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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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「吉田うどん」「御師の家」

冨士山の6合目にある山小屋「里見平★星観荘」で昨夕に開かれた「ミルキーウェイコンサート」を聴くために1泊2日の小旅行をしてきました。

今年で7回目を迎えたこのコンサートは、星観荘の方々に親しくしていただいていることもあって1度は聴きに行きたいと思っていましたが、富士登山競走を完走するまでは「お預け」にしていました。
そして先月、ようやく完走できたのを受け、自分の慰労会としてコンサートに出かけることにしたのです。

というわけで、星観荘行きの様子を①星観荘までの道中②コンサートの様子③翌日に訪ねた「忍野八海」の様子-と本日から3回に分けて掲載いたします。

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お盆前の帰省ラッシュが予想されたため、今回の交通手段は車やバスではなく電車。
山梨の大月でJRの中央本線から富士急行の「フジサン特急」に乗り換えて富士吉田に到着しました(左)。
山間の単線を走る列車は、特急料金がわずか100円ですが、スピードも控えめ。車体に描かれた冨士山のユーモラスなイラストが、のんびりスピードに似合っている感じがしました。

富士登山競走を無事完走した後の今回は、星観荘までの道中を一切走りません。
駅から町外れの「北口本宮冨士浅間神社」まで歩いて完走のお礼と報告をしたあとタクシーに乗り、吉田口登山道の車道の終点「馬返し」から再び歩きました。
神社に向かう参道で、登山競走のコースでもある目抜き通りには、信仰の対象としての冨士山の領域を示すゲートとなってきた「金鳥居(かなどりい)」が、いつものようにたっています(右)。

金鳥居をくぐるとき、冨士山の山頂は雲に隠れていましたが、目抜き通り沿いにある富士山の資料館に立ち寄ったあと通りに出ると、午後になって長く伸びた建物の陰を映す通りから、山頂が眺められました(中央)。

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歩き始めるのに先だって、駅前で腹ごしらえをしたのは、富士吉田名物「吉田うどん」の店。
私はこれまで吉田うどんの店に4、5軒入っていますが、そのうち駅前の店は土曜に開けておらず、客待ちをしていたタクシーの運転手に教えてもらったのが、2年前に開店した「ふじや」(右、男性は店長さん)。

新しい店ではありますが、うどんは吉田の伝統を踏襲したもの。
オーソドックスなつけ麺タイプのうどんは、太めの麺が、吉田以外ではありえないほど歯ごたえがあります。
お決まりの付け合わせは、ゆでたキャベツやニンジン、そして(別料金でしたが)馬肉の煮付け(中央)。

紺色のTシャツとスカーフをそろえた厨房のお姉さま方は、てきぱきと働いてられました(左)。

【「吉田うどん」って何?(おまけの脱線)】
「吉田うどんなんて聞いたことがない」「うどんと言えば讃岐でしょ」という方に説明を多少いたします。
富士吉田は名物「吉田うどん」の専門店が小さな市内に60軒以上もある「うどん屋の町」なのです。

上に書いた通り、吉田うどんの麺は噛んでいるとアゴがだるくなるほどのコシがありますが、噛んでいるうちに小麦粉の味が口中に広がり、慣れてしまえば逆にやみつきになります。
(転勤で数年間ここに住む新聞社の記者の多くは、最初「こんな硬いうどんあるかよ」と不平を漏らすものの、富士吉田を去ったあとは懐かしくなって、よそのうどんが「うどんに思えなくなる」そうです。)

その小麦粉の味を引き出す大きな要素は、富士山のわき水が水源の「日本一おいしい」とされる水です。
麺にも、つけ汁にも使われる冨士山の水が、シンプルな料理であるからこそ、素材の味を引き立てるのです。

付け合わせの具は、やはり先に書いたキャベツやニンジン、馬肉のほか、ネギや油揚といったところが定番。
これにゴボウの煮付けや天ぷらなどを加える店も。唐辛子やゴマを練った「辛み」も、なくてはなりません。
そして何と言っても特筆すべきは値段の安さ。
1人前350円や400円はざらで量も多く、麺の「かえ玉」も格安で用意される場合が多いようです。
(「ふじや」で私が頼んだ「つけうどん」の大盛りは450円、馬肉は100円、かえ玉は150円でした。)

吉田うどんの、もう一つの特徴は店のほとんどが平日のみの営業で、しかも昼前後しか開いていないこと。
つまり店の客の大半は地元の人たちで、よそ者の観光客は基本的に相手にされていないというわけ。
このことが、おいしいおいしい吉田うどんが、あまり外に知られていない最大の理由だと思われます。
そして地元の人たちにとって、仕事の昼休みに食べるランチの定番が、当然のことながら吉田うどん。
「昨夜は飲み過ぎたので、今日は麺が『柔らかめの』店に」などと、日々うどん屋めぐりをしているそうです。

こうして地元の人たちの生活に根付いている吉田うどんの歴史は、相当に古いということです。
富士吉田は標高が高く冷涼で米作りに適さない土地であるため、小麦を原料にするうどんは、家庭の主食やもてなしの料理として伝統的なものでした。
かつて織物が基幹産業だったころ、主な労働力は女性だったため、食事のうどんを作るのは男性の仕事で、足も使って男の力で麺を練ったことから、コシの強い麺が定番になったと言われています。

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北口本宮冨士浅間神社の参道に当たる金鳥居の立つ目抜き通りの両側には往時、江戸などから富士山を目指した人たちに宿を提供していた「御師(おし)」の家が幾つも残っています(6月27日の記事参照)。
その一つで、2年前から資料館として公開されている「旧外川家住宅」を見学しました(中央)。

御師の家は、信仰の対象として富士登山旅行をした人たちの互助組織「富士講」の人たちに宿を提供するとともに、身を清めてもらう「お祓い」もしていました。
旧外川家住宅には、お祓いの道具も並べた神棚などの施設のほか、木製の弁当箱や防寒具として使われた「どてら」、金剛杖などの「登山用品」、写真や文書などが昔ながらの調度の間に展示されています(左)。
入場料はわずか100円ですが、ガイドのお姉さまの説明は詳しく分かりやすく、申し訳ないほど。

富士講の「道者」が身に着けていた白装束も、一式が展示されていて、昔をしのぶことができます(右)。
富士登山競走に挑戦する人にとっても、昔をしのんで吉田口登山道をたどる人にとっても、そしてまたバスや車で5合目まで一気に登り、手軽に登山を楽しむ人にとっても、この資料館はお勧めの場所です。

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馬返しから星観荘までの登山道では、真夏から秋口に咲く花々が見られました。
ムラサキ色で、釣り鐘状の花をつけていたのは、キキョウの仲間のソバナ(左)。

同じムラサキの花で、5合目手前の「井上小屋」前に咲いていたのはミヤマトリカブト(中央)。
ニワトリのトサカに似ていることから名付けられた猛毒の野草トリカブトの一種です。

そして線香花火のような白くて細いつぼみを穂の形につけていたのはカニコウモリ(右)。
葉の形がカニの甲羅やコウモリの羽に似ていることから名付けられたということです。

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やはり5合目付近で咲いていた黄色と紅色の端正な形の花は、花期が比較的長いヤマオダマキ(右)。

ピンクで大きな釣り鐘状の花が鈴なりになっていたのは、ヤマホタルブクロ(中央)。
蛍を入れると提灯のように光ったという風流な話から名付けられたともいうホタルブクロの一種です。

そして、地面にはうようにして小さな赤い実をつけていたのはシロバナノベニイチゴ。
6月後半に同じ群落を見たときには、バラのような白い花が一面に咲いていました(6月28日の記事参照)。
富士山の短い夏が、駆け足で過ぎているのが、花の移り変わりを見てくると実感することができます。

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