FC2ブログ
“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

08 | 2010/09 | 10
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

全記事表示リンク

炎天下の丘陵をラン散策!

名古屋在住の駆けっこ仲間で、中学高校時代の同窓生でもあるウルトラ&トレイルランナーの「ジダン」こと関谷尚之さんに連れられて本日、炎天下に、名古屋市郊外にある丘陵地をランニングで散策しました!

関谷さんは1週間後の19日から20日にかけ、斑尾山や飯縄山など新潟と長野にまたがる山々を縫う110キロのコースを22時間以内に走る国内で最も過酷な山岳ウルトラ大会「信越五岳トレイルランニングレース」に挑戦されます。
本日は、それに向けた最後の調整に私を誘ってくれたというわけです。

私たちが向かったのは、関谷さんの住まいに近い名古屋市東部の「東山」と呼ばれる丘陵地帯。
その南側で、コアラで人気の「東山動物園」で有名な「東山公園」と、北側で、かつて市街地にあった寺院に付属する多くの墓地の移転先となった「平和公園」の両方を、私たちは縦横に走り回って「ミニミニトレイル」を楽しみました。

とはいえ、ここ数日、少し気温がさがってきたように感じていたものの、今日は猛暑がほぼ完全に復活。
市内の気温は午前9時には32度近くに達し、私たちが走った10時半ごろから2時間ほどは33、34度という酷暑で、太陽もジリジリと照りつける炎天下になり、楽しくもあり苦しくもあったのですが。

BL0912東山トレラン1RIMG0150  BL0912東山トレラン2RIMG0155  BL0912東山トレラン3RIMG0165  

東山公園では、ススキのオバケのようなパンパスグラスが空に向かって穂を伸ばしていました(左)。
写真だけを見ると秋の景色のようですが、走り始めから汗が噴き出すほどで、空気の中に漂っていたはずの秋の気配は消し飛んだような感じでした。

東山公園の丘陵を抜ける歩道の両側に目立つのは、ユーカリを育てている林(中央)。
そうです。東山動物園の人気者コアラの「ご飯」となるユーカリは現地調達するため、この一帯で大がかりに「栽培」されているのです。
そういえば、頭にタオルを巻くという「お決まり」の格好をした関谷さんは、どことなくコアラ似。
ユーカリ林の中で声を掛けて振り向いてもらいました。

「本当はユーカリに抱きついてもらいたかったんやけど」と、しばらく走った後に話したところ「言うてくれたら、それぐらいやってやったのに」との答え。それでは次回を期待いたします。

平和公園には「一万歩コース」と呼ばれる遊歩道が整備されて、涼しい季節には週末になると多くの市民がジョギングやウオーキングを楽しむということですが、この暑さとあって、見かける人はまばらでした。
その後半で現れた大きな池は「猫ヶ洞池」(右)。
もちろん池の水面を見るだけでは暑さがやわらぐはずもなく、その視覚効果はほとんど「焼け石に水」です。

それよりも気になるのは池の名前。ネコと同居する私にとって「猫」の入る地名は聞き捨てにできません。
調べると、この池は尾張徳川家の二代目藩主・徳川光友の命により農業用ため池としてつくられたもの。
この一帯は当時「金子山」と、また明治のころまでは池の周辺が「金子狭間(かねこはざま)」と呼ばれていたため、それが転じて「ねこ」が池の名前に残り、「猫」の字があてられたそうで、残念ながらネコとゆかりがあるわけではないそうです。

ちなみに池の縁に咲いていた花はウツギの仲間で中国原産のハナツクバネウツギ。
アベリアとも呼ばれるこの常緑低木は花の時期が長いのが特徴で、暑い夏に花をつける在来植物が少ないことから公園の生け垣などに良く植えられているということです。

BL0912東山トレラン5RIMG0178  BL0912東山トレラン4RIMG0189  BL0912東山トレラン6RIMG0193

炎天下のランニング散策のゴールとなったのは、丘陵地から市街地に向けて1キロ余り戻ったところにある「覚王山日泰寺(かくおうざんにったいじ)」という由緒正しい寺院(左)。
何が由緒正しいかと言いますと、ここは本物とされる釈迦の骨の分骨を受けた世界で有数、日本では唯一の仏教寺院なのです。

釈迦の骨「仏舎利」とされる人骨は1898年、あるイギリス人がネパール国境に近いインド北部で古い壷に入っているのを発見しました。
壷に刻まれていた古代文字を解読したところ、中の人骨が本物の仏舎利と判明し、イギリス政府から当時のシャム(タイ)のチュラロンコン国王寄贈され、国王が日本を含む各国に分与したのです。

仏舎利が日本に贈られたのは1900年。
当時の政府が仏教の各宗派の代表と協議した結果、それを安置するための寺を名古屋市に建立することになり、この日泰寺が1904年に創建されたということです。
寺院の名前は「日本とタイの寺院」という意味で名付けられたもの。
この寺は、仏教徒にとって最も価値のある真の仏舎利を安置していることから、いずれの宗派にも属さない日本で唯一の超宗派寺院であり、19の宗派の管長が輪番制によって3年交代で住職を務めています。

「こんなすごいお寺が名古屋にあるやなんて、驚いたでえ」と話す関谷さんが、「ブログのネタにもなるやろと思て」連れてきてくれた日泰寺は、広い伽藍に立派な山門や五重塔、本堂などが並んで厳かな雰囲気。
さすがに、日本仏教の頂点に立つ寺院だけのことはあります。

本堂わきにたつチュラロンコン国王の銅像の足下には、2頭のゾウの銅像も並び、タイと関係の深い寺であることが分かります(右)。

本堂の中では、読経を聞くためか多くの参拝客が正面を向いて座っていました(中央)。
そして仏壇手前の欄間の部分に掲げた看板には、タイ語が書かれていました。

私は数年前にバンコクに旅行に行ったとき、タイ人の友人に「ちょっと、お祈りに行きたいから付き合って」と、中心街にある大きな寺院に連れて行かれ、本堂の床に座って30分ほど手を合わせたことがあります。
そのときに感じた、身も心も洗われるような空気を、思い出しました。

でも、こちらは炎天下を汗だくになって走り続けてきたとあって、シャツやバックパックから発する強烈な汗の臭いが自分でも気分が悪くなるほど。
由緒正しい寺院の本堂に上がることなど、はばかられるほどに「不浄」になった私たちは、昼下がりの宴会に向けて身を清めるため、近くのスーパー銭湯へと急ぎました。

スポンサーサイト