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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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久々に出勤ラン再開!

代休の昨日、故障上がりの足慣らしに近所でジョギングを始めたのに続き本日は出勤ランを再開しました!

途中で通ったのは、名古屋名物「100メートル道路」の1つで、中央部が広大なグリーンベルトになっている「久屋大通(公園)」。
しばらくバイク(自転車)通勤をしている間には、階段や凸凹、坂道などがあるため避けていた場所です。

手持ちのネタや予定のない出勤ランの朝はカメラを片手に走るわけですが、初めは「何も被写体がないかも知れない」と不安になるものです。
しかし、実際に走ってみると、わずか4キロの間でも、必ず「何か」に出あうことができます。
それは、こうして9カ月も個人的なブログを続けられていることからも証明できるのですが「走り続けていると必ず何かがある」と信じられるのは、ちょっと人生のようでもあります。

BL1026久屋大通1RIMG0095  BL1026久屋大通2RIMG0074  BL1026久屋大通3RIMG0085

今朝は秋めいて空の青が濃く、その青に映えてウロコというよりも綿のように広がる雲が印象的でした。
久屋大通公園にさしかかると、金属の骨組みでつくった舟のような巨大なオブジェがあります(右)。
これは、これまで何度も撮っているものの、いつも絵がしまらず、紹介できなかったオブジェです。
要は、どう撮っても、空が背景になりますので、空の表情がおもしろくなければ、絵にならないのです。
それが今回は、ご覧のように、何とか及第点。
雲の流れの勢いと、オブジェの姿の勢いが、ちょっとシンクロするようで、おもしろい絵になりました。

とはいうものの、本当は「もうすこし時間があれば」「もっといいレンズがあれば」もっといい写真が撮れるはずなのにと思いもしました。
でも、こちらは会社に急いでいる途中ですから、立ち止まっている時間は限られています。
それに「パッと目にとまったものを」「パッと撮る」のがスナップ(リコーさん流に言えば「キャンディッドフォト」)の醍醐味であって、そんなふうに撮ることで風景にすら勢いが出ることがあります。
「走った!撮った!」の写真は、まさにすべて、そんなふうに走り過ぎながら撮っていなければ撮れなかった写真だと思っています。

それもまた、ちょっと人生に似ているように思っています。
走っていると、たくさんの出あいがあるものの、その出あいの瞬間を止めておくことはできません。
それは、とても悲しいことでもありますが、別れが前提になっているからこそ、出あいが美しく感じるとでも言いますか。
太宰治さんが「さよならだけが人生」などと言ったのは、そんなニュアンスだと勝手に思っています。

自転車に乗っている方が、風を強く受けて涼しさを感じるように思っていましたが、ここしばらくに比べ今朝の方がずっと涼しさを感じました。ちょっと肌寒いほどに。
走るのには暑すぎる気温だと、すぐに汗が出てくるのに気づくのですが、今朝は「このまま快適に走れそう」という風の涼しさだったのです。

ビルの電光板に刻まれた気温は「19度」(右)。
これはマラソンで記録を狙うには上限ぐらいの暖かな気温のはずですが、こんなに「涼しく」感じるとは!
来る日も来る日も35度を超えていた今年の名古屋の猛暑で鍛えられた体は、ありがたいのか悲しいのか、「涼しさ」「寒さ」に敏感になっているようです。
「冬場」の沖縄にマラソンに出かけると20度前後の気温が「ぬるく」感じるもので、人間の体は順応しやすくて便利なのか不便なのか、微妙なところです。

落ち葉が舞うようになった公園の花壇には、紫の花が咲き、それに止まったキチョウが映えていました(左)。
山に行くと、秋に目立ち、秋を感じさせてくれるのが紫の花です。
ことしは富士登山競走以降、なかなか山に行けませんが、代わりに街の花壇で秋を見つけたような気持ちになりました。それと同時に「山は、もっと秋が深まっているはず」と思うと、ぼちぼち山に入りたくなります。

キチョウは、このほかにも何羽か近くにいて、「乱舞」するところをおさえようとしましたが、コンパクトカメラの性能と私の技量、そしてギリギリの時間の中では、かないませんでした。
とはいうものの、こんな「ベタ」な写真であっても、小さな動くものを「ちょい」と撮れてしまうというのは、すごい時代になったものです。

ひと昔前だと、重たい一眼レフに、やはり重たい望遠系のマクロレンズをつけても、なかなかこんなふうには撮れなかったことを思えば、写真をめぐる世界の変わりようは、本当にドラスティックです。
そのドラスティックな「進歩」をいかした写真が、どれだけ撮られているかは、ちょっと疑問ですが。

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