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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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お堀の秋

25日付のこの記事を書いている今は実は26日夜ですが、当初は朝のうちに記事をアップする予定でした。
また当初予定の内容は「走った!撮った!コインドルマラソン2」でしたが、「お堀の秋」に差し替えです。

そのわけは、作業をしようとしていた矢先の朝方、呼び出しを受けて仕事に出かけたからです。
午後から用事があったことなどから本日は休みの予定だったため、朝のうちに韓国・コチャンの報告を一気に進める予定でしたが、その目論みが崩れたというわけです。
(かろうじて韓国ツアー第1日目の記事を書き加えることはできましたので、ご覧ください。)

ということで、さらに日付けが変わろうとしている今となっては、とりあえず手軽なネタを埋め草にしておこうという魂胆です。

仕事で呼び出されて向かった先は、名古屋市役所。
公約だった市民税減税の恒久化や議員報酬の半減などを掲げて市議会と対立する名物市長の河村たかし氏が、突然辞職の意向を表明したと報じられたことから市長の動向を追うことになったのです。

市議会の答弁などをビデオ撮影したのに続いてやったのは、議場から出たあと廊下や階段を数10メートルにわたって歩きながら話す市長の「ぶら下がり取材」。
片手にビデオ片手にマイクというワンマン取材で、多数の報道陣が殺到するなかで市長の映像を撮影するのは至難の技でしたが、至近距離で市長の顔と声をとらえ続けることができました。

考えてみると、後ずさりしながら撮影するのは「走った!撮った!」で一緒に走るランナーらを狙うときの常套手段。
そんな「技」がこんなところで生きるとは、おかしなものです。
http://www.47news.jp/movie/general_politics_economy/post_1636/

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「お堀」はいわずもがなの名古屋城のお堀で、25日の遅い昼休みに、盗難に遭ったあと新たに注文していた自転車を受け取るため店に行く途中に通りがかりました。

お堀端の木々は広葉樹も多く見事に紅葉していたため、ついカメラを握ってシャッターを次々に押しました。
金シャチを屋根に頂いた天守閣を背景に木々が色づくさまは、まさに「錦絵」でした(中央)。

落ち葉が浮かぶお堀には、カモの泳ぐ姿もありました(左)。

カラスたちもまた、色づいた落ち葉が風で打ち寄せられたお堀の岸辺で戯れていました(右)。

というわけで、お手軽ネタはこのへんにしておいて、コチャンの報告を続けることにいたします。
納車した自転車は、盗まれたものと同じスペシャライズド製の「シラス」です。
前の自転車と同じマンゴー色もありましたが、験が悪いような気がしたことなどから、今回は「明走会カラー」であり「阪神タイガースカラー」でもある黄色の車体を選びました。

もちろんカギは極太とロングサイズの2本を調達し「ダブルロック」をするよう心がけます。
新車の勇姿は後日、ネタ切れになりそうな日に登場させることにします。

走った!撮った!コインドルマラソン1

21日に韓国・全羅北道の高敞(コチャン)郡で参加した第8回目「高敞コインドルマラソン」のレポートとなる「走った!撮った!コインドルマラソン」を本日から4回にわたって掲載いたします!!!!

掲載を予定している写真は54枚で、第1回目の本日紹介するのは、そのうちの12枚。
ハーフの折り返し点が設けられたコインドル(支石墓=ドルメン)の遺跡公園までに撮影したものです。

私はコインドルマラソンへの参加が、昨年の第7回大会に続いて2回目となりましたが、気温が0度近くまで冷え込んだ昨年に比べて今年は15度ほどのポカポカ陽気。
そのこともあって、沿道の応援は、昨年よりもいっそう盛り上がり、楽しい写真もたくさん撮影できました。

明走会の仲間と一緒に高敞を訪れたツアーの報告もまだ途中ですし、本日もまたとりあえず写真のみを先に掲載いたします。本日分の記事やツアー報告、明日以降のレポートも、どうぞ、ご期待ください!

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ブランクが空きましたが、肝心の写真説明をようやく加えます。

高敞郊外にあるマラソン会場の「公設運動場」に集まったランナーらは各部を合わせて5000人余り。
今年で8回目を迎えるコインドルマラソンは年を追って増えているということです。
フル、ハーフ、10キロ、5キロと各部があるなかで午前10時に先陣を切ってスタートしたのは、私も参加したフルの部のランナー約400人(中央)。
記録を狙ってシリアスに走るランナーが圧倒的に多い韓国では、スタート前の緊張感もひとしおです。

スタートの「号砲」となった特大の太鼓をたたいたのは、マラソンクラブが運営するこのマラソンを、全面的に支援されている高敞郡の郡守(郡長)、李康洙(イ・ガンス)さん(左)。
高敞の基幹産業である農業に加えて、コインドル群やマラソンによる観光振興、そして企業誘致も積極的に進めてられる敏腕の首長です。

「東京夢舞いマラソン」「明走会」のランナーとしてスタートしたのは文さんと真也子さん(右、手前の右端から2人)。
2人ともに、私と同じく先月開かれた今年の「夢舞い」のTシャツで出走しました。

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コインドルマラソンはすべての部が折り返しのコースとなっています。
コースは市街地の東の外れにある運動場から西北に向かうのですが、市街地の目抜き通りではなくてバイパスの自動車専用道路を走ります(中央)。

市街地を通ることには商店主の方たちが反対するということですが、「世界遺産の町」である高敞のこのマラソンが「国際マラソン」に発展するには、ソウルや東京のように町のど真ん中を走り、町全体の応援を得られるようになってほしいものです。

写真の中で黄色い風船を着けて走っているのは、15分間隔で設定したゴールの目標タイムを風船に書いて掲げる「ペースランナー」たち。
自己記録の更新を目指して走るランナーたちの大半はペースランナーの周りに集まって走ります。

去年の大会で撮影し、写真展に出だした写真では落ちこぼれそうなランナーの背中を押すペースランナーを撮したものがあったように、ペースランナーを中心とした一団はチームのようです。
今回は、ペースランナーたちが走りながら自己紹介をしていました。

コインドルマラソンでは、2.5キロおきにエイドステーションが設けられていて、サポート体制は万全。
エイドの近くを中心に陣取る地元住民らの応援は、去年よりも数段多く、パワーアップされていました。
小雨も交じり、超寒かった去年とは対照的なポカポカ陽気だった影響もあるのでしょうが、「わが町」を訪れたランナーたちを「わが町」を愛する住民らが歓迎するという雰囲気が、盛り上がってきているようです。

韓国国旗である太極旗(テグギ)の小旗を振る住民の中には、愛犬を抱いたまま応援する人もいました(左)。

民族芸能の農楽(ノンアク)で使う太鼓や手持ちの鐘(ケンガリ)を鳴らしながら、踊るようにして応援する住民らも多く見られました(右)。

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去年の大会で、雨上がりの虹が見えた5キロ過ぎの右折部分では、虹こそありませんでしたが、去年同様に刈りとりが済んだ田んぼの向こうにランナーらが走る姿が見られました。

風景のポイントとなっている白い建物は、キリスト教の教会。
国民の約4人に1人がキリスト教の信者であるという韓国ならではの風景です。

これまた天候の影響ともいえそうですが、今年は子どもたちによる応援も多くなったようです(左)。

右の写真で、毛足の長いファーのフードが付いたコートを着た美女は、このあとにフードを外してもらって少しアップで撮影させてもらいましたが、こちらを採用します(右)。
そのときは見逃していたものの、片足にギプスをはめてられるのに気づいたからです。
ご自身は歩くのも大変だったでしょうに、立ちっぱなしで支援してくれたわけです。カムサハムニダ!

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10キロ地点を過ぎると、いよいよコースのハイライトであるコインドルの遺跡公園に入ります(左)。
写真では奥に見える柵の向こうが公園で、入口そばの青い看板は「道路終わり」と書いてあります。
キロ表示はごらんの通り見やすいもので、完全な往復コースであることから裏には同じく「10km」の文字の上に「残る距離」と添えられています。

コインドル(支石墓=ドルメン)は、巨大な石を積み上げた新石器時代(紀元前数100年)の墓で、韓国では全羅北道の高敞(コチャン)と全羅南道の和順(ファスン)、仁川広域市・江華(カンファ)の3カ所にあるコインドル群がまとめて世界遺産に登録されています。
そのうち440基を数えるコチャンのコインドル群は最も集中して残っているということです。
マラソンでは、コースわきの斜面にコインドルがゴロゴロと並んでいるのを間近に見ることができます(右)。

昨年走ったときはゴール目標タイムが3時間半のグループに折り返しまで着いていきましたが、故障などから完全に練習不足の今年は、このあたりで既に3時間45分のグループに追いつかれました(中央)。
チームの隊長のようなペースランナーは、ここでは一緒に走るランナーの写真を撮ってあげていました。

韓国・高敞から帰国!

韓国・全羅北道で21日に開かれた「高敞(コチャン)コインドルマラソン」を舞台にした日韓のランナー同士による交流企画のため、20日から現地入りしていましたが、先ほど無事に帰国しました。

私が所属する「東京夢舞いマラソン」「明走会」と「高敞コンドルマラソン・クラブ」との交流は大成功。
日本から出かけた私を含む6人は現地での3泊をコインドルマラソン・クラブで統括チーム長を務める崔宗万(チェ・ジョンマン)さん宅でホームステイし、マラソン当日にはそれぞれフルおよびハーフマラソンを完走。
メーン会場の競技場では、屋外写真展「走った!撮った!東京夢舞いマラソン&高敞コインドルマラソン」も開かせてもらい、大好評を得ることができました。

ホームステイだったことなどからブログの更新はお預けとなりましたが、韓国滞在中にも多くの方に訪問していただいていたこともあり、とりあえず帰国のご報告をいたします。

4日分の報告や「走った!撮った!コインドルマラソン」の写真や記事の掲載は、このあと順次、一部は日を遡る形でいたします。ご期待ください!

コチャンの魅力を満喫1

韓国西部の全羅北道(チョルラプクト)高敞(コチャン)郡を訪ねた駆けっこ仲間5人らと一緒に「高敞コインドルマラソン」を走って一夜明けた22日は、郡内の各地を巡って高敞の魅力を満喫しました。

案内をしてくれたのは高敞コインドルマラソン・クラブで統括チーム長を務めるチェ・ジョンマンさんと前会長のチェ・ソンネさんら。
食にはじまって歴史、自然、伝統芸能と、まる1日をフルに使っての高敞巡りは実に盛りだくさんで、厳選したつもりの掲載写真は、なんと29枚におよびます。

そもそも高敞は、日本人はおろか外国人の観光客はほとんどいない人口わずか6万人の地方の町です。
しかし自然に囲まれて肥沃な土地が広がるこの地には、豊かな田畑の恵みや山海の珍味があふれて、世界遺産のコインドル(支石墓)をはじめ歴史や文化の香りも濃密です。

しかも地元っ子たちに案内してもらえば、ただでさえガイドブックなどにあまり載ることのないこの地を、さらにディープに味わえるのは当然のこと。
マラソンという共通言語を通じた交流企画のなかで、お互いの暮らしや文化の、懐の深いところを知ることができる地域巡りは、わくわくする体験で、マラソンそのものと並んで貴重な柱なのだということを実感しました。

私は、高敞を訪問するのが昨年に続いて2回目でしたが、飽きるどころか新しい出会いや発見も多くて、この土地がすっかりなじみになり、自分の田舎のような気がしてきています。
駆けっこ仲間たちも大満足してくれたようで、ツアーコンダクター役としても、胸をなで下ろしています。

(写真説明などは、追って加えます。写真をご覧になっていただくだけでも、たいへんですが。

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さて、月が変わってしまいましたが、写真の説明など記事の続きを書くことにします。

前の日は高敞コインドルマラソンへに出場したうえ、打ち上げで遅くまで飲んでいた私たちは、遅めに起きて朝食をいただくため中心街にある食堂に行きました(左)。
この店は「ファンテ・ヘジャンクック」が、お勧め料理の店。
(大きな看板には「ファンテ会館」と、手前の立て看板には「朝食」と書かれています。)

ファンテは干しダラ(塩気はありません)、ヘジャンクックは二日酔いに効くというスープのこと。
ダシが良く出たスープは、マラソンとアルコールで疲れたお腹にしみました(中央)。

食堂を出て車に向かうまでの間、チェ・ソンネさんが歩きながら文さんの腕をつかみました。
「韓国人はこうするの。こうやっていると韓国人同士みたいね」とソンネさん。

そう、韓国の人たちは仲良くなると同性同士であってもすぐに腕を組んだり、手をつないだりします。
よほど親密な男女同士のほかは、人と人との間に一定の距離を保とうとする日本人とは対照的です。
会話でも、すぐに相手の懐に入り込んで、腹を割って話す韓国人の人情の深さとも関連しているようですが、何でもズケズケと話す大阪人の私は、韓国スタイルの人づきあいにあまり違和感はありません。

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高敞の名所巡りで最初に向かったのは、世界遺産に登録されているコインドル(支石墓)群。
コインドルは大きな石を幾つかの小さな石で支えてつくられていますが、「脚」に当たる小さな石がごく小さく、碁盤のような形の「南方型」と、脚の背が高くてテーブルのような形の「北方型」があります。

高敞のコインドル群は、その両方が混在しているということですが、マラソンで通過した遺跡公園にあるのは南方型ばかり。
そこで、私たちはまず、公園近くに独立して残る北方型のコインドルを見学しました(左)。
私が昨年ここを訪れた際に、コインドルは民家に囲まれた中庭のような場所に立っていましたが、今回再び来てみると周囲の民家は取り壊されて姿がなく、コインドルの姿を遠くから見ることができました。

このコインドルは高敞の郡内でも最も立派な形をしていて、ポスターやガイドブックにも登場しているだけに、観光地として整備するために当局と地権者との間で立ち退き交渉が成立したもようです。

コインドルの遺跡公園では、斜面に点在するコインドルを上の方から見下ろすと、高敞の田園地帯も見渡すことができて、なかなか壮観な眺めです(中央)。
「コインドルも、田畑も、川も丘も見えて、最高の眺めでしょ」
そうソンネさんがおっしゃる通りで、このアングルの写真は、昨年ここを訪れた際にもバッチリおさえて、多くの新聞や雑誌の記事を飾りました。

コインドルが点在する斜面のわきにある松林では、公園整備の作業をする地元の女性たちが、松の落ち葉を集めては「ふもと」の歩道わきにある植え込みに、肥料としてまいていました。
女性らの衣装の鮮やかな色と、せっせと作業される様子が目を引いて、撮らせていただきました(右)。

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マラソン会場で屋外写真展!

韓国から帰国した後に記事を書くことになった21日は、「高敞(コチャン)コインドルマラソン」の当日ですが、マラソン途中の写真は「走った!撮った!コインドルマラソン」の「特集記事」として順次掲載中です。
そこで21日分の記事で紹介するのは、マラソンの前後に撮影した写真とその説明などです。
そのなかで目玉となるトピックの1つは、マラソン会場で開かせてもらった私の屋外写真展です。

写真展のタイトルは「走った!撮った!東京夢舞いマラソン&高敞コインドルマラソン」。
高敞コインドルマラソン・クラブのメンバーら4人を招待した先月の「夢舞い」の写真30枚と、2月の写真展で披露したものも含む昨年のコインドルマラソンの写真10枚の合わせて40枚を掲示板2台に展示しました。

この写真展示の様子も含めて、この記事で掲載する写真は21枚あるのですが、とりあえず編集が終わった15枚の「マラソン前」の写真を紹介し、残る6枚や写真説明は追って加えることにします。

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「明走会」「東京夢舞いマラソン」を代表する形でコチャンを訪れた私たち一行6人は、高敞コインドルマラソン・クラブ統括チーム長のチェ・ジョンマンさんの自宅にホームステイさせてもらいました。
ジョンマンさん宅は町はずれの一軒家で(左)、バレエやダンスのレッスンができるほどの広い大広間があるほか部屋も幾つもあって私たちは何の不自由もなくお世話になることができました。

ジョンマンさん宅からマラソン会場の公設運動場に向かう途中、朝ごはんをいただいた中心街にある食堂はモヤシスープ(コンナムル・ヘジャンクック)が一押しの店。
「土俗(トソク)」という看板を掲げた店は、早朝スポーツをする人たちのために午前7時には既に開いていて、そろいのジャンパーを着たスポーツチームの若者らが集まってきていました(右)。

モヤシスープは石鍋に入ってアツアツで、ご飯と生卵2つ、それに幾種類ものキムチやナムルがセット。
韓国式スプーンですくってはフーフーしながらいただくと、身も心も温まって、マラソン前に腹ごしらえするにはうってつけの朝食でした(中央)。

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屋外写真展用の掲示板2台は、運動場の正門を入ったフィールドのそばに置かれ、出入りするランナーらの誰もが目にするようにしていただきました(左)。
掲示板の表面には看板を描くためのコーティングされた厚紙がはられ、青地に白の洒落た字体のハングルで「走った!撮った!東京夢舞いマラソン&高敞コインドルマラソン」のタイトルが印刷されています。

展示写真は今回も私が自家プリントしたものを駆けっこ仲間の「雄ちゃん」こと田中雄一郎さんが社長である「シンエイ株式会社」(埼玉県朝霞市)でA4版のパネルにしてもらい、持ち込みました。
展示作業は一緒に現地入りした真也子さんや文さんに手伝ってもらって、わずか1時間ほどで済ませました。
「夢舞い」の写真は、高敞コンドルマラソン・クラブのメンバーらが写っているものも多く、皆さんに大喜びをしていただきました。

掲示板には写真のほかに夢舞いマラソンの説明文と私の紹介文のパネルも、それぞれ2枚ずつはったほか(掲示板の中央部分)、夢舞いを紹介する写真入りのチラシも設置し(左手前)、「書き込み用」のマーカーも用意しました(中央下部)。
「韓国では、こんなふうにするのよ」と「モデル」にもなっているチェ・ソンネさんに言われるがままに用意をしたマーカーで何が書かれたのかは、この記事が完成するまでにアップするマラソン後の写真をご覧になれば、分かりますので、お楽しみを。

会場の特設舞台では、開会式に先だって10代の男の子6人による人気アイドルグループの「Teen Top」がミニコンサートを開き、女の子たちの歓声が上がっていました(中央)。

昨年に引き続きプロ顔負けのノリノリの口調で会場を盛り上げていたDJの男性も実はランナー(右)。
競技が終了するまでしゃべりっぱなしだということで「マラソンよりも疲れる」と話していました。

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高敞コインドルマラソン・クラブのメンバーらは来日して夢舞いマラソンを走った際に、コインドルがつくられた原始時代をイメージした動物柄のセクシーなウエアで日本のランナーらを、あっと驚かせました。
今回も同様のウエアできめたランナーらが何人も本場の大会に出場していました(左)。

その「原始人」たちに対抗する形で、会場でひときわ目立っていた日本勢は、仮装ランニング・フリークである美穂さんと淳子さんの2人(右)。
美穂さんは平安時代の女性の旅人をイメージした衣装(写真の右)、淳子さんは浴衣姿できめて、2人ともにハーフマラソンを走りました。

マラソンの道中でも「一緒に写真を撮って欲しい」と地元ランナーらに何度も頼まれ、引っ張りだこだったという2人ですが、スタートの前にも何度も記念撮影に応じていました(中央)。
美穂さんの衣装には「日本の10世紀の旅人」とハングルで書いた、ご本人自筆の紙が付けられていました。

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今回のコインドルマラソンには、私たち明走会・夢舞いのグループのほか、3年前から高敞ツアーを企画している海外旅行開発(株)のツアーでも日本のランナーが参加。
そのうちフルを250回以上完走している國分靖さんも私と同じく2年連続の参加です(左の写真の左端)。
國分さんは、昨年のコインドルマラソンで撮影し、2月の写真展で展示した写真のモデルになっていただいていて、同じ写真は今回も会場で展示しました。

麻也子さんと再会して、後ろ姿で抱き合っているのは夢舞いを走ってくれたソン・ジョンドクさん(中央)。

会場係で忙しかったチェ・ジョンマンさんや、今回も原始人ウエアで走ったチェ・ジョンタクさんの来日組も記念写真におさまってくれました(右の写真の右端、その隣)。

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開会式では大島幸夫さんが来賓の1人として登壇し、「東京夢舞いマラソンの代表」として紹介されて、会場からわいた大きな拍手と歓声を浴びていました(左)。

式のあとには日本などの大会と同様にランナーらがそろってストレッチを行い、日本の仮装美女ランナーらもスタートの準備をしました(右)。

そしてスタート直前にはコインドルマラソン・クラブのメンバーらがさらに集まって記念撮影(中央)。
淳子さん、麻也子さんの後ろには高敞郡の郡守(郡長)・李康洙さんの姿もありました。

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フルマラソンの復路は、オフィシャル・私設のエイドステーションに「各駅停車」しながらマッコリや高敞特産の木イチゴの一種「覆盆子(ポップンジャ)」酒などを、たらふくいただきながら走りました。
そうして制限時間の5時間ぎりぎりで戻ってくると、マラソン会場の運動場は既に人もまばらで、撤収準備が進んでいました。
そんななか私の写真を展示した掲示板のうち1台は、なぜかトラックのそばまで移動してありました。

書き込み用のマーカーを置いていたところ、2台の掲示板ともに、余白にはびっしりとハングルなどの文字が書き込まれていました(右)。
ご覧の通り「がんばれ!」「かっこいい!!」といった日本語もあるなかで、ハングルの多くはやはり「ファイティン(グ)!」などの言葉や名前・マラソンクラブの名称などですが、「楽しそうな様子の数々が、すごくいいね!」といったうれしい感想も書かれていました。

熱心に見てくれていた男の子2人に「ボクが撮ったんですよ」と話しかけると、2人とも目を輝かせて「そうなんですか!」と喜んでくれ、せがまれるままに一緒に写真におさまりました(中央)。

そして会場をあとにする前、写真の掲示板を背景に記念撮影(左)。
日本から来た私たち6人のほか(私の左から)チェ・ソンネさん、チェ・ジョンマンさんの奥さま、DJ氏、そして(写真の後方左端の)ソウルから駆けつけた私の飲み友達であるチョン・ウンスクさんも一緒におさまってくれました。
(掲示板中央上部のタイトルは、「“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!東京夢舞いマラソン&高敞コインドルマラソン」。)

ウンスクさんは3年前、全羅北道と全羅南道、慶尚南道にまたがる名山・智異山(チリサン)に独りでトレランをしに行ったとき、頂上近くの山荘で知り合った女性3人組の1人。
故郷が高敞の近くの全州でありながら高敞の各地を訪れたことがなかったためマラソン翌日の観光地巡りを前に私たちに合流することになりました。

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マラソン会場を離れて銭湯で汗を流したあと、市街地にある料理店でコインドルマラソン・クラブのメンバーや関係者、日本のランナーら合わせて100人近くが集まって盛大な打ち上げが開かれました(左)。
打ち上げには郡守(郡長)の李康洙さんも参加し、皆と同じ鍋を囲んで乾杯しました。
長いテーブルを囲み、座敷に座って乾杯する様子は、明走会の月例会とそっくりの絵柄です。

隣同士の国である日韓の文化は驚くほど似通っていて、それを背景にしながら、さらに強力な「共通言語」であるランニングを通じて始めた私たちの日韓交流は、自然な形で軌道に乗っていきそうに思えます。

乾杯の杯につがれた紫の酒が高敞の特産品である覆盆子酒。
覆盆子は、その昔、病弱な子どもにその実を食べさせたところ急に元気になって、夜間に家の中でおしっこをためるお盆が、勢いの良いおしっこによって、ひっくり返ったという言い伝えから名付けられたといわれます。
今は男女を問わず美容や健康、精力増強に効果があるとされ、甘く濃厚で香りの高い果実酒です。

私はこの宴会に、三重県産の日本酒を持ち込みましたが、韓国の人たちにとって酒宴の主役はやはり焼酎。
チェ・ジョンマンさんと淳子さんは焼酎のグラスを手に「ラブショット」で友情をちぎり合っていました(右)。

大いに盛り上がった打ち上げに続く「イーチャ=2次(会)」は、韓国では定番コースの「ノレバン(カラオケ)」。
夢舞いマラソンのあと日韓のランナーで出かけた伊東温泉の夜に続き、高敞の長い夜も日韓両国の歌声が入り乱れる中で更けていきました(中央)。