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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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40代の走りおさめ

2010年11月7日。本日は私の40代最後の日となりました。

40代の走りおさめは、名古屋市内のジョギングです。夕方近くに自宅から尾張徳川家に伝来の品々を所蔵・展示する「徳川美術館」に走って出かけ、続いて買い物のためJR名古屋駅までやはり走って行きました。

当初は、先日に走った東海自然歩道の春日井三山に続くルートをたどろうかとも思いましたが、朝寝坊をして調べると、ふもとに行く本数の少ないバスが既に午後発のものしかなく、あきらめました。
昨日来、家の片付けなど雑事をのろのろと進めたため朝が遅くなったのですが、山をあきらめたところで家の雑事が一気に進んだわけではありません。
40代のうちに整理すべきだったことをたくさん抱えたままで50代に突入することになりました。

名古屋駅では写真関連のモノを調達したほか、デパ地下で食材と酒を買い込んで電車で帰宅。
独りで酒盛りをしながら、2日続きとなった日本シリーズの延長戦でドラゴンズがロッテに敗れるのをテレビで観戦しながら、ほろ酔い気分で40代最後の夜を過ごしました。

BL1107徳川美術館1R1006676  BL1107徳川美術館2R1006673  BL1107徳川美術館3R1006677

徳川美術館に出かけたのは、本日までの特別展示のチケットが手元にあったからです。
自宅から美術館までは、ほんの4キロほど。
昔ながらの商店街などを通って走ると、頭上には、うろこ雲が夕方の斜光を浴びて浮かんでいます(中央)。
晴天の秋の日中を家の中で過ごしてしまったことを、少し後悔する気持ちがわきました。

昭和10年に開館した徳川美術館は、庭園に隣接した広い敷地の中にあり、厳かな雰囲気です(左)。
展示された書画や刀剣、陶磁器などの品々は絢爛豪華で、近い時代のものとはいえその保存状態の良さに驚かされます(内部は撮影が一切禁止のため、お見せすることはできませんが)。

午後5時の閉館前に出かけたため、見学後は、美術館の窓にも映った雲がオレンジに染まっていました(右)。
いつの間にか昼は短くなったもので、このあと名古屋駅までは夕暮れのジョギングとなりました。

BL1107徳川美術館4R1006700  BL1107徳川美術館5R1006703  BL1107徳川美術館6R1006705

外に出かける前、私の写真展を応援してくださったバレエ講師の植野元子先生からプレゼントが届きました。
いただいたのは洒落たタートルネックのシャツと本が2冊(中央)。
本は、先生が愛読されていたという五木寛之さんの小説「風の王国」と、4年前になくなった詩人・茨木のり子さんの詩に写真をあしらった詩集「わたしが一番きれいだったとき」。

山の流民「サンガ」をモチーフに、走りにたけた「風の民」を描く小説は関西地方のトレラン大会「ダイヤモンドトレイル」で走ったことのある二上山や、考古学少年だった私が通った仁徳天皇陵などが舞台です。
私にはおあつらえの小説で一気に読んでしまいそうですが、まださわりのところですので、これ以上の紹介はできません。

一方、詩集は実に味わい深く、考えさせられることの多い内容でした。
茨木さんの著作は若いころに読んでいましたが、好きな作家だという印象だけが残っていたものの、作品の言葉は記憶にとどまってはいませんでした。

それが今よんでみると、言葉の一つ一つが涙が出るほどに心に触れるのは、自分が齢を重ねてきたからに違いありません。
詩というものは若い才能によって生み出され、主に若い人たちに語りかけるものだと、なんとなく思っていたのですが茨木さんの詩は彼女が齢を重ねたあとにも書き続けられ、しかも若い人だけではなくに若い心を持ち続けようとする人すべてに贈られているのです。

詩集には茨木さんの代表作が5編おさめられていますが、そのうちの2編は彼女が50歳のころ発表された「自分の感受性くらい」と「知命」。
この詩集もまた、50歳=知命の誕生祝いにいただくには、うってつけの贈り物なのです。

さて詩の内容はネットで検索すればすぐにヒットすることもあり、ご紹介するまでもないようにも思うのですが、私自身の備忘録として、書きとめさせていただきます。
(一部の言葉を抜き書きしようと思いましたが、それは困難であり、失礼でもありますので、断念します。
改行の部分のみ、2文字分のブランクで代用させていただきました。)

※※※

「自分の感受性くらい」
ぱさぱさに乾いてゆく心を  ひとのせいにはするな  みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを  友人のせいにはするな  しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを  近親のせいにはするな  なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを  暮しのせいにはするな  そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を  時代のせいにはするな  わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい  自分で守れ  ばかものよ


「知命」
他のひとがやってきて  この小包の紐 どうしたら  ほどけるかしらと言う
他のひとがやってきては  こんがらかった糸の束  なんとかしてよ と言う
鋏で切れいと進言するが  肯じない  仕方なく手伝う もそもそと
生きてるよしみに  こういうのが生きてるってことの  おおよそか それにしてもあんまりな
まきこまれ  ふりまわされ  くたびれはてて
ある日 卒然と悟らされる  もしかしたら たぶんそう  沢山のやさしい手が添えられたのだ
一人で処理してきたと思っている  わたくしの幾つかの結節点にも
今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで

※※※

ここで終われば良いものを、少しだけ続けます。
茨木さんの珠玉の言葉は、ある意味で、私自身が日ごろ思っていることを浮き彫りにしてくれたような感じもするのですが、一方で、厳しく叱咤してくれるようにも感じます。

「人生は50歳が折り返し点と考えよう」「年齢は忘れて、自分の気持ちに素直になろう」
そんなふうに言葉にしながら、年齢を言い訳に弱音をはいたり、早々と人生を総括しようとしている同年代の人たちに、取り残されるのではないかと思ったりする自分は、茨木さんの毅然とした姿勢に触れると、背筋を伸ばされるような気がします。

気を緩めると、どんどんスピードを増していく時間に流されることなく、折り返し点以降、30キロ地点以降に、1キロ1キロがどんどん長くなるマラソンと同じく毎日をじっくりと味わいながら、焦らず気を緩めず、1歩1歩を大事にして走り続けていきたいものだと思っています。

またまた終わりませんが、「蛇足」ながら、残る写真2枚の説明を簡単にいたします。
ご覧のとおり、右の写真はデパ地下で買い込み、40代最後の夜の友となった日本酒とドブロクです。

三重・伊賀産の「純米吟醸 半蔵 神の穂」は、(私によると)都道府県別の偏差値が高い三重県の酒らしく、すっきりときれいな味わいで良く香る吟醸酒らしい逸品。
この酒のように4合で1500円クラスの「吟醸酒」は玉石混交で、「吟醸」と標榜するのにははばかられるべきような出来のものもありますが、この酒は予想通りの「当たり」でした。

飛騨(岐阜)産のドブロクも純米で、熱処理をしない活性の酒。
「取扱注意」とされているわりに、ほとんど発泡していませんでしたが、甘味が強いものの純米酒らしくコクのある味わいでした。
濁り酒やドブロクは、安易に糖類やアルコールを添加したものが市場では主流ですが、清酒よりもさらに米の味を楽しむものですから、やはりそれは避けたいもの。
やはり酒どころの飛騨のドブロクとあって、そうした気持ちにこたえてくれる「当たり」の酒でした。

ああ、せっかくちょっと真面目に50代の抱負らしき言葉を語ったばかりだというのに、またこんな酒談議では、「50代も飲み続けるぞ宣言」みたいに聞こえそうですね。

また忘れそうでしたが、最後に左の写真に写ったグラスも植野元子先生からの贈り物です。
これらは、しばらく前に「引っ越し祝い」でいただきました。
元子先生がかつて、東京・新橋で唯一の「禁煙飲み屋」だった精進料理店「諸葛孔明」を開いていた際などに使われていたもの。
「あまりバッカスに飲まれないように」とくぎを刺しながらも「独り酒の友に」と譲ってくださいました。

トビウオが踊る透明の細長いグラスを初めて使わせていただきましたが、スリムなグラスだけに酒量を抑える努力をするには、もってこいです。
それにグラスそのものが薄く、手にしても重さを感じさせないぐらいで、酒そのものの量感や色を楽しむこともできて、これまた貴重な贈り物でした。ありがとうございました!!!

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