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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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四間道・長者街

日曜のマラソンに備えて、無理な練習をするよりは休み過ぎる方が良い今週は、昨日を除いては月曜、火曜に続いて本日も、通勤ランをせずにバイク(自転車)通勤をしています。

1日走らないだけで全然走れなくなるような不安もわいてきますが、マラソンの場合、この時期までくると、もうトレーニングをしても効果は期待できませんし、よほどのことがない限り、これまでの練習量に見合った結果は既に決まっているようなものですから、やはり無理をするよりは体調を整えることが一番です。

というわけでウエアに着替えての練習は、またまたさぼってしまいましたが、早めの昼休みを利用し、写真展を開催しているコリアプラザまで会社からの往復で少し回り道して、ときおり軽いジョギングを挟みながらウオーキングをしました。

このところ続く強い冷え込みで気温は低いものの、昼前の太陽が街の景色を立体的に見せてくれる中で歩いたのは、城下町の雰囲気を残す四間道(しけみち)と、かつて日本三大繊維街の1つとされた長者町。
陽光に照らされた冬の花や木々、歴史を感じさせる街のたたずまいなどをスケッチした9枚を掲載します。

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四間道のエリアに着く前に通ったのは、南北方向の大通り・伏見通の1本西にある御園通。
以前の記事でも紹介したことがありますが、この通り沿いの会社に近い一帯は民家や店の前にある植え込みや植木鉢・プランターなどに季節の花がいつも咲いている「都会の花園」のような場所。
本日のウオーキングでも、掲載する写真の1枚目は、ここで撮ったキク科とみられる黄色い花(右)。
冬の斜光を背後から受けて、鮮やかに輝いていました。

御園通から右に折れ、名古屋城と港を結ぶ江戸時代の運河・堀川に架かる五条橋を渡ると、正面が昭和の香りを残す円頓寺商店街ですが、その手前を左に入ると四間道のかいわいです。

四間道についても以前に何度か紹介していますが、江戸時代に運河沿いにあった米や味噌、塩などを商っていた商店などが大火事に遭って次々と延焼したのを教訓に、道幅を4間(7メートル余り)に広げたのが名前の由来で、その一角が戦災から免れて、昔の面影を残しています。

四間道の旧家の中には、火災などの厄除けのため、屋根のひさしのそばに小さな祠を設けた、名古屋地方に独特の「屋根神」が残っている家もありますが、その手前には昔ながらの防火用水も見られ、その水面は「水鏡」となって、まだらの雲と、その向こうの太陽を映していました(中央)。

旧家の玄関先に植わっていたナンテンは、実の多くを落としていましたが、これもまた風情があります(左)。
カメラのレンズを望遠にしてナンテンを接写すると、背景にボケて見える白壁に黒格子のお蔵などの家並みと赤い実が似合っていました。

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別の民家の軒先にあったナンテンは、赤く染まった葉が、やはり逆光で透けて見えて、黒格子がつくる背景とマッチしていました(右)。

四間道のお蔵を改造した和風レストランの玄関先には、プリムラ(西洋桜草)やパンジー、シクラメンといった冬の花を集めてアレンジしたハンギングフラワーが飾ってあり、これまた黒っぽい居た壁にお似合いでした(中央)。

こうして見ると、四間道もまた御園通と同じく、飾られた花々が目を楽しませてくれることが分かります。
家の中だけでなく、外を通る見知らぬ人たちのことも考えて、家の外もきれいにしようという気持ちは、自分の家や町に対して誇りを持っているからこそ持てるものなのでしょうが、余裕や遊びのある心にも源があるように思えます。

そんなことを思いながら四間道を歩いていたそのとき、ちょうどすれ違ったのは、色とりどりの生け花を荷台の箱に入れて自転車に乗った女性(左)。
その後ろ姿も、町並みに溶け込んでいるように見えました。

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写真展の会場であるコリアプラザ名古屋に立ち寄った後、会社に戻る際に通ったのは、長者町通(右)。
この通りはプラザのわきにある南北の通り・長島町通と平行して1本西側にあり、プラザが面する東西方向の大通り・錦通から会社に近い次の大通り・桜通付近までの通り沿いの一帯は「長者町繊維街」です。

長者町は戦後、日本橋横山町(東京)、船場丼池(どぶいけ)筋(大阪)と並ぶ日本三大繊維街の1つとされて栄えた繊維製品の卸問屋街ですが、1990年代に安い中国製品の輸入が増えたことを受けて活気を失い、業者の数も半減しました。

ところが、その後にファッションビルの建設やIT系企業の誘致などによる町おこしも強力に進め、その一環として一昨年、現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ」のメーン会場の1つに名乗りを上げ、空きビルや空き地を展示場に提供するなどして、かつてとは違ったにぎわいを見せたことは、このブログでも何本もの記事で紹介しています。

卸業者が盛り返しをかけて試みているのが、小売店の併設で、写真で分かるように、ちょっと昭和風の看板が並ぶ一角もあります。
こうした店では、紳士服から着物まで、さまざまな種類のアパレル製品を格安の値段で買い求めることができますが、私はこれまで、トリエンナーレの際に開かれた地元の祭りなどで、風呂敷などの小物を破格の値段で買っただけでした。

しかし、本日は仕事用などのスーツを新調しようと思っていた矢先だったことから「もしや」と思って、写真でも見える紳士服の店に立ち寄ったところ、なんと身長187センチという人並み外れてノッポな私に、ピッタリのスーツが店内の「吊し」であるではありませんか。

しかも、店頭に並ぶ超破格の値段のものほどではないものの、定価の4割引きという破格の値段。
それに、5年以上も前に買った今の「一張羅」に比べると、スリムなシルエットが「イマ風」で格好良く、夏にも使えそうな軽くて張りのある生地も高級感あふれる風合いで、なんと昼休みにスーツを衝動買いしてしまいました。

先に進むと、トリエンナーレの際にパフォーマンスイベントの会場にもなった老舗料亭が併設する明治の洋館風のレストランが通りの角にあって、店の前にある柳の大木の葉が、やはり逆光に輝き、黄緑色のしぶきを上げる大きな滝のように見えました(左)。

御園通や四間道とは違い、仕事場の街である長者町では、通り沿いに花は目立ちませんが、花屋の事務所とみられる看板を掲げた事業所の外壁は枯れたツタに覆われ、店の前の植え込みはヤブのように爆発していて、自然のちからを感じさせる一角になっていました(中央)。

スライド盛り沢山に

コリアプラザ名古屋で開催中の写真展「走った!撮った!韓流マラソン」は、本日で実質14日間の会期中で7日目の折り返し点に到達したところです。

私は相変わらず昼休みや夕方の短い時間にしか開場に行くことができないため、来場された方の紹介など会場の様子を細かにお伝えすることはできませんが、本日は今週から上映する写真の枚数を増やして盛り沢山にした大画面モニターでのスライドショーなど、展示を改善した部分に加え、プラザの常設展示の一部を紹介します。

一方、次の日曜に予定しているフルマラソンに向けての調整としては、ほぼ最後のポイント練習として考えていた5キロのペース走に代えて、約4.5キロの出勤ランでペースを上げて走ってみることにしました。

バックパックに着替えなどを担ぎながらも、これまでに使っていたレース用のシューズを履いて少し頑張って走ったところ、所要時間は20分をなかなか切れなかったはずなのに、本日は19分19秒。
身体や脚は決して軽い感じはしませんでしたが、これは快走です。短い距離であれば、それなりにスピードを出して走れるようになってきたことを実感しています。

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コリアプラザにある大画面の液晶モニターでは当初、写真展で紹介している30数点の写真をスライドショーにして上映していましたが、今週からは、それにブログ用などに編集した写真を加え、100点以上を次々に見られるようになっています(中央)。

スライドショーは、大画面であることなどから近くで見ると画像が少し荒れてしまっているのが分かりますが、画面の一部がアップされるなどの凝ったエフェクト(映像効果)も加味されて迫力がありますし、枚数の制限やレイアウトの関係から割愛せざるを得なかった、おもしろい写真が「日の目を見る」格好で、次から次に飛び出しますので、じっくり見ていただいても、飽きることがないと思います。

私の力不足からスライドショーの編集は手抜きをして、持っていたフォトビューワーを使って出力していることから音楽はショーに合った形にはなっていませんが「走った!撮った!世界のマラソン」用に友人の音楽家・啓介さんが編集してくれた40数枚のBGM用CDを今回も使って会場にバリエーション豊かな音楽を流していて、プラザのスタッフからも好評をいただいています。

今回の写真展でもレイアウトや文字入りパネルのデザインを一手に引き受けてくれた駆けっこ仲間で、敏腕デザイナー・尚さんのつくってくれた写真展のタイトルパネルは、各大会のコーナーにも掲示してありますが、それに加えて大通り側のショーウインドーと、新たに廊下側のウインドーにも設置しました(左、右)。

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コリアプラザ名古屋の館内に常設展示してある工芸品のうち本日紹介するのは、まず韓国の伝統的結婚式の様子を描いた紙製の人形のセット(左)。

ここで描かれている儀式は、結婚式の際に新郎と花嫁が初めて顔を合わせて、お辞儀をするという「交排礼(キョベレ)」と呼ばれる儀式。
まず花嫁が2度お辞儀をした後、新郎が1度お辞儀をして、これを2回繰り返すのが作法で、昔はこの儀式が2人にとって初めて顔を合わす機会となったことから、互いにチラチラと相手の顔を盗み見たと言われているそうです。

廊下側の入り口近くに展示してある伝統衣装の人形が演奏しているのは韓国の伝統的な楽器である「カヤグム(伽耶琴)」(中央)。
12本の弦が12カ月を、また長さの5尺(約1.5メートル)が韓国の古典音階の5音を表しているとのこと。
人気の韓流テレビドラマ「ファン・ジニ」で美人女優のハ・ジウォンが演じた技生(キーセン)の主人公は、カヤグムとともに、6本の弦のコムンゴと呼ばれるもう1つの伝統的な琴の名手でもありましたが、コムンゴの方はバチで弦を弾いて演奏し、魂を揺さぶるような荒々しい音色が特徴的です。

慶州さくらマラソンの展示コーナーや、大型モニターのあるコーナーの右側にある壁際の展示スペースで見られる大きなパッチワークの布は、ポジャギと呼ばれる風呂敷のようなもの(右)。
高麗(コリョ)時代(918年~)に作り始められて、朝鮮(チョソン)時代(1392年~)に盛んに使われた布で、風呂敷と同じように者を包んだり、お膳にかぶせたりするのに利用されるほか、最近では敷物やカーテンにもなる伝統工芸品だということです。

旧正月で小休止

「コリアプラザ名古屋」で開催中の写真展「走った!撮った!韓流マラソン」は、韓国の旧正月(ソルラル)を迎えた昨日、それにちなむイベントが開かれたことから小休止となりました。

私は仕事があったためにイベントに参加することはできませんでしたが、遅い昼休みに短時間だけプラザに立ち寄って、韓国の伝統衣装(韓服=ハンボク)姿になった韓国観光公社名古屋支社の美女スタッフやイベントの様子を少しばかり写真に収めてきました。

韓国でこのブログをご覧のみなさま、遅ればせながら「セヘ ポン マーニ パドゥセヨ!(新年に福を沢山お受けください=あけまして、おめでとうございます)」です。

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コリアプラザ名古屋で開かれていたのは、大通り側のウインドーに案内があるように「ソルラル(旧正月)体験イベント」。日ごろプラザに出入りしている人たちや韓流ファンに韓国の旧正月ならではの食べ物を味わってもらったり遊びを楽しんでもらったりするという催しです(中央右)。

プラザを運営する韓国観光公社名古屋支社の日本人スタッフは、いずれも留学経験があって韓国語がペラペラで韓国の文化にも精通していて、しかも美女ばかり。
そのうちプラザの運営や受付を担当される沙織さんは受付カウンターの中で(左)、済州島で100キロのサイクリングに挑戦した経験もお持ちの綾夏さんには伝統菓子(ハングァ=韓菓)を差し出してもらって(中央左)、そして広報などを担当される和代さんはヨンさま・ピョンさま(イ・ビョンホン)の(記念撮影用)書き割りの前で、それぞれ、いわゆるチマ・チョゴリの韓服姿を撮らせてもらいました。

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私がプラザを訪れた際、繰り広げられていたのが、竹製の矢を、数メートル離れた所に置いた壺に目がけて投げ入れようとする「トゥホ(投壺)」という遊びのトーナメント戦。
数10人の参加者の代表の方々が次々に対戦して、決勝戦が近づいているところでした。

見事に優勝されたのは長身の男性(中央)。
準決勝の際だっとと思いますが、見事な一投が決まる瞬間を撮ることができました。

そして優勝者が挑戦したのは、日ごろからプラザで投壺の腕を磨いてられるという韓国観光公社名古屋支社の支社長、金世満(キム・セマン)さん(左)。
やはり見事に矢が壺に吸い込まれる瞬間を撮らせてもらい、ご本人には大喜びしてもらいましたが、優勝者との対戦では、あと一歩のところでイベント参加者に花を持たせられました。

イベントのため、写真展の写真ののうち、臨時のついたてを使って展示していた2大会分は、いったん片付けられていましたが、壁に設置した慶州さくらマラソンの写真などは、そのまま(右)。
イベントの前後には、参加者のみなさまにご覧いただけたようです。

旧正月の小休止を挟んで、コリアプラザ名古屋では本日から再び、「走った!撮った!韓流マラソン」の展示をご覧いただけるようになっています。
開催期間は2月3日まで(土日は休館)。まだいらしてない方は、ぜひ、お立ち寄りください。

オアシスにもDM!

昨日の夕方、私は東京から名古屋へと戻る前に、皇居の外周歩道を2周走ってきましたが、その際に荷物を預けて着替えをした、日比谷のランニング用品店に併設されるロッカー&シャワー施設に「走った!撮った!韓流マラソン」のDM(ダイレクトメール用はがき)を置いてもらいました。

本日は、その施設「ランニングオアシス日比谷」の様子と、その後に東京駅で新幹線に乗る際、たまたま入線していた線路の点検用車両「ドクターイエロー」などの写真もオマケに掲載します。

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ランニングオアシス日比谷は、全国一といえるランニンググッズの品ぞろえを誇る「アートスポーツ」の日比谷店に併設された施設です。
私は東京で勤務していた際の職場が店から遠くない汐留にありましたが、皇居を走る場合には利用し慣れた半蔵門の銭湯を着替え場所としてメーンに使っていたことから、オアシスを使うのは初めてでした。

昨日の私は上野に近い御徒町にあるアートスポーツの本店でシューズなどを新調した後、皇居を走ることに決めましたが、その後に東京駅に戻ってくることを考えると、半蔵門などでは足の便が悪いことから、東京の隣駅・有楽町から歩いて5分ほどのオアシスを試してみることにしました。

オアシスは店の裏手にある、洒落た海の家のような、あるいは学校の体育クラブの部室のような別棟(左)。
この中に、1泊旅行の荷物も収まるロッカーとシャワーが並んでいます。

オアシスの受け付けは店の2階にあって、ここでアートスポーツのポイントカードを提示すれば、銭湯並みの500円という安い料金で施設を利用できます。
利用時間は平日なら昼前から午後10時までで、日曜は早朝からやっているものの閉館時間は午後7時。
受付の美人スタッフ・早織さんの写真を撮らせてもらった際、既に受け付けは終了していて、その旨を告げる表示板がカウンターに置かれていましたが、早織さんは、それをサッと脇にやって笑顔を見せてくれました。

アートスポーツでは、私が銀座や日本橋で写真展を開いた際に、そのチラシを上野の本社を通じて各店舗に配り、店頭に置いてくれましたが、今回の写真展は会場が名古屋だけに、DMを置いてもらうことを事前には考えていませんでした。
しかし、私がオアシスを利用したように、東京駅に近いここなら出張などで上京するランナーも多く利用するのではないかと思い立ち、美人の女性店長に頼んだところ、店長はオアシスの受付の前にDMを置くことを快く許してくださいました(中央)。

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名古屋に戻る途中、東京駅から新幹線に乗ろうとホームに上ると、ちょうど列車が入線してくるところで、車内の清掃作業に入る女性たちが、おそろいのピンクのユニフォームに身を包んで整列されていました(左)。

そこで、ふとホームの反対側に目を向けると、止まっていたのがドクターイエロー(中央)。
滅多にお目にかかれないというドクターイエローを間近に見られるなんて、ラッキーな気がして、この後、多くの乗客と一緒に車体にカメラを向けて何枚も撮影した上、出動していくところまでおさえました(右)。

明走会のチームカラーであり、阪神タイガースのカラーであり、このブログのデザインの基調色ともなっているイエローの車体を撮った写真は、予想した通り、ブログのページとお似合いでした。

皇居で10K快走!

駆けっこ仲間だったMさんの遭難事故の報告会などのため昨日から上京していた私は本日、名古屋へ帰る前に皇居の外周歩道を2周、10キロの(レース)ペース走をしました。
久々に写真を撮らず真面目に走ってみるフルマラソンを1週間後に控え、先週のハーフに続いて、ほぼ最後の調整のためのポイント練習です。

練習量やポイントとなるペース走の距離を徐々に減らす、いわゆる「テーパーをかける」という定石に従って、かつて真剣に記録を狙っていたころに準じた調整を進めているわけで、この後には軽いジョギングでつなぎながら、できれば水曜か木曜にできれば5キロほどの、そして金曜か土曜に1キロほどのペース走を入れ、本番に備えるという運びです。

そんなふうに格好をつけてみても、マラソンの練習は最低限度の2カ月に過ぎませんし、山での長めの練習や25キロ程度の距離走は何度かやったものの、30キロをきっちりと走る練習はできませんでしたので、どのみち後半にペースを維持することはできないことが予想されます。
それでも先月は250キロ、今月も本日までで195キロと、一応の距離は踏みましたので、50代に入った今の年齢で少し練習してみた場合に、どれだけ走れるのかということは分かりそうです。

そして本日の10キロのペース走は、1周5キロを23分で計46分というのを目安に走ったところが、1周目は22分10秒、2周目が23分の計45分10秒。
1周目で突っ込んでしまった分、イーブンでは走れませんでしたが、高低差が25メートルほどもある皇居ではフラットな場所よりも5キロ当たり1分余りは遅くなるものですので、今の年齢からすれば、まずまずのペースで走れるようになってきたように感じています。

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以前から「ランナーのメッカ」だった皇居ですが、東京マラソンの開催を機に空前のランニングブームとなっている現在は、走る人の数も数段増えていますし、ファッショナブルなウエアに身を包んだ若者たちが多いのを見ると、まさに隔世の感がします(左)。

私が真面目にマラソンの記録を狙っていた東京マラソン以前や1990年代には、走っている人たちの雰囲気も格好も、ずっと硬派な感じだったように覚えています。
90年代、当時は皇居から1キロ半ほどの虎ノ門に職場があって、泊まり勤務を含む完全シフト職場で何年も仕事をしていた私は、レース前にペース走をする場合、シャワーのある会社を起点に皇居までジョギングして行き、ストレッチやダッシュをした後に5キロ~30キロをラップを測りながら走りました。

そのころにスタート地点にしていた桜田門の内側の時計台は、今も当時のままですが、ランナーが急増して歩行者に迷惑がかかるケースも増えてきたのを受けて、ランナーにマナーを呼びかける看板がくくりつけられています(中央)。

マナーを呼びかけるのは仕方のないことですが、これだけランナー人口が増えてきているのですから、歩道をもっと整備したり皇居の中を一部でも走れるようにするなど、ランニングの環境を整える方にも行政は努力をするべきなのではないかと私は思っています。
歩道が狭いところは、歩行者とすれ違うのがやっとぐらいの道幅の部分もありますし、夜になると真っ暗に近くなって足下がおぼつかないところすら、いまだにあるのは、どんなものでしょうか。

東京夢舞いマラソンなどの市民ランナーの努力で開催に向けた機運が盛り上げられた東京マラソンですが、結局のところ行政が主導する形で運営することになり、それが都知事の大きな「功績」ともされて、広告会社をはじめ関係する企業が莫大なもうけを手にしているのが現実です。
そうであればイベントとしてのマラソンだけではなく、それに向けて練習をすることにより国民の健康レベルを向上させ、社会を前向きに明るくしているランナーのための環境を、もう少し整えることを真剣に考えてこそ、内実の伴った「政策」と言えますし、それぐらいの「還元」はすべきだと思うのですが。

東京に比べ街でのランニングブームがまだまだの名古屋では、大きいサイズのランニングシューズを置いていて、履き比べて購入できる店がないことから、私は本日、皇居ランに先立ってランニング用品の品ぞろえがピカイチである御徒町のショップに出かけて、来週のマラソンに向けたシューズを新調(右)。
そのショップが日比谷に開いた支店が併設するランナー向けロッカー&シャワー施設で着替えて、おニューのシューズを履いて、皇居に出かけました。

このシューズは、私が30過ぎで初フルに挑戦した「つくばマラソン」で、3時間6分台で走ったときに履いたのと同じメーカー、同じ名前のシューズです。
しかも、大阪出身で生まれつき阪神タイガーズのファンである私向けにあつらえたかのように、なぜか「虎走」というロゴが、ベロに付いたヒモを通す帯に刺繍されています。
前足部のグリップが良く、アーチの部分のバネが利いて跳びはねるような感覚で走れるのが特徴であるこのシューズは、筋力やバネが落ちてきているオヤジにぴったりのような気が、皇居を快走しながらしてきました。

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残りの写真は、おまけの夜景です。
午後5時前にスタートしたことから、10キロを走ってゴールしたときは、ほぼ真っ暗。
皇居前の広場から眺める丸の内のオフィスビル群は、窓に明かりがともっていましたが、日曜とあって、その数は少なめだったようです(左)。

今や東京のシンボルの座を東京スカイツリーに奪われつつある東京タワーはかつて、皇居前の広場わきにある時計台の前から周回歩道に出たあたりで振り返ると、正面に見えたように覚えていますが、今はビルのすき間から、かろうじて見えるだけ(中央)。

日比谷のロッカー施設に戻る際には、外堀沿いの道路わきに並ぶ街頭が、お堀の水面に光を映していました(右)。