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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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シャッター街から空き地街へ

依然として体調がシャンとしないなか、本日も往復の通勤ランニングをしました。
カゼなどがひどくて、高い熱があるとき以外、走ることはクスリになっても毒になることはありませんので。

とはいっても自宅から職場までは片道4キロ半ほどの距離ですので、往復を走ったところで1日に10キロに達することはありません。走り込みの時期には片道12キロをコンスタントに走っていた東京時代に比べると、練習のベースとしては、まだ控えめです。

ということで午後、通勤ランの途中で通る辺りの名古屋市の中心街に会社の用事でかけた際、約2キロ半の距離を行きは走り、帰りも早歩きをして自分の脚で移動しました。
道幅の広い道路が多い名古屋の中心部では、信号待ちの時間が2分ほどもかかるためタクシーに乗っても意外と時間がかかることがありますし、地下鉄も階段の上り下りや待ち時間を考えると短い距離ではさほど便利ではないからです。

それに気温の低い時期にはランニングウエアに着替えないままでも、がっちり着込まなければ2、3キロなら汗だくになることもなく、街の景色も楽しめる小走りや早歩きは、けっこう楽しいものです。

そして仕事を済ませて職場に戻る道すがら、老舗の繊維問屋街である「長者町繊維街」を通りました。
そう、昨秋にアートの祭典「あいちトリエンナーレ2010」のメーン会場の一つとなり、その後もアートをテコにした町おこしを模索している地域です。

先月通ったときは地元のシンボル的な建物でトリエンナーレの展示会場にもなった「長者街繊維卸会館」の取り壊しが進んでいたため(1月25日の記事参照)「その後、どうなったのかな」と思い立ったのです。

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戦後、日本三大繊維問屋街の一つとして栄えた長者街繊維街は、不況の波におされ4割もの業者が撤退。
空きビルが目立つ「シャッター街」の様相を呈してきましたが、繊維卸会館が取り壊された跡が駐車場になるように、ビル解体後の空き地・駐車場も目立つ、いわば「空き地街」化も進んでいます。

そんななか、問屋が小売りも手がけたり、IT関連企業や若者向けのファッションビルをつくったりして、新しい形での町おこしを地元は模索しています。
その起爆剤の一つとなったのがトリエンナーレとのタイアップで、アートの展示会場として空きビルや空き地を無償で貸し出すという、シャッター街・空き地街化を逆手にとる方法で祭典を成功させました。

長者街繊維街に差し掛かると、かつて町おこしの第一弾として設置された、真っ赤な文字が堂々とした道幅いっぱいの巨大なゲートが並んでいます(左)。
しかし写真に撮った街の南端にあるゲートの左下は、やはり大きな空き地。トリエンナーレでは夜間に電飾を使った作品が展示され、最近は「韓国料理文化祭」の会場にもなったところです。

そして、先日まで撤去工事用の白いシートに覆われていた長者街繊維卸会館の建物は、すっかり消えてなくなっていました(中央)。

ビルが取り壊された後、隣接して残るビルの壁というものは、本来見せるはずではなかったため、何ら化粧を施されておらずに見苦しいものです。
繊維卸会館の隣にあるビルは、会館と接した部分だけを残して壁の塗装などがなされていたために、会館の屋根の形がシルエットのように残るという、いっそう無残な風景が現れていました(右)。

古いモノが取り壊されれば、新しい可能性が生まれるものですが、ビルの跡地が、とりあえず駐車場になっていくこの街には、街の風景を一気に一新するほどの体力はたくわえられていない様子です。
それでも、ただ時代に流され、さびれていくだけではなく、自由で斬新な発想をも動員して、新しい町おこしを模索している長者街に、期待とエールを送りたいと思っています。

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