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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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山寺を訪問1

昨日は山形県東根市で開かれた「さくらんぼマラソン」を走りましたが、実はそのあと山形市の郊外にあって、松尾芭蕉が「奥の細道」で立ち寄ったことでも知られる「山寺」こと「立石寺」を訪れました。
その報告を本日から2回に分けて掲載させていただきます!

私はかつて、仕事で仙台に2年間住んだことがあり、山形にはそのとき以来、何度も訪れています。
しかし、仙台時代は山形を経由して飯豊連峰や月山など本当の山ばかりに行っていたこともあり、山寺には行かずじまいで、今回が初めての訪問となりました。

今回の訪問のお目当ての一つは西の金比羅山と並んで有名な長い石段。そう、富士登山競争の練習としてハーフマラソンを走るだけでは、もの足りない感じで、少し疲れた足で石段上りをしておこうという魂胆です。
数年前の6月ごろに仕事で山形に来たときは、やはり富士山の練習で山形駅から蔵王山まで20キロ以上を走って登ったのですが、今回はそれほどの時間も余力もなく、行きそびれていた山寺が、軽めの練習には、おあつらえの場所に思えたのです。

さくらんぼマラソンを走ったあと、前夜に宿泊した寒河江市のホテルに戻って温泉に入ると、既に午後3時。
今回の「マラソンツアー」を企画してくれた「明走会」の仲間・後藤岳史さんの車で山形駅まで送ってもらって、車で東京に戻るツアー参加者らと別れ、独りで山形と仙台を結ぶJR仙山線の電車に乗り込み山寺に向かいました。

マラソン会場でいただいた、おにぎり以外は昼食をとっていなかったため、お腹が少し減っていたのですが、山寺駅に着いたのは山門が閉まる1時間前の4時ごろだったため、ふもとでまた焼きおにぎりを買ってバックパックに詰め、参道に向かいました。
(このあとの報告は、追って加えます。とりあえず、写真のみ掲載いたします。)

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(ここからが追加分です。)
岩場の多い山の斜面に張りつくようにして数々のお堂や門などが築かれている立石寺は、平安時代に慈覚大師が開いた天台宗の寺院。
ふもとの街並みから一段上にある横長の敷地に本堂の根本中堂や宿泊所の本坊、それに山門などが並び、約1000段もある、お目当ての石段は、山門から山の上にある奥の院に向かって山林の間を縫ってついています。
とはいえ、ふもとの「登山口」から根本中道に向かう参道も石段(左)!その先が楽しみです。

根本中堂の前まで来ると、お線香をたく「常香炉」から白い煙が立ち上り、夕方の日差しに照らされ、斜めの縞模様を描いていました(中央)。

お堂の正面には、大きな布袋さまの木像が置かれています。その胸や顔の表面は磨かれたようにツルツル。
「なでながら願い事をすると、かなう」むねの説明が書いてあります。「富士登山を完走できますように」など、あれこれ願いごとをしながらお腹をなでていると、一緒に電車を降りてきた外国人の男女が傍らで私を見て、けげんな表情を。そこで、説明を訳してあげると、男性がおそるおそる、お腹をさすっていました(右)!

「きっと、偉大なかたの像なのですね」と言われましたが、七福神やら布袋さまの由来を正確に説明できず、「そうなんですよ」と笑いでごまかして、先を急ぐことにしました。
(後ほど、続きます。)

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山門の手前にある茶屋の前で売られていたのは「玉コンニャク」(左)!
そう、さくらんぼマラソンの会場で売り切れになり、食べそびれた玉コンニャクです!
目を引かれつつ、いったんは通りすぎたのですが、どうしても食べたくなって戻りました。
串に3玉を刺したコンニャクは1本100円。店のお姉さまに辛子をたっぷり乗せてもらい、かぶりつきました。
醤油の色がしみた見栄え通り、しょっぱさが体にしみわたります。マラソンで大量にかいた汗の塩分の補給がようやくできたからなのでしょう。「食べたい」気持は、体が発する声なのだということを実感できました!

山門をくぐると、石畳に続いて、いよいよ石段が始まります(中央)!
でも、玉コンニャクの威力か、このところ会社で続けている「階段トレーニング」の成果か、勾配を「きつい」と感じることなく、1段飛ばしでスタスタと上っていけました!

山門を過ぎたところに立て看板があり、次のように書かれていました。
「昔から石段を一だん二だんと登ることにより私達の煩悩が消滅すると信仰されている修行の山です。」
肉体の修行が精神の修行に通じるということでしょうか。確かに山を走っていると、時間も疲れも忘れて何も考えずに足を動かし、ふと自然と一体になるような感覚をおぼえることがあります。
その昔、本を読んで「禅」を学ぼうとしたときに目指そうとした感覚のようにも思われます。
それでも、ひとたび下界に降りると、お酒は飲みたくなるし、友人たちと騒ぎたくなるしで、私は結局のところ、煩悩まみれです。だいたい、石段を1段1段踏みしめないで、1段飛ばししているようじゃ、だめなんでしょう。

緯度が高い方に来たため季節が戻っているのか、東京近郊の山林では、とうに咲き終わったシャガの花が、石段のわきには、あちこちで咲き乱れていました(右)!

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石段の勾配が、ややきつくなるところもありますが、会社の階段に比べれば大したことはありません(中央)!
建築物のスペースの問題から、人が歩くには勾配が、きつくなりがちな都市の階段と違って、「上りやすさ」を考慮するという先人たちの知恵が形になっているような気がしてきます。

「閑けさや岩にしみいる蝉の声」
立石寺といえば思い浮かぶのが、芭蕉が立ち寄った際に詠んだ、この有名な俳句です。
その句をしたためた短冊を土に埋め、石の塚をたてたという「せみ塚」が、石段のわきにあります(左)!
残念ながら蝉の季節にはまだ早かったのですが、塚の足もとに伸びたシダが蝉の羽のようにも見えました。

その先で、高さ約5メートルもの岩が、雨風によって屏風のように垂直に削られているのが「弥陀洞」(右)。
大きな「お札」を縦横に並べたような格好で、表面が何カ所も平らに削られた岩が、仏の姿に見える人には、幸福がおとずれるということです。でも信心深くない私には、どこがどう仏なのか訳が分かりません。
写真をタテ位置で撮っても、ただ岩を見上げただけの絵になるため、斜め上に見える「仁王門」をあしらって、遠近感を出すという「絵づくり」をしてみました。

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写真を撮りながらだったためか、上ったという実感がわかないまま、あっけなく奥の院のある一角に到着。
すると、ヒールの高いサンダルを手にさげた若い女性、それに連れの男性とすれ違いました(左)。
サンダルが壊れたのかもしれませんが、そうでなくても、このヒールじゃ嫌になるでしょう。すごい勇気!

奥の院の「妙法堂」の隣にある「大仏殿」の前にも「常香炉」が置かれていて、若い女性たちが、線香を供えてられました。そこで、後ろから失礼して1枚(中央)!
こちらの女性たちもサンダル履きですが、ヒールは高くないので、これなら石段も大丈夫そうでした。

常香炉の中の線香は、なぜかことごとく倒れていて、女性たちが供えたられた線香も寝かせてありました。
でも、これじゃ絵にならないので、自分で2本を灰に差して立て、そこで、もう1枚(右)!

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奥の院の近くで目立っていた花の一つは青紫色のアヤメ(左)。
その色や姿が、庭園のような境内の風情や、お堂などの木造の建物とマッチしていました。

斜面にせり出した建物であり展望台となっている「五大堂」近くの歩道のわきで、幾つも並んだ、お地蔵さまを囲むように満開だったのは、帰化植物のフランスギクと思われる白い花(右)。

歯車のような花と、端正な顔立ちの、お地蔵さまもまた、お似合いでした(中央)!

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