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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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富士登山競走を完走!!!!!

5回目の挑戦となった富士登山競走で、初めて制限時間内の完走を果たしました!!!!!
制限時間が4時間半のところ、フィニッシュ・タイムは4時間29分10秒。まさに滑り込みです。
これまでの最高タイムは3年前の4時間30分11秒で、その記録を1分1秒上回りました。

63回目を迎えた富士登山競走は、ふもとの富士吉田市役所から富士山の山頂を目指し距離で約21キロ、標高差は約3000メートルを駆け上がるレース。
制限時間の4時間半は極めて厳しく、全国から「足に覚えがある」猛者が集まりながらも、完走率は毎年4割余りで、「日本一過酷なレース」とされています。

このレースに出ること自体クレイジーなのですが、制限時間内の完走を果たすことは、市民ランナーにとって大きな「勲章」とされています。
市民ランナーの勲章といえば、富士登山競走の完走のほかフルマラソンを3時間未満で走る「サブスリー」、100キロを10時間未満で走る「サブテン」があり、この3つを達成することは「グランドスラム」と言われます。
これまでにサブスリー、サブテンを1度ずつ達成した私にとって、富士登山競走の完走は最後の「ミッシング・ピース」だったわけで、自分にとっては50歳を目前にしての快挙でした。

しょせん「遊び」ではあるのですが、5年がかりで、それなりに真剣に取り組んだ遊びで念願をかなえることができとことは、このうえなく幸せなことでした。

BL0723富士登山競走1IMGP2993  BL0723富士登山競走2IMGP2997  BL0723富士登山競走3IMGP3003

猛暑に見舞われた各地と同じく、富士吉田市内も朝から晴天で、朝から日差しが強く、走るには厳しい陽気。
ふもとと山頂の気温差が約20度もあることを考慮して、これまではシャツを2枚重ねしたり、ハーフタイツやハイソックスをはいたりしましたが、今回は「暑さ対策」を最優先して初めてランパン・ランシャツで出走。
これがまず、功を奏しました。ふもとでは比較的涼しく軽やかに走ることができたうえに、山頂付近でも気温が10度以上もあったため、寒さに悩まされずに済んだからです。

軽さ優先で5年以上前のデジカメをウエストバッグにしのばせて走り、頂上では、それで記念撮影しました。
まずは「冨士士山頂上浅間大社奥宮」の石碑前で、別のランナーに撮ってもらいました(中央)。

頂上で休んでいると、私が所属する「明走会」の関西支部である「関西明走会」の俊彰さんに話しかけられ、初挑戦で見事に完走をはたした彼と一緒に、もう1枚、記念撮影(左)。

頂上でも暖かいほどの晴天とあって、頂上の山小屋の裏手では、何枚もの布団が広げて干されていました(右)。

BL0723富士登山競争4IMGP3010  BL0723富士登山競争5RIMG0104  BL0723富士登山競走6RIMG0105

頂上でゴールしても、まだ楽はできません。市役所行きのシャトルバスが出る5合目までは自力で戻ります。
持参した薄手のTシャツを着込んで5合目に来ると、おにぎりの「給食」が配布されます。
ここのボランティアが、なんと美女ぞろいで、お願いして一緒に記念写真を撮ってもらいました(左)。

バスで市役所に下りてくると、さらに富士吉田名物の「吉田うどん」が振る舞われています。
5合目とは年齢層が異なるものの、うどんカウンターのボランティアもまた美女ぞろいでした(中央)。

富士山の湧水を使った吉田うどんは、強いコシと歯ごたえが特徴。少し濃いめの味付けが塩分を失った体に優しく感じ、格別のおいしさでした(右)。

BL0723富士登山競走7RIMG0106  BL0723富士登山競走8RIMG0101  BL0723富士登山競走9R1003563

市役所の裏庭に掲示された速報の記録によると、私は1170位(左)。
そのあと数10人が制限時間内にゴールをしましたが、「山頂コース」(そのほか「5合目コース」があります)のエントリー数は約2700人ですので、今年もまた完走率は40%台だったようです。
(実際の出走者は約2340人。完走率は50%超。前年の記録などで参加資格が厳しくなったため完走率が上がったもようです。)

市役所に戻って来て会ったのは、明走会のメンバーで、やはり山頂コースに出た森口さつきさん(中央)。
森口さんは、フルマラソンで3時間15分を切る「国際級」の俊足ランナーですが、今回は5合目の関門を通過できなかったとのこと。
私は今フルマラソンを走っても3時間半を切れないでしょう。その私が森口さんに先んじて完走したわけですから、富士登山競走が平地のマラソンとは別モノであることが分かります。

私がギリギリで完走したことを伝えると、森口さんは涙を流し、声をつまらせて喜んでくれました。
これまで私がコケ続けてきたことをご存じだからなのですが、ご自身が不本意な結果に終わったというのに、私の完走を自分のことのように喜んでくれる仲間がいることが、胸が痛くなるほどうれしく思えました。

「完走証」は後日、郵送していただけるとのことですが、会場では「完走Tシャツ」をいただきました(右)。
「私は、お山を征服した!」と書いた言葉は、なんだか時代がかっていますが、この際は何でもありがたい。
久々に大事にしたいTシャツとなりました。

走られる皆さまにとっては、今回の富士登山競走を「どんなふうに走ったのか」にも興味を持っていただけるでしょうが、それは明日にでも、お書きしたいと思います。
何しろ、独りであげている祝杯が回を重ね、ほとんどできあがっておりますので、ご勘弁を。

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