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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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幻の名古屋マラソン

本日から今年の残り3分の1がスタート。私も新天地・名古屋で会社の仕事がスタートしました。

引っ越し後の片付けがまだまだ済まず、新聞もテレビも見ないまま出社して知ったのが、3月に開かれている名古屋国際女子マラソンが2012年から市民マラソンになるという一見「ビッグニュース」。
ところが、その内容をよく見ると、これが世界にも例を見ない、不思議な女性だけの大規模マラソン。
東京マラソンの向こうを張る「名古屋マラソン」の実現は、幻に終わりそうな気配です。

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私の仕事場となる会社の名古屋支社は、名古屋城エリアの一角・丸の内の新聞社の中にあります。
自宅からわずか4キロほどで、ランニング通勤するにも近すぎるぐらいの距離ですが、初日はパソコンなどの荷物があることなどから地下鉄を4駅分だけ乗って出社しました。

地下鉄を丸の内駅で降りて高速道路をくぐるところで、集団で登校する小学生が横切って行きました(左)。
続いて渡る名古屋城の外濠には水がたたえられておらず、暗くうっそうとした感じの緑の谷間です(右)。
会社のある新聞社の向かいには中学校があり、その前には青空に向かって街路樹が並んでいます(中央)。

さて、本論である「幻の名古屋マラソン」です。
名古屋国際女子マラソンを主催する日本陸連と新聞社の発表によりますと、2012年からリニューアルして誕生する「ナゴヤウィメンズマラソン(仮称)」は女性だけで1万人以上の参加を見込む大会になります。
男性は併設されるハーフマラソンや10キロしか走ることができません。

東京マラソンが実現する前であれば、伝統ある国際マラソンがオープン化されることは、それが不完全な形であっても歓迎できたでしょう。
しかし、東京マラソンによって、世界レベルの市民マラソンの姿が示されることになった現在、わざわざ「男女差別」を持ち出して不自然な形の「セミオープン」大会をつくる意味合いは全く理解できません。

マラソンというスポーツの一番のすばらしさは「だれもが参加できる」ということです。
一流選手も一般の市民ランナーも、そして障害者までもが同じ舞台に立てるスポーツはほかにありません。
そこには男女の区別もなく、国境や老若男女の差別もなく、そして走る人と応援したり支えたりする人も、同じように主役として参加できるということが、世界的な常識となっているのです。

その常識に日本がようやく追い着いた今、あえて「男女差別」を持ち出す大会なんて、ひとことで言えば時代錯誤もはなはだしい。どなたのアイデアなのか分かりませんが、はっきり言ってセンスを疑うだけです。

この世にも珍しい女性だけの市民マラソンが考案された理由は、土台となる国際女子マラソンの「女子」へのこだわりや、マラソンブームが特に盛り上がっている若い女性らを取り込むことによる話題づくり、そして東京マラソンとの差別化を狙ってということのようです。
要は主催者側の論理・都合によるもので、市民ランナーや住民の意向は反映されていないもようなのです。

主催者側は「国際陸上競技連盟の格付けで東京マラソンと同じ最高位の大会を目指す」とされていますが、こんな片手おちの大会が国際的な評価を受けるとは思えません。
世界の大都市で開かれる市民マラソンの大きな目的は観光の振興であり、それによりもたらされる国際的な交流であるわけですが、こんな大会に海外の市民ランナーが来たいと思うはずがありません。
女性しか走れないマラソンのために、一緒に走っている夫婦や恋人、仲間同士が来るはずなどありません。

実のところ地元の新聞社を批判することは、私の仕事の立場上からは、はばかられることなのですが、私にしか言えないことがあるとすれば、きちんと言うべきだと思っています。
そして今回のニュースを手放しで喜ぶようなコメントを寄せている「識者」の方々には、少しは常識的に考えてほしいと願いたいものです。

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