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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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信長、大仏、岐阜城

昨年2月の写真展「走った!撮った!世界のマラソン」を機に開設したこのブログの最初の記事が2月2日付ですから本日で、なんと丸1年間、毎日写真と記事を掲載し続けたことになります。

私の人生で最大の「お祭り」となった写真展の日々は、記憶の中で、どんどん遠ざかっていきます。
日常の生活もお祭りのようなものじゃないかと言われそうな私ですが、それでも祝祭のようだったあの日々に比べると「地味め」な毎日を送っているといえます。
特に連日夜なべするなどしてブログをつづる時間を、ひねり出しているところなどは、われながらストイックな姿勢をよく保てたものだと驚いています。

きっと、そうした「ちから」を私に与えてくれたのは、写真展に来場してくださった4600人以上の方々や、応援してくれた駆けっこ仲間たち、そしてこんなプライベートな写真を載せては「よしなしごと」を書きなぐるブログを訪問してくださっている皆さまです。
こんな生活が何を生み出していけるのか、こんな自分がいったいどこに行き着くのか-。いいトシをしながら、そんなことすら分からない私ですが、だからこそ、とりあえずは走り続けているようにも思います。

さて、本日は月が変わったというのに、また先月でもある昨日のネタを紹介します。
それは、仕事で出かけた岐阜で、少し長めの昼休みに市内を歩いたときのレポート。
ジャケットを着てネクタイをしたまま歩いたコースは、金ぴかの織田信長像が立つ岐阜の玄関口・岐阜駅前を出て、「日本三大大仏」の1つという岐阜大仏や、信長の居城だった金華山山頂の岐阜城を巡るものです。

記事のアップが遅くなったのは、仕事の後、会社の出先に勤める後輩の若者たちと、またまた飲み明かしてしまって、名古屋から20分足らずで行き来できるはずの岐阜に図らずも宿泊することになったからでした。

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さて、名古屋に来て間もないころ岐阜を訪ねた際は、すぐにバスに乗り込んだために気付きませんでしたが、駅前広場の端で、ひときわ目立っているのが金ぴかの織田信長像(左)。
雪が降る中でも光り輝いていたこの像は高さ3メートルで、表面には金箔を3層に重ねて施してあり、一昨年10月に市制120年を記念して設立されたということです。

この信長はマントを羽織って、鉄砲と西洋式の兜(かぶと)を持ち、新しモノ好きだった戦国武将のイメージが具現化されています。
「都市再生を図る岐阜のまちを象徴するにふさわしい」とは、岐阜市発行のパンフレットの説明。
不況の波におされ、そのにぎわいが全国的にも知られた繁華街の「柳ケ瀬」さえ「シャッター街」化しつつある地元が、天下統一を成し遂げた信長にあやかりたいという気持ちが伝わってきます。

駅から岐阜城の建つ金華山に向かう通りは市のメーンストリートですが、駅前の一部以外は再開発が進んでないもようの街だけあって、通りに面した商店は昔ながらの構えのところも多く、地方都市ならではの風情があります。
店構えだけでも十分に風格がある道向かいの文具店は「そろばん」「大福帳」の文字が踊ってレトロっぽさをデザインしたとみられる看板を掲げていて、ついカメラを向けてしまいました(中央)。

人通りがさほどないなかで、向こうから母と娘とみられる2人連れが歩いてきて、お嬢さんの方は、なんだかとてもはしゃいでいます。とはいうものの、いきなりカメラを向けるわけにもいかずに、ついそのまますれ違ってしまいました。
でも振り向いて撮った後ろ姿でも、はしゃぎっぷりが十分に写せました(右)。

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駅の観光案内所でもらったパンフや地図を見て歩きながら、金華山の登山口手前で立ち寄ったのが、初めて知った「岐阜大仏」のある正法寺。
境内の入口には、おいしそうなキンカンの実が成っていました(右)。

屋根が3層になった「大仏殿」は、京都や奈良以外の地方都市にある寺社の建物としては大きな方(左)。
(2層目の屋根の左角の下に、金華山山頂の岐阜城が小さく見えています。)
でも200円の入場料を支払った際、受付でもらったパンフレットに「日本三大大仏」の1つだと書いてあるのを見たときには、巷によくある10番目ぐらいでも「三大○○」の類いかと疑いました。
岐阜大仏なんて初耳なのに、受付の女性は「奈良、鎌倉、岐阜が三大大仏。岐阜大仏は鎌倉より大きいんですよ」などと、おっしゃるものですから。

しかし、薄暗い大仏殿の中に鎮座していた大仏は確かに大きく、私は思わず「ほんと!おっきいですね!」と受付の女性に向かって叫んでしましました(中央)。
19世紀の天保3年に建立されたという岐阜大仏は高さ13.6メートル。
木材の骨格に竹と粘土を使って型をつくり、その上に和紙を貼って漆と金箔を施してあるとのこと。
ねぶたの山車と似たような「張りぼて」の構造で、「かご大仏」とも呼ばれているそうです。

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織田信長が天下統一の拠点とした岐阜城を頂く標高329メートルの金華山は岐阜のシンボル。
岐阜県警の若い警察官たちが毎年、駆け上り競争をしているという金華山には、私も数年前に出張で岐阜に来た際に朝方、駅前のホテルから走って登ったことがあります。

しかし今回はちょうど雪が晴れてきたことから、前回登った春とは、また違った眺望を楽しめそうだと思って、ゴアテックス仕様のトレランシューズ以外は、よそ行きの仕事着のまま、うっすらと雪をかぶった急坂の山道をたどりました。

凍てつく寒さにもかかわらず、シャツの中がぐっしょりになるほどの早歩きで、約20分で山頂に到着。
壁の上も木々の枝も5センチほどの雪をかぶった山頂で、久々に見た岐阜城の天守閣には、名古屋城と同じように金のシャチホコがのっていました(中央)。

天守閣の近くで空を見上げると、葉を落とした木々の枝に「雪の花」が咲いていました(左)。

常緑樹の葉に積もった雪が、いったん溶けながら葉先で再び凍ってできた「氷のしずく」は、ふぞろいな形の真珠のように見えました(右)。

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前に岐阜城を訪れた際、天守閣の内部は改修中だったため入ることができませんでしたが、今回は資料の展示を見ることができたうえ、最上階の「ベランダ」から展望を楽しむこともできました。

西の方を望むと、長良川の下流方面が見渡せます(左)。
天守閣の屋根のひさしには、つららが何本も下がり、ベランダのコーナーに設置された望遠鏡の前では若い男女が何度か100円玉を入れては自分たちの自宅を探していましたが、見つからなかったようでした。

反対の東の方では、天守閣の直下にある岐阜城資料館の屋根の向こうに、岐阜の隣町である各務原市の方面を見渡すことができました(右)。

そして南側は、名古屋市方面へと続く尾張平野が一望の下(中央)。
地平線に平行して浮かんだ雲も、その上空に広がる雲も、それぞれに景色をドラマチックに演出していました(中央)。

400年以上前に織田信長が眺めた景色とは大きく異なっていたのでしょうが、ともかく金華山・岐阜城からの大展望を満喫した後は、ロープウエーを使って一気に下山しました。

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