“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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応援した!撮った!東京マラソン1

初めて沿道から見ることになった今年の東京マラソンの写真「応援した!撮った!東京マラソン」の「本編」の写真の紹介を始めます。
とはいうものの明日は早朝から仕事があるため、3回以上にわたって掲載する予定の計50枚余りの写真のうち、とりあえず紹介するのは、「さわり」の3枚だけ。残る写真や説明は、追って加えることにします。

さて、残る写真12枚もアップして、本文を加えていくところですが、先に写真を並べて見てみると、いろいろと思うところがあります。

まずマラソンの写真は沿道で応援しながら撮るのに比べ、やはり走りながら撮る方が断然良いということ。
走っていると応援やボランティアの人たちとは、ずっと顔を合わせていますので、周囲のランナーらに迷惑がかからないように立ち止まりさえすれば、そうした人たちを正面から撮ることができます。
一緒に走っているランナーもまた、相手の了解をとって、転ばないように後ろ向きで走れば、真正面から撮ることができますし、撮りそびれた場合は、ダッシュして追いつきさえすれば次のチャンスもあります。

それに何より、自分がランナーですので、応援する人は応援している、そのままの表情を、またランナーらは一緒に走る仲間に向ける表情を、ごく自然に見せてくれます。

それに対し応援しながら撮ると、走ってくるランナーらを次々に見られますので、おもしろい被写体を見つけることは容易です。しかし沿道の1カ所で構えていると、撮ることができる写真のアングルは、いずれもほとんど同じになってしまいますし、シャッターチャンスを逃すと撮り直しもききません。
応援する人は、ほぼ全員が歩道に背中を向けていますので、その表情をとらえるのは至難の業です。

とはいうものの、走る人も応援する人も支える人も皆が主役になり笑顔を交わし合う祭りのようなマラソンは、心にひびく瞬間の宝庫であり、自分が走れないことで「くさった」気持ちが心のどこかにあったとしても自然と、いろんなシーンにカメラを向けている自分に驚いてしまいました。

それに加えて、走っている駆けっこ仲間や一緒に応援する仲間らの写真も、やはりたっぷり撮れるものです。

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明走会の駆けっこ仲間である若手美ジョガーの真理さん、飛鳥さんと有楽町で待ち合わせたあと、私たちは日比谷公園の近くで応援ポイントを探しました。
しかし、コースが右折していく公園の北東角は、公園がゴールである10キロのランナーが手前を走るためにフルの応援には不向き。そこで私たちは、公園内のゴール会場を大きく迂回して南へ。

ところが公園を過ぎても、行けども行けども、歩道の「最前列」は既に応援の人垣が切れ目なく続いて結局、なんとか落ち着いたのは1キロ近く離れた内幸町付近でした。
間もなく先行スタートした車いすランナーの一団が目にも止まらぬ速さで通り過ぎ、続いて男子のトップ集団、さらに女子のトップランナーらが、走り去っていきました。

それから先は、道幅いっぱいになって走る大勢のランナーの、川のような流れが長いこと長いこと。
驚いたのは、前回までに比べ仮装など奇抜なウエアのランナーが格段に増えていて、仮装ランナーの割合が多いロンドン・マラソンの雰囲気に少し近づいているように感じました。

視覚障害者と伴走のランナーのペアも、そろってウサちゃんのかぶりもので快走(左)。

「ウサギ!サンタ!ピエロ!ピカチュー!」
仮装ランナーを目ざとく見つけては、機関銃のように声援を送る真理さんは、明走会の駆けっこ仲間らにも、素速く声をかけてくれます。
おかげで、早めの時間帯にスピードにのって走っていた、明走会Tシャツにチョンマゲ姿の「ライダーさん」と、ブルーのTシャツ姿の「トリさん」も呼び止められて記念撮影(中央、手前右が真理さん、左は飛鳥さん)。

隣にいた応援グループの女性らも、ハイテンションで声援を送っていて、近寄ってきた女性ランナーとの間でハイタッチを交わす瞬間も撮影(右)。
応援も撮影も、ついつい歩道わきのロープから身を乗り出してしてしまいます。
コース整理のボランティア男性からは「ランナーの安全確保のため、身を乗り出さないでくださーい」と100回以上も注意をいただきました。それもずっとしかめっ面で、ランナーに背を向けたまま。

みんなで一緒に楽しもうというランナーや多くのボランティアのおかげで、東京マラソンの雰囲気はますます、祭りのように盛り上がってきていますが、それでも行政と陸連がトップダウンで始めた「後遺症」が残っているのか、誰もが笑顔にあふれる中で、にこりともせずに「管理」することばかりに一所懸命なスタッフもいまだに見かけます。
でも、ボランティアって、自分が楽しむためにやっているはずだと思うのですが。

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数々の機材を取り付けたフレームを身に着け、頭には風車を付けて目立っていたランナーはイギリス出身のジョセフさん(左)。
何でも、2台のiPhoneなどを駆使し、自ら走りながらネットを通じて実況中継していたということで、落選した多くのランナーに東京マラソンの様子を伝えたかったのだということです。
まさに「走った!撮った!」の動画中継版で、道理で、見かけたとたんに親近感がわいたわけです。

品川の折り返し点に向かうランナーらをほぼ見届けた私たちは、駅の地下道をくぐって反対側に回り、今度は折り返しから戻って切ったランナーらを応援しました。
ちょうど私たちと同じように動いて応援していたのは、海外のマイナーなマラソンに参加するツアーを組んでいる「海外旅行開発」社長の「慎ちゃん」こと高橋慎一さん(中央)。

自らもランナーの慎ちゃん率いる「地球の奥地を走る」ランニングクラブのノボリが何本も立つ前で、目立っていたのは「森の石松」のような仮装で応援していた女性(右)。
ノボリや仮装などの応援する側がランナーから目立つようにする工夫も大事なのだということを、少し目立つ格好しかできずに、何人かの仲間を見落としてみて、あらためて気付きました。

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そういえば応援する人の仮装も年々増えていて、着ぐるみを来た子どもなども大勢見かけました(中央)。
この子たちは、くたびれて、歩道の端でお座りしていましたが。

明走会の駆けっこ仲間のなかでも、私と並んで長身の「カジー」は、お互い同士が目立つとあって無事に呼び止めることができました(左)。

真理さん、飛鳥さんの知人のランナーのなかには、ナスとダイコンの着ぐるみのペアがいました。
「ナスー!ダイコーン!」と呼び止めたのですが、近くに来てくれたのはダイコンさんだけ(右)。
でも、役割をひとまず果たして、真理さんはこのあと間もなく、応援部隊から離脱されました。

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今回の東京マラソンでは、参加するための抽選の倍率が約10倍にも達する一方で、慈善活動に10万円を寄付すれば走れるという、いわゆる「チャリティー枠」が初めて導入されました。
こうしたチャリティー枠は欧米のマラソンでは既に一般的で、ロンドン・マラソンでは半分近くのランナーらが、約20万円もの寄付をして参加しています。
(ただ、この寄付は、チャリティーに協力してくれる職場の仲間や家族・親戚などが出し合うそうです。)

ロンドンで目立つ仮装ランナーの多くは、自分が寄付をした団体のPRをするために仮装しているのですが、東京では、そうした「システム」は確立されておらず「チャリティーランナー」の印は金色のナンバーカード。
そのゴールドナンバーをつけて、最も目立ってられたのが、十字架を担いだキリストの仮装ランナー(左)。
せっかくの特別枠ですから、これぐらい目立たなければ元が取れないと思いますが、沿道の声援を受けても手を振り返すこともなく、うつむいて黙々とキリストを演じられていたのには、感心しました。

冷たい雨の中でスタートした昨年の大会とはうって変わって、今年の大会当日は午前中からポカポカ陽気。
着ぐるみの仮装ランナーにとって暑すぎるコンディションとなりましたが、パンダの美女ランナー2人は沿道に笑顔を振りまいてられした(中央)。
このうちの1人でしょうか、後半の銀座界隈で、とうとう背中をはだけたパンダランナーが通りすぎましたが、残念ながら写真をお撮りすることはできませんでした。

ピンクと黒のツートンカラーで走っていたサングラスの女性ペアも、しきりに手を振ってられました(右)。
その後ろに見えるブドウの仮装ランナーも目立っていましたが、これに先立って、そばで撮ったときには紫の風船でできた房で顔が見えませんでした。

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時間が過ぎて、ランナーがまばらになってきったころ、ようやく会うことができたのが、初フルマラソンに挑戦をすることになった明走会の「ちびっ子」こと、まり惠さん(左の写真の「ウサギ」)。
これに先立ち11キロ付近で応援していた際は、ほかのランナーらの陰になっていたためか、見つけられず、呼び止めることができてホッとしました。

しかし、まり惠さんの方は、まだ20キロを過ぎたばかりだというのに既にヘトヘトの様子(左)。
完走を目指してコーチを務めた後藤さんや飛鳥さんと一緒に撮った記念写真でもVサインが、片耳の折れたウサギのかぶり物と同じように元気のない感じでした。

何でも数日前から、お腹をこわして前の日や当日朝にも、ほとんど食事をとれなかったとのこと。
さすがにエネルギー切れを感じらると言われ、私はダッシュしてコンビニでエネルギー補給のゼリーを購入。銀座の手前でボランティアやお巡りさんの目を盗んで道路の中央まで行き、向こう側をほとんど歩きで進んでいたまり惠さんに手渡しました(中央)。

まり惠さんはゼリーを吸うと、急に元気を盛り返した様子で再び走り始め、浅草の折り返しを目指されました(右、この中で、まり惠さんを見つけるのは「ウオーリーを探せ」のように困難ですが)。
さて、ギリギリの完走を目標に奮闘された、まり惠さんのその後については、後ほど、ご紹介します。

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東京マラソン・ダブル写真展

5回目を迎えた東京マラソン当日の本日、私は初めてスタートラインもフィニッシュラインも踏むことなく、沿道から応援を送るとともに、銀座と深川で開催された自らの東京マラソンの写真展を見て回りました。

東京マラソンの開催を呼びかける「東京夢舞いマラソン」の活動に加わって以来、「夢舞い」の、ほぼすべての大会と、東京の4回すべてを走って(映像も含め)撮影してきた私にとって、10年間で初めてランナーとして参加できない今回は、さすがに強烈な寂しさに襲われる大会当日となりました。

特に、仕事ではなく、趣味と自分の楽しみのためだとはいえ、東京マラソンの楽しさを最も伝えられる写真を撮ってきたはずだと思っているだけに、「走った!撮った!」を休止するのは、つらいことでした。

しかし既に東京マラソンが定着し「お祭りマラソン」の楽しさが多くのメディアなどで伝えられるようになった今私が走ることの意味はそれほど大きくありません。
また普通の市民ランナーとしてマラソンを楽しみながら走って撮影したからこそ「走った!撮った!」の写真は成り立っていたといえますので、自らの宣伝やテレビの視聴率などのために「仕事として」走る多くのタレントなどのように、大会の当局側から走らせてもらおうという努力も、あまりしたくはありませんでした。

それに何より4回も続けて幸運を手にしたうえ、多くの人たちに応援をしてもらい、それによって多くの写真も撮らせてもらったわけですから、その「お返し」の意味も込めて「今度は自分が応援しなければ」という思いを抑えることはできませんでした。

本来は多くの夢舞いの仲間と一緒にボランティアで参加すべきでしたが、これは転勤・引越のバタバタの中で申し込みそびれてしまい、このことによって寂しさはいっそう、つのったのですが、それも自業自得です。
というわけで、「何もしないより、とにかく応援してみよう」と、数人の駆けっこ仲間と一緒に沿道を歩きました。

もちろん歩きながら撮った東京マラソンの風景も多いのですが、これら初めてのいわば「応援した!撮った!東京マラソン」のメーンの写真は追って紹介することにして本日はまず、応援を送った仲間らと自分が一緒に撮ってもらった写真や、2つの写真展会場の様子を紹介します。

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午前9時10分にスタートする東京マラソンのランナーらを応援するため、私は朝早くに名古屋を出発。
9時に有楽町で「明走会」の若手「美ジョガー」である真理さん、飛鳥さんの2人と待ち合わせたうえ日比谷・内幸町界隈のコース沿道に出かけ、声援を送りました。
その後、昨年の写真展で「受付隊長」を務めてくれた後藤岳史さんも10キロの部をゴールした後に合流。
用事があった真理さんは先に応援部隊を離脱しましたが、残る3人はランナーらを追うようにして、引き続き声援を送りながら、私のミニ写真展を開催してもらっている銀座4丁目交差点のリコーフォトギャラリーRING CUBEに向かいました。

RING CUBEのミニ写真展「走った!撮った!東京マラソン2010」は最終日の前日で、展示写真の前には行きつけている内幸町の韓国家庭料理店「まだん」の美人店長・金淑子(キム・スクジャ)さんから届いた花が飾られていました(左、花の元気がなくなってから紹介させてもらうことになって、すみません)。

ランナーらが中間点付近と30キロ過ぎで2回通過する銀座4丁目交差点は、東京マラソンのコースの「要」。
その角に建つビルの8~9階にあるギャラリーからは銀座中央通りを行き来するランナーらを見下ろすことができました(中央)。

展示写真の前で記念写真を撮ってもらった私の「応援グッズ」は、着ていた明走会のTシャツと同じく黄色の明走会の小旗と、10キロのゴール会場でもらった「ハリセン」。
「ゴールは必ずやってくる」と書かれたハリセンは、テープを使い筒状にしてかぶり、コースを走る仲間らから目立つように工夫をしました(右)。
身長187センチの私が、さらに山高帽のようなハリセンをかぶったわけですから、良く目立ったようですが、通りの両側を行き来する際、階段の天井などに何度かハリセンが、ぶつかってしまいました。

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ランナーやボランティアの中で、私と一緒に記念写真に収まってくれたのは、まず売れっ子作家で「シリアスなファンランナー」であり、明走会にも最近加わってくれた衿野未矢さん(左)。
日比谷・内幸町界隈で2度、見つけられませんでしたが、32キロ過ぎの日本橋付近でやっと声をかけさせてもらいました。固い握手を交わすと「よっしゃーっ」と気合いを入れて快走を続けられました。

32キロの給水所でボランティアをされていたのは、銀座でのミニ写真展を紹介してくれたウェブサイト「タイムアウト東京」のコンテンツ・ディレクター東谷(とうや)彰子さん(中央左)。
自らも「美ジョガー」で、トライアスロンで上位入賞の経験もあるという東谷さんとは、これが初対面でしたが、メールのやりとりをしていたうえ、駆けっこをする者同士でもあって、ずっと前から存じ上げているような感じがしました。
ちなみに、私のミニ写真展を紹介する記事は、この間、サイト上での人気が上位だったということです。

そして、昨年に続き南国ムードたっぷりの華やかな衣装で快走してられたのは、沖縄の元気娘「愛ちゃん」(中央右)。
3年前の久米島マラソンで知り合ったあとに、一昨年のHANAマラソン、昨年の東京マラソンを一緒に走った愛ちゃんは今年の東京は連続出場。
冷たい雨だった昨年のコンディションは沖縄っ子にはこたえたようでしたが、今年はポカポカ陽気に恵まれて表情にも余裕が見えました。

日本橋から銀座に戻ってきた歩道で、一緒に写真に収まるよう頼まれたのは、「ホンキの1日@TOKYO」の皆さん(右)。
私のヘンな「帽子」が目立ったためなのでしょうか。リコーのギャラリーが入るビルが見える場所でしたので、「あそこで写真展をしていますので、よろしく」と話すと「フレーフレー、リコー」という声援を送ってくれました。

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時間はさかのぼりますが、日比谷公園の10キロのゴール前で記念撮影した応援部隊の2人は、真理さんと後藤岳史さん(左の写真の左と中央)。飛鳥さんはカメラマンを努めてくれました。

東京夢舞いマラソンのスタッフが中心となった「ゆめらんなーず」が5年連続で運営を任されている40キロの給水所で、記念撮影にご一緒してくださったのは夢舞いの重鎮の大島幸夫さんと貞苅紳さん(中央、右)。

そして応援のあと飛鳥さん、後藤さんに付き合ってもらって出かけたのが「走った!撮った!世界のマラソン」の「東京編」の再展示が最終日を迎えていた江東区の深川スポーツセンターです(右)。

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第1回から第3回までの東京マラソンを走って撮った計19枚を再展示する「走った!撮った!」の東京編は、ちょうど東京マラソン当日までの時期に当たったこともあり、多くの入館者が見てくださったとのこと。
私たちがセンターにいたわずかの時間にも、真剣な表情で見てくれる人たちがいました(左、右)。

「ひとことメッセージ」および「好きな作品」の用紙も、たくさん書き込まれたうえで、展示写真の前に置かれた箱に入れられていました。みなさま、ありがとうございます!!!

早春の落花

本日は出勤ランニングで2日続けて名古屋中心部の久屋大通公園を通った際に見かけた「早春の落花」です。
昨日とうってかわって冷え込みの厳しい朝となりましたが、青空の下で春の気配はいっそう強く感じられて、公園に設けられた人工の流れの近くでは、冬の花であるサザンカの花が地面や水の上に、無数の花びらを散らしていました。

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「暖かい」朝

このところ職場の事情や仕事の忙しさで1日に12時間ほども職場に、ぶっ通しでいることが間々あります。
若いころは1月に200時間を超えるほどの残業を平気でこなしていたこともありますが、それは「外」の仕事だったからなんとかなった部分があります。それに比べ「缶詰め」で長時間の仕事は、心身にこたえるもの。

そうしたストレスを、なんとか和らげてくれているのは、自分でつくる美味しい食事とお酒(これが、ついつい「逆効果」をもたらすほどの量になることは問題ですが)、そして駆けっこです。
「仕事で疲れて、さらに走って疲れることもないだろう」と普通の人は思われることが多いようですが、仕事の疲れと運動の疲れは全く別ものであることは、走っている人なら、だれでも知っています。

走ることで沢山、空気をすい込み、血のめぐりが良くなるだけで、頭も体もスッキリとリフレッシュします。
そして、走ることで多くの景色に出あうことができるばかりか、季節を肌で感じることもできます。
ということで、決して体調が良くないなか本日も、当然のように行き帰りの「通勤ランニング」を敢行。
雨上がりの朝には、名古屋の中心部を南北に貫く久屋大通公園を走り、湿気て生暖かい空気とともに春の訪れを体感することができました。

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瀬戸のお雛めぐり

昨日は職場関係で年に1度の大きな会議があり、私はメーンの発表をこなすなど重要な役割を担いました。
その準備などがあって数日にわたり、トレラン報告を引き延ばして掲載しながら、「リード」部分以外の原稿も加えず先延ばしにしたままにしていたわけです。

そして、ようやく会議を成功裏に終わらせることができた昨夜は、当然のことながらタガが緩んでしまい、本社の先輩や同僚も交えての打ち上げで、ランニングの後とはまたひと味違う美酒にどっぷりと浸りました。
とはいうものの昨日もまた普通に遅くまで仕事があって、ブログ用の新しいネタは仕込めないまま。
やむなく「猿投山トレラン」の3回目に加えるはずだったネタを分離させて掲載し、もう1日だけ、さらなる引き延ばし作戦をすることにします。

そのネタは、愛知県の豊橋市と瀬戸市にまたがる猿投山を下山した後、そのまま走って夕暮れ後に到着した陶磁器の町・瀬戸の「お雛めぐり」。
歴史ある工芸の町で、陶磁器とともにはぐくまれてきたという「お雛さま」を商店街の古い旅館や演芸会場で展示するなどして行われている、春の観光イベントです。

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当初は、猿投山を早い時間に下りて、瀬戸物の町・瀬戸のミュージアムやギャラリーをのぞき、窯元や商店で自宅用の陶磁器でも物色しようという計画を描いていましたが、昼すぎに走りはじめて道すがら、のんびりと写真を撮り、夕暮れてから町に到着したのでは、そんな計画がかなうはずもありません。

丘陵を下って町に続く通りは、製陶所の登り窯やギャラリーが並んでいますが、どこも店じまい後で人通りはほとんどなく、演芸場のある「せと末広商店街」のアーケード街も、人影はまばら。
そんな中で、「瀬戸のお雛めぐり」と書かれた桃色のノボリが、幾つも掲げられていました(中央)。

そして黒っぽい木造の建物が歴史を感じさせる「御旅館 松千代館」の入り口付近が、お雛さまの展示会場の一つになっていて、赤や桃色をちりばめた、華やかで懐かしい感じの空間がつくられていました。
「由緒ある窯屋の雛飾りとつるし雛を展示」とパンフレットには記され、色とりどりのつるし雛が浮かぶ日本間に飾られた、渋い色の着物の立派な「お内裏さまとお雛さま」には「明治時代中期」の表示が(左)。

つるし雛の一つ一つは、どれもきれいでかわいらしく、アップで狙う被写体を選ぶのに迷ってしまいましたが、今年の干支であるウサギに「寄って」みました(右)。

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部屋の奥の方にあった、もう一組のお雛さまは、あでやかな着物を背景にして飾られていて、さらに手前に、つるし雛をあしらって撮影してみると、いっそう華やいだ雰囲気になりました(左)。

松千代館の先にあり、小さな寄席が開かれるという演芸場「せと末広亭」も、お雛さまの展示会場に(中央)。
その玄関先には、商売繁盛を願う招きネコも飾られていました。

せと末広亭のメーンのお雛さまは、6段に「三人官女」や「五人囃子」も並んだフルメンバーのもの(右)。
そのわきには、「福助」の人形と、大きなニャンコの写真も飾られていました。

つるし雛が浮かぶ広間の両側の壁には「懐かしのおばあちゃん写真展」と題し、かつての瀬戸の町や人々の暮らしがしのばれる古い写真も多く展示されていたほか、名鉄・瀬戸駅に近い「銀座通り商店街」の写真館にも、お雛さまが飾られていましたが、それらの写真は割愛します。

お雛めぐりのおかげで陶磁器と工芸の町・瀬戸の文化と伝統の香りの一端に触れることができたわけですが今度は明るいうちに、この町を再訪してみたいものだと思っています。

中抜けになったままの「猿投山トレラン」報告は、このあと、写真説明などを追加していきます。