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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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光のタワー「競演」

かれこれ3週間もぐずつき続けているカゼはいまだにスッキリしませんが、今朝は出勤ランを再開しました。
ノドやハナはつらいものの、体は動くような気がしたからで、そんなときはむしろ走って血流や新陳代謝を良くした方が体調が上向くことを経験的に知っているからです。
外はすっかり涼しくなって、抜けるような青空、澄んだ空気はすっかり秋でしたが、体も気持ち良く動いたため立ち止まって写真を撮る気にはならず、日が暮れてから少し後悔しました。

そこで本日のネタは昨日に引き続き現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2010」に「出品」された巨大な光のタワー「spectra[nagoya](スペクトラナゴヤ)」です。
この作品がつくられるのは2日間だけ。
曇り空の昨日と晴天の本日で、見え方がどんなふうに違うのか気になりながら仕事を終えた夕刻、すっかり暗くなった街に出て、見納めとなるタワーの様子を見上げました。

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職場を出て近くにある名古屋城の外濠沿いの歩道から見上げると、光のタワーは少し青白く、真っ直ぐ空に伸びる様子は昨日よりも勢いが良いように感じました(左)。
昨日は光が低い雲にぶつかって、そこで円盤状に広がり、その先は見えなくなっていましたが、本日は晴天とあって光は空高くどこまでも伸びてフェイドアウトしています。
もやに反射・拡散して、ぼんやり太く見えた昨日より、本日の光はよりコントラストが高くシャープでした。
造形としてのおもしろさは昨日の方がありましたが、スケール感は本日の方が勝っている感じがして、自然のコンディションで表情を変える作品を2日続けて見ることができて良かったと実感しました。

光が放たれる名古屋城内の様子は昨日たんのうしていましたので、本日はウオーキングで帰宅する途中に名古屋のシンボル・テレビ塔と一緒に光のタワーを見ようとテレビ塔のたつ久屋大通の公園を南下しました。
光のタワーとテレビ塔による「タワーの競演」がどんなふうに見えるか興味があったからです。
そして向かった先は、テレビ塔を水面に映す水をたたえた大屋根がある栄地区の総合施設「オアシス21」。
トリエンナーレの主要会場である「愛知芸術文化センター」に隣接し、現代アートの大御所・草間彌生さんの作品が展示されている場所です。

オアシス21の「水盤」の前に来ると、期待どおりテレビ塔と光のタワーが並びたつのが見えました(中央)。
今夜だけしか見えないスペシャルな光景だと思うと、普段以上に幻想的な雰囲気に包まれる感じでした。
名古屋城からは2キロほど離れていますので、光のタワーの光量はかなり落ちて、テレビ塔に見劣りします。
自分の目で見ている分には、目が「補正」をかけてくれるため、いい勝負の「競演」なのですが、写真に撮ってみると光のタワーは夜空に消え入りそうな感じ。
そこで画像編集ソフト上で、光の筋の部分だけ選択して明るくしてみましたが、光のエッジが立って不自然。
いくら何でも補正の範囲を越えていましたので、元に戻すことにしました。

水盤の南側には、先日も紹介した草間さんの作品であるカーブミラーが水中に並んでいます(右)。
このミラーの中にも、それぞれテレビ塔と光のタワーが仲良く並んでいたのですが、やはり光の方はうっすらとしています。これもまた、目をこらしてご覧いただきたく思います。

ということで、2日きりでなくなってしまう美しくも寂しくも潔くもある光のタワー「スペクトラナゴヤ」を、ほとんどフルコースで楽しみました。
それでも、まだ名残惜しくて、帰宅する途中に何度も後ろを振り返って空を見上げたのですが、光はどんどんうすれて寂しさを増すだけでした。
代わりに東の空からは円形に近い丸々とした明るい月が昇ってきて、秋本番を感じさせてくれました。

空に届く光のタワー

名古屋を舞台に開催されている現代アートの祭典、「あいちトリエンナーレ2010」の目玉作品の1つである巨大な「光のタワー」が今夜、名古屋城の上空に出現しました。

この作品は「spectra[nagoya](スペクトラナゴヤ)」。
岐阜県出身でパリに在住の電子音楽の作曲家で美術作家の池田亮司さんが手がけた作品で、名古屋城の天守閣に近い広場に64台のサーチライトを縦横に並べ、10台のスピーカーから電子音を流して、光と音を組み合わせてつくった「インスタレーション(空間芸術作品)」です。

私は本日、仕事を兼ねて名古屋城を訪れ、この作品を間近で見る機会に恵まれました。
実は昼には名古屋市の中心街に出現している「巨大なバランスボール」のような世界最大のプラネタリウム(建設中)の投影試験も見てきたのですが、こちらは限定公開ですので、ここで紹介することができません。
そこで、私にとっての2大イベントのうち、一般公開された光のタワーのみ紹介いたします。

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新聞用の写真であれば光のタワーの下から空まで、名古屋城、見ている人を1枚に収めるべきで、それには超広角レンズが必要です。
しかし、映像の撮影のため現場に行った私は、いつも通りコンパクトカメラを持っているだけ。
映像のカットよろしく3枚の「組写真」によって、なんとか作品の様子をお伝えすることでお茶を濁します。

花火の大筒のように真上に向けられたサーチライトの光は真っ白で、成層圏まで届くという強力なもの。
ライトアップされた名古屋城も見える会場の広場では、縦横8列ずつに並んだライトの間を歩くこともできて、見物に来た人たちはライトのすぐそばから頭上を見上げていました(中央)。

「下から見ると、光を発しているというより、光が空から降り注ぐ感じに見えるそうです」
トリエンナーレのスタッフから事前に聞いていたとおり、自分もライトの間に行って空を見上げてみたところ、上空の遠くで光が1カ所に集まり、そこから光の筋が傘のように落ちてくる感じがしました(左)。

近くから見ると「光のツリー」のように見える作品ですが、遠くから見ると確かに「光のタワー」です(右)。
てっぺんの光の玉のように輝いたところは、雲が厚くなっている部分のようでした。
実は昨日も、この作品の「試験点灯」が行われましたが、私の自宅近くからは、うっすらとしか見えず、今日と明日の「本番」がどうなるのか、少し心配でした。

作品の光が、くっきりと見えるかどうかは、空気中の浮遊物が多いかどうかにかかっているとされます。
スタッフは「小雨ぐらいがちょうど良い」と話していましたが、撮影する者にとって雨はめんどうです。
そしてふたを開けてみると、直前までの小雨が上がって少しもやっているという最高のコンディション。
作家やスタッフ、それに見物する私たちの願いが、まさに「天に届いた」ともいえる幸運でした。

そうそう、「光と音を組み合わてつくった作品」と言っても写真だけでは音を聞いていただくことはできません。
ご興味のある方は、私が撮影したネット動画ニュースで、音も合わせた現場の雰囲気をお楽しみください。
http://www.47news.jp/movie/general_topics/post_1107/

そうそうそう、巨大ボールのプラネタリウム内部も、光が少なすぎて画面が暗めですが、ご覧いただけます。
http://www.47news.jp/movie/general_topics/post_1100/

うれし悲しい段ボールの山

今日は朝から雨が降り、少し前までの猛暑が夢のように思えるほど涼しくなって、すっかり秋の気配です。
本来なら本格的な走り込みを再開したいところなのですが、夏カゼは依然しつこく停滞したまま。
ウチにこもっての完全休養日となったため外の写真はなく、しばらくぶりに愛猫チーコの登場となります。

新しいウチに、すっかり慣れた様子のチーコは、あちこちのコーナーで新品の壁紙をひっかきまくり、新調したばかりのカーテンのレースをなめてザラザラの舌のお掃除をするなど、再び「猛威」をふるいつつあります。
お気に入りのスペースも幾つかできていて、そんなスペースの1つが背の高い本棚の上。

本来なら乗れるはずのない本棚の上にチーコが登れるわけは、いまだ片付かない段ボール箱の山です。
本を詰め込んだ段ボール箱は、部屋の1つに高く積み上がったままで荷解きに全く手がついていません。
おかげでチーコはこの山をつたって、いとも簡単に棚の上が空のままの本棚のてっぺんにたどりつきます。

高いところの好きなネコのチーコにとっては、この段ボール部屋は「うれしい」遊び場。
私にとっては、引っ越して3週間以上たつのに山積みのままの段ボール箱は見る度に「悲しい」光景です。

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高くて落ち着くところでは、チーコはベッタリお腹をつけて足を伸ばし、完全に弛緩してしまいます(中央)。
段ボール箱の山には、お世話になった引っ越し屋さんの「ハトのマーク」のロゴが幾つも並んでいます。

山積みの段ボール箱の壮観な眺めに、チーコも「いつまでも何やってんのかなあ」といいたげな表情(左)。

でも、弛緩した体勢で長く目を開けていることはできず、チーコのまぶたは次第に閉じて薄目の状態に(右)。
こうした表情のときは、左目の上にある「まゆげ」が、なんだかお似合いです。
所かまわず、すぐに眠くなるのは「育ての親」である私にそっくり。
目を開けようと努力するつらさが分かるだけに、撮影は切り上げ、電気を消してあげることにしました。

トリエンナーレの街は

3年に1度の開催を目指す現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2010」の会場・作品の様子を、昨日まで2回にわたって紹介しましたが、もう1回「番外編」として内部の撮影が不可だった会場の外側や周辺の街の様子を紹介いたします。
本日紹介する写真は20日に撮影したものですから、既に2日遅れとなりますが、ご勘弁を。

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この日にまず向かったのは、前日訪れた「愛知芸術文化センター」と並ぶ大型会場の「名古屋市美術館」。
名古屋の浅草寺ともいうべき「大須観音」前の地下鉄駅から観音さんに寄り美術館に向かおうとしたところ、一見、現代アート作品とみまがう壊れて真っ黒にすすけた自転車が歩道脇にあるのが目に止まりました。
ここは老舗に見えるウナギ料理屋さんの店の横で、すすは大きな金属製の排気口から吹き出す煙によって自転車のフレームにこびりついたもののようでした。しかし、なぜ?

美術館は昨日お伝えした通り館内の撮影が一切禁止。
仕方なく、入り口近くに設置されていたインスタレーション(空間芸術)作品を撮影しました(中の左)。
コンクリートの梁からぶら下がっている赤いものは、写真をご覧になってもなんだか分からないでしょう。
それもそのはず、これはハンモックなのですが、閉じてしまっているため網の部分が見えないのです。
地面近くにぶら下がったハンモックもありましたので、「寝そべっちゃ、だめなんでしょうか」と係の人に聞いてみましたが、「寝てもらうことはできないことになっています」との答え。
危ないからということなのでしょうが、遊び心のない芸術は、なんだか寂しいものです。
「それなら代わりに人形でも乗せておけばよいものを」と思ってしまいました。

「作品の撮影が可能かどうかは、基本的に作者の意向に沿っているはず」
「あいちトリエンナーレは撮影可能な作品が非常に多いと思うのですが」
芸術文化センターの幹部スタッフはこんな説明をしてくれましたが、美術館の「一律NG」というのは、どうやら規制や管理の手を抜きたい美術館の意向が強く働いた「決まり」ではないかと、ハンモックの一件もあって、そう思えましたが、いかがなんでしょうか。

美術館から長者町会場に向かう途中、通りに面したガレージを使った作品がありました(中の右)。
モノをくくりつけてマンホールに垂らしたロープが上下するなど、ガレージはからくり屋敷のようです。
見物する人が驚かされるのは、入り口のシャッターも突然ガラガラと大きな音をたてて開閉すること。
若い女性が黄色い悲鳴を上げるほどで、「おもしろ怖い」この作品は、オバケ屋敷のようでもありました。

そしてガレージの前から見上げる特大バランスボールのような球体は建設中の世界一のプラネタリウム。
うーん、何度見てもこの球体の現代アートぶりは、トリエンナーレの作品に勝るとも劣りません。びっくり!

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昨日紹介した長者町会場を見た後に行ったのは、名古屋市内を南北に流れる堀川の河岸近くに設けられた「納屋橋会場」。
以前の記事で、ドブ川然として岸辺がヤブに覆われた堀川を、「親水公園のように整備してはどうか」などと苦言を申し上げましたが、私はちょっと勉強不足でした。
といいますのも、まさにこの「納屋橋」付近は、わずかな距離ではありますが川に沿って遊歩道や飲食店が整備された場所で、新しいお洒落スポットとして人気が出てきているエリアだったのです。

納屋橋の上から川を見ると、川辺に降りられるような工夫はなされていないものの、河岸の遊歩道やテラス付きのレストランもできていて、トリエンナーレの会場はその向こうに見えました(中央)。
レストランの裏から対岸を見ると、古風な建物の日本料理店の裏側の窓に簾が並べてつるされ、この風景もまたちょっとアート的でした(左)。

納屋橋会場の内部も基本的に撮影禁止。
でも、あちこちで写真を撮りまくったあとでしたので、かえってありがたいようにも感じました。
2日にわたりトリエンナーレ会場を歩き回った疲れが出て、映像作品の会場ではウトウトしてしまいました。
そして外に出るともう日暮れ。
納屋橋のたもとでは、ハワイアン・レストランの前で裸足の魅惑的な女性らがフラダンスを披露していました(右)。

ライトアップされた橋をバックにしたダンスも一見、トリエンナーレの関連イベントのようです。
そういえば、現代アートの祭典ではダンスなどのパフォーマンスも「つきもの」なのですが、これまでのところ観賞する機会を得ていません。
行き当たりばったりのそぞろ歩きばかりではなく、今度はスケジュールをチェックしてパフォーマンスの作品も体験してみたいものだと思っています。

名古屋で現代アートの秋2

本日も昨日に続き、1日遅れで「あいちトリエンナーレ2010」の会場を訪れた際の様子を紹介します。
昨日訪れた会場は、一昨日に訪れた栄地区の会場を除く主要会場である①名古屋市美術館②長者町会場③納屋橋会場-の3カ所ですが、そのうち①と③は写真撮影が不可だったため、紹介するのは②の長者町会場の様子だけです。

この会場は今月7日の記事でも紹介した通り、かつて日本有数の繊維問屋街として栄えた「長者町繊維街」の再生も願ってトリエンナーレの舞台とされたところ。
空きビルを利用した会場の多くにエアコンが付いていなかったことから、前回は暑くてゆっくりと時間を費やせませんでしたが、今回は少し涼しくなったこともあって、じっくりと見物することができました。

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「これもアートのようなものだ」とトリエンナーレの関係者も話す「長者町繊維街」の大看板の写真は7日にも夕方に撮ったものを掲載していますが、もう一度紹介いたします(左)。
このエリアの主要な展示施設が幾つか集まる付近から南側を見ると、緩やかな下り坂になっていることから、ご覧のように大看板が幾つも並ぶ様子が撮影できたためです。
通りを人が渡る場面も見えたのですが、こちらも通りのど真ん中で車が途切れる瞬間を狙って撮るものですから、結局のところ車ばかりが写った少し寂しい写真になりました。

この大看板が並ぶ様をあしらった巨大ポスターのような作品も前回紹介しましたが、そのときに撮影したのは室内に掲げた比較的小さなもので、今回は駐車場に掲げたさらに巨大な作品をお見せします(右)。

実はここに登場する人たちの多くは、架空の人や歴史上の人物ではなく、今も長者町繊維街にいらっしゃる「長老」だということで、その長老たちのインタビュー映像を見せる作品も展示施設の中にありました(中央)。
この作品の部屋には、「ポスター」の下敷きになったとみられる昔の写真も展示されていて、往時の長者町がしのばれました。

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長者町会場には、音に反応して動くオブジェを展示した施設もありました。
音楽などを鳴らすと、それに反応してクネクネと動く花のおもちゃを縁日などで見かけます。
ここのオブジェも仕組みは同じように見えましたが、モノはずっと大きくて、デザインも当然アート的。
そのうちの1つはオレンジの丸い要の部分から自転車のスポークのように伸びた糸が、見物する人の拍手やかけ声に反応して一斉にしなり、美しい模様を描いていました(中央)。

チケットなしでオープンになっている作品もあって、その1つはビデオを映すモニターの横に巨大な招き猫の首のレリーフが据えられていました(右)。

ショーウインドー越しに中が見える展示施設を通りの向かい側から眺めていると、かわいらしくコスプレ風に着飾った女の子2人が横切りました(左)。
現代アートに彩られた街の中で、アートに伝染してポップになっていく人も増えているような気がします。

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「図鑑切り抜き魔」と呼びたくなる愛知県の作家・渡辺英司さんの作品は7日、昨日と続けて紹介しましたが、地元の作家さんということで敬意を表する意味も含めて三度登場していただきます。
7日にも紹介した通り、この作品の会場は長者町の通りに面した4階建ての古い空きビル。
その2階では、壁や天井に、図鑑から切り抜いた蝶々が、気持ち悪いくらいびっしりと貼られています(左)。

前回は気付きませんでしたが、ここにも蝶の写真や絵を切り抜かれた無残な姿の図鑑が展示されていました(右)。

別の階で見て、さらに驚いたオブジェは、月や太陽などがことごとく切り抜かれたミニ万国旗(中央)。
丸い紙片は、何本もつるしたミニ万国旗の下に置かれた箱に入れてありました。

現代アートの作品というのは、作家が真剣に努力すればするほどユーモラスな味をかもすものが少なくないように思えてきました。

さて、「3年に1度」開催するという意味が名前に込められている「トリエンナーレ」。
3年後に再び開催できるかどうかは、初回に成功をおさめることができるかどうかで決まるはずです。
ようやく涼しくなり来場者も増えてきていると聞きますが、この斬新・奇抜な現代アート作品ずくしの芸術祭がどれだけ名古屋市民に浸透し、受け入れられているのか、いろんな人に聞いてみたくなってきました。