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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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応援した!撮った!大阪2

月が変わって今年も残すところ2カ月だけとなりましたが、昨日に引き続いて本日も、第1回の大阪マラソンを応援しながら撮影した写真を掲載します。

先月分のネタとしては、東京夢舞いマラソンのレポートも中断したままで続きが残っていて、どちらを先に手をつけるべきかと少し迷いましたが、とりあえずは流れに乗って、記憶の新しい大阪マラソンのレポートを続けることにしました。
そして「応援した!撮った!大阪マラソン」の2回目となる本日は、沿道を移動しながら応援している途中に、コース上などで見かけた駆けっこ仲間らの写真を、まずは7枚アップします。

そして、写真の説明なども加えていきます。

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まずは昨日の記事に続いて、連続の登場となるのは、関西明走会のほか応援部隊の「ナイトラン」チームのメンバーでもある長身で俊足のランナー、俊彰さん(左)。

金髪とサングラス、そしてバドガールのタンクトップで女装した俊彰さんは、第1回目から仮装したランナーが多かった大阪マラソンのコース上でも、最も目立つランナーの1人。
「近くで走っていた『怪物くん』と人気を二分していましたよ」と振り返る俊彰さんの走りは、声援を集めた効果からか空を飛ぶように軽やかでした。

そして、俊彰さんと同じ鮮やかなピンクのウエアで私を見つけて立ち止まってくれたのは、人気作家であって「シリアスなファンランナー」でもある本物の美人ランナー、衿野未矢さん(中央)。
銀座の写真展に来場してくれたのを機に、お知り合いになって、その後は日本橋での写真展にもご来場。
東京夢舞いマラソンのゲストランナーとしても2年連続で走ってくれている衿野さんは、今年の東京マラソンに続いて大阪マラソンにも見事当選され、私はこうして連続で写真を撮らせていただきました。

次なる美人ランナーは6月の「鯖街道ウルトラマラソン」で知り合い、大阪での写真展にも来場してくれ、その日に私の親戚夫婦との乾杯にも付き合ってくれた千里さん(右)。
真っ赤なエルモ隊の私を見つけて手を振ってくれたものの、スピードランナーの千里さんが目の前を通り過ぎるのは一瞬で、うまくシャッターを切れなかった私は歩道をダッシュして追いつき、ようやく及第点の1カットをゲットすることができました。

それにしても、このあたりはご覧の通りランナーが道路の左右に広がって走っていましたので、皆さんを間近で応援できるかどうかは2分の1の確率。
こうして応援し、写真を撮ることができた方々はお互いにラッキーといいますか、縁があったのでしょう。

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私が子ども時代に住んでいた住之江区(以前は住吉区)の地下鉄・住之江公園駅を下りてゴールへと向かう途中、コース上からではなく、歩道のすぐそばで私を呼び止める声がしました。
「おお辰巳!こんなとこで何してんねん?」
その声の主は、私や駆けっこ仲間のジダンさんと同じ中学・高校の同級生で、医師のミヤさん(中央左)。
大阪マラソンの医療ボランティアとして、この地区を担当し、沿道で待機してられたのでした。

学校時代、秀才で柔道・水泳といったスポーツも万能だったミヤさんは、当時はちょっと近づき難い存在。
そのころから大人びて落ち着いていた風ぼうは、久々に会った今も、ほとんど変わっていませんでした。
ミヤさんは、お父さまが住之江公園駅近くで整形外科病院を開業されていて、私は中学に入って彼に会う前から大めのけがをするたびに治療してもらっていて、そんな子ども時代の記憶もよみがえります。

「なんで走ってへんねん?」と言うミヤさんは、同窓会のメーリングリストなどを通じ、私がジダンさんとともに、ええトシになってもなお走っていることを知ってくれているようでした。

当初エルモ隊への参加もうわさされていたチームジダンの美人ランナーで、写真展の祝賀会に来てくれた、やまぴーさんは、ゴールに向かう途中の沿道で、独り大きなノボリを掲げて応援してられました(左)。

やはり祝賀会に来てくれた関西明走会トレラン部の部長で、世界一過酷な山岳レースの「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」を8月に完走された徹さん。
あっという間に目の前を通り過ぎられた徹さんですが、大声で呼びかけて振り向いてもらったところで辛うじて撮影することができました。

「ああ!辰巳さーん!」と呼びかけてもらいながら、やはり遠ざかって行かれた美人ランナーは美幸さん。
東京のランナーのメッカ・皇居の周辺で、次々とつくられたランナー向けのロッカー&シャワー施設「ランステ」こと「ランナーズステーション」の設立にかかわり、役員を務められている駆けっこ仲間です。
美幸さんはまた、東京マラソンの土台をつくった私たちの東京夢舞いマラソンが、都心を走る市民マラソンの開催に向けて機運を盛り上げていたころ、夢舞いの事務局を背負って大活躍してくれました。

そんな美幸さんと今度は東京マラソンを手本にして誕生した大阪マラソンで、こんなふうに出会うと、時代の流れに深い感慨を覚えてしまいました。

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