FC2ブログ
“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

04 | 2010/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

全記事表示リンク

はばたく!ほうり投げる!

本日は仕事が休みでありながら、所用があって山行きは断念。
夕方になったこれから、走りに出ようかとも思っているのですが、とりあえずは、お昼ごろに近くの親水公園を歩いていた際に撮った写真をアップいたします!

タイトルは「はばたく!ほうり投げる!」主役はカルガモ、脇役は女の子です!!

親水公園の歩道を通りがかったところ、水路の池の真ん中に、コンクリート製の丸い「中州」があり、その上にカルガモが1羽、座っていました。中州は直径1メートル余り。鉄製のフタが載っていて、排水施設などが中に入っているものと思われます。
周囲を見渡してもカルガモは1羽きり。しかも座っていては絵になりようがありません。一応カメラを取り出し、しゃがんでシャッターを押してみましたが、やはり写真はつまらない。

BL0515カモ1RIMG0139  BL0515カモ2RIMG0133  BL0515カモ3RIMG0131

しかしその数分後、カルガモは中州の上で羽をはばたかせ、伸び上がるようなポーズをつけてくれました!
その瞬間を、ちょうど写真におさめることもできました(中央)!
顔だけでなく、お腹や羽の内側、それにオレンジ色の足や水かきも良く見えて、これなら本日のメーンの写真として十分に合格です!

このしばらく前、カルガモの座った中州近くの池のほとりにやってきたのが、小さな女の子と「おじいちゃん」(本人がそう自称されていました)。
女の子は、ボーロの菓子の袋を持っていて、ボーロを何度も池に投げ入れ始めました。カルガモはというと、池に入って水面に浮かんだボーロを次々に口に入れました。しかし、おいしく食べているというよりも、遊んでいるという感じで、そのうちに飽きたのか中州に逆戻り。

そのカルガモ目がけて、「ちゃんと食べなさいよ!」とばかり、女の子は勢いよく幾つものボーロをほうり投げ、この瞬間にもシャッターを切りました(右)!
プロ野球選手ばりに決まった女の子の「フォロースルー」のポーズ、それに空中で止まった4つのボーロ!

こんなことがあった後にカルガモが見せたのが、はばたきのポーズでした。「ここまで投げてごらん!」なのか「遊んでくれて、ありがとう!」なのか、ポーズの意味は分からないのですが。

写真に写し止めることができるものは、いろいろあります。とはいうものの、やはりそのときならではの「瞬間」を写すことができた写真は、見ていてもおもしろいし、「狙い通り撮れた」という喜びも格別です。

私はこのところ、写真に加えて映像の世界にかかわってきました。作り手のはしくれとして映像にかかわり、映像の表現の奥深さを知り始めたころに思ったのは「写真は映像にかなわないのでは?」ということでした。
でも今は「写真だからこそ表現できるもの、映像だからこそ表現できるものが、それぞれにある」と思えます。

写真と映像の最も分かりやすい違いは、映像は「動くモノを見せる方がおもしろい」のに対して、写真は「動くモノの動く瞬間を止めて見せる方がおもしろい」ということです。
さらに言えば、映像は一定の時間をかけて、時間の流れの中でしか見ることができませんが、写真の方は、見るのに費やす時間は短くても長くてもかまいません。見る人が、自分の気がすむだけの時間を使って、好きな角度から好きな部分を見ることができるのが写真だというわけです。

私が写真展で実感したのも、そうした写真の特性でした。
来場してくださった方々は、それぞれご自身の心にとまった写真を、長い時間をかけて見てくださいました。
そして私が伝えようとしたメッセージを、受け止めてくださるばかりか、それぞれに、ご自身ならではの意味を写真に見いだしてくださることも少なくありませんでした。

どちらかといえば見る人に受け身の姿勢を強いる映像と違って、写真は見る側が能動的に接することにより、撮影した本人の手を離れて「一人歩き」するものだと実感したわけです。
映像の世界にはないような「写真の力」といったものが、写真の世界にはあるということを、見直したのです。

さてさて、また長い脱線になりました。
親水公園に戻りますと、2枚の写真を撮ったものの、次の1枚がありません。カルガモと女の子のツーショットを撮ろうにも、先に飽きてしまった女の子は、さっさといなくなってしまいました。
そこで、池の反対側に移って、水路の「上流」にある東屋を背景に撮ったのが左の写真です。
ちょうど東屋のところに、犬を連れた女性がやってきて、景色の「重し」になってくれましたが、結局のところ、動きのある「瞬間」を3枚そろえることはできませんでした。

といいますのも、この直後、カルガモは突然はばたいて離水し、私の頭越しに空に舞い上がったからです。
そう、あまりに一瞬のことで、見事に「撮り逃がして」しまいました。
そして、何事にも「詰め」の甘い私が、呆然として池のほとりに取り残されということです!

スポンサーサイト