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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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走った!撮った!鯖街道3

ちょうど1週間前に、小浜から京都までの鯖街道を走って撮ったウルトラマラソンの記事は本日が3回目。
今回は、コースで3つ越える峠のうち2つ目のオグロ坂峠の手前から、3つ目の杉峠の手前までです。

ほぼマラソン距離の41キロ地点にエイドステーションが設けられている久多の集落は既に京都市左京区の中にありますが、まだまだ京都北山の核心部です。
ここから標高差約500メートルを登って、オグロ坂峠を越えると、そこには深い山に囲まれて関西では珍しい高層湿原の広がる八丁平にたどり着きます。
八丁平は、私が大学生時代に何度も通ったお気に入りの場所の1つで、懐かしさがこみ上げてきます。

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マラソン距離以上のウルトラマラソンの領域に足を踏み入れてからの500メートルの登りは、さすがに厳しく、
前後のランナーともども小走りすらできず、早歩きに切り替わっています。
ブナやミズナラ、トチなどが生い茂る雨上がりの自然林の景色や空気を楽しみながら進むには早歩きの方がふさわしく、私は何度も足を止めて、森や木々などの写真を撮りました(右)。

大きな葉のカエデには赤く色づいたプロペラがついていて、新緑とのコントラストが美しく見えました(中央)。

最後の急斜面では、山道は何度も左右に折り返すつづら折れになっています。それでも、折り重なる木々のこずえの向こうに見えるスカイラインが少しずつ低くなっていき、ようやくオグロ坂峠を越えました(左)。

オグロ坂峠には、屋根が落ちてしまった小さな祠がたたずみ、両側の斜面が、なだらかに落ち込む様子は、歴史を感じさせる風情があって、いかにも北山の峠といった趣きです。
峠を越えたあたりは、鯖街道が幹線ルートだった往時の「六尺道」の名残をとどめているということです。

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オグロ坂峠から緩やかに下っていくと、標高約800メートル、周囲約2キロの高層湿原・八丁平の縁をたどるようになります。

京都市内から京都北山の奥地に行く京都バスの路線は主に2つあって、1つは芦生原生林のふもと・広河原行き、そしてもう1つが比良山系や八丁平などの登山口となる葛川梅の木行き。
葛川梅の木は38キロの関門から登り直さず、針畑川沿いに数キロ下った先にあり、鯖街道ウルトラマラソンでは約半分の距離を走る通称「半鯖」のBコースのスタート地点となっています。

私は大学生時代、これらのバスに1月に2度も3度も乗り込んで北山や比良山を歩き、何度も訪れた八丁平では、春真っ盛りの季節にテントを張って山の夜を過ごしたこともあります。

うるさいほどの鳥のさえずりで目を覚ました朝、みずみずしい新緑に囲まれた八丁平は、湿原を流れるガラスのように澄んだ水と同じく空気も透明で、スモモのような木に白い花が満開になって甘酸っぱい香りを放っていました。その朝は、私がこれまでの人生で迎えた最も美しい朝の1つで、それ以来、私の中では八丁平の風景が「桃源郷」のイメージとなっています。

「関西の尾瀬」とも言われる八丁平は、その後、尾瀬と同じく湿原を貫く林道の計画が反対運動でとん挫し、今は京都市の山村都市交流林として整備が進んでいるとのこと。
30年前にはなかったはずの木道が設けられ、倒木を整理するためか一部では伐採も進み、金網が張り巡らされているなど、かつての風景とは、かなり様変わりしていました(左)。

懐かしい八丁平でしたが、そんなわけで走りながら撮りたいと思う風景には、あまり出あうことなく、水たまりに映った木々を、心象風景的に撮ってみました(右)。

八丁平の外れには林道が到達していて、その終点付近にエイドステーションが設けられていました(中央)。
ここで美味しかったのは、このエイドの名物という「冷やし飴」で(写真の右端)、勧められるままゴクゴクと3杯もいただきました。

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八丁平からは小さな峠を2つ越え、それぞれの先にある大原尾越、大原大見という山間の集落を通ります。
大原尾越の付近で、軽やかな足音が後方から近づき、振り返ってみると2人の女性ランナーでした(左)。
2人が着ていた、おそろいのベストには「スウィーパー(掃除役)」の文字が。そう、普通は最後尾のランナーを拾い上げる役で、どうりで足取りが軽いはず。その文字を見て、ちょっと焦りました。

「え!?スウィーパーさんですか。制限時間、大丈夫ですか。もう後ろにはいませんか」
矢継ぎ早に質問したところ、彼女たちは、間に合いそうなランナーを励ます役で、「このペースなら大丈夫」。
後ろにはまだ20人か30人がいるということでした。
確かにプレッシャーがかかり、その後、私は少しペースを速め、彼女たちを引き離して先を急ぎました。

植林地を含めて、針葉樹林と広葉樹林が交ざり合うのが京都北山で代表的な山の景色(中央)。
錦絵のように見える秋だけでなく、春には緑の濃淡が美しいデザインをつくり出します。

大原大見は、地形的には八丁平と似て、山懐に広い平坦地が広がっていて、かつてはやはり湿原があったのではないかと思われるような場所です(右)。
私の大学時代、ここに産廃の埋立地をつくる計画があり、八丁平と似ていて、しかも人が住んでいる本当の桃源郷を夢想して訪ねた私は「産廃埋立地、反対!」という看板に面食らいました。

集落の人に話を聞くと「町のゴミで、美しい故郷を埋め立てようというんや」と憤ってられました。
琵琶湖に流れ込む安曇川水系の源流で、産廃の埋立地をつくると水汚染の問題も心配されるはずです。
私は、そうした話を新聞社に投稿して、その記事は、紙面に掲載されることになりました。
それは、小さな声の1つでしたが、その後、計画は倒れたらしく、懐かしい大原大見は昔のままの姿を保ち、写真はうまく撮れませんでしたが、ここにも地元の人たちがエイドステーションを出してくれていました。

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大原大見からは、いよいよ標高差250メートル余りを登って、最後の峠である杉峠への道をたどります。
大学時代に大見を訪ねたときに歩いたのと同じ道で、既に越えた根来坂峠やオグロ坂峠とは違って、未舗装ではあるものの車も通れる幅員の林道になっています。

ここも、もちろんメーンは早歩きですが、制限時間を考えると、勾配の緩いところは走りを交えるべきです。
そこで頼りになったのは、長らく近くを走ってきた男女混成グループ(中央)。
リーダー格で私より年配とみられる男性が、「よーし、行くぞー!」と号令をかけては、走りに切り替えてくれ、私は、まるでグループの一員のような顔で、その後ろを着いて行くことにしました。

おかげで最後の登りが終わる杉峠の制限時間もクリアできそうになったころ、林道のわきに咲くオレンジ色のツツジにカメラを向ける余裕ができました(左、右)。

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