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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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比良山トレラン1

4回を予定している「走った!撮った!慶州さくらマラソン」の掲載が、まだ半分しか済んでいませんが、その掲載をしばし中断し、本日、琵琶湖の西岸にそびえる比良山系にトレイルランニングに出かけた際の報告を2日間にわたって掲載します。

今回のトレランはは珍しく「単独行」ではなく、私が所属する「明走会」の支部である「関西明走会」のイベント。
飛び入りで参加させてもらったことから、ご一緒させてもらった皆さんに記念写真などを先にお見せしたいと思って「割り込み」の掲載を決めました。

(「走った!撮った!慶州」の記事は1回目、2回目とも完成しています。ご覧ください。)

比良山系は琵琶湖西岸から、せり上がるようにそびえ、標高1000メートル内外の山が南北に約15キロにわたって連なる山地です。
北部で主脈が2本に分かれていることなどから「山脈」ではなく「山系」と呼ばれているようですが、山に登る者の間では単に「比良山」とか「比良」と呼ばれてきました。

大阪出身で、中学時代から山をほっつき歩いてき私にとっては、比良山は若いころから身近なフィールドで、高校の頃から、いろんな季節に、あちこちを歩いたなつかしい山です。
大学時代には、主脈の大部分を踏破するコースタイム10時間以上の道のりを、独りで南北に走破するという「快速登山」を試みたこともあって、その経験は50歳になってもトレイルランナーのはしくれをやっている私の原点の1つでもあります。

そんなわけで、中学高校の同級生で、大阪に自宅を残しながら名古屋で暮らし、関西明走会にも出入りしてられる駆けっこ仲間のジダンさんから今回のトレランに誘われた際、早起きさえできれば、ぜひ参加しようと思っていたのです。

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そして実際に早起きをすることができた私は名古屋から新幹線で京都に行き、琵琶湖の西岸、比良山の麓を北上するJR湖西線の普通電車に乗って、大阪から来るジダンさんや関西明走会の一行が集まる志賀駅に向かいました(左)。
数分前には新快速電車が出ましたが、車掌さんに聞くと志賀には停車しないと分かり、見送りました。

ところが、午前9時の集合時間前に志賀に着くと、駅前には人っ子ひとりいません。
メンバーの1人に携帯電話が通じて分かったのは、一行は私が見送った新快速に乗ったまま2つ先の駅まで乗り越したということでしたが、ちょうど折り返しの電車があったため、9時すぎには合流できました。

駅前では、これ以上ないというほど青く高く晴れ上がった空の下、尾根筋にわずかに残雪をいただく比良山をバックに「使用前」の記念撮影。
明走会トレラン部のオレンジのユニフォームに身を包んだ関西明走会トレラン部の面々は、(前列の左から)「ゆきてぃ」さん、「アミー」さん、「きのっぴ」さん、(後列左から)「すくた」さん、高原部長さん、ジダンさん、俊彰さん-の7人。いずれも精鋭ぞろいです。

雪の多い比良山から吹き下ろす「比良おろし」で知られる湖西地方とあって比良山の頂を見上げる麓では、まだ桜が満開の時期でした(右)。

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琵琶湖畔からせり上がる比良山とあって、コースは一気に約1000メートルの標高差を登ります。
そのためスタートして間もなく、後方に琵琶湖を望むことができるようになります(左)。

私たちがまず目指したのは、山頂付近に「びわこバレイ」スキー場が造成された打見山(1108メートル)。
その直下にある自然の展望台「クロトノハゲ」まで、ほとんど一息で駆け登ると、眼下には琵琶湖の絶景が、頭上には薄い雲や飛行機雲が浮かぶ真っ青な空が広がりました(右)。

その途中、山麓の雑木林の中で、若葉を芽吹かせると同時に、鞠状に集まる小さな花を無数に付けていた木はクロモジ(中央)。昔、この木の枝を爪楊枝に使ったことから、今も爪楊枝の別名になっている木です。

私は高校時代に、この近くの登山道を、今は外交官になっている友人と一緒に登ったことがあり、その時は、親父から借りた「ハーフサイズ」のレンズ交換式フィルムカメラ「オリンパスペンF」を使って、同じ花を撮影した覚えがあります。
(このところ東京、名古屋で駆けっこ仲間であり飲み友だちになり、深い「くされ縁」で結ばれてしまったジダンさんとは、不思議なことに中学、高校時代は遊び友だちではありませんでした。)

クロモジが爪楊枝に使われた大きな理由は、材が独特の甘酸っぱい香りを発すること。
高校時代の私と友人は、クロモジの枝を手折っては鼻に近付けてかいでみて、その香りが、日本に進出したばかりだったアメリカのアイスクリーム店で食べるレモン味のアイスとそっくりだなどと言って、興じました。

クロモジを見ると、そのことを思い出す私は本日も、花を避けて小さな枝を手折り、鼻に近付けました。
もちろん、その懐かしい香りは、あの時と同じ。
山の景色もまた35年前と、何一つ変わっていないようで、私は息を切らして皆の後を追いながらも、ときおり懐かしい思い出に浸りました。

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クロトノハゲで見上げた飛行機雲などは上の記念写真にも写っていますが、さらに空高くまで広がる様子が印象的だったため、タテ位置の写真でも、おさえました(中央)。
その空に向かって少し登ると登山道は突然、打見山と、その南西にある蓬萊山(1174メートル)に挟まれた斜面に造成されたびわ湖バレイのスキー場に飛び出します。

蓬萊山の北斜面には人工雪も合わせてでしょうか、ゲレンデに雪が多く残り、本日がシーズン最終の営業日とあって、ロープウェイで上ってきたスノーボーダーやスキーヤーが滑り収めを楽しんでいました。

自然に包まれた登山道の先に人工的な施設があるのを見ると、かつては、ひどくがっかりして、憤慨さえしたものですが、善きにつけ悪しきにつけ人間がまるくなった今は「これはこれで仕方がない」と思えます。
それより、憤慨する一方で、スキーを楽しんでもいた学生時代の自分が滑稽にすら思われます。

ともあれスキー場のレストハウスも建つ打見山の展望台からは琵琶湖の眺めが、まさに絶景でした(左)。
(右奥には、湖のくびれた部分に架かる琵琶湖大橋も、うっすらと見えています。)

私たちは、打見山から北へと縦走路をたどり、その初っ端は既に滑走禁止となったものの雪がたっぷりと残るゲレンデ。登山道が、雪の下に埋もれているからです。
斜面の上では皆がしばし立ち止まりましたが(右)、それぞれ、たまに滑りながらも一気に駆け下りました。

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びわ湖バレイのスキー場ではスピーカーから懐メロのポップソングなどが流れて、街の喧噪が持ち込まれたような雰囲気もしましたが、ゲレンデを離れ比良山の主稜線をたどる縦走路を北の方に向かうと、再び静かな樹林の中に入ります。

山麓には杉などの植林地が、まだら状に交じる比良山ですが尾根上は、ほぼ自然林に覆われ、亜高山帯の植生であるブナやミズナラの原生林が残っているところもあります(中央)。
北側の斜面の日陰などでは、山道が残雪に覆われて、滑りやすかったり靴が沈んだりする場所もあったうえ、しばし道を見失うこともありましたが、それでも、勾配はなべて緩やかな尾根道。
私たちは、尾根上に続くピークを次々に越えて走り続けました。

打見山の次に到達したピークは標高1051メートルの比良岳。
主稜線の上にあるピークとしては唯一、山系の名前である「比良」を冠している山ですが、標高も控えめなら山容もなだらかで地味な感じ。展望もとりわけ良いわけではありません。
そういえば、琵琶湖からせり上がる比良山と似た感じで、濃尾平野からせり上がる養老山地の養老山もまた地味な山だったことを思い起こします。

その次に通過したのは1076メートルの烏戸山(からとやま)(右)。
ここからは、ゲレンデの雪や残雪によって縞模様が描かれた、打見山と蓬萊山を振り返ることができました。
記念写真に写ったメンバーは余裕の表情ですが、実はこの後、右カーブを切るルートの下り口を見過ごして直進してしまいました。

私は持っていたコンパスを取り出し、地形図を真剣に見直して、間違いを確認することができました。
残雪期の山を甘く見てはいけないということを思い知ると同時に、グループ行動をしていても、ルートの確認には単独のときと同じように注意を払わなければならないということも、再認識しました。

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