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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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寧比曽岳トレラン1

昨日までの雨が上がって、真っ青な秋空が戻った本日、私は土曜勤務の代休を使って「紅葉狩り」のトレランに出かけました。

目的地としたのは愛知県豊田市の山間部、足助(あすけ)地区(旧足助町)の設楽町との境界近くにそびえる標高1121mの寧比曽岳(ねびそだけ)。
愛知県内の山地・丘陵地を横断する東海自然歩道の県内で最も高い場所に当たります。

当初は交通の便を考えて、豊田市街地からバスがある寧比曽岳の北側の峠から山頂を経て、紅葉で有名な香嵐渓(こうらんけい)がある南西側の足助の町に下りる予定でしたが、ブナなどの原生林が広がる南東側から山に入って北側に抜けるコースに変更しました。
香嵐渓の紅葉はまだ時期が早いと思われる一方で、ブナの森の紅葉は、まだ楽しめるようだったからです。

その選択は、どうやら大正解で、愛知県内で最も広い範囲で原生林が残るこの森は、黄色く赤く色づいた木々の葉に彩られて、えも言えない美しさ。
豊かな土と落ち葉でクッションがきき、起伏の少ない山道を軽快に駆けて、その途中で300枚以上もの写真を心ゆくまで撮り、締めくくりには温泉で汗を流して宝物のような1日を過ごすことができました。

写真は既に50枚近くを選択してあるのですが、今回のトレラン報告の「本編」は明日以降、3回ほどに分けて掲載することにして、本日はとりあえず「さわり」の3枚のみをアップします。
掲載を中断している「走った!撮った!夢舞いマラソン」の写真も、ようやく選択を終えて、残る5回分75枚をこのあと順次掲載していきます。

というわけで「宿題」が積もっていくばかりなのですが、編集作業が追い着くようであれば基本的に1日1本の記事を掲載するという「決め事」を変更して、複数の記事をアップしていくことも検討します。
なにしろ、この後も13日に岐阜で「いびがわマラソン」を走り、20日には韓国でコチャン・コインドルマラソンを走るという具合に、ネタとなるイベントが目白押しになっていますので。

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さわりとして掲載した写真は、まず寧比曽岳の南東側に広がる「段戸原生林」で見上げる秋空を覆った紅葉の木々と(左)、足助の町外れにある白鷺温泉で日帰り入浴をした際に撮った貸し切り状態の露天風呂(右)、そして森の中で写真を撮りすぎるなどしたため到着が夕暮れ時になった寧比曽岳の山頂で撮影した自分(中央)です。

実はセルフタイマーで撮ったこの自分の写真は、50歳という人生の節目の年に撮った最後の写真です。

新天地・名古屋での生活がまる1年を過ぎて、今年6月から7月にかけてと先月には東京と大阪で写真展を開催し、多くの山と大会を次々に走り、たくさんの出会いに恵まれ、毎日ブログを書きつづり、そしてもちろん仕事も頑張ってこなしてきた1年間は、息つく暇もないほどの忙しさでした。
よくこんなにたくさん遊んだり仕事をしたりしてきたものだなと我ながら感心して、多くのイベントで盛りだくさんだった日々を振り返ると、充実感にも包まれます。

しかし、こんなにたくさんのことをしたはずの1年はまた、こんなにもはやく過ぎ去るものかと驚いていることも実感です。多くのことをすればするほど、時間はあっという間に流れていくように思います。
そして、そんなふうに1年を過ごした自分は、このトシでも「成長」していきたいと願う気持ちとは裏腹に、結局のところ何も変わっていないようだということに気づいて、愕然とします。
しかも「中身」は何も変わらないのに、身体は確実に衰えて、あちこちにガタがきているように思われます。

ただ、生来が怠け者である自分をしばって、むち打つために「1日に1本は書こう」と決めているこのブログの記事は当然のことながら365本を超えています。写真に至っては数1000枚におよんでいます。

写真なんて結局のところは、自分自身の感覚から生み出されるものですから、何枚撮ろうが同じような写真が積もっていくだけですし、文章もまた自分自身を表現するものですので、どれだけ書こうが、自分が成長しなければ代わり映えはしません。
これだけ書いてくれば、ほとんど自分を逆さにして、はたいているようなものですが、はたいても出てくるものなど結局のところ、あまりたいしたことはなかったように感じ始めています。

とはいうものの、さすがにこれだけ書いたり撮ったりしてみると、その量だけは、けっこうなものです。
何もしなかった場合と比べてみると、やはり何かをやってきたようにも思えます。

ろくな人生設計もできず、やみくもにあがいているだけの私の人生は、おそらくどこに向かっているわけでも、どこかに行き着くわけでもないのだろうと思います。
ただ、その日その日を多少なりとも頑張って生きていれば、その結果として、何かが残っていくものなのかもしれません。

そもそも、何かを残そうと思ったところで、何かが残ったと思ったその瞬間すら、とめどなく過ぎ去っていくものですから、そんなことは何の意味もないようにすら思えます。
人生というもの、人が生きるということは、結局はその程度のことなのではないでしょうか。

「生まれて死んでいくことは決まっているのだから、その間を直線で結ぶのではなく、どれだけ回り道をして、多くのことをして、楽しむかが大切なんじゃないだろうか」
ずいぶん以前から自分に言い聞かせてきた、そんな思いを抱きながら、新しい年もまた、自分らしく生きていくしかないのだと思っています。

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