
21日に韓国・全羅北道の高敞(コチャン)郡で参加した第8回目「高敞コインドルマラソン」のレポートとなる「走った!撮った!コインドルマラソン」を本日から4回にわたって掲載いたします!!!!
掲載を予定している写真は54枚で、第1回目の本日紹介するのは、そのうちの12枚。
ハーフの折り返し点が設けられたコインドル(支石墓=ドルメン)の遺跡公園までに撮影したものです。
私はコインドルマラソンへの参加が、昨年の第7回大会に続いて2回目となりましたが、気温が0度近くまで冷え込んだ昨年に比べて今年は15度ほどのポカポカ陽気。
そのこともあって、沿道の応援は、昨年よりもいっそう盛り上がり、楽しい写真もたくさん撮影できました。
明走会の仲間と一緒に高敞を訪れたツアーの報告もまだ途中ですし、本日もまたとりあえず写真のみを先に掲載いたします。本日分の記事やツアー報告、明日以降のレポートも、どうぞ、ご期待ください!

ブランクが空きましたが、肝心の写真説明をようやく加えます。
高敞郊外にあるマラソン会場の「公設運動場」に集まったランナーらは各部を合わせて5000人余り。
今年で8回目を迎えるコインドルマラソンは年を追って増えているということです。
フル、ハーフ、10キロ、5キロと各部があるなかで午前10時に先陣を切ってスタートしたのは、私も参加したフルの部のランナー約400人(中央)。
記録を狙ってシリアスに走るランナーが圧倒的に多い韓国では、スタート前の緊張感もひとしおです。
スタートの「号砲」となった特大の太鼓をたたいたのは、マラソンクラブが運営するこのマラソンを、全面的に支援されている高敞郡の郡守(郡長)、李康洙(イ・ガンス)さん(左)。
高敞の基幹産業である農業に加えて、コインドル群やマラソンによる観光振興、そして企業誘致も積極的に進めてられる敏腕の首長です。
「東京夢舞いマラソン」「明走会」のランナーとしてスタートしたのは文さんと真也子さん(右、手前の右端から2人)。
2人ともに、私と同じく先月開かれた今年の「夢舞い」のTシャツで出走しました。

コインドルマラソンはすべての部が折り返しのコースとなっています。
コースは市街地の東の外れにある運動場から西北に向かうのですが、市街地の目抜き通りではなくてバイパスの自動車専用道路を走ります(中央)。
市街地を通ることには商店主の方たちが反対するということですが、「世界遺産の町」である高敞のこのマラソンが「国際マラソン」に発展するには、ソウルや東京のように町のど真ん中を走り、町全体の応援を得られるようになってほしいものです。
写真の中で黄色い風船を着けて走っているのは、15分間隔で設定したゴールの目標タイムを風船に書いて掲げる「ペースランナー」たち。
自己記録の更新を目指して走るランナーたちの大半はペースランナーの周りに集まって走ります。
去年の大会で撮影し、写真展に出だした写真では落ちこぼれそうなランナーの背中を押すペースランナーを撮したものがあったように、ペースランナーを中心とした一団はチームのようです。
今回は、ペースランナーたちが走りながら自己紹介をしていました。
コインドルマラソンでは、2.5キロおきにエイドステーションが設けられていて、サポート体制は万全。
エイドの近くを中心に陣取る地元住民らの応援は、去年よりも数段多く、パワーアップされていました。
小雨も交じり、超寒かった去年とは対照的なポカポカ陽気だった影響もあるのでしょうが、「わが町」を訪れたランナーたちを「わが町」を愛する住民らが歓迎するという雰囲気が、盛り上がってきているようです。
韓国国旗である太極旗(テグギ)の小旗を振る住民の中には、愛犬を抱いたまま応援する人もいました(左)。
民族芸能の農楽(ノンアク)で使う太鼓や手持ちの鐘(ケンガリ)を鳴らしながら、踊るようにして応援する住民らも多く見られました(右)。

去年の大会で、雨上がりの虹が見えた5キロ過ぎの右折部分では、虹こそありませんでしたが、去年同様に刈りとりが済んだ田んぼの向こうにランナーらが走る姿が見られました。
風景のポイントとなっている白い建物は、キリスト教の教会。
国民の約4人に1人がキリスト教の信者であるという韓国ならではの風景です。
これまた天候の影響ともいえそうですが、今年は子どもたちによる応援も多くなったようです(左)。
右の写真で、毛足の長いファーのフードが付いたコートを着た美女は、このあとにフードを外してもらって少しアップで撮影させてもらいましたが、こちらを採用します(右)。
そのときは見逃していたものの、片足にギプスをはめてられるのに気づいたからです。
ご自身は歩くのも大変だったでしょうに、立ちっぱなしで支援してくれたわけです。カムサハムニダ!

10キロ地点を過ぎると、いよいよコースのハイライトであるコインドルの遺跡公園に入ります(左)。
写真では奥に見える柵の向こうが公園で、入口そばの青い看板は「道路終わり」と書いてあります。
キロ表示はごらんの通り見やすいもので、完全な往復コースであることから裏には同じく「10km」の文字の上に「残る距離」と添えられています。
コインドル(支石墓=ドルメン)は、巨大な石を積み上げた新石器時代(紀元前数100年)の墓で、韓国では全羅北道の高敞(コチャン)と全羅南道の和順(ファスン)、仁川広域市・江華(カンファ)の3カ所にあるコインドル群がまとめて世界遺産に登録されています。
そのうち440基を数えるコチャンのコインドル群は最も集中して残っているということです。
マラソンでは、コースわきの斜面にコインドルがゴロゴロと並んでいるのを間近に見ることができます(右)。
昨年走ったときはゴール目標タイムが3時間半のグループに折り返しまで着いていきましたが、故障などから完全に練習不足の今年は、このあたりで既に3時間45分のグループに追いつかれました(中央)。
チームの隊長のようなペースランナーは、ここでは一緒に走るランナーの写真を撮ってあげていました。
掲載を予定している写真は54枚で、第1回目の本日紹介するのは、そのうちの12枚。
ハーフの折り返し点が設けられたコインドル(支石墓=ドルメン)の遺跡公園までに撮影したものです。
私はコインドルマラソンへの参加が、昨年の第7回大会に続いて2回目となりましたが、気温が0度近くまで冷え込んだ昨年に比べて今年は15度ほどのポカポカ陽気。
そのこともあって、沿道の応援は、昨年よりもいっそう盛り上がり、楽しい写真もたくさん撮影できました。
明走会の仲間と一緒に高敞を訪れたツアーの報告もまだ途中ですし、本日もまたとりあえず写真のみを先に掲載いたします。本日分の記事やツアー報告、明日以降のレポートも、どうぞ、ご期待ください!



ブランクが空きましたが、肝心の写真説明をようやく加えます。
高敞郊外にあるマラソン会場の「公設運動場」に集まったランナーらは各部を合わせて5000人余り。
今年で8回目を迎えるコインドルマラソンは年を追って増えているということです。
フル、ハーフ、10キロ、5キロと各部があるなかで午前10時に先陣を切ってスタートしたのは、私も参加したフルの部のランナー約400人(中央)。
記録を狙ってシリアスに走るランナーが圧倒的に多い韓国では、スタート前の緊張感もひとしおです。
スタートの「号砲」となった特大の太鼓をたたいたのは、マラソンクラブが運営するこのマラソンを、全面的に支援されている高敞郡の郡守(郡長)、李康洙(イ・ガンス)さん(左)。
高敞の基幹産業である農業に加えて、コインドル群やマラソンによる観光振興、そして企業誘致も積極的に進めてられる敏腕の首長です。
「東京夢舞いマラソン」「明走会」のランナーとしてスタートしたのは文さんと真也子さん(右、手前の右端から2人)。
2人ともに、私と同じく先月開かれた今年の「夢舞い」のTシャツで出走しました。



コインドルマラソンはすべての部が折り返しのコースとなっています。
コースは市街地の東の外れにある運動場から西北に向かうのですが、市街地の目抜き通りではなくてバイパスの自動車専用道路を走ります(中央)。
市街地を通ることには商店主の方たちが反対するということですが、「世界遺産の町」である高敞のこのマラソンが「国際マラソン」に発展するには、ソウルや東京のように町のど真ん中を走り、町全体の応援を得られるようになってほしいものです。
写真の中で黄色い風船を着けて走っているのは、15分間隔で設定したゴールの目標タイムを風船に書いて掲げる「ペースランナー」たち。
自己記録の更新を目指して走るランナーたちの大半はペースランナーの周りに集まって走ります。
去年の大会で撮影し、写真展に出だした写真では落ちこぼれそうなランナーの背中を押すペースランナーを撮したものがあったように、ペースランナーを中心とした一団はチームのようです。
今回は、ペースランナーたちが走りながら自己紹介をしていました。
コインドルマラソンでは、2.5キロおきにエイドステーションが設けられていて、サポート体制は万全。
エイドの近くを中心に陣取る地元住民らの応援は、去年よりも数段多く、パワーアップされていました。
小雨も交じり、超寒かった去年とは対照的なポカポカ陽気だった影響もあるのでしょうが、「わが町」を訪れたランナーたちを「わが町」を愛する住民らが歓迎するという雰囲気が、盛り上がってきているようです。
韓国国旗である太極旗(テグギ)の小旗を振る住民の中には、愛犬を抱いたまま応援する人もいました(左)。
民族芸能の農楽(ノンアク)で使う太鼓や手持ちの鐘(ケンガリ)を鳴らしながら、踊るようにして応援する住民らも多く見られました(右)。



去年の大会で、雨上がりの虹が見えた5キロ過ぎの右折部分では、虹こそありませんでしたが、去年同様に刈りとりが済んだ田んぼの向こうにランナーらが走る姿が見られました。
風景のポイントとなっている白い建物は、キリスト教の教会。
国民の約4人に1人がキリスト教の信者であるという韓国ならではの風景です。
これまた天候の影響ともいえそうですが、今年は子どもたちによる応援も多くなったようです(左)。
右の写真で、毛足の長いファーのフードが付いたコートを着た美女は、このあとにフードを外してもらって少しアップで撮影させてもらいましたが、こちらを採用します(右)。
そのときは見逃していたものの、片足にギプスをはめてられるのに気づいたからです。
ご自身は歩くのも大変だったでしょうに、立ちっぱなしで支援してくれたわけです。カムサハムニダ!



10キロ地点を過ぎると、いよいよコースのハイライトであるコインドルの遺跡公園に入ります(左)。
写真では奥に見える柵の向こうが公園で、入口そばの青い看板は「道路終わり」と書いてあります。
キロ表示はごらんの通り見やすいもので、完全な往復コースであることから裏には同じく「10km」の文字の上に「残る距離」と添えられています。
コインドル(支石墓=ドルメン)は、巨大な石を積み上げた新石器時代(紀元前数100年)の墓で、韓国では全羅北道の高敞(コチャン)と全羅南道の和順(ファスン)、仁川広域市・江華(カンファ)の3カ所にあるコインドル群がまとめて世界遺産に登録されています。
そのうち440基を数えるコチャンのコインドル群は最も集中して残っているということです。
マラソンでは、コースわきの斜面にコインドルがゴロゴロと並んでいるのを間近に見ることができます(右)。
昨年走ったときはゴール目標タイムが3時間半のグループに折り返しまで着いていきましたが、故障などから完全に練習不足の今年は、このあたりで既に3時間45分のグループに追いつかれました(中央)。
チームの隊長のようなペースランナーは、ここでは一緒に走るランナーの写真を撮ってあげていました。
スポンサーサイト

コメント:0
