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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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たった1度サブスリー

今月発売の雑誌「ランナーズ」に見開き2ページの記事を書かせてもらいましたので紹介します。
フルマラソンを3時間内に走る「サブスリー」経験者が、その当時やその後の人生を振り返るという連載「見果てぬ夢のサブスリー」の3回目です。

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写真を拡大していただくと読めますが、私のたった1度のサブスリーは20年余り前の38歳の時で既にふた昔の話。

この記事では記録を狙って真剣に走っていたころの様子をたどったほか、初フルを走るまでの経緯、その後に100キロ10時間内のサブテンと富士登山競走の完走も加えて市民ランナーのグランドスラムを達成したことも説明しています。
さらに東京マラソン実現に向けて海外の大会を走りながら撮った写真が個展や写真集に結実し、東京夢舞いマラソンと韓国のコチャン・コインドルマラソンの交流でコチャン郡の名誉市民証を受けたことまで書かせてもらっています。

言わば私のランニング人生の総まとめで、こんな昔話を読んでもらうのはおこがましい限りですが、これを機に今後の人生を真面目に考えたいものです。

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初マラソン記事掲載

ランニング愛好家のバイブルとも言える老舗雑誌の「ランナーズ」12月号に、初マラソンについて私が投稿した記事が掲載されました!

「ランニング人生・だれでも『たった一度の』フルマラソン」という特集に投稿しているのは私を含め13人で、限られた紙面にまとめるため提稿した原稿は編集部で短くしてもらっていますが、それでも一緒に並んだ投稿者は高石ともやさんや金哲彦さんらランニング界ではビッグネームばかりで、ちょっと恐縮してしまいます。

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投稿した記事にも書いていますが、マラソンは今が「なんぼ」で、以前のことを振り返っても大した意味はありません。
と言いますか、あつかましくも初マラソンでサブスリーを狙い、それがかなわなかったものの3時間6分台で完走した23年前の自分を振り返ると、再び完走できるかどうかすらわからない自分は、情けなくなるばかり。
ただ、そんな自分でも、ヒザの故障を機に走ることをあきらめず、今できることを重ねてあがいていることが全く無意味だとも言えないのでしょう。

とにもかくにも、こんなビッグネームの皆さんと並べて自分の駄文を掲載してもらっただけでも、ありがたいというもの。
これを1つの区切りに、次なる悪あがきを続けていこうと思うばかりです。

大阪城トラ記事掲載

一昨日、大阪城の濠を泳ぐトライアスロンに出場、完走した後、帰宅前に職場に寄って書いた体験記が本日付の新聞に掲載されていました。

新聞記者の肩書を持ちながら、既に年を食ってデスク作業の職場に勤務し、取材をして記事を書く場面がほとんどなくなっている私ですが、城の濠を使う初めてのスポーツイベントとして話題になった大会とあっては、そのまま帰宅するわけにもいきません。
もちろんイベントを紹介する「本記」は若手の記者が、写真も写真記者がそれぞれ担当していて、私が書いたのは、それらに添える格好の体験記。

自前の新聞紙面を持たず、加盟各紙に記事を配信する通信社の記事ですから、コンパクトな方が使われやすく、あれこれ書きたいのを我慢して、俳句をひねるように簡潔にまとめた記事ですが、それでも通信社の記者が書いた体験記まで使ってくれる新聞はほとんどないものと思っていました。

そしてその記事を掲載してくれたのは、広島県を中心にした国内有数のブロック紙の1つ「中国新聞」。
自社の記事だけでなく友好関係にある新聞や通信社の記事も含めて、レジャーや文化関連などやわらかものの特集記事や各地の話題を集める別刷りの「セレクト」の中で、大阪城トライアスロンの記事を本記と私の体験記を抱き合わせにして使ってくれていました。
ご覧の通り小さな記事で、もちろん私の写真が載っているわけではありませんが、こんな記事でも自分の名前を添えた署名記事が掲載されるのは気持ちの良いもので、楽しかったトライアスロンの思い出に花を添えることができました。
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真凜君インタビュー

私のことをインタビューして書いてくれた大学生の記事が学内のコンテストで「優秀作品」に選ばれ、立派な冊子に掲載されました。

その学生は、私が東京時代にお世話になったバレエストレッチの講師、もと子先生のお孫さんで、亜細亜大学経営学部の真凜(まりん)君。
「走るカメラマン」と題した記事は一昨年5月、私が上京した際に2時間近いインタビューをしてくれた内容をまとめたもので、最優秀作品2本に次ぐ優秀作品6本のうちの1本に選ばれて冊子に掲載され、このほど、もと子先生から送り届けていただきました。

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真凜君はこれまで、もと子先生らと一緒に私の写真展を見に来てくれていたほか、私が所属する東京のランニングサークル「明走会」の駅伝大会にも、高校球児だったときに参加し、「1人チーム」として20キロ以上を黙々と走ってくれたこともありました。

その後、しばらく会っていなかった真凛とカフェでのインタビューの際に再会すると、彼は言葉づかいも立ち居振る舞いも立派な青年になっていて、的を射た質問を次々と出してくるのを頼もしく感じました。ただインタビューの内容はかなりの量に達していたため「まとめるのは大変だろうな」と心配していました。

しかしその後、「優秀作品に選ばれました」と連絡を受けて自分のことのようにうれしく感じ、今回その作品を読んでみると、事実関係も上手にまとめたうえ、自分が特におもしろいと思った点をきちんと強調することもできています。
「これなら優秀作品に選ばれて当然だし、取り上げた相手が私でなければ最優秀作品になったかもしれない」と思うほどで、感心することしきりでした。

そのときも聞いていましたが、彼はジャーナリスト志望だそうで、この力量ならマスコミの試験を受けるなどしても、けっこういい線いくのではないかと思ってしまいます。

ただ申し訳ないと思うと同時に残念だったのは、インタビュー相手のなかで私だけが遠方に住んでいたことから写真取材の日程が合わず、優秀作品までの8本のうち7本まではインタビュアーと相手のツーショット写真が掲載されていたのに、私たちだけはそこから漏れてしまったことです。

また、ちょっとだけ苦言と事後的な注文をつけるとすれば、原稿を仕上げる際に、こっそり見せてくれていれば、わずかな事実関係の勘違いを修正することもできただろうし、私なりの添削をしてやることもできたと思うのです。
しかし考えてみれば、私自身もこれまで何度も書いてきたインタビュー記事を取材相手の本人に事前に見せたことなど例外的にあったかどうかというくらいですので、自ら取材をしたからには最後まで責任を持って、独力で書き上げた心意気の方を評価したいと思います。

その後、アメリカ留学の夢も果たしたという真凜君が、さらに前向きにいろんなことに興味を持って、自分が納得できる仕事に打ち込み、実りの多い人生を歩んでほしいと願ってやみません。

※※※

掲載した写真のうち「はま茶入り番茶」は、もと子先生が冊子とともに送ってくださったもので、これまでも何度かいただいて私も大好きなお茶です。

ジャパタイに写真!

先日、第10回目を迎えた東京マラソンを前に、国内の代表的な英字紙「ジャパンタイムズ(Japan Times)」が掲載した記事で、私が大会について話した内容とともに、一昨年の大会の際に撮った写真が大きく掲載されました。

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「東京マラソンが一里塚を通過」「今年で10年、今や世界に知られる大会に」という見出しの記事は、大会2日前の2月26日付紙面の「国内(社会)」面のメーンとして3分の1ページほどの大きさで掲載。

冒頭から登場する私は、大会関係者とともに取材を受けて談話を述べる2人のうちの1人となっているうえ、新郎新婦の格好で走る男女のランナーが、沿道の外国人とハイタッチを交わそうとする瞬間をとらえた写真は特大の大きさで記事に添えられているほか、1面にも同じ写真のカラー版が小さくアイコンのような形で使われています。

記事の中では、私が海外の大会を走り始めたころ、日本には一般ランナーが参加できる大都市のマラソンがなく、海外で出会ったランナーたちに「東京に来てくれ」と言えなかったことを悔しく感じたことや、そのために東京での市民マラソン開催を呼びかけて歩道を走る「東京夢舞いマラソン」の活動に参加したこと、それと平行して海外の主要大会をめぐり写真を撮って写真展の開催や写真集の出版をしてきたことなどが紹介されています。

また、途切れることのない応援を受けながら走れることがすばらしい東京マラソンではあるものの、往復部分の多いコースは再考の余地もあって、レインボーブリッジを通ることも検討してみてはどうか-などとする談話も載せてもらっています。

東京マラソンがスタートした3年後、大会開催の大きな原動力の1つとなった夢舞いマラソンのなかで「3万人で銀座を走ろう」と呼びかけた私たちの言葉通り、コースの要とされた銀座で、私は初めての写真展を開きました。
5000人近い来場者を迎えたその写真展では、ジャパンタイムズを含めて国内の主要な新聞すべてが開催の前後にさまざまな形で記事を掲載してくれていて、今回も、そのときの縁があって担当の記者が電話での取材をしてくれました。

東京マラソンが10回目を迎えた今、大阪や京都をはじめ各地で東京に続く大会が既に誕生し、ランニングブームの盛り上がりはとどまることなく続いています。このブームに火をつけるに当たって、小さな役割を担わせてもらった私としては、今回の記事で取り上げてもらったことをとても光栄に感じています。

ただ、当初の目的を達した夢舞いマラソンが、多くのファンに支えられて今なお続き発展しているのに対し、頼まれもしないのに、いまだに走りながらの写真撮影を続けている私の行為に、どれだけの意味があるのかは、微妙なところかもしれません。
とはいえ、今回こうして大きく掲載された写真を見てみると、「これぞ東京マラソン」という瞬間をとらえた我ながらほれぼれするほど良く撮れた1枚です。もちろん被写体になってくれた方々がいてこその写真とはいえ、これはこれで私にしかできないシゴトとして、それなりの意味があるようにも思えます。

この写真は既にブログでも紹介していますが、ジャパンタイムズのウェブサイトでも記事とともに見てもらうことができます。
http://www.japantimes.co.jp/sports/2016/02/25/general/to-runners-and-organizers-tokyo-marathon-more-than-just-race/#.VuMGmD9JlaQ