“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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町の祭り&アートの祭り

昨日に引き続き本日も、名古屋市中心部にある長者町繊維街の「えびす祭り」と、長者町を舞台に開かれている現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2010」がシンクロして盛り上がっているというネタです。

とはいうもの、昨日は長者町でアート作品の山車が練り歩いた話題を取材するなど2カ所の現場を回ったことなどから、休みをいただいた本日の私はグロッキー気味。
午前中に再びあった山車の練り歩きは見に行けず、その様子は昨日紹介した動画で、ご勘弁いただきます。

それでも、このところ縁があって何度も出かけている長者町とトリエンナーレが一緒に盛り上がる様子を、もういちど見届けたいという思いに駆られ、昼下がりのブランチをかき込んで自転車を飛ばしました。
向かった先は、山車の制作や数々のパフォーミングアートが「荷さばき場」で行われてきた空きビルの前。
先日、関係者の飲み会におじゃました際に会ったアート作家の村田峰紀さんから案内メールをもらっていた「パフォーマンス」を見るためです。

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さて、パフォーマンスの開始予定時刻だった午後3時を5分ほど過ぎて長者町の空きビル前に着くと、山車の前で集まった観客らに背を向けて立っているのが村田さんでした(中央)。

鬼気迫るような身のこなしで体をくねらせながら村田さんが披露していたのは、自ら身に着けた白いシャツをカンバスにして、色とりどりのマーカーで絵を描くパフォーマンス(左)。
村田さんは、背中や脇が「かゆくて仕方がない」といった感じで両手を激しく動かし、ひとしきり線を描くたびにマーカーを足下に落としてポケットから新たなマーカーを取り出し、また描き始めます。

そんなふうに20分ほどしてようやく完成した絵は、村田さんの手が届くところに、いろんな色の線が幾重にも描きなぐられていました(右)。
私と同じぐらい長身の村田さんは、私と同じかそれ以上に体がかたいのか、かゆくても手が届かない背中の中央は、白いシャツの生地がそのまま残されていたのが、ちょっとご愛嬌でした。

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空きビルから100メートルほどの角にある建物は長者町繊維卸会館。
会館の空き室が並ぶ2階は、丸ごとトリエンナーレの展示スペースになっています。
ここは戦後、長者町が「日本三大繊維街」としてにぎわったころに、わずかのスペースを足場に商売を始めた若者たちが出世を夢見て日夜働いた場所だそうですが、今はその1室で、やはり成功を夢見る若手作家らによるアートの競作も行われています。

私が9月初めに長者町を訪れたときは、展示スペースは閑散としていましたが、今や週末ごとに何10分もの待ち時間が必要なほど見学者が殺到しています。
その会館の角では、安売りのバッグを山積みにした業者のおじさまが、列をなして入場を待つ見学者の横で手をたたきながら「いらっしゃい、いらっしゃい!」と威勢の良い声を出してられました(右)。

元々は問屋街である長者町では、不況からの巻き返しを図る業者の多くが小売りも始めていて、えびす祭りでは、そんな業者が軒並み店頭でバーゲンをしています。
私は初め、にこにこと笑いながら手をたたくおじさまを遠巻きに撮っていたものの、どうしても正面からお顔を撮したくて「撮らせてくださいね」と頼んだのですが、その途端、おじさまの表情は固くなります。
でも「さっきみたいに手をたたいてください」とさらに頼むと、満面の笑顔が戻りました。

そのそばで道案内をしているボランティアの美女も、やはり明るく楽しそうな表情(左)。
古い看板や、行き交う人たちを背景に、やはり真正面から撮らせていただきました。

えびす祭りの最終日となった本日は、出店などの営業が午後4時までで、私はゆっくりと見て回る時間がありませんでしたが、降り出した雨にもかかわらず、ぎりぎりまで通りは多くの人でにぎわっていました(中央)。

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引っ越し荷物がまだ片付いていない私は、不要な物を新たに家に持ち込むのは避けたいと思っていますが、お祭りに来て、ちょっとしたお土産を買うのは、祭りに参加する手立てのようなもの。
写真を撮らせてもらう代わりにという意味も兼ね、つい買ってしまった物の1つは招き猫や干支などを描いた風呂敷(左)。
老舗の繊維業者が多い長間町では、和服やその生地、和装用の小物などが多く売られているのです。

そしてさらに買ってしまったのは「長者町カルタ」(右)。
美女たちの笑顔に抗することができなかったためでもありますが、これを買ったわけは他にもあります。
地元のカルタというのは、地元で有名な事物やうんちくが詰まっていて、新しく暮らす土地を知るには、この上ない参考書になるからです。

私は、会社の初任地である群馬県では、早々に地元の「上毛かるた」を購入して、とても勉強になり、そこに書かれた文句は今でもほとんどそらで言えるほどです。
町おこしの一環として地域の若者たちがつくったという長者町カルタは、文句が散文調であるためにゴロが、いまひとつで、覚えやすくはなさそうですが、その内容には地元に対する愛情が詰まっている感じがしました。

昨夜コンサートが行われていた特設舞台のある駐車場の前を通ると、祭りの閉会式が終わるところでした。
最後の最後に大道芸人が芸を披露すると聞いて近づいてみると、いきなり炎を吹き出す驚きの芸が行われ、間近で見ることができました(中央)。

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祭りの夜

走りを楽しむ「ファンラン」の祭り、「東京夢舞いマラソン」を終えて、既におよそ2週間。
私は名古屋での生活や仕事の日常に戻っているのですが名古屋市内で8月から開かれている現代アートの「あいちトリエンナーレ2010」は今月31日の閉幕が近づき、クライマックスを迎えています。

本日は「都市の祝祭」を掲げるトリエンナーレの目玉とも言える町中のメーン会場「長者町繊維街」で、地元の祭り「えびす祭り」が開かれて、アートの祭りと伝統ある町の祭りが1つになって盛り上がりました。
長者町は、かつて「日本三大繊維街」の1つに数えられる繊維問屋街として栄えたものの、1990年代から繊維不況の波を受けて多くの業者が撤退。
10年前から始まった、えびす祭りは新たな町おこしの起爆剤として始まったもので、今回のトリエンナーレの受け入れもまた、町おこしの一環とも言えます。

そうしたことから、今年は、えびす祭りの開催が1カ月繰り上げられてトリエンナーレとタイアップ。
本日午後には、出品作として制作された山車が、町を練り歩きました。
本来なら、その写真を紹介したいところですが、その動画と写真の取材は会社の仕事として行いましたので、ご興味のある方は会社関連のウェブサイトなどで、ご覧ください(映像は私が撮影したものです)。
http://www.47news.jp/movie/general_topics/post_1325/

というわけで、本日ご紹介するのは、その長者町で昨夜と今夜、撮影した「祭りの夜」の写真です。

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左の写真は、長者町通りの1本西側の通りの空き地に面したビルの壁面をスクリーンにして映し出されてた映像作品の様子。
夜にならなければ見えないこともあり、私は昨夜、仕事帰りに通りがかるまで気づきませんでした。

右の写真は、今夜の仕事帰り、駐車場に特設舞台をつくって行われていた、えびす祭りのコンサートの様子。
「これが、長者町おじさんバンドです」と、顔見知りの繊維業者の方が耳打ちしてくれたバンドのメンバーらは、どうやら私と同年代のもよう。
遠くまで響き渡る歌声は、パワフルで若々しかったです。

コンサートは終わりかけていたのですが、夕食をとっていなかった私は、ビール片手にすっかり出来上がっている観客の皆さんに溶け込むことができず、あと2、3曲を残して退散。
自転車でしばらく走って振り返ると、長者町の外れにある空き地から、クレーンを使ってつり上げられた「愛=あいち」の電光のオブジェが空に輝いていました。

えびす祭りは、もう1日続きますが、祭りの夜がもう1日過ぎると、また、いつもの日々が戻って来ます。
2カ月余りにわたったトリエンナーレもまた、あと1週間で閉幕して、華やかな祝祭は記憶に変わります。
「トリエンナーレを受け入れても、それで町が変わるわけではない」と担当の学芸員は冷静に話します。
でも、しばらくの間でも、日常を離れて浮き上がる夢を見た人々の心は、日常を変えていく力をたくわえているはずだと思います。

そういえば、名古屋では今、もう1つの祭りともいえる生物多様性会議(COP10)が開催中です。
本日午前には、こちらでも、知人が絡むネタで映像取材をする機会に恵まれました。
これもまた、ランニングやマラソンとは、直接のかかわりはありませんが、よろしければご覧ください。
http://www.47news.jp/movie/general_national/post_1324/

創る・遊ぶ・つながる

体育会系のこのブログですが、このところグルメやアートのネタを連発して「脱線」ばかりが続いています。
でも秋はスポーツの秋であるばかりか、食欲の秋でもあり芸術の秋でもあるということで、ご勘弁ください。
そこで本日もまた、名古屋を舞台にした現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2010」のネタです。

これまでに2度ご紹介した「長者町繊維街」のエリアで、参加型のおもしろいイベントがあると聞いていましたので、ようやくパンクを修理したクロスバイク(自転車)を駆って出かけてみました。

そのイベントのタイトルは「タスク・パーティ」。
ドイツ生まれ、ニューヨーク在住のアート作家オリバー・ヘリングさんが仕掛けたものです。
ヘリングさんは「都市に生きる見知らぬ人たちとの即興的なコラボレーションを軸にした、ストリート・ビデオやパフォーマンスの作品で知られる」とのこと。

トリエンナーレでも映像作品を発表されていますが、今回は参加者に「即興的な」創造行為を楽しんでもらうための「監督役」に徹してられます。
そしてタスク・パーティとは、多くの参加者がその場で与えられた任務(タスク)を実行して楽しむという遊び。
「女装・男装をする」「パラダイスをつくる」「電車ごっこをする」…。
そんなふうに何かをつくったり、したりといった任務を、参加する人たちがまず紙に書き、それを箱に入れたり壁にはったりします。
そのうえ、別の人が自身の任務を「くじ引き」や「求人募集」先を選ぶように決めて実行するのが遊び方です。

会場となった空きビルの1階フロアには、紙や布、ハサミやテープ、ペンや絵の具などの工作材料や様々な衣装や化粧台などの「遊び道具」があちこちに置かれ、さまざまな任務に対応できそうです。

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乗りのいい音楽が流れる会場に入ると、若者や子どもなどが何10人も集まって、その中で法被を着てビデオカメラを持った外国人男性が、人の良さそうな笑顔を振りまきながら歩き回っています。
他人を構えさせない立ち居振る舞いに、なんだか親近感を覚えてあいさつすると、やはり、この人がヘリングさんでした。

4時間にわたるパーティの間中、カメラを持ったままで、参加者に話しかけたり笑いかけたりしながら休みなく回し続けていたヘリングさんですが、私のカメラの前で任務の実行を演じてもくれました。
「法被を着て紙風船で遊ぶ」という任務を負った女性の相手をしてくれたのです(中央)。

ポップなデザインの仮面を制作中に見せてくれたのはデザイン系の学校に通っている美人の学生さん。
「『ある人種の特徴的な仮面をつくる』と言われ、私の学校の『はじけた』感じを表現しました」とにっこり。

昼食などのため中座して、パーティの終わりがけに戻ってくると、人は減っていましたが、代わりにいろいろな作品が並び、多くの人が遊んだあとで会場は見事に散らかっていました。
参加者の1人は、シュレッダーでつくったらしい山積みの紙吹雪を宙に舞わせて遊んでいました(右)。

アートというものは、どうやら「常識」「管理」「決まり」など、もろもろの束縛するものから、自由に創造する心を解き放たせることでつくられるもののようです。
ですから遊ぶという行為こそ創造するという行為の根幹にあり、アートは遊びの延長線上にあるようです。

みんなで楽しくはじけて、いろいろなものが生み出されたパーティに触れて、そんな風に思いました。

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遊びといえば、それが得意なのは子どもです。
タクス・パーティでも多くの子どもたちが自然に遊ぶ姿が見られ(左)、それが大人たちを刺激しているようにも思えました。

そして、パーティから中座している間、長者町会場の中でまだ見ていない展示場を訪ねている際、最も印象深かったのが子どもたちによる作品でした。

その1つは、子どもたちが工作してつくった様々な「地獄」が展示されている作品(右)。
虫をいじめたり消しゴムを貸してくれなかったりした人が落ちるという地獄について、スクリーンの中でビデオ出演する制作者の子どもたちが説明するのですが、その発想の大胆さや突拍子もなさは、ちょっとやそっとの芸術家では太刀打ちができないほどでした。

もう1つは、ビデオだけの作品なのですが、これがとんでもない「傑作」でした(中央)。
作品の内容は、何グループもの子どもたちが、動物園にいる何種類もの動物の前で替え歌を歌うというもの。
その歌は「1週間の仕事」。
たとえば、ワニが主人公なら「月曜日に水にもぐり」「火曜日にフナを食べた」といった具合。
これまた歌詞の発想の奇抜さも、上手じゃない歌のシュールな感じも大人にはできないおもしろさでした。

いやいや、子どもはすごい。
といいますか、子どもに学ぶことや子どもの心を持ち続けることは、芸術家にとって大事なことなんだろうなと思えました。

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タスク・パーティの会場になった空きビルの1階では、トリエンナーレの期間中に開かれる地域の祭りで、長い間途絶えていて復活することになった山車の制作が進んでいます。
実は数日前に、この山車を引く最後の練習会があって、これものぞいてきましたので、写真を紹介します。

山車は太い木材を使って骨組みをつくった立派なもの(右)。
それを引くのは繊維問屋街の会社の2世、3世に当たる40代前後の若い社長たち。
皆が社長なので、「オレが中心」という気持ちを抑えて息を合わせるのが練習の主な目的だと聞きましたが、いやいやなかなか、ぴったりと呼吸が合っていました。

山車そのものも、山車を復活させるというプロジェクトもトリエンナーレの「作品」で、山車のデザインは、台や屋根の上に自転車や、ミニ自転車に乗った人形が乗っかるというコミカルなもの(中央)。

山車の方向転換は、京都・祇園祭の山鉾のように、割った竹を敷いて車輪を滑らせる「辻回し」という手法で行われていました(左)。

以前の記事で、繊維不況の風を受けた長者町繊維街が「シャッター街と化している」などと、人づての表現で書きましたが、それは語弊があったようです。
確かにこの界隈には空きビルや空き地、空き室が目立つのですが、繊維問屋の多くは2000年代に入ってから小売りを行うなどで業態を変えて経営を伸ばしているということです。

そして、そんな風に互いが創意工夫をする中で協力しあって「町づくり」の活動が進んできていたそうです。
つまり、トリエンナーレによって一から町の再生が期待されているのではなく、既に再生の軌道に乗っている町がトリエンナーレの受け皿となったというわけです。

町づくりの中で、横のつながりが強くなっていたことから、トリエンナーレに多くの空きビルや空き室を、なんと無償で貸し出すなど全面的なサポートの方針を打ち出すのも容易だったということ。
タスク・パーティに提供された法被や布なども、すべて地元が用意したものだったそうです。

人と人とのコラボレーションも目指したヘリングさんのタスク・パーティは、そうした人のつながりによってさらに生まれ変わろうとしている町にとっては、お似合いのイベントだったと言えます。

それにしても初対面の私に友人のように接してくれたヘリングさんは、マラソンの写真のことまで興味深そうに聞いてくれて、恐縮してしまいました。
「あなたに、とてもインスパイア(刺激)されました」と真顔で言ってくれるヘリングさんは、他人から何かを吸収する柔軟な力が強い人なのだと思います。
「明日はニューヨークに戻って、次の作品の展示を準備するんです。休めないんだけど、これがボクにとってのマラソンなんです」
そう話してくれたヘリングさんと握手を交わし、「人生を楽しく走りつづけたい」という思いを新たにしました。

夕暮れの街をラン散策

休みの本日は体調回復のため朝寝したあと、曇り空の下、夕暮れに向かって街をランニング散策しました。
カゼが抜けきらない状態が続いていることもあって、休みに走りに出るのはおっくうでしたが、本日はちょっとしたイベントのおかげで屋外に出ることができました。

「フリーパス」を購入したこともあって、このところ続けて紹介している現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2010」の会場で、大がかりな映像作品の上映があったからです。
名古屋を南北に流れる運河・堀川べりの「納屋橋会場」で午後4時から披露されたのは中国の作家・楊福東(ヤン・フードン)氏の作品。
「映写技師が何人も出てきて、すごい」とスタッフのお墨付きだったため、たまには披露される時間が決まった作品も見ようと思い立ったわけです。

名古屋駅にも近い納屋橋会場まで自宅から走ると、ほんの15分余り。
便利なところに住んでいることと同時に、名古屋の街のコンパクトさを実感することになりました。

納屋橋会場の中は基本的に撮影が不可で、映像作品が多いこともあり、そもそも写真撮影には向きません。
でも、ここは写真なしで作品の内容を少しだけ紹介いたします。

広いスペースの上映会場に入ると、ほぼ壁に沿って9面ものスクリーンが並び、それぞれにフィルムの映像を映し出すための映写機も9台並んでいます。9面のうち4面は背中合わせですので、1カ所に立って見られるのは、そのうち5、6面。そう、座席などはなく、立って見るか、床に座って見るかなのです。

上映が始まると、それらのスクリーンに一斉に映像が映し出されます。映像はすべて白黒で無声。
映像に音がない代わりに、1台ごとに担当の映写技師がついた映写機が、一斉にカラカラと音をたてます。

映し出される映像はいずれも数分間の長さで、30分余りの上映時間の間、繰り返し映し出されます。
ストーリーなどないようなものですが、あちらで男女が抱き合っているかと思うと、こちらではスーツの男らがカンフーやワイヤーアクションも駆使した乱闘シーンを演じている。
都会の街角や室内もあれば、田舎のシーンもある…といった具合。
要するに、それぞれのスクリーンの中で、様々なシーンが、見たところそれぞれ脈絡なく流れていきます。

なんだか良く分かりませんが「世の中って、こんな具合だよなあ」と、初めはそんな風に思いました。
つまり、夜になって窓の灯りがともった集合住宅を外から見ると、それぞれの家でそれぞれの夕食が囲まれ、家族団らんが営まれているのだなと思うのと同じように、似たようではあってもすべて違う無数のストーリーが流れていっているのが世の中なのだと。

でも、1つのスクリーンに流れる映像が繰り返されていると気づくと、次第にかったるくもなってきて、「もうこのへんでいいか」と思えてきます。
とはいえ、周りの人たちは、けっこう真剣に見ているものですから、自分だけ出て行くのも気が引けます。
そんなふうに悩んでいるうちに、上映時間の30分余りが過ぎてしまいました。

映像をかじっている私としては、やはり映像というものはノンフィクションであれフィクションであれ、空間を切り取る際に伝えたい「意味」があって、だからこそ見る人は時間を費やして見てくれるのだと思います。
ですから、こうした意味が良く分からない映像を長く見ていると、次第に居心地が悪くなるわけです。
とはいえ、これは何でもありの「芸術」ですから、そうした居心地の悪さが意図されているのかも知れません。

とにかく、なんだか壮大な実験だったことは確かで、そのために何人もの映写技師の方々が動員されていること自体が、なんだかすごい。
今回のトリエンナーレに出品している中国の作家さんの中には、爆竹に使うような火薬を爆発させて巨大な絵を描いた方もいて、その作品のダイナミックさも合わせて言えば「中国ってすごい」というのも1つの感想。

見る人がどう感じようが、おかまいなしに、美しいか丁寧かなどももちろんおかまいなしに、自分が表現したいことをぶつける中国ならではであろう「あつかましい」感じは、現代アートの世界も凌駕しそうな気がします。

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写真もないまま、中国の作家さん顔負けの「あつかましい」独りよがりな文章が長くなりました。
このあとはまず、トリエンナーレの「納屋橋会場」の落ち穂拾いです。
実はこの会場、かつてボウリング場だった倉庫を利用したもので(右)、不景気の打撃を受ける繊維街の空きビルなどを活用した「長者町会場」と同じく、街の活性化を視野に入れた会場の設定となっています。

ただ、内部は撮影不可であるため、お見せできるのは、エントランス前に展開された荷物運搬用のパレットを利用した作品(中央)と、外壁に描かれた墨絵のような牛の絵(左)ぐらいです。

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トリエンナーレの会場を出ると小雨が降っていましたが、わずか15分余りのジョギングをして満足しきれない作品を見ただけで戻る気になれません。
そこで市の中心街を西から東に横切って、JR中央本線で自宅の最寄り駅から2駅のナゴヤドーム近くにある駅まで、引き続き走って行きました。
とはいえ、小雨の日に良くあるように、古傷の足首が途中で痛み出し、後半はウオーキングだったのですが。

途中で通った元の裁判所で大正期のネオ・バロック様式の建物「名古屋市市制資料館」は、既に閉館(左)。
大手銀行が設置している「貨幣資料館」も閉館(中央)。
江戸時代の庭園を併設し、家康の遺品などを収蔵する「徳川美術館」も、やはり閉館(右)。

江戸情緒が残る街並みとともに資料館・美術館巡りも楽しめる界隈の本格的な散策は、後日に仕切り直しをしなければなりません。

光のタワー「競演」

かれこれ3週間もぐずつき続けているカゼはいまだにスッキリしませんが、今朝は出勤ランを再開しました。
ノドやハナはつらいものの、体は動くような気がしたからで、そんなときはむしろ走って血流や新陳代謝を良くした方が体調が上向くことを経験的に知っているからです。
外はすっかり涼しくなって、抜けるような青空、澄んだ空気はすっかり秋でしたが、体も気持ち良く動いたため立ち止まって写真を撮る気にはならず、日が暮れてから少し後悔しました。

そこで本日のネタは昨日に引き続き現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2010」に「出品」された巨大な光のタワー「spectra[nagoya](スペクトラナゴヤ)」です。
この作品がつくられるのは2日間だけ。
曇り空の昨日と晴天の本日で、見え方がどんなふうに違うのか気になりながら仕事を終えた夕刻、すっかり暗くなった街に出て、見納めとなるタワーの様子を見上げました。

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職場を出て近くにある名古屋城の外濠沿いの歩道から見上げると、光のタワーは少し青白く、真っ直ぐ空に伸びる様子は昨日よりも勢いが良いように感じました(左)。
昨日は光が低い雲にぶつかって、そこで円盤状に広がり、その先は見えなくなっていましたが、本日は晴天とあって光は空高くどこまでも伸びてフェイドアウトしています。
もやに反射・拡散して、ぼんやり太く見えた昨日より、本日の光はよりコントラストが高くシャープでした。
造形としてのおもしろさは昨日の方がありましたが、スケール感は本日の方が勝っている感じがして、自然のコンディションで表情を変える作品を2日続けて見ることができて良かったと実感しました。

光が放たれる名古屋城内の様子は昨日たんのうしていましたので、本日はウオーキングで帰宅する途中に名古屋のシンボル・テレビ塔と一緒に光のタワーを見ようとテレビ塔のたつ久屋大通の公園を南下しました。
光のタワーとテレビ塔による「タワーの競演」がどんなふうに見えるか興味があったからです。
そして向かった先は、テレビ塔を水面に映す水をたたえた大屋根がある栄地区の総合施設「オアシス21」。
トリエンナーレの主要会場である「愛知芸術文化センター」に隣接し、現代アートの大御所・草間彌生さんの作品が展示されている場所です。

オアシス21の「水盤」の前に来ると、期待どおりテレビ塔と光のタワーが並びたつのが見えました(中央)。
今夜だけしか見えないスペシャルな光景だと思うと、普段以上に幻想的な雰囲気に包まれる感じでした。
名古屋城からは2キロほど離れていますので、光のタワーの光量はかなり落ちて、テレビ塔に見劣りします。
自分の目で見ている分には、目が「補正」をかけてくれるため、いい勝負の「競演」なのですが、写真に撮ってみると光のタワーは夜空に消え入りそうな感じ。
そこで画像編集ソフト上で、光の筋の部分だけ選択して明るくしてみましたが、光のエッジが立って不自然。
いくら何でも補正の範囲を越えていましたので、元に戻すことにしました。

水盤の南側には、先日も紹介した草間さんの作品であるカーブミラーが水中に並んでいます(右)。
このミラーの中にも、それぞれテレビ塔と光のタワーが仲良く並んでいたのですが、やはり光の方はうっすらとしています。これもまた、目をこらしてご覧いただきたく思います。

ということで、2日きりでなくなってしまう美しくも寂しくも潔くもある光のタワー「スペクトラナゴヤ」を、ほとんどフルコースで楽しみました。
それでも、まだ名残惜しくて、帰宅する途中に何度も後ろを振り返って空を見上げたのですが、光はどんどんうすれて寂しさを増すだけでした。
代わりに東の空からは円形に近い丸々とした明るい月が昇ってきて、秋本番を感じさせてくれました。