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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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明走会トラ部キックオフ!

名古屋から上京した昨夜、明走会の「分科会」の1つである「トライアスロン部」のメンバーがシーズン初めに集って互いの健闘を願う「キックオフ」パーティーが開かれました。

私は10年余り前にトライアスロンを何レースか経験していましたが、その後ウルトラマラソンやトレイルランに「脚を染める」一方でトライアスロンからは久しく遠ざかり、一昨年、川崎でショート(オリンピック・ディスタンス=計51.5キロ)の大会に出場しました。
その後、昨シーズンは転勤・引っ越しのため再び休止しましたが、今年は地元の東海地方で開かれるレース2本に出場する予定です。

そのうち1本は9月に中部国際空港近くで開かれるミドル・ディスタンスの「アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン」で、由緒正しいアイアンマン・シリーズのレースの会場が自宅から1時間以内で行けるとあっては、トライせざるを得ません。

もう1本は、トライアスロン部の合宿も兼ねて多くの仲間と一緒に参加する8月の「沼津千本松トライアスロン大会」。静岡・沼津が会場で、ショートの半分の距離を身体を慣らす意味も兼ねて泳ぎ、走ります。

私がトライアスロンから遠ざかったきっかけは、初めて挑戦したロングレースを最初のスイムで棄権したこと。
韓国・済州島で開かれたアイアンマンのレースで、3キロ余りのスイムを終えればバイクで島1周の約200キロを走り、さらにフルマラソンを走る予定だったところ、その長くなるはずの1日が、朝のうちに、あっけなく終わってしまったのです。

棄権した大きな理由は、6月の海の水温が20度を大きく下回る寒さ。皮下脂肪が少ない上、袖無しタイプのウエットスーツを着ていた私は体温がどんどん下がり、身体が思うように動かなくなりました。
さらに、わずか数メートル先が見えないほどの濃い霧で、動けなくなっても、救助をされる見込みがないように思われ、明らかな命の危険を感じて、監視のボートに引き上げてもらったのです。

それはそれで懸命な判断だったと今でも思っていますが、バイクなどを飛行機で運んで、はるばるやってきた海外で、ほとんど何もできないまま「初ロング」の夢がついえたショックは大きく、あまり得意ではないスイムに対するトラウマもできてしまって、トライアスロンへの復帰は、ためらい続けてきました。

そんな私が、長いブランクがあきながら、トライアスロン復帰を決断したのは、レースには真剣に取り組んで、仲間うちでは和気あいあいと雰囲気を盛り上げ合うトライアスロン部の活動でした。
復帰戦の川崎でも、スイムで前を泳ぐ人たちに蹴りまくられて、パニックになりそうになり、あやうく再び棄権をしそうになりましたがなんとか持ち直し、10キロのランは44分というまあまあのタイムで追い上げ、なんとか納得できるレースをすることができました。

今後のトレーニングで大事なのは、とにかくスイムの練習は早く再開して泳ぎ込むことに尽きます。
富士登山競走では、練習を本格化する際に「毎日階段を走る」とブログで宣言したことが功を奏しました。
今回も、近くスイムの練習を始めた後は、自らを追い込むためにも練習目標を公表してみるつもりです。
そして、長く抱え込んだトラウマを払しょくして、10年前の自分を乗り越えるためにも、ロングレースの完走を目指したいと目論んでいます。

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東京・赤坂で開かれた昨夜のキックオフには、トライアスロン部の「トラ仲間」約20人が参加(中央)。

パーティーは、7月にブラジルに赴任することになった信義さんの送別会も兼ねていて、明走会や東京夢舞いマラソンの重鎮でもある、お富さんから、粋な模様のフンドシ2本が信義さんにプレゼントされました(左)。

信義さんの会社の後輩である利紀さんは、トラ部の集まりには初参加(右)。
昨年まで名古屋勤務だった利紀さんは、実は昨年9月に私が転勤・引っ越しした際、愛猫チーコと心置きなく一緒に暮らすためのペット飼育可能のマンションを、あっせんしてくださいました。

パーティーの後は信義さんをはじめとする常連の飲み仲間が2次会に向かい、6月の写真展でもデザインを担当してくれる尚さんも打ち合わせを兼ねて合流。
信義さん、尚さん、私の3人は、2人の地元であり私の東京時代の地元でもある西葛西で3次会に突入。
私は信義さんとスーパーランナー・さつきさん夫妻のお宅に、昨夜も転がり込ませてもらい、ささやかな4次会まで楽しませていただきました。
こんなあつかましい駆けっこ仲間のめんどうを、いつもありがとうございます。信義さん、さつきさん。

※※※

さて、このブログのカウンターが、またまた不調になったようです。
本日、訪問してくださった方々の数が一部しか記録されていないもようであるうえ、昨年10月以来のカウント数が、2000余り減ったままになっています。
このあとも修正されないようであれば、また手動で減少分を加えるなどの調整をします。
(管理者から障害が起きて、失われたデータの復旧はできないという連絡がありました。
幸い、直前にカウント数を控えていたため、障害によって減少した「1918」を自ら加えて調整しました。)

それにしても、デジタルの世界は、当たり前ですがデータが消えると、どうしようもないもの。
先日、送別会などで複数の店をハシゴしている間、大事なデジタルカメラの1つが紛失してしまい、メモリーに記録していたデータの大事な部分は既にコピー済みだったものの、そのほかは、おそらく2度と戻らなくなってしまいました。

考えてみると、今の世の中には目に見えない「ブラックボックス」にあふれていて、紛失したり壊れたりすれば2度と戻らないデジタルデータもしかり、そして、何も見えないというのに自然環境や人間の健康に計り知れない打撃を与える放射能もしかり。

とはいえ、大事なデジタルデータはマメに二重三重に保存しておけば事故をある程度防ぐことができますが、放射能の方は、いったん放出されれば、手の施すのが極めて困難になります。
大震災の発生から3カ月になろうとしているのに、放射能の放出を食い止めるメドも立たない福島第1原発の事故の深刻さを見ると、万が一の場合にお手上げになってしまう相手を、100パーセント制御できると誤解をしていたことの浅はかさ、愚かさを思わずにおれません。

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