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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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OSAKAおおきに!!!

私の故郷・大阪で開催した写真展「走った!撮った!世界のマラソンOSAKA」は6日目で最終日となる本日も多くの方々に来場していただき、盛況のうちに幕を閉じることができました。
会場となったオリンパスギャラリー大阪に来場してくださったみなさま、応援・支援をしてくださったみなさま、どうもありがとうございました、おおきにでした!!!

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写真展の最終日は、ギャラリーの閉館時間がこれまでより早い午後3時。
それでも、昼休み時間を中心にして会場に駆け付けてくれる方々は途切れることなく、来場者数も過去5日と変わりないほどでした。

その中で昼ごろ、会場で待ち合わせて集まってくださったのは、東京マラソンの写真の被写体となってくれた男女のランナーと女性ランナーのご家族。
去年の東京マラソンで撮影した写真のうち、ランナーが被写体となった唯一の写真の中で、バナナに扮した仮装をしている奈美さんと、お母さま、そして徹さんの3人です(写真)。

実は奈美さんと徹さん、仲間の女性ランナーの3人が写っている写真について、徹さんを女性だと勘違いした私は当初、「3人組の女性ランナー」と説明文に書いてしまいました。
ところが、大勢が走る東京マラソンの中でも目立っていた3人とあって大阪方面でもお知り合いが多く、写真展がオープンして間もなく、私は来場した何人ものランナーから間違いを指摘していただき、訂正することができました。それと同時に奈美さんらは、そうした仲間から、ご自身の写真が展示されていることを知らされ、会場に駆けつけてくれたということです。

これまでの写真展でも、展示写真の被写体となってくれたランナーらが写真と対面するケースは少なくありませんでしたが、東京で撮った写真の被写体の方々に大阪で写真と対面していただけるというのは、なんだかうれしいものでした。
ランニングと同じく、人と人とをつなげるコミュニケーションの道具である写真というものの力を感じます。

写っていただいたことに対しては、こちらが感謝すべきところですが、奈美さんからは以下のようなメールまで送ってもらっています。
「どの作品もとても生き生きとしていて、大変すばらしかったです」「有意義な時間を過ごす事ができました」「母も大絶賛しておりました」「ブログを拝見していると、私の知り合いが多く出ており、どっかで人と人はつながっているのだと思いました」「すてきな『ご縁』ですよね」

そう言えば、今回の写真展は開催期間が6日間と短かったのですが、ランナーや職場の同僚、友人・知人らの間での口コミを受けて来場してくれる方々が次第に増えてきて、これまたうれしいことでした。
もう1つ言い忘れていたのですが、奈美さんは関西のランナー仲間らによる手づくりの大会である「水都大阪100kmウルトラマラニック大会」の事務局次長を務められています。

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写真展の会場で久々にお会いできる親戚も多い中、一志さんご夫妻も、そうしたお2人(左)。
そのうち一志さんは、フィルム用の一眼レフを愛用する写真愛好家で、今も大きな交換レンズや重たい三脚を持ち歩いて撮影を楽しんでられるとのこと。
コンパクトなデジカメで撮影した私の写真を、会場を何周も回って何度も見てくださったうえ「写りもシャッターのタイミングもすばらしい」と感心してもらうと、恐縮してしまいました。

私が勤める会社の同僚で、大阪支社に勤務してられる学さんは南極での長期滞在取材の経験もある山男にして、名だたるフリークライマー(中央)。
以前、社内での担当部署の異動に当たって「クライマーとしての自分の可能性も伸ばしていきたい」と相談をしてもらったこともある学さんは、最近ではトレランにも「脚を染めて」られ、私の駆けっこ仲間だったMさんの遭難事故についてブログで連載の記事を書かせてもらった際には、地形図と登山地図のメリット・デメリットについて鋭い指摘をしてくれたこともありました。

「仕事をしながら、こんなシゴトができることは、すばらしい」と学さんがこぼした言葉は、ご自身の生き方も重ねて表現されたものだと感じました。

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東京マラソンでバナナに扮した奈美さんと同じく「水都大阪」の実行委員で、医療本部長を務められているという医師の健司さんは、私の中学・高校の後輩(左の右)。
私が高校の21期生であるのに対して、健司さんは33期生で、なんと1回りも年が下ということになりますが、駆けっこ仲間は駆けっこ仲間で、年齢も性別も国籍も関係なく仲間です。
「卒業生の中に、こんなに走ってられる方がいらっしゃったとは、驚きでした」と、うやうやしく頭を下げて言われると、こそばゆい感じがしたものの、こうした奇遇をうれしく思いました。

その健司さんともお知り合いのノゾミールさんは、私と同期生であるジダンさんのチームに所属(同右)。
ジダンさん主催の祝賀会が開かれた3日目に続いて来場してくれました。

そしてジダンさんが少年時代にあこがれていたという同窓生の弘江さんと、私が卒業後になって初めて親しく話せるようになった、やはり同窓生の夏代さんの美人コンビも、会場近くでミニ同窓会が開かれた2日目に続いて再度来場して、写真展の名残を惜しんでくれました(中央)。
職場が会場近くだという弘江さんは、社内でも写真展の宣伝をしてくれて、ご本人に先立ち、職場で向かい側の席にいらっしゃる紳士も来場してくれました。

私と同じ中学・高校の卒業生の来場者としてトリを努めてくれたのは、兄の辰巳琢郎(右)。
今年6月から7月にかけ東京・日本橋の「ギャラリー遊」で開いた写真展「走った!撮った!わが町マラソン」のオープニングでは「通りがかっただけ」と言って飛び入りで現れ、主役の座を私から奪ってしまった兄なのですが、今回は閉館まで1時間を切って、来場者がまばらになったころに、ひっそりと登場しました。

昨夜遅く電話をしてきて「仕事で大阪に来てんねん」と来場を予告していた兄は、出がけにギャラリーを含むオリンパスプラザ大阪の美人社員に「近くで美味しいうどん屋かそば屋、あれへん?」とたずねて彼女を困らせたあと、再び大阪の街に消えていきました。

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兄が今年5月に作詞家の故星野哲郎さんを演じた芝居の舞台となった名古屋の老舗劇場に勤める駆けっこ仲間の美人ランナー・七保子さんは、大掛かりな歌舞伎の公演があったことから今月に入って3日目だという貴重な休日を使って来場され、兄と偶然にも出くわすことになりました(中央左)。

七保子さんは当初、ぎりぎりまで仕事が忙しいことから「今回は行けそうにない」と聞いていましたが、写真展の会場の様子を伝える私のブログの写真や記事を見て「名古屋でじっとしているより、ずっと楽しそうだったから」と予定を変えて駆けつけてくれ、「わが町マラソン」に続いてのご来場となりました。
そして、こじんまりとした会場で、比較的地味な展示となった「わが町」だけでは物足りなく感じていたものの、それを補完する形でより素直に楽しめる「世界のマラソン」を見ることで、より満足をしてもらえたということでした。

同窓会と祝賀会を先週のうちに開いてもらっているうえ、最終日は週の半ばとあって、「打ち上げをやろうよ」と自分から言い出せなかった私は、本日は大人しく静かな夜を迎えて6日間を振り返ろうという気持ちも少し持っていましたが、名古屋から七保子さんがわざわざ来阪してくれたとあっては、急きょ打ち上げをやらないわけにいかなくなり、それを口実に会場の撤収作業まで七保子さんに手伝ってもらうことになりました。

七保子さんと同じく、撤収作業を手伝ってくれることになったのは、KBS京都ラジオでランナー向けの番組を担当している「若ちゃん」こと走る美人パーソナリティの若林順子さん(中央右)。
ご自身の番組で、今回の写真展を大々的に紹介してくれた若ちゃんは、初日に一度来場されていましたが、閉幕前に「もう一度見ておきたい」として、仕事の合間を縫ってギャラリーに駆けつけてくれました。
残念ながら、若ちゃんが到着したときには撤収作業が始まってしまっていましたが、それでも若ちゃんは写真パネルを保管先に送るための発送票の宛名書きなどを手伝ってくれたうえ、次の仕事先に向かうまでの間、打ち上げ「その1」での乾杯に付き合ってくれました。ありがとうございました!

兄が退場して間もなく、閉館まであと数分になって最後の来場者になってくれたのは、親戚のマムさん(左)。
次の展示の準備が始まることから、写真をゆっくりと見てもらう時間はなく、失礼してしまいましたが、それでもマムさんは、1枚1枚を手短ながらも真剣に見てくれました。
「来て良かった。元気が出たわ」
両親の友人である高齢のみなさまをはじめ、今回も多くの方が口をそろえてくれた言葉で、マムさんは短くも楽しかった写真展を締めくくってくれました。

さて、今回の写真展は私の故郷とはいえ、長らく生活することのなかった大阪での開催となりましたが、多くの駆けっこ仲間や旧友らに支えられて無事、盛況のうちに幕を閉じることができました。
名古屋や東京から駆けつけてくれた仲間も少なくなかったほか、東京からはまた、明走会の仲間がすてきな差し入れを送ってくれました。

それは、鏡割り用の樽と日本酒のセット(右)。
図らずも私の中学・高校の同級生が社長を務める酒造会社・浪花酒造のお酒でしたが、写真展の開幕後にバタバタとしている中で、実際に鏡割りをして、お酒を味わう機を逸して失礼しました。
近く、特別な場を設けることができれば、ぜひいただきたいと思います。

差し入れを送ってくださったのは、以下のみなさんです。おおきにでした!!!
まり恵ちゃん、ノボさん、エノちゃん、拓史さん、尚さん、ガクさん、ジョージョーさん、真理ちゃん、さゆりさん、美酒RUNさん、飛鳥ちゃん、雄ちゃん、ソーメーさん、マツカヨさん、モトくん。

さてさて、七保子さんに「楽しそう」と言われた写真展期間中のブログですが、結局のところ毎晩のように美酒に酔いしれてしまい、写真も記事も相当の部分が歯抜け状態のままです。
抜けたところは今後、順次加えていくとともに、その際には新しい記事の中で、その旨をお知らせします。
乞うご期待です。

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