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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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山懐に抱かれて

先月24日に東京と山梨にまたがる雲取山の登山口近くで起きた駆けっこ仲間・Mさんの滑落事故から10日以上が過ぎました。

私はこの間、名古屋から現地に2度赴いて現場近くの山に入り、地元関係者の話を聞いたほか、同行をしていたメンバーにも会って、その日に何が起きたのかを、私なりに検証できればと微力を注いでみました。
それにより、いまだ理解・納得ができない部分が残っているものの、遭難・事故の概要が、かなり見えてきたように思います。

このサイトを訪れてくれたMさんの身近な方や友人の方など多くの方々に、このつらい出来事がどんなふうに起きたのかについての話を読んでいただき、そのことが現実を受け止める努力の助けに、少しでもなるのであれば、ありがたく思います。

しかし、何をしたところで、結局のところ気持ちが晴れることなどありません。
自分のサイトに多くの方が訪問してくれて、「拍手」をしてくれることは、これまでなら、うれしいことでしたが、今回ばかりは複雑な思いがつのるばかりです。
ただ、分かることは、Mさんがいかに多くの方にとって大切な人であり、その多くの方がいかに今回の悲劇を悲しんでいるかということでした。

何が起きたのかを知りたいという、そんな方々の思いに応えることができればと、少しだけ無理をして5回にわたる報告を書いてきましたが、昨夜はさすがにダウンを喫して、一夜明けたあとに書いています。

とはいうものの、遭難事故に関する新しい材料は、今のところあまりありません。
かといって事故と同じ日に私が木曽御嶽山に出かけたトレランの報告の続きを掲載しようかと考えたものの、それはそれで気持ちの切り替えができません。

そこで、Mさんがこのところトレランに打ち込んでられた様子についてなど、少し視点を後ろに引いて今回の事故の背景のようなものについて書き加え、とりあえず一段落することができればと思います。

BL110728後山林道1R0014413  BL110728後山林道2R0014388  BL110728後山林道3R0014408

紹介する写真は元に戻る形で、先月28日に私が最初に現地入りした際、事故現場から谷を隔てて反対側を通る林道で撮影したものです。

林道のわきには、先にここを訪れたMさんの身内の方が供えられた、花束や缶ビールがありました(中央)。
谷に下りる斜面は急峻で、身の危険を感じ滑落現場の谷底に降りることを断念した私は、持ってきた花束を、林道わきに並べて置かせてもらうことにしました。

林道わきには、先に紹介したホタルブクロのほか、タンポポの花も見られました(左)。

V字型に深く切れ込む谷の様子を分かるように写真に撮すことはできませんでしたが、手前の斜面に生えた木々の向こうに滑落現場となった対岸の斜面が見える写真を加えます(右)。
目をこらせば、上部の方で比較的緩やかな斜面が、途中から谷に向かって落ち込んでいるのが分かります。

私は滑落現場そのものを間近で見ることができていませんが、これまでに聞いた話を総合すれば、Mさんが滑落した45度を超えるような急斜面は、「ガケ」と表現するのが適当なほどの場所ですが、岩がむき出しになっているわけではなく、樹林に覆われています。

ただ一定以上の傾斜がある樹林帯の斜面は、木の幹などにつかまりながらにり下りすることが、容易そうに見えても、実際には次につかまる幹などがなかなか見つからず、まさに抜き差しならなくなって途方に暮れることさえあって、最初から行く手を阻まれる岩場よりもむしろ危険なことがあるものです。

普通なら足を踏み入れることも命を落とすこともないはずの、こんな場所で起きた事故の結果は、悔やんでも悔やみきれません。
それでも、無数の様々な生命が営みを続ける山懐の森に抱かれて、山が大好きだったMさんの命の灯が、最後の光を放ったことは、ほんのわずかながらでも「救い」のように思えます。

※※※

このところのトレラン人気によって、山岳遭難の統計の中にも「トレラン」のカテゴリーができるほどです。
しかし前にも話した通り、元々が「山ヤ」で、トレランという言葉が一般的になる以前から山を走っている私は、トレランによる山行と登山を区別する意識を持っていません。
フィールドとなる山は同じ山ですし、私の場合は、走ることはあっても、それはより多くの花や景色とであって写真を撮り、よりたっぷりと山を楽しむための手段のようなものだからです。

大きな機材を担いで、絵画を描くようにじっくり気合いを入れて撮る山岳・自然写真よりも、走り回って枚数を重ねていく「山のスナップ」のような写真の方が、より多くの被写体やシーンにであいながら撮ることから良い写真を撮ることができるケースもあると思っています。
そんなふうに写真を撮る私にとって、走ることは、より多く移動したうえ、写真を撮る時間をかせぐためにしているようなものなのです。

そもそも、せっかちで欲張りな私は、テントを担いで独り各地の森や山をほっつき歩いていた山ヤのころから、普通の登山者よりもずっと快速で、クレイジーなほどの行程をこなしていました。
山のトレーニングとしてでなく、もう少し本格的にランニングに取り組み始めたあとに、初めてのフルマラソンを3時間6分台で走ることができたのも、そうした下地があったからだと思います。

そして、山登りと平行してランニングを始めた私は、ほどなく自然に山を走り始めていました。
北海道に住んでいたころ始めて、やはりランニングと平行して続けたクロスカントリースキーの練習としても、ポールを両手に持つなどして山を走ることは、うってつけだったことも、その理由です。

山を走ってみると、重たい登山靴や山仕様のウエアより、軽いシューズやランニング用のタイツなどの方が、ずっと軽快に動けることを実感するなど、旧来の山のスタイルにこだわる必要はないことが分かりました。
とはいうものの、登山地図と一緒に地形図を持ち歩くなど、それまで着けた「山の作法」を手放すことも、もちろんありません。

急な登りを走り続けることなど、そもそもが無理ですから、ちょっと身軽な格好をして、平坦な部分や下りで、気が向いたら小走りする程度の「なんちゃってトレラン」を、続けてきているわけです。

そんな私にとって、このところのトレランのブームは、自分を追いかけてきたような感じすらして、悪い気はしませんでしたが、山で頑張って走ることや、トレランでレースをすることに対する違和感は今もぬぐえません。

唯一の例外は、昨年やっと制限時間内で完走を果たせた富士登山競走ですが、それにも事情があります。
人のいない深い森や山にあこがれを抱いていた私は長年、ネコもしゃくしも押しかけるような北アルプスさえ敬遠していて、5合目から上は山小屋がひしめき、森もなければ花も少ない富士山は、完全に山登りの対象から外していました。

しかし、マラソンに入れ込んで、なんとかフルマラソンで3時間、100キロで10時間を切ることができた私は、その2つと並び時間内完走が「市民ランナーの3冠」とされる富士登山競走も走っておこうと思い立ちました。
そもそも登山の対象としての魅力が薄い富士山ですから、レースで走るのなら良いと思ったわけです。

また、奥多摩の70キロ余りを徹夜で走る日本山岳耐久レース(ハセツネカップ)は、景色も見ずに夜通し走ることに違和感を持ちながらも、一度ぐらいは経験しておこうと数年前に出場しましたが、はなから一所懸命に走る気など、ありませんでした。
ただ、さほど魅力のない低山の数々を、この機会にまとめて走るのも悪くないだろうという思いはありました。

※※※

そんな不真面目なトレイルランナーである私にとって、Mさんをはじめ、多くの駆けっこ仲間がトレイル大会で次々に入賞を果たすなど、華々しい「戦績」を重ねられても、互いの健闘を祝福し合う拍手の輪に入ることはできず、一緒に山を走って「練習する」機会に加わることも、ほとんどしませんでした。

私にとってアルプスを含む、より深く高い山は走って楽しみに行く「遊びの本番」の場所で、より開けた富士山や人里に近いハセツネカップの山は、それよりは安全なところにあるレース・大会の舞台でした。

しかし、多くのトレイルランナーらは、どうやら実は富士山やトレランレースの舞台よりも深く、場合によっては危険を伴う山々を、「真剣な練習」の場所としているような気がしています。
より高低差があり長く走れる山の方が、練習の場所としてはふさわしいようには思いますが、トレーニングを積もうという真面目な気持ちが大きくなるほど、行程や行動に無理が生じるおそれが大きくなり、危険を呼び込む可能性も高くなるように思うのです。

しかも、そもそもが下界を走っていたランナーで、地図を見ながら道を探す「ルートファインディング」や危険を回避する身のこなし方といった「山の作法」に不慣れなメンバーが集まり、道案内がいて給水所もある大会と同じような気分で、より深い山に入ることは、やはり危なっかしく感じるわけです。

「山は気持ちいいわよ」と言って多くの友人を誘っていたというMさんは、本当に山が好きだったはずですし、その思いは、走らずに登山する人たちと何ら変わるところはなかったでしょう。

ただ、少なくとも、ここ数カ月、ほぼ毎週のように長距離のレースやハードな練習会をこなしてきていたMさんたちは、今から思うと少しばかり頑張り過ぎてしまっていたように思います。

1泊2日の登山コースである南アルプスの鳳凰三山を日帰りで走るなど、今回のコースに匹敵するような1日がかりのハードな練習を重ねることによって、Mさんも、同行していた仲間たちも、レースのパフォーマンスがどんどん向上しています。
お互いに「切磋琢磨し合い」、競い合う気持ちすら生まれていたようです。

私自身もフルマラソンで3時間を切ったとき、富士登山競走を完走したときは、シロウトなりに、それら目標を生活の中心に据えて頑張りましたので、そうした気持ちは良く理解できるつもりです。
それでも、そうして場合によっては無理の生じるような真剣な練習を、中級以上の山岳で続けてしまっていたことは危険を呼び込む背景になったのだと思います。

ほんの2日前に富士登山競走に出場していたMさんは、今回の山行きに誘われた際「今日はショートコースにしてね」と仲間に話していたそうですが、いつも頑張って着いてくるMさんの言葉は「冗談のように」とられ、コースの設定に加味されることはありませんでした。

雲取山の山頂でも、メンバーの1人が捻挫したあとに通過した最後の「エスケープルート」の分岐点・サオラ峠でも、メンバー全員の合意を基に、さらに予定通り進むことが選択されたということです。
せっかく山に来たのだから少しでも長い距離を踏み、練習の効果を上げたいという気持ちが、メンバーの間で暗黙の了解のようになっていたともされています。

ともに富士登山競走に出場し、捻挫をしていたメンバーや遅れがちだったとみられるMさんのことを、結局はグループとして思いやることができず、2人もまた、捻挫や疲れが他のメンバーの安全を脅かすおそれがあるとして、ショートカットなどを強く主張することができないでいた-。
安全が第一であるべきの山の中で、そうした常識的な判断が、なおざりにされてしまった背景には、どうやらレースや競技としてのトレランに対して、真剣に取り組む気持ちが強すぎたことがあるように思えます。

不真面目なトレイルランナーである私が言っても説得力がないことは分かっていますが、トレランでは、深い山に入るときほど注意深く行動して、真剣に頑張りすぎないようにするということもまた、今回の事故から引き出せる教訓の1つであるように思います。

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