FC2ブログ
“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

07 | 2010/08 | 09
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

全記事表示リンク

せみ時雨、淀川の夕景

オールナイトの同窓会を終えて大阪・枚方市の実家に帰宅した私は、予想通りダウンして朝寝に昼寝。
母の手料理による夕食と、父が選んだ酒による酒盛りは両親と一緒だったものの、親不孝もいいところ。
1日遅れの記事のために仕込んだ写真は、朝方の帰宅直前に撮ったセミと夕方にジョギングした際に撮った淀川べりの夕景でした。

BL0801セミ1R1003944  BL0801セミ2R1003932  BL0801セミ3R1003924  BL0801セミ4R1003920

東京の自宅近くでもセミの鳴き声がうるさくなってきていますが、大阪郊外の丘陵地帯にある実家の近くでは公園などの木々がさらに多いことからセミの大合唱の音量は数段上。
「せみ時雨(しぐれ)」を聞いて風流を楽しむどころか「せみ豪雨」といった感じで、室内で会話をするのもままなりません。

「これほどのセミが鳴いているからには抜けガラもたくさんあるはず」と思い街路わきの木の幹を見ると、幾つもの抜けガラが上下に点々と残っていました(右)。
世の中に、束の間の生を受ける人間のことを「空蝉(うつせみ=セミの抜けガラ)」とは良く言ったものです。
頑張って木の幹にしがみついているように見えながら、その実は、とっくにもぬけのカラ。
そして、こんなにうるさく鳴いている成虫のセミもまた、わずか1週間で息絶えるとは、にわかに信じ難い。
セミの大合唱がうるさければうるさいほど、この世の無情が胸に迫る思いがするものです。

実家の裏手の公園では、木の幹や枝にとまっているセミの姿も多く見かけました。
ユリノキの幹には、目の高さにアブラゼミがとまっていて、近づいても飛び立ちません(左から2枚目)。
羽化して間もないためか、カメラを向けられて固まってしまい、死んだふりをしようとしたのか。
虫捕り網を持った子どもが相手なら、間違いなく捕まってしまうところです。

こずえを見上げると、別の種類のセミが枝にとまっています(3枚目)。
羽が透明ですのでクマゼミかミンミンゼミでしょうが、大合唱の中で1匹ずつの声を聞き分けることは困難でもあり、横から見た姿だけで特定することは不可能です。

さらに空を見上げると、木々のこずえからこずえに飛び移るセミの姿が次々に見えます。
それでも、これを写しとめるのはコンパクトカメラでは至難の業。
なんとか小さく写ったセミの飛翔シーンは、引き伸ばしてお見せすることにいたします(左)。

BL0801淀川1R1003954  BL0801淀川2R1003979  BL0801淀川3R1003984

昼寝から目覚めると、太陽は傾いていました。
「この時期は日陰を縫って夕方に散歩する」と話す父は、既に歩きに出掛けてしまっています。
先日79歳になった父は、月に1度は山歩きに出掛けるうえ毎日1時間ほどの散歩は夏にも欠かしません。
それを見ていて「若者」の私が、ぐうたらしてばかりいるわけにもいきません。
「練習をさぼったままでは、食事もおいしくいただけない」とも思って、私もジョギングに出かけました。

初めは最近までタヌキが出ていた丘陵地に向かいましたが、ここ数年の間にうっそうとしていた森は消えて、立派な住宅地に変わっています。拍子抜けしてしまい、さらに坂を下って淀川の川べりを目指しました。
川の近くには、昔の街道沿いの面影を残す旧家や、道しるべの石碑が見られます(左)。

淀川河川敷の遊歩道を上流に向かって走り始めると、川向いの山の端に夕日が落ちるところでした(中央)。

ランニング大会が開かれることも多い河川敷ですが、夕暮れとあってかジョギングする人は多くありません。
自転車で犬の散歩をしていた男性が「今日はこのへんで帰ろ」と犬に話し掛けて目の前でUターン(右)。
私も河川敷を離れ、枚方公園前の坂道を上って実家に向かうことにしました。

スポンサーサイト