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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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ラン雑誌にグラビア

コロナの緊急事態で新入学の息子も年中組の娘も学校や幼稚園に行けない中、日曜で休みの本日はまた2人を連れて近所の山にハイキングにでも出かけようかと思いきや、外出自粛を後押しするような春の雨で、家族全員が日がな一日お家にこもることになりました。

エネルギーを持て余して室内でもパワーを炸裂させながら遊び続ける子どもたちと一緒にいるだけで、長距離サイクリングやウルトラマラソン以上にクタクタになりますが、それでもワイワイ言いながら食卓を囲むことができるのは、独り暮らしで外出できない人たちに比べるとずっと幸いなのだろうと今の境遇がありがたく思えます。

そんなわけで家庭菜園にすら出られなかった本日は屋外で撮った写真はなく、代わりに先日売り出されたマイナーなランニング雑誌に、依頼を受けてボランティアで投稿した巻頭のグラビアページを紹介します。

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この雑誌はランニング界の重鎮で群馬大学名誉教授の山西哲郎さんが責任編集されている「ランニングの世界」(創文企画)の第25号。

雑誌には以前に一度、誌上座談会で登場させてもらったことがありますが、今回は東京夢舞いマラソンの仲間の紹介で4ページにわたる巻頭グラビアの写真・記事提供を依頼され、ちょうど昨年10年目を迎えた夢舞いと韓国のコチャン・コインドルマラソンの交流を振り返る企画をまとめさせてもらいました。

雑誌の版が小ぶりで写真も1枚1枚は小さく、かつすべてカラーではなく白黒ではありましたが、自分を撮ってもらった1枚を含め17枚を掲載していただき、草の根の日韓交流の軌跡を紹介できる誌面となりました。
4ページは、見開きの2、3ページ目で夢舞いとコチャンの大会をそれぞれ紹介、1ページ目では昨年の交流、また4ページ目には富士登山などマラソン以外での交流の様子を、写真に添えた短い記事およびキャプションでつづりました。

写真の整理に当たっては、途中数年分の編集データがコンピューターのハードディスクが破損したために失われていて、元データを掘り起こすのに苦労するなどしましたが、それぞれの年の楽しい思い出をたどることができました。
多くの写真の中からピックアップしたカットはいずれも笑顔満載で躍動感にあふれ、われながら楽しい瞬間を見事に写し止めることができていると思えます。

10年前の写真を見ても、ほんの昨日のことのように感じ、同じようなことを飽きもせず繰り返してきたものだとも思いますが、海を隔てて私たちが築き上げてきた友好・信頼関係はやはり、少しずつの努力を長年積み上げてきたからこその成果です。
日韓関係の悪化に続くコロナ禍によって、お互いに行き来する道は閉ざされてしまいましたが、SNSで連絡を取るなどして互いを思いやる気持ちは今も海を越えることができていて、交流再開を喜び合う日が来るのを楽しみにしたいものです。

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たった1度サブスリー

今月発売の雑誌「ランナーズ」に見開き2ページの記事を書かせてもらいましたので紹介します。
フルマラソンを3時間内に走る「サブスリー」経験者が、その当時やその後の人生を振り返るという連載「見果てぬ夢のサブスリー」の3回目です。

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写真を拡大していただくと読めますが、私のたった1度のサブスリーは20年余り前の38歳の時で既にふた昔の話。

この記事では記録を狙って真剣に走っていたころの様子をたどったほか、初フルを走るまでの経緯、その後に100キロ10時間内のサブテンと富士登山競走の完走も加えて市民ランナーのグランドスラムを達成したことも説明しています。
さらに東京マラソン実現に向けて海外の大会を走りながら撮った写真が個展や写真集に結実し、東京夢舞いマラソンと韓国のコチャン・コインドルマラソンの交流でコチャン郡の名誉市民証を受けたことまで書かせてもらっています。

言わば私のランニング人生の総まとめで、こんな昔話を読んでもらうのはおこがましい限りですが、これを機に今後の人生を真面目に考えたいものです。

初マラソン記事掲載

ランニング愛好家のバイブルとも言える老舗雑誌の「ランナーズ」12月号に、初マラソンについて私が投稿した記事が掲載されました!

「ランニング人生・だれでも『たった一度の』フルマラソン」という特集に投稿しているのは私を含め13人で、限られた紙面にまとめるため提稿した原稿は編集部で短くしてもらっていますが、それでも一緒に並んだ投稿者は高石ともやさんや金哲彦さんらランニング界ではビッグネームばかりで、ちょっと恐縮してしまいます。

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投稿した記事にも書いていますが、マラソンは今が「なんぼ」で、以前のことを振り返っても大した意味はありません。
と言いますか、あつかましくも初マラソンでサブスリーを狙い、それがかなわなかったものの3時間6分台で完走した23年前の自分を振り返ると、再び完走できるかどうかすらわからない自分は、情けなくなるばかり。
ただ、そんな自分でも、ヒザの故障を機に走ることをあきらめず、今できることを重ねてあがいていることが全く無意味だとも言えないのでしょう。

とにもかくにも、こんなビッグネームの皆さんと並べて自分の駄文を掲載してもらっただけでも、ありがたいというもの。
これを1つの区切りに、次なる悪あがきを続けていこうと思うばかりです。

大阪城トラ記事掲載

一昨日、大阪城の濠を泳ぐトライアスロンに出場、完走した後、帰宅前に職場に寄って書いた体験記が本日付の新聞に掲載されていました。

新聞記者の肩書を持ちながら、既に年を食ってデスク作業の職場に勤務し、取材をして記事を書く場面がほとんどなくなっている私ですが、城の濠を使う初めてのスポーツイベントとして話題になった大会とあっては、そのまま帰宅するわけにもいきません。
もちろんイベントを紹介する「本記」は若手の記者が、写真も写真記者がそれぞれ担当していて、私が書いたのは、それらに添える格好の体験記。

自前の新聞紙面を持たず、加盟各紙に記事を配信する通信社の記事ですから、コンパクトな方が使われやすく、あれこれ書きたいのを我慢して、俳句をひねるように簡潔にまとめた記事ですが、それでも通信社の記者が書いた体験記まで使ってくれる新聞はほとんどないものと思っていました。

そしてその記事を掲載してくれたのは、広島県を中心にした国内有数のブロック紙の1つ「中国新聞」。
自社の記事だけでなく友好関係にある新聞や通信社の記事も含めて、レジャーや文化関連などやわらかものの特集記事や各地の話題を集める別刷りの「セレクト」の中で、大阪城トライアスロンの記事を本記と私の体験記を抱き合わせにして使ってくれていました。
ご覧の通り小さな記事で、もちろん私の写真が載っているわけではありませんが、こんな記事でも自分の名前を添えた署名記事が掲載されるのは気持ちの良いもので、楽しかったトライアスロンの思い出に花を添えることができました。
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真凜君インタビュー

私のことをインタビューして書いてくれた大学生の記事が学内のコンテストで「優秀作品」に選ばれ、立派な冊子に掲載されました。

その学生は、私が東京時代にお世話になったバレエストレッチの講師、もと子先生のお孫さんで、亜細亜大学経営学部の真凜(まりん)君。
「走るカメラマン」と題した記事は一昨年5月、私が上京した際に2時間近いインタビューをしてくれた内容をまとめたもので、最優秀作品2本に次ぐ優秀作品6本のうちの1本に選ばれて冊子に掲載され、このほど、もと子先生から送り届けていただきました。

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真凜君はこれまで、もと子先生らと一緒に私の写真展を見に来てくれていたほか、私が所属する東京のランニングサークル「明走会」の駅伝大会にも、高校球児だったときに参加し、「1人チーム」として20キロ以上を黙々と走ってくれたこともありました。

その後、しばらく会っていなかった真凛とカフェでのインタビューの際に再会すると、彼は言葉づかいも立ち居振る舞いも立派な青年になっていて、的を射た質問を次々と出してくるのを頼もしく感じました。ただインタビューの内容はかなりの量に達していたため「まとめるのは大変だろうな」と心配していました。

しかしその後、「優秀作品に選ばれました」と連絡を受けて自分のことのようにうれしく感じ、今回その作品を読んでみると、事実関係も上手にまとめたうえ、自分が特におもしろいと思った点をきちんと強調することもできています。
「これなら優秀作品に選ばれて当然だし、取り上げた相手が私でなければ最優秀作品になったかもしれない」と思うほどで、感心することしきりでした。

そのときも聞いていましたが、彼はジャーナリスト志望だそうで、この力量ならマスコミの試験を受けるなどしても、けっこういい線いくのではないかと思ってしまいます。

ただ申し訳ないと思うと同時に残念だったのは、インタビュー相手のなかで私だけが遠方に住んでいたことから写真取材の日程が合わず、優秀作品までの8本のうち7本まではインタビュアーと相手のツーショット写真が掲載されていたのに、私たちだけはそこから漏れてしまったことです。

また、ちょっとだけ苦言と事後的な注文をつけるとすれば、原稿を仕上げる際に、こっそり見せてくれていれば、わずかな事実関係の勘違いを修正することもできただろうし、私なりの添削をしてやることもできたと思うのです。
しかし考えてみれば、私自身もこれまで何度も書いてきたインタビュー記事を取材相手の本人に事前に見せたことなど例外的にあったかどうかというくらいですので、自ら取材をしたからには最後まで責任を持って、独力で書き上げた心意気の方を評価したいと思います。

その後、アメリカ留学の夢も果たしたという真凜君が、さらに前向きにいろんなことに興味を持って、自分が納得できる仕事に打ち込み、実りの多い人生を歩んでほしいと願ってやみません。

※※※

掲載した写真のうち「はま茶入り番茶」は、もと子先生が冊子とともに送ってくださったもので、これまでも何度かいただいて私も大好きなお茶です。