“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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さようなら社食

私が会社の転勤で東京から名古屋に引っ越してきて、早くも1カ月が過ぎました。
当初は連日の猛暑に見舞われて「とんでもないところに来てしまった」と辟易していたものの、いつの間にか秋風が吹くようになり、ときには肌寒く感じるほどです。

今なお荷解きが済まない段ボール箱が山積みなのを見ると、物事は何も進んでいないようにも思いますが、世の中のすべては流れていきます。
お世話になっていた職場のあるビルの「社食」も、改装のため本日で店じまいすることになりました。

個人のサイトに仕事関係のことを書くのは、はばかられ、これまでも極力避けていますが、この社食は正確に言えば私の会社のものではなく間借りしている会社の社食ですので、本日はボーダーすれすれのネタとして取り上げさせていただきます。

毎日の食事に使わせていただいたことから、このところ少し飽きてきていたとはいえ、懐かしい風景・食事が本日限りで見納め・食べ収めとなると、手ぶらで行くわけにはいきません。
本日の昼休みは外出を控え、カメラをつかんで廊下を横切り、職場と至近距離の社食に直行しました。

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社食は改装によって経営する業者が変わりますが、従業員の多くは継続雇用が決まっているそうです。
入り口の職権売り場にいらっしゃる美人のお姉さまも「長期休暇ですか」ときくと「そうなのよ」との答え。
「食券と一緒に1枚お願いします」と頼んだところ、Vサインをしてくれたうえ、「やっぱり食券持たなきゃね」と再度ポーズをつけてくれました(左)。
いつもは全開の元気に、こちらが気圧されそうなお姉さまですが、本日は少し寂しそうでした。

いくら何でも社員の方々が食事されているところを撮すわけにはいかず、定食を受け取るカウンターで料理を撮るふりをして厨房の様子も1枚だけ失礼しました(中央)。

そして、最後の食事となったのは、420円のチキンカツ定食(右)。
実は、午前中から目をつけていたのはミンチカツと五目ラーメンだったのですが、廊下に並ぶ客の列がいつも以上に多く、食事の時間を後ろにずらしているうちに両方とも売り切れになりました。
「今日は、すごい人なのよ」とお姉さんも驚かれていたように、慣れ親しんだ社食の料理を楽しみかつ名残を惜しむために駆けつけた客が多かったようです。

チキンカツは一見「名古屋めし」ではないように思われますが、名古屋は手羽先やナゴヤコーチンが有名な通り、鶏肉が好まれる土地。
何の変哲もないチキンカツでしたが、1カ月を一緒に過ごしたこの「名古屋の社食」に感じ始めていた愛着を反すうするような思いで味わわせていただきました。

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あんかけスパ

今朝は仕事疲れなどから余裕のある時間に起きることができず、走ると痛みが出る足首のままダッシュするわけにもいかず、地下鉄で出勤。昼休みに職場の外に出てみました。

職場からほど近いところに「名古屋めし」の代表格「あんかけスパゲッティ(パスタ)」の店の看板が見えていたため、たまには「社食」に「浮気」をさせてもらって試してみようと思ったわけです。
ところが、通りに看板のかかっている店を探すことができず、そのまま行き過ぎてしまいまいた。

そして足を向けたのは、その少し先にあるレトロな雰囲気のアーケード街。
この「円頓寺(えんどうじ)商店街」はガイドブックに載ることもあり、1度足を運んでみたいと思っていました。

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名古屋城エリアの一角にある私の職場から向かうと円頓寺商店街は、江戸時代に掘られた運河、「堀川」の橋を渡った先にあります(左)。
この橋は1610年代に、徳川家康が名古屋城の築城に伴って清洲城の城下町(現在は名古屋市の近郊の清須市)を丸ごと移転させた「清洲越し」の際に移築されたという「五条橋」です。
もちろん今の橋は、その後に再建されたものですが、その風情からは由緒正しさが感じられます。

商店街は、東京でいえば巣鴨のような雰囲気で、古い店構えがそのまま残っている商店などが多く、昭和の時代にタイムスリップしたような感じがします(右)。

店の様子は、どこも味があっておもしろいのですが、1カ所だけをお見せしては印象が偏るよう気もします。
そこでオマケは、アーケードの屋根の下に幾つもぶら下がった張りぼての一つ「ねずみ小僧」です(中央)。

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せっかくですので、円頓寺商店街をほぼ端から端まで歩きつつ、遅いランチをいただく場所を物色しました。
すると横文字の看板を掲げたパスタ屋が現れ、「もしや」と思って店の前にあったボードを見ると、メニューはすべて「あんかけスパ」。
一般の人たちのランチライムを過ぎた昼下がりで客はいませんでしたが、トライしてみることにしました。

注文したのはキャベツとベーコンをトマトベースのソースで和えた定番だという、あんかけスパ(中央)。
皿の中央にスパゲッティが盛りあがり、あんかけソースがあふれそうなスパは、なかなか壮観です。
肝心の味もまた、なかなかイケているのですが、普通のパスタとは別モノと思った方が良いようです。

ソースはトマトよりも、むしろ酢と香辛料の味が勝っていて、中華のスーラー湯麺のような感じ。
さらにパスタの常識を覆されるのは肝心の麺で、これがパスタ特有のコシがなくボソッとしているのです。
まるで、出来合いのサラダに入っているスパゲッティのような歯触りなのです。

実は、しばらく前に職場が入っているビルのカフェから、あんかけスパを出前してもらったことがあり、そのときにも麺があまりにボソッとしていたため「運んでもらううちにノビたんだろう」と思いました。
ところが、あんかけスパの「汚名を挽回してもらおう」と期待していた今回もボソッとしているとあっては、何かワケがあるに違いありません。

いただき終わったあと、調理をしていた店主とみられる男性に聞いたところ、麺は事前にゆでておき、注文を受けてからこれを、ふんだんに使う油で炒める(というか揚げる)とのこと。
どうりで、ボソッとしている一方で、麺の表面はアツアツの油がなじんで香ばしくなっていました。
調理中に1枚だけ写真を撮らせていただいた際に、フライパンにたっぷり注がれた油の中で麺が泳がされていて、何が起こっているのか分かりませんでしたが、これが決定的なシーンだったというわけです(右)。

「外から来る人には珍しいようですが、名古屋じゃこれが普通なんです。お昼どきには、近くのサラリーマンの方々がたくさん来てくださいます」と、お勘定の際に店の男性は話してくれました。
いわゆる「B級グルメ」ともされている名古屋めしのあんかけスパ。
こんなふうに店は違っても共通したレシピが浸透し、地元の人たちに受け入れられるようになった経緯はどうだったのか、興味をそそられます。

そして前回に「あんかけスパはしばらく勘弁」と思いながら再び食べる気になり、さらに「しばらくすれば、また食べたくなりそうだ」と思い始めている自分は、いよいよ名古屋に染まりつつあるのかもしれません。

そうそう、「仕事疲れ」とお書きしましたのは昨夜、このところ続けてネタにしている現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2010」で、アンドロイド型のロボットと人間の俳優が舞台で共演するという芝居のリハーサルがあり、これを見る機会に恵まれたのです。
私がビデオ撮影した動画ニュースのアドレスは次ぎの通りです。ご覧ください。
http://www.47news.jp/movie/general_topics/post_1134/

雨上がりの出勤ラン

雨上がりの今朝は、一段と涼しくなり、しっとりした空気の中で出勤時のランニングをしました。

といいましても、どうやらまたまた痛めてしまった右足首は治らない様子で、ゆっくりと時間をかけて、すり足というか抜き足差し足というか、そろりそろりとした足取り。
それでも途中で2、3度、くぎを踏むような痛みが走り、明日以降は再び足を休める必要がありそうです。

このままでは10月に韓国のランナーたちを招く「東京夢舞いマラソン」で伴走しながら記録係を務めることができるかどうか微妙ですが、とりあえずは足を休めつつ、パンクしたクロスバイク(自転車)を修理して体力の維持・向上に努めたいと思っています。

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ともあれ敢行した出勤ランですが、スピードが出せないために時間ばかりかかって、写真を撮っている余裕はあまりありませんでした。
それでも撮した1枚目は「100メートル道路」の中央が大規模な緑地公園になっている「久屋大通」でハトにエサをあげていた女性(左)。
足元の地面を覆おうブロックは、雨上がりのため、まだ乾いていませんでした。

先を急ぐため、女性に声をかけるかけることもなく、近づくこともなく、レンズを望遠側にしてズームアップ。
それでも「手ぶれ補正機構」が効いてブレることはありません。
フットワークをいかさないまま撮ったスナップは画面の迫力に欠け、やはり邪道なのだと思うのですが、相手がカメラに気付くことなく自然な様子を撮れることも事実です。
望遠撮影によるスナップなど、かつては考えられませんでしたが、今は全然アリなのかもしれません。

(私は特に動物を撮るときなど、まず望遠で遠くから「おさえ」の写真を撮ったあと、徐々に被写体に近づいて撮影を続けることにしています。これもまた、何枚も撮っても懐の痛まないデジタルカメラの時代になったからこそできる贅沢な撮影手法だと思います。)

久屋大通を離れて走っても、なかなか「これは」と目を引く被写体に出合えず、職場近くになって思い出したのが歩道わきに植えられていたアサガオ(中央)。
街路樹の幹に張りつくように伸びていたアサガオは、秋口になっても毎朝たくさんの花をつけていましたが、本日は出社の時間が遅かったため、どの花も残念ながらしおれていました。
でも、雨の名残である露が花びらに乗って、アクセントになっていました。

その少し先で、しばらく前に紹介した「那古野神社」の境内を通ると、社殿前の石畳に水たまりが残り、樹木のこずえや空を映していました(右)。
水たまりに落ちた木の葉は黄色く色づき、明きの風情を感じさせていました。

鶴舞公園、秋の夕暮れ

本日は土曜出勤の代休をいただきましたが、遠出も本格的なトレーニングもせず、その代わりに近所にある名古屋市民の憩いの場・鶴舞公園で夕暮れ時のジョギング散策をしました。

名古屋に来て1カ月近くになるのに、なお山積みのままの段ボール箱の整理に着手したのが一番の理由。
それに昨日に続いてどんよりした空だったためでもあります。
実際、鶴舞公園に行ったとたんに小雨に降られ、さらに昨日ぶり返した足首の痛みも再び出て、さほど大きくない公園をぐるっと1周しただけで退散してしまいました。

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地下鉄やJRの駅近くにある自宅から鶴舞公園を抜けて反対側に出ると、木々に覆われた古墳があります。
東海地方では最大級の円墳で、5世紀に造られたという「八幡山古墳」です。
小学生のころ「考古学少年」だった私は、大阪や奈良の古墳を巡り歩いた経験があるだけに、今でも古墳のなだらかな斜面を見ると、胸が高鳴る感じがします。

先日、初めてこの古墳を見たときは時間がなく前を通っただけでしたが、本日は周囲を回ってみました。
すると、水のない古墳の周濠の斜面に赤や白のヒガンバナが咲いていました(左)。

そういえば、暑かった夏の記憶が強く残っているものの、既に彼岸も過ぎて秋本番です。
それにしては、花の時期が早いとされる白いヒガンバナも赤い花も満開だったのは、猛暑のため季節の移り変わりが遅くなったためでしょうか。

1909年に、名古屋で初めての都市型の公園として整備された鶴舞公園の建造物の中で「噴水塔」(以前の記事で紹介しました)と並ぶシンボルが「奏楽堂」(中央)。
今の建物は10年余り前に再建されたレプリカということですが、明治の香りが漂う西欧風の姿は歴史を感じさせ、手前に植わっていたプラタナス(スズカケノキ)と似合っていました。

公園の中央にある花壇には、前屈みに片足で立ち、もう一方の足の靴を手で触れている「踊り子」の銅像があります(右)。
花壇にはオレンジ色のキバナコスモスが咲いていて、銅像を華やがせていました。

都会の中の緑だとはいえ、「自然」のある公園は、ありがたいことに季節を感じさせてくれるものです。

夕暮れの街をラン散策

休みの本日は体調回復のため朝寝したあと、曇り空の下、夕暮れに向かって街をランニング散策しました。
カゼが抜けきらない状態が続いていることもあって、休みに走りに出るのはおっくうでしたが、本日はちょっとしたイベントのおかげで屋外に出ることができました。

「フリーパス」を購入したこともあって、このところ続けて紹介している現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2010」の会場で、大がかりな映像作品の上映があったからです。
名古屋を南北に流れる運河・堀川べりの「納屋橋会場」で午後4時から披露されたのは中国の作家・楊福東(ヤン・フードン)氏の作品。
「映写技師が何人も出てきて、すごい」とスタッフのお墨付きだったため、たまには披露される時間が決まった作品も見ようと思い立ったわけです。

名古屋駅にも近い納屋橋会場まで自宅から走ると、ほんの15分余り。
便利なところに住んでいることと同時に、名古屋の街のコンパクトさを実感することになりました。

納屋橋会場の中は基本的に撮影が不可で、映像作品が多いこともあり、そもそも写真撮影には向きません。
でも、ここは写真なしで作品の内容を少しだけ紹介いたします。

広いスペースの上映会場に入ると、ほぼ壁に沿って9面ものスクリーンが並び、それぞれにフィルムの映像を映し出すための映写機も9台並んでいます。9面のうち4面は背中合わせですので、1カ所に立って見られるのは、そのうち5、6面。そう、座席などはなく、立って見るか、床に座って見るかなのです。

上映が始まると、それらのスクリーンに一斉に映像が映し出されます。映像はすべて白黒で無声。
映像に音がない代わりに、1台ごとに担当の映写技師がついた映写機が、一斉にカラカラと音をたてます。

映し出される映像はいずれも数分間の長さで、30分余りの上映時間の間、繰り返し映し出されます。
ストーリーなどないようなものですが、あちらで男女が抱き合っているかと思うと、こちらではスーツの男らがカンフーやワイヤーアクションも駆使した乱闘シーンを演じている。
都会の街角や室内もあれば、田舎のシーンもある…といった具合。
要するに、それぞれのスクリーンの中で、様々なシーンが、見たところそれぞれ脈絡なく流れていきます。

なんだか良く分かりませんが「世の中って、こんな具合だよなあ」と、初めはそんな風に思いました。
つまり、夜になって窓の灯りがともった集合住宅を外から見ると、それぞれの家でそれぞれの夕食が囲まれ、家族団らんが営まれているのだなと思うのと同じように、似たようではあってもすべて違う無数のストーリーが流れていっているのが世の中なのだと。

でも、1つのスクリーンに流れる映像が繰り返されていると気づくと、次第にかったるくもなってきて、「もうこのへんでいいか」と思えてきます。
とはいえ、周りの人たちは、けっこう真剣に見ているものですから、自分だけ出て行くのも気が引けます。
そんなふうに悩んでいるうちに、上映時間の30分余りが過ぎてしまいました。

映像をかじっている私としては、やはり映像というものはノンフィクションであれフィクションであれ、空間を切り取る際に伝えたい「意味」があって、だからこそ見る人は時間を費やして見てくれるのだと思います。
ですから、こうした意味が良く分からない映像を長く見ていると、次第に居心地が悪くなるわけです。
とはいえ、これは何でもありの「芸術」ですから、そうした居心地の悪さが意図されているのかも知れません。

とにかく、なんだか壮大な実験だったことは確かで、そのために何人もの映写技師の方々が動員されていること自体が、なんだかすごい。
今回のトリエンナーレに出品している中国の作家さんの中には、爆竹に使うような火薬を爆発させて巨大な絵を描いた方もいて、その作品のダイナミックさも合わせて言えば「中国ってすごい」というのも1つの感想。

見る人がどう感じようが、おかまいなしに、美しいか丁寧かなどももちろんおかまいなしに、自分が表現したいことをぶつける中国ならではであろう「あつかましい」感じは、現代アートの世界も凌駕しそうな気がします。

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写真もないまま、中国の作家さん顔負けの「あつかましい」独りよがりな文章が長くなりました。
このあとはまず、トリエンナーレの「納屋橋会場」の落ち穂拾いです。
実はこの会場、かつてボウリング場だった倉庫を利用したもので(右)、不景気の打撃を受ける繊維街の空きビルなどを活用した「長者町会場」と同じく、街の活性化を視野に入れた会場の設定となっています。

ただ、内部は撮影不可であるため、お見せできるのは、エントランス前に展開された荷物運搬用のパレットを利用した作品(中央)と、外壁に描かれた墨絵のような牛の絵(左)ぐらいです。

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トリエンナーレの会場を出ると小雨が降っていましたが、わずか15分余りのジョギングをして満足しきれない作品を見ただけで戻る気になれません。
そこで市の中心街を西から東に横切って、JR中央本線で自宅の最寄り駅から2駅のナゴヤドーム近くにある駅まで、引き続き走って行きました。
とはいえ、小雨の日に良くあるように、古傷の足首が途中で痛み出し、後半はウオーキングだったのですが。

途中で通った元の裁判所で大正期のネオ・バロック様式の建物「名古屋市市制資料館」は、既に閉館(左)。
大手銀行が設置している「貨幣資料館」も閉館(中央)。
江戸時代の庭園を併設し、家康の遺品などを収蔵する「徳川美術館」も、やはり閉館(右)。

江戸情緒が残る街並みとともに資料館・美術館巡りも楽しめる界隈の本格的な散策は、後日に仕切り直しをしなければなりません。