FC2ブログ
“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

07 | 2011/08 | 09
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

全記事表示リンク

親ゆずり

昨日は仕事を終えた後、新幹線に飛び乗って大阪の実家を訪ね、両親と食事をして1晩泊まってきました。
特別な用事があったわけでもなく、本日朝には実家からそのまま出社。まさにトンボ返りをしたわけです。

といいますのも、手元にあった名古屋-京都間の新幹線の回数券2枚が今月末で使用期限なのに気づいたものの職場の相棒が休暇を取得中であることなどから、ゆっくり帰省することが不可能だと分かり、たまたま残業がなさそうだった昨日、急に押しかけることにしたのです。

先月、晴れて80歳の大台に達した父のために遅ればせながら、お誕生日用のケーキと岐阜・高山のお酒を買って実家に行ったところ、待っていたのは大阪や奈良のお酒の数々。
そういえば、学生時代から各地の日本酒を「渉猟」する私の趣味は元を正せば、やはり日本酒を味わうことが大好きな父から影響を受けた「親ゆずり」だったのです。

ということで、私が自ら味見したいと思って提げていった高山のお酒は「次に来たときに開けよう」と言われ、まんまと「人質」に取られてしまいました。
それでも実家の食卓に並んだ大阪や奈良のお酒は3本を超え、本日のネタにすることになりました。

今回もまた、とりあえず写真のみを紹介しますが、先に1本についてのみ説明したいのは、下に並べた写真の一番右にある「なにわ」の酒造会社「浪速正宗」は、なんと私の中学高校の同級生が社長をしている会社だということ。
かつて同窓会で酒蔵見学をしたうえ、醸したての美味しい新酒を浴びるほど飲ませていただいた大阪を代表する老舗で、かつ海外進出にも意欲的な酒造会社なのです。

BL110825大阪の酒1R0015974  BL110825大阪の酒2R0015982  BL110825大阪の酒3R0015973

「いすみ」パンフに写真!

「走った!撮った!」の写真展を応援していただいているスポーツジャーナリストの増田明美さんが、自らの故郷・千葉県いすみ市でプロデュースされる「いすみ健康マラソン」のパンフレットが、私の写真をふんだんに使って出来上がりました。

とりあえずは、ご覧ください。記事は追って加えます。

BL110825いすみパンフ1R0015947  BL110825いすみパンフ2R0015938  BL110825いすみパンフ3R0015960

登山地図・地形図

駆けっこ仲間のMさんが亡くなったトレラン練習中の遭難・滑落事故については、一昨日までの記事で、私が現地入りするなどして集めた情報や、それを基に行った検証の内容をほぼ書き尽くしたように思っています。
ただ振り返ってみると、登山やトレランの必需品である地図については、実際の図面を示したうえで説明していなかったことから、不親切な内容になっていたように思います。

そこで本日分の記事では、私が両方を携帯することを勧めている登山地図と地形図について事故現場近くのそれぞれの図面を示したうえで、追加の説明を多少しておくことにします。
ひとことで言えば、山の詳しい地形を読むためは地形図が必要であるものの、コースタイムやバスの路線を含む付帯的な情報は登山地図の方が詳しいことが普通で、山道=登山コースについても、より正確なことが多いということです。

とりあえず、両方の図面を掲載したうえで、説明は追って加えることにします。

そして、ここからが続きです。
いったん書くのを中断すると、なかなか書き始められないことがあるもので、ぐずぐずしている間に、ふと気がつけば、この書きかけの記事に対する拍手が増えていて、驚いています。
これはもう、せかされているようにも感じられて、観念したというわけです。

そういえば何日か前に、このブログの訪問者数が、昨年の10月にカウンターを設置して以来、2万アクセスを突破しました。ブログをスタートしてからの推計では3万5千アクセスを超えているものと思われます。
こんな個人的な趣味の世界のブログで、しかも写真のブログと銘打っていながら、やたら長文の記事を書きなぐっているにもかかわらず、こんなに多数の方々にお付き合いいただいて、本当にありがたく思っています。

では、写真を挟んで、本当に記事を続けます。

BL110804地図1R0015913  BL110804地図2R0015923  BL110824地図3R0015932

接写レンズで複写したのは、Mさんら一行が雲取山と飛龍山を越えて、下山中に道に迷ったという「高畑」の集落跡や滑落事故の現場となった丹波川の支流・後山川の谷、さらに高畑の手前約2キロほどと本来たどり着くべきだった国道の下山口・親川バス停などを含む一帯の登山地図と地形図です(左、中央)。

登山地図として代表的な「山と高原地図」の、一帯を含む図面の縮尺は1キロが2センチになる5万分の1、そして地形図は山間地のものとしては最も詳細な2万5千分の1で、1キロは4センチ(右)。
複写した写真2枚は、ほぼ同じ地域のものですが、元々の大きさは面積にして1対4の差があります。

等高線の間隔は登山地図では20メートルですが、地形図の方は10メートルで、より詳しい地形のヒダまで描かれていますが、山や橋の名前など地名は登山地図の方が詳しく記載されているのが分かります。
そして問題なのは登山道で、登山地図では赤線で描かれ、地形図では他の山道も含め点線で描かれているのですが、このルートが両方の地図では、かなり異なっているということです。

それでは、どちらが正しいのか。
結論から言えば、登山地図の方が実際のルートに、ほぼ沿って赤線が描かれているようです。
より細かい測量や調査が行われる地形図では、測量などの間隔が何年も開いてしまうため情報が古くなってしまい、崩壊したり人が通らなくなったりして「廃道」となった昔の道がそのまま描かれていることが多いのに対し、地形図を「下敷き」にしてつくる登山地図では、登山ルートだけを短い間隔で踏査しているというのが、その理由です。

そして地形図に描かれた昔の道と登山地図に描かれた実際の登山道との関係は、その両方を重ね合わせるようにして比べてみれば分かります。

昔の道は、写真では左上から右下に向かって「天平(でんでいろ)尾根」の上をたどって通る1本目と「後山」「高畑」の2つの集落跡を結び、等高線にほぼ沿う形で通る「巻き道」の2本目で、それらの2本は高畑の先で交差しています。
一方、今の登山道は1118メートルのピークの手前で尾根を左に外れ、後山のあたりで巻き道に合流。
その後、高畑の先で再び、尾根に平行になります。

正確に言えば、かつての巻き道は高畑のすぐ先で崩壊して通行ができなくなり(その旨を記した看板を見て、確認してます)しばらくは少し谷側を通るなどして付け替えられています。

しかし、登山地図の方が道が正確だからといっても、それだけでは、やはり不十分だと言えます。
後山と高畑という廃屋のある集落跡は約1キロの間隔で2カ所あり、地形図には家の並ぶ様子まで描かれているうえ(それぞれ2軒と3軒描かれている廃屋は、実際には1軒と3軒に減っていますが)、高畑で真っすぐ谷に突っ込んだMさんらがたどるべきだった右カーブも、見事に描かれているからです。

そもそも、高畑で道に迷うことは現場を見た人すべてが「あり得ない」と言う通り納得し難いものですが、この地形図を持っていれば、その「あり得なさ」は100%どころか200%にもなったはずなのです。

それに対し、登山地図の「廃屋」の文字は後山と高畑の間に、言ってみれば「乱暴」に書かれているだけで、いったいどこに廃屋があるのか分からないばかりか、一行が突っ込んでいった「急斜面」には「高畑」の文字が大きく書かれているために、ただでさえ粗い等高線が見えなくなっています。

というわけで最終的な結論は、やはり登山でもトレランでも、より安全に山道を歩いたり走ったりしたい方々に対しては、登山地図と地形図を併用することを私は強く勧めるということです。
私自身は山に入る際、基本的にそれら両方を持ち歩き、事前にヒマがあるときには、あらかじめ双方を照合したうえで、登山道の位置に食い違いがあれば、地形図に登山地図のルートを赤線で上書きをして、コースタイムなどの情報も書き写してしまいます。

もちろん高尾山のメーンコースのように幅が広く踏み固められた山道が整備され、道標も完備しているようなハイキングコースでは、登山地図だけで問題ない場合も確かにあります。
しかし初めて足を踏み入れる登山の領域で、しかも登山地図に丁寧に「迷(いやすい)」と書かれているような山に、登山地図やガイドブックの付録の地図だけを頼りに入るのは、あまりに危険です。

また何度も繰り返しますが、迷う前よりも迷ってしまった後にこそ、地形図は頼りになるものです。
微細な地形が読みとれることから、現在地や戻るべき方向を探しやすく、周囲に危険な場所がないかを知ることもできるからです。
それに比べ、色を塗って、ただでさえ粗っぽい等高線を見づらくしている登山地図では、地面の微妙な起伏をイメージすることは困難です。

そして振り返ってみるとMさんらの一行は、そうした登山地図の、さらに等高線を薄れて見づらくしてしまったコピーしか持っていませんでした。
それなら、なおさら道の踏み跡に注意してほしかったし道なき道に突っ込むような無茶は控えてほしかった。
そう思えて、本当に返す返す残念ですが、今さら私にはどうすることもできません。
山ヤ仲間たちにもトレラン仲間たちにも、2度と同じようなミスを繰り返してほしくないと願うばかりです。

※※※

実を言いますと、今回の記事で紹介した登山地図と地形図の問題は、私の会社の同僚であり、その筋では名だたるフリークライマーでもある学さんから指摘をいただいたものです。
指摘を受けて以降、その後に書いた、いずれかの記事の中で、この問題についての記述を加えようと思っていたものの機を逸し、結局こうして独立した記事にすることになりました。

確かに地図を示すことなく、遭難の詳細を文章だけで書いてきたのは、不親切だったとも思います。
学さんは、かつて札幌などで一緒に仕事をし、部屋の中にパイプを組んだ「オーバーハング」の壁をつくっていると聞いていた、まさに「クモ男」ですが、最近はトレランにも「脚を染めている」ということです。
どうりで、トレラン中に起きた今回の事故は他人ごとではなかったようですが、ご指摘に感謝します。

また、この間も、多くの方々から記事に対するコメントをいただいていますが、個別の返信は控えています。
もちろん、とてもありがたく読ませていただいています。この場で、お礼を申し上げます。
ありがとうございます。

飲んで応援

東日本大震災の被災地に対して何もできない私ですが本日は東北地方のお酒をいただくことで、ささやかな応援の気持ちを示すことにしました。

BL110823酒1R0015871  BL110823酒2R0015867  BL110823酒3R0015885

急斜面

先月の24日、山梨県丹波山村で起きた駆けっこ仲間Mさんの山岳遭難・滑落事故の現場を、私が一昨日に再び訪ねた際の報告は2回目の最終回となります。

昨日の記事でも話した通り私は、トレランの練習で山道を丸1日かけて走り・歩いたMさんら4人の一行が、国道に出る1キロほど手前で道に迷ったという廃屋のある集落跡を訪問し、さらに一行が突っ込んで行った道のない急斜面に、実際に足を踏み入れてみました。その体験を中心につづってみるのが今回の内容です。

かつて高畑と呼ばれた集落跡には今も人が住めそうなほど立派な廃屋が2軒建ち残り、国道からはバイクで来ることもできそうなほど明瞭な道がついています。
数週間前、一行が踏んだルートの後半をたどってみた私も、やはり同様に現場を訪ねた別の仲間も、そして地元の救助関係者らも「なぜ、あそこで道に迷ったのか分からない」と口をそろえるほどです。

しかし実際には、地形についての誤った「思い込み」と、地形を読める地図を持っていなかったことなどから、一行は道が分からなくなり、山城のように、そそり立つ台地の上にある集落跡から谷に向かって断崖のような急斜面を下りて行きました。
これもまた「なぜ、あんな所を下りて行こうとしたのか分からない」と地元関係者らが驚くような決断でした。

「4人全員が理性的な判断をできなくなっていたのでしょう。だからこそ事故が起きたのです」
そのような警察幹部の言葉によってでしか、説明がつかないように思えるほどの出来事だったのです。
それでも、その運命の「分岐点」について検証を試みた昨日の記事に続き、今回は「猟師ぐらいしか下りようと思わない」とまで言われた「急斜面」に足を踏み入れてみた体験記というわけです。

BL110820高畑2-1R0015768  BL110820高畑2-2R0015777  BL110820高畑2-3R0015765

3軒目の家屋が建っていたと思われる岬のような「広場」の突端から、Mさんら一行は樹林の海に突っ込んだものと思われます。
そんな決断を後押ししたのが、急斜面に誘い込むようにして木の幹に巻かれたピンクのテープだったことは、昨日も話した通りです。

とはいえ3本目のテープが巻かれていた場所は、ちょうど斜面が一気に急になるあたりで、そこに近寄ることすら容易ではありませんでした(左、テープは左上に小さく見えています)。
上からのぞき込んだ写真では斜面の傾斜は分かりづらいのですが、そのあたりで斜面を真横から見て撮ったのが右の写真です。これはカメラに内蔵された電子水準器を使い実際の傾きが分かるように撮影していて、45度に近い急な傾斜を見てとれます。

私はこのあたりで先に進むべきか引き返すべきか、しばらく逡巡しているうち急にお腹の減りを覚えました。
また下りていくにしても、木などにしがみつきながらでないと不可能だと分かり、軍手やアームウオーマーが必要だということが分かりました。
しかし、ここでは休むこともできず、バックパックから物を取り出すことも不可能だったため、いったん広場まで戻り、持ってきたおにぎりを2つ食べて腹ごしらえし、完全防備したうえで再びトライすることにしました。

この樹林は手入れの行き届いていない杉の植林地で、地面は落ち葉や枯れ枝、間伐をされたらしい倒れた木などで覆われてはいるものの、低木のヤブは発達していないことから、つかまる物が少なく、下降は思いのほか困難です。
落ち葉の下にある浮き石を踏むと、ガラガラと音をたてて遠くまで落ちていくほどの傾斜ですから、一瞬でも気を抜くことはできません。

低木のヤブがあれば枝につかまって下りることができ、滑落の危険も減りますし、岩場ならば安定した足場やつかむ場所を探しながらロッククライミングのように「3点支持」で下りることができるかもしれません。
ところが、こうした「つかみどころ」のない急斜面の樹林は最も危険で、できるだけ安定した足場を探しつつ、しかも万が一滑っても途中で木にぶつかるなどして止まれるかどうか見極めながら下りることになるわけで、時間もかかるものです。

それでも、斜面が急であるため、気が付くと相当な高度差を下りていることが分かり、振り返ると垂直の壁のように見上げる急斜面が立ちはだかっていて、登り返せるような気がしないほどです(中央)。

一行は急斜面を下り始めて間もなく「ここは道じゃないな」と気づいたということですが、長い行程を経て疲れ切っていたうえ、どんどん暗くなっていく中にあって、こんな斜面を見上げたとすれば引き返そうという気持ちが砕かれたのも分かるような気がしました。

BL110820高畑2-4R0015795  BL110820高畑2-5R0015784  BL110820高畑2-6R0015782

そんな急斜面ですが、私が実際に下りていき、一行の4人中3人までは谷までたどり着いているわけですから全く下りることができないわけではありません。
そもそも、斜面の上の方は植林地でもあって、山仕事の人たちが足を運んでいるのも事実です。

しかし、山仕事の人たちは危険なところではヘルメットをかぶって、ロープなどの装備も持っているでしょうし、履いている地下足袋はトレラン用のシューズよりずっと踏ん張りがきくものです。
私もかつて独りで沢登りをする際には地下足袋にワラジを着け、ヘルメットもかぶったうえ、いざというときに安全に斜面を下りられるよう20メートルほどのロープを持っていました。

そんなふうに考えると、丸腰でこんな急斜面に踏み込んでいる自分が、うかつに思えてきました。
それでもできることは、とにかく安全に下りられて、かつ登り返すこともできるルートを慎重に見極め、注意深く進むことしかありません。
その結果、私は一行が下りていったと思われる斜面が最も急な部分を避けて、わずかに尾根状に膨らんだ部分をたどり、一行のルートから離れていったようです。

「川が見えたので、下りて行けば国道まで川沿いにたどり着くか、向かい側の林道まで登れると思った」
私は一行のメンバーのそんな証言を聞いていたため「せめて川が見えるところまでは行ってみよう」と思っていたのですが、同じところを下りていかないのでは検証の意味がないようにも思います。
それでも現実的には、斜面の最も急な部分には近づくことがはばかられ「どこでも良いから川が見えるところまで行こう」と、目標をすりかえることにしていたのです。

そうして、ようやく谷底に流れる後山川の川面が見えたのは、集落跡から下り始めて1時間近く経ってから(中央、画面の中央より少し上に白く見えるのが川面)。
標高差にして、わずか150メートルほどを下るのに、それほどの時間を費やしたということです。
それに比べMさんたちが道に迷ってから滑落事故が起きるまでの時間は、なんと30分足らずとみられます。

「廃屋から下りる道が分からなくなった」という一行ですが、すぐ見つかるはずだった本来の道を時間をかけて探すこともしなければ、途中ですら滑落の危険があった急斜面を相当に危なっかしいスピードで下りて行ったものとみられます。周囲が暗くなっていく中で、それほどまでに焦っていたということなのでしょうか。
それにしても1歩ずつ慎重に下りなければ危険なはずの急斜面で、一行4人のうちMさんを含む2人が先の2人から50メートル以上も引き離されてしまったというのは、にわかに信じ難く思われます。

※※※

私が木々のこずえ越しに川面を見ることができたころに、周囲の樹林は、植林地から雑木林に変わっていましたが、林床に低木のヤブが発達していない状況は同じで、依然として気が抜けないままでした。
それでも私は谷底までほんの50メートルほどのところまで下っていき、そこでとうとう100%安全なルートがとれないことが分かって途方に暮れました。

そこを下りたとしても、滑落事故の現場からは300メートル以上も上流のようですし、「ゴー」と勢い良く水が流れる音を聞くと、滑落現場までたどり着くことはおろか、対岸にわたれるかどうかも分かりません。
しかも足を滑らせれば、一気に谷底まで落ちることはないように見えるもののケガをする可能性はあります。
さめて考えれば引き返すべきだと分かっていましたが、それでも頭の中に誘惑の声が聞こえてきます。

「谷底までは、ほんの数分で下りられる。そこで動けなければ、登り返せば良いだけではないか」
「現場までも簡単に行けるかもしれない。そうすれば対岸に渡って林道に出る方が、ずっと楽じゃないか」
それはまさに、私自身もまた、誘惑に負けて理性を失おうとした瞬間でした。

人間というものは窮地に立たされたとき、目先にある楽な選択肢に、簡単に飛びつこうとしてしまう弱い存在だということを理解できるように思った瞬間でもありました。
「道に迷ったら引き返す」「谷には下らないようにする」といった、山の鉄則が分かっている登山者であっても、自ら迷い道にはまりこみ、滑落などの悲劇に遭うということがある理由は、こうした人間の弱さも大きな部分を占めるのでしょう。

それでも私は結局のところ臆病で、かつ無理をして進む必要がなければ引き返す時間の余裕もあったため、100%安全ではないと悟った地点できびすを返しました。
見上げる壁のような斜面は威圧的で、登り返す気持ちをなえさせましたが、すぐそこに見えた谷底に背中を向けた瞬間、大きな安堵感に包まれて、ほっとするとともに我に返る感じがしました。
そして「なんで、あんな無茶をしかけたのだろうか」と、少しでも躊躇していた自分が、おかしく思えました。

※※※

ともあれ私は、やっとの思いで下りてきた急斜面を登り返すことにしました。
植林地の林床は色彩が乏しい中で、切り株から生えたコケの黄緑色が目立って見えました(左)。
この森は明らかに人の気配よりも獣の臭いの方が強く、シカのものと思われる、ひづめの足跡が地面の上にうっすらとついているのを見かけましたが、前の方の足跡は下の方にスリップしていました(右)。
獣でさえも足を滑らせるほどの急斜面ということなのでしょう。

急斜面を再び登り切るのに要した時間は、下りより短かったものの、それでも50分ほど。
全く無事に生還したと言いたいところですが、実は不安定な斜面の途中でハチの襲撃を受けました。

そのとき、左足の靴下の上、靴下より薄手のゲーター(脚半)式サポーターの中で突然、身体中に響くような激しい痛みを感じて目を向けると、大きなハチが黄色と黒の身体を丸めて針を差し込んでいました。
あわててはたき落としたものの、ハチは浮かび上がって何度も私の顔をめがけて突進してきます。
足を滑らせそうになりながら、やっとハチを追い払ったものの、その際に右手を自分の身体にぶつけたのか木にぶつけたのか、薬指をひどく突き指してしまいました。

野生の生きものたちの領域に、無闇に足を踏み入れないようにと、戒められたような気もしました。

BL110820高畑2-7R0015740  BL110820高畑2-8R0015830  BL110820高畑2-9R0015693

ようやく集落跡の広場に戻ると、薄暗かった樹林の中とはうって変わって視界が開け、もう1つの別世界から現実の世界に戻ってきたような感じがして、ほっとすることができました。

広場の一角には、なぜか根元が踏まれたように折れて横倒しになったユリの仲間の株がありましたが、そのピンクの花は枯れずに咲いていました(左)。
下山する際、ふもとのバス停を示す道標近くの林の中では、黄色いマルダケブキが咲いていました(中央)。
また、登山口の近くではツユクサの花が、その名の通り花びらに透明な露を付けていました(右)。

そう、登山道にも、ふもとの丹波山の里にも、何事もなかったかのように、のどかな空気が流れています。

BL110820高畑2-10R0015849  BL110820高畑2-11R0015834  BL110820高畑2-12R0015838