですけど、景色がきれいだからといって写真を撮っているんじゃ、ハイキングと同じじゃないですか!そんなんじゃ、私たちと一緒に来ている意味がありません!」

百日回峰行を経験している先導のお坊さんも「見たことがない」と言われていたというほどの見事な朝焼けを前に、暗やみでの修行モードから現実世界に戻ってきたような気分になり、私たちに気の緩みがあったのは事実のようで、この一喝によって、ちょっと気まずい空気が流れるとともに、緊張感も戻ったようです。
ただ、「記録写真係」としてカメラを出すことが許されていた私も、なんだか申し訳ないような気持ちになって、このあといっそう写真が撮りづらくなったことも事実です。

とはいうものの、この見事な空の色を写しとめないわけにはいかず、私は、場所を移動して舞台を入れるなどアングルを工夫することも、ストロボを光らせて仲間の様子を浮かび上がらせることもできないまま、露出だけには気をつけて何度かこっそりとシャッターを切りました。
結局のところ、そんな具合に浮ついた気持ちを抑えきれない私などに対し、真剣に向き合ってくれていたお坊さんには、申し訳ないと思うと同時に感謝の気持ちもわいてきます。

そんなことがあって気を引き締めなおした私たちですが、すっかり明るくなって山を下り、俗世に戻ってきてしまっては、修行を体験しているという意識が薄れていくのも仕方ありません。
延暦寺の「護法神」とされる日吉大社の境内を過ぎて、ゆるやかな坂道沿いに数多くの寺が並ぶ坂本の街に入ると、朝の散歩を楽しむ地元の人たちと次々とすれ違い、私たちは「おはようございます!」と声を張り上げながら、パンの軽食が用意されているという寺の「滋賀院」を目指しました。

滋賀院では、地元のパン屋さんから1人2つずつの美味しい菓子パンが届いていて、私たちは用意されていたゴザを広げていただきました。
延暦寺の精進料理は、動物由来のダシも使われていないということで厳格なベジタリアンと同じでしたが、パンは精進料理とはいえなさそう。また一緒に出された飲み物には牛乳もまじっていましたが、それはそれとして、私たちは再びピクニック気分に戻っていたようです。

BL140915比叡山回峰行体験2-4DSCF5636  BL140915比叡山回峰行体験2-5DSCF5635  BL140915比叡山回峰行体験2-6DSCF5637

滋賀院でパンをいただきながら空を見上げると、まるでメロンパンのような雲が頭上に広がっています。
でも、先ほどの朝焼けが、ほんの数分の間に色あせてしまったのと同じく、このメロンパンの雲もまた、見る見る向こうに流れて消えていきました。
「色即是空(形のあるものは、すべて空しい=実態がない)」
修行体験中に何度も唱えた般若心経の言葉が浮かんでくるようでした。

町に下りて、おなかの減りもおさまり、すっかり俗世のモードに戻った私たちは、なんだかゴールをしたような気分になっていました。しかし回峰行のコースはまだ3分の1ほどが残っていて、標高差500メートルほどの山道を一気に登りなおすこのあとの終盤こそが、コースで最も厳しい部分になります。

どんどん急になるアスファルトの坂道が途切れ、いよいよ山道に入るところで、先導役のお坊さんが言われました。
「ここからは本当の修行の一端を体験してもらうために、修行よりも少し速いぐらいのペースで行きます。着いてこれる人だけ着いてきてください。できない人は自分のペースで。後ろの指導員が一緒に行きますから」

そう言うやいなや、スラリとした体形のお坊さんは背中を見せ、黒いランニングシューズで地面を蹴って早歩きを始めました。山道で小走りするよりも速いぐらいのピッチで、短い距離のトレランレースを思わせるようなスピード。いきなりスイッチが入ったという感じで、ちょっと面食らったほどでした。
しかし、このいわば「挑戦状」は、私たちがランニングサークルの一行だと知ったうえでのサービスのようなものでしょうから、いきなり全員が脱落してしまっては申し訳ありません。私は、同年代の仲間2人と一緒に、着いて行けるところまで着いて行くしかないと思って、お坊さんの背中を追いかけました。

心拍数は跳ね上がって心臓の打つ音が頭に響きます。息もいきなり上がって、ときおり大きな呼吸を挟まなければならないほどです。「これはただごとじゃない」と焦るものの、ただ着いていくほかありません。カーブを切ってわずかに傾斜が緩くなっても、お坊さんの足はギアチェンジをするかのように速まるだけで、こちらに一息つく余裕を与えてくれません。

気が付くと、一緒にいたはずの仲間は後退してしまって、背後に人の気配はなくなり、まさにハシゴを外された状態です。
息は荒くなったままですが、こうなったら観念するしかなく、私は、苦しいときに重要な息を吐き出すことだけに集中して、お坊さんのあとを追いました。すると不思議なことに足は動き続けました。
このところの私はトレイルはおろかランニングさえもほとんどできていませんが、職場まで片道25キロをロードバイクをこいで通勤する際、見知らぬ自転車乗りの人にあおられてバトルをするなど強度を上げた練習をしていたことが功を奏したようです。4年前に完走を果たすまで富士登山競争とその練習に明け暮れたときの記憶が身体に残っていたのかもしれません。

「ちょっと走りましょうか」
斜面が緩やかになったところで、お坊さんは僧衣をひるがえし、飛んでいくようにダッシュされましたが、こちらもすっかりスイッチが入っていたようで、気持ちよく着いていくことができました。

BL140915比叡山回峰行体験2-7DSCF5646  BL140915比叡山回峰行体験2-8DSCF5643  BL140915比叡山回峰行体験2-9DSCF5644

前日行われた比叡山の山内巡回の際、指導員の赤松さんにたずねたのを思い出しました。
「回峰行はトレーニングとしても大変な量ですから、足も速くなるはずでしょうが、そのあとにマラソン大会に出る方はいらっしゃらないのでしょうか?」
周囲の仲間たちからは「そんな失礼なことを聞いて大丈夫?」と言うような視線を感じましたが、赤松さんは柔和な口調のままで答えてくれました。
「回峰行をしてからマラソンを始めた人はいませんが、元々走っていた人は1人いらっしゃいました」
まさにその元ランナーのお坊さんこそが、この「無動寺谷」の難所を駆け上がるご本人だったのです。

「ああ、久々にいいトレーニングになりました。今のは普通の回峰行者の2倍ぐらいのスピードでしょうか。着いてくることができた方は初めてですよ」
ひとまずのゴールとなった明王堂で、こうおっしゃってくれたお坊さんのアベさんは、高校まで駅伝選手で、その後に始めたマラソンでは2時間42分まで記録を伸ばされた元エリート市民ランナー。百日回峰行の経験者で、最近まで居士林の指導員を務めてられました。住職をしている埼玉の寺から、たまたま別の用事で比叡山に来ていたところ、私たちが研修しているからと回峰行体験の先導を急きょ頼まれたということでした。

再びお茶が用意されていた最後のエイドステーションである、この明王堂に後続の仲間が到着したのは、早くて5分後、最後は30分以上もたってからでした。しかし私は同じ歳だというアベさんと、なんだか打ち解けあって、すがすがしい気持ちで仲間たちを待つことができました。

当初は少し生ぬるいようにも感じていた回峰行体験でしたが、こうして「比叡山のエース」とでも言うべきアベさんと出会うことができたうえ、その肩を借りることもでき、修行体験の締めくくりとしてスペシャルで充実感が残る経験となりました。

ちなみに、この明王堂こそが、実際の回峰行者の修行の拠点であり、回峰行のコースのスタート・ゴール地点だということです。
千日回峰行の行者が、修行のクライマックスとなる9日間の無補給・睡眠で過ごすという「堂入り」の舞台であり、その間に行者が仏さまにささげるために汲む「浄水」も、近くにわいていました。

比叡山で修行体験6

比叡山延暦寺で参加した修行体験の研修は今月13日から2泊3日で行われ、あれよあれよという間に、それから1週間がたとうとしていますが、体験のレポートの方は実際の日数よりも多く本日分の記事が6回目となります。

今回と一応の最終回となる次回は、お伝えしていたとおり、研修のメーンイベントとなった山中を巡る3日目の「回峰行」体験の写真を紹介します。とはいうものの、行程の半ばまでは暗い夜の間ですし、2日目の山内巡回とは違って、厳格な修行体験の一部ですから、みだりに写真を撮ることははばかられ、アップできるのは今回も次回も9枚ずつです。

今回は夜明け前までに撮った写真ばかりですが、記事を見てくれている参加メンバーも少なくないようですので、前回と同じくまずは取り急ぎ写真をアップすることにします。

BL140915比叡山回峰行体験1-1DSCF5588  BL140915比叡山回峰行体験1-2DSCF5584  BL140915比叡山回峰行体験1-3DSCF5589

延暦寺で最も厳しいとされる「百日回峰行」「千日回峰行」は、比叡山の山中を中心とした約30キロ(実際には約20キロ)を連日歩く修行です。
そのうち千日回峰行は、毎年3月28日から100日間を3年間歩いたあと3年間は200日を歩き、終了する「満行」までは7年間を要します。さらに700日を達成したときには9日間お堂にこもって飲まず食わず、眠っても横になってもいけないという「堂入り」の行も加わり、とても人間業とは思えない荒行に思えます。

私たちの回峰行体験は、その実際の修行で歩かれるコースをほぼたどるもので、研修の拠点となった居士林を起点に尾根伝いを北に向かって比叡山の3つの地域の1つ「横川(よかわ)」を訪ね、そこから南東に向かって琵琶湖岸にある麓の町・坂本まで下ったあと、再び山道を登り返しました。
前半までの山の中は夜明け前に歩くことになりますが、そこまではコースはドライブウエーに沿ったハイキングコースや林道のような幅の広い道でがほとんどで、勾配がやや厳しくなる山道は明るくなってからの後半になるため、山慣れた者にとっては、きついものではありません。

そのため、中学生時代から山が好きで、夜明け前や日暮れ後の山道も数えきれないほど歩き、夜通し走る日本山岳耐久レース(ハセツネカップ)や萩往還マラニックも経験している私は、この1日だけの回峰行体験には、さほど緊張することもなく臨むことができました。

午前1時半に起床して居士林の前に集合した私たちは、座禅の道場ともなった西塔地域の本堂である釈迦堂まで移動しました(中央、左)。
そこで般若心経を唱えたあと、引率のお坊さんに従って準備運動のストレッチをしました(右)。
そういえば座禅の前後にもストレッチをさせてもらっていました。回峰行や座禅とはいえ身体を使う修行ですから、いわば現代的なストレッチを組み入れるのはミスマッチにも見えますが、理にかなっていると思えます。

BL140915比叡山回峰行体験1-4DSCF5608  BL140915比叡山回峰行体験1-5DSCF5594  BL140915比叡山回峰行体験1-6DSCF5601

回峰行の行者は白装束にわらじ履きで、かつては中にろうそくをともした提灯を下げていたということですが、私たちはとれランやハイキングの格好でトレランシューズやトレッキングシューズを履き、ヘッドライトやコンパクトな懐中電灯で足元を照らしながら、1列になって夜の山道に繰り出しました。

私はトレランの格好で、いつもと同じくヘッドライトと非常に高性能な懐中電灯の二刀流でしたが、1人で走るときと違って前に仲間がいて、明るい懐中電灯をともすと前の仲間のウエアに反射してまぶしくなるため、急な下りなどで足元がおぼつかないところ以外ではヘッドライトのみで歩きました。
そもそもコースのほとんどは良く踏まれたハイキングコースなうえ、わずかながら月明かりもありましたので、薄暗いヘッドライトでも十分です。むしろ前方の仲間が明るいライトで地面を照らしていると眩惑されて、足元が見えにくくなりました。

私は大学時代、比叡山に近い大文字山の大の字の部分まで、夕暮れの京都の大展望と夜景を見るため缶ビールを持って出かけることが良くありましたが、そのときから暗い中でも人間は意外と安全に歩けるものだということを実感しています。それは歩き慣れたところに限らず、山道をつけたのが同じ感覚を持つ人間だから、次にどんなふうにカーブするかなどを体で予測できるからだと思え、また暗い中では視覚を超えた知られざる感覚が研ぎ澄まされるからだとも思えています。そして今回も、そうした考えが、あながち間違いではなさそうだと思いながら、薄暗い地面を1歩ずつ踏みしめていきました。

標高600メートルを超える延暦寺の境内では、朝夕は冷え込むように感じていましたが、回峰行体験に出たこの夜は風もなくて意外にも肌寒さを感じず、下は薄手のタイツとランパン、上はTシャツとアームウオーマーというウエアで快適でした。いつもは山道を走ったり早歩きしたりしているため、息が上がってしまうこともありません。
高校時代、学校が合宿所として借りていた紀伊半島の山あいの小学校跡でワンゲル部の追い出し合宿を開き、友人と2人で夜行列車を降りた海岸の駅から、夜通し歩いたのを思い出しました。そのときもやはり風ひとつなく、疲れも感じないまま、いつまでも歩いていられるように感じたからです。

私語は慎むことになっていたため、自分や仲間が地面を踏む音だけが聞こえてきます。またときおり、先導してくれたお坊さんが立ち止まって小声でお経を唱えられ、その度に数珠を素早くすり合わせる「ジャッ」という音が響きます。お経の言葉はわかりませんが、私たちもそれに習って一瞬立ち止まり、手を合わせます。
実際の修行では、基本コースの約20キロを歩く間に、寺のお堂や、ご廟所、石仏のほか自然の物に対しても約600カ所で立ち止まって礼拝をすることになっているのです。

アップした写真のうち仲間がヘッドランプを歩いてくる様子と、杉木立のこずえの間から、まだらな雲越しに見える月は、京都市内を遠くに見下ろす尾根の上で撮ったもので、この場所は京都御所を望みながら天皇や国の安泰を祈って礼拝するポイントだということでした。
「南都六宗」と言われて大きな勢力を誇った奈良時代の小乗仏教の各派に対抗する形で、平安時代に伝来して比叡山で開かれた大乗仏教の天台宗は、当初から京都の天皇の後ろ盾を得ていたこともあって、今日まで皇室とのつながりが深く、麓にある日吉大社など神道の神社とも良好な関係を保っているもようです。

京都の街を望むポイントを過ぎてしばらく行ったところで、先導のお坊さんがこう言われました。
「ここからは魑魅魍魎(ちみもうりょう)が多く出るところです。過去に犯した罪を思い浮かべながら歩いてください」
私はたんに「野生生物をよく見かけるという意味なんだろうなあ」と思っていましたが、「過去に犯した罪」が、どうしても頭にひっかかります。結局のところ、学生時代のことをあれこれと思い出したように、「あのとき、あの人には悪いことをした」「あのときは、こうすべきだった」などと、心にひっかかっていた事どもが次々に脳裏をよぎりました。
視覚から入る情報が遮断された暗やみのなかを人と話もせず無心に歩くと、真空になっていく心のすき間に、印象的な過去の記憶が噴出してくるようです。「罪を思い浮かべて」という言葉が、ちょうどその引き金になったのだろうと思われます。

ともあれ、私たちはそんなふうに歩き続けました。
ふと思い出して、腕時計のわきのボタンを押して文字盤のイルミネーションをつけるたび、そこに現れる時刻のデジタル表示は確実に進んでいました。
そしてほどなく比叡山の奥ノ院ともいえる横川の地域に入り、落雷で焼けたあとにコンクリートで再建されたという、地域の本堂、横川中堂に着きましたが、ここは真っ暗で写真はありません。もう1枚の写真は、そこから少し下ったところで、私たちのために暖かいお茶が用意されていた四季講堂(元三大師堂)の門前で、明るい蛍光灯に照らされていたカエデの葉を撮ったものです(左)。

BL140915比叡山回峰行体験1-7DSCF5614  BL140915比叡山回峰行体験1-8DSCF5616  BL140915比叡山回峰行体験1-9DSCF5611

四季講堂の門の下に出された小さなテーブルには、プッシュ式のポット2つと湯呑の入ったトレイが置かれていて、湯呑に注いだ熱いお茶をいただくと、ほっとして我に返るような気分になれました。
「修行体験には飲食物の持ち込みは禁止」と言われながら、私は「万が一はぐれたら自己責任でサバイバルするため」と思って、こっそりペットボトルに居士林からお茶を入れて持っていたほか、シリアルバーも小型のバックパックにしのばせていましたが、こうした「エイド」があったことから、それらを取り出すことは1度もありませんでした。

引率のお坊さんたちは、薄暗い明かりがともっていたお堂の中に入られたようで、私たちはしばらくの休憩時間のあいだ、小声で話をしたり記念写真を撮りあったりしました。
空を見上げると、月にかかっていたまだら状の雲はいつしか消えていましたが、うっすらとしたもやはかかったままでした。

比叡山で修行体験5

比叡山延暦寺での修行体験のレポートは本日分の記事が5回目です。

今回は、昨日に続いて研修2日目の午後に延暦寺の「山内巡拝」をした際の写真9枚を紹介します。延暦寺全体の本堂ともいえる「根本中堂」や、根本中堂のある東塔(とうどう)の地域で撮ったものです。
とはいうものの、根本中堂はお堂の中が撮影禁止となっていたため、その荘厳な雰囲気をお伝えできないのが残念なのですが。

今回も、とりあえず写真のみをアップして、それらの説明などはのちほど加えることにします。

BL140914比叡山研修・山内2-1DSCF5524  BL140914比叡山研修・山内2-2DSCF5544  BL140914比叡山研修・山内2-3DSCF5521

ということで、またまた写真の掲載から1日遅れで、その説明などを書くことにします。

といいましても、そのほとんどは山の上に広がる東塔、西塔、横川(よかわ)の3つの地域にまたがり、「三塔十六谷」といわれる比叡山延暦寺の「総本堂」とされる仏堂、根本中堂の写真です。しかし、先にも書いたとおり、このお堂の内部は「撮影禁止」となっていたため、紹介できるのは屋外から撮ったもののみです。

修行体験の1日目、延暦寺バスセンターでバスを降りて西塔にある研修道場「居士林」に向かった私たちは、根本中堂の隣にある大講堂のわきを通ったものの、根本中堂は通り道の奥にあったため見ることができませんでした。
私は、それなりに大きな大講堂のことを、てっきり根本中堂だと勘違いしていましたが、2日目の山内巡拝でそのことに気づき、さらに大きな根本中堂の姿に驚きました。

1642年に完成したという根本中堂は延暦寺のなかでも最大の建築物で、幅は約45メートル、高さと奥行きは約25メートルに達し、内部には、周囲よりも一段低くなった石畳の中央部分に石の壇が築かれ、その上に設けられた厨子(ずし)に本尊の薬師如来像などが安置されています。
その前には延暦寺の創建以来、ずっと灯っているいるという「消えずの御灯明(みあかし)」と呼ばれる3つの灯明が並んでいて、周囲はその光だけでほのかに照らされています。

黒や朱色の漆に塗られ、極彩色の天井版に飾られているはずのお堂の内部ですが、薄暗いうえに灯明のすすで覆われているためか、奥深く森厳な雰囲気です。
何世紀にもわたって数えきれないほどの人々が参拝に訪れ、その人々から寄せられた信仰の心が積み重なったことによってかもされる霊気のようなものを感じます。

山内巡拝に続いて行われた居士林の所長さんの法話のなかで、「悟り」の境地に近づくための手立てとして、修行などとともに「世界各地の著名な霊地を訪れて、その霊気に触れること」といったことが挙げられていましたが、根本中堂に足を踏み入れたときに感じた身体全体に浸透してくるような「気」は、その法話の内容を体感させてくれるようでした。

と、写真の説明ではなく、写っていないながら、その先にあったもののことを書きましたが、まずアップした写真は根本中堂の内部に出入りする際に撮った2枚と、外に出て正面にある急な石段を登った際、木々のこずえ越しに見た根本中堂の様子です。
(といっても、それは背景になっていて、手前に写ってくれたのは仲間の、お富さんとマツカヨさんですが。)

BL140914比叡山研修・山内2-4DSCF5529  BL140914比叡山研修・山内2-5DSCF5537  BL140914比叡山研修・山内2-6DSCF5541

続く3枚の写真も根本中堂の前で撮ったもの。建物から外に出たところで撮ると、コの字型の回廊にさえぎられてお堂そのものはよく見えませんが、向かい側にある急な石段を上って振り返ると、巨大な根本中堂の全容が見えてきます。

BL140914比叡山研修・山内2-7DSCF5545  BL140914比叡山研修・山内2-8DSCF5560  BL140914比叡山研修・山内2-9DSCF5550

根本中堂の向かい側にある急で高い石段を上ったところには、2階建ての門のような「文殊楼」があります。私たちは根本中堂のわきから来て石段を上りましたが、この文殊楼をくぐって石段を下りていくのが本来の参拝ルートだということです。
文殊楼の中に入ると、ほとんどハシゴと同じくらいの極めて急角度な階段が左右にあって、2階部分までぐるりと回ってくることができます。仲間たちがVサインをしているのは、その階段を上りきったところです。

東塔地域にある3つの主な建物のうち、根本中堂、大講堂に続くもう1つは「阿弥陀堂」(中央)。
その左側には、まさに「東塔」と名付けられた2層の塔が建てられていますが、アップした写真には写っていません。

山内巡回では、こうして延暦寺の3地域のうち東塔と西塔を巡ったのですが、東塔から約1キロの西塔から、さらに山の尾根伝いに3キロほど行ったところにある、もう1つの地域、横川は3日目の未明から始まった回峰行の体験で訪れる予定だったことから、取り置きとなりました。

今回の修行体験のメーンイベントともいえる、その回峰行体験につきましては、明日分の記事から2回に分けてレポートする予定です。