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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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勝田、失速でも健闘!

本日は茨城県ひたちなか市で開かれた「勝田全国マラソン」に出場して、久々に途中で写真を撮ることなく「真面目に」走り、後半で大幅に失速したものの、それなりに頑張って「健闘」することができました。

記録は3時間40分45秒(ネットタイム3時間40分41秒)で、男性ランナー1万1000人余りのうち2287位、男子50歳代では1000人余りのうち382位でした。
私のマラソンの記録は5、6年ほど前までは3時間15分程度でしたが、ここ3、4年は富士登山競走の完走に照準を合わせたり、ほとんどの大会で写真を撮りながら走ったりしていたため、記録らしい記録は3年余り前の3時間39分台ぐらいでした。
ですから今回は、その「持ちタイム」が、ほぼ同程度の記録に差し替わったということになります。

大会に向けての練習はほぼ2カ月間で、月間の走行距離は250キロという最低限の準備で、しかもマラソンをきちんと走るのに最も重要な30キロ走をこなせていなかったことなどを考慮し、走る前に自ら予想していたタイムは3時間40分。良くても35分、悪くても45分と思っていましたから、今回の結果は、まさに順当。
「練習は裏切らない」というマラソンの常識を再認識する結果となりました。

それにしても距離を踏むに従いペースが徐々に落ちていった内容は、とても満足できるものではありません。
最初の5キロが21分20秒、10キロの通過は43分50秒ほど、ハーフは1時間37分ほど、30キロは2時間24分ほどでしたので、見事にコンスタントにペースが落ちていったわけです。
それでも、ペースは「がた落ち」したものの「がたがたに崩れた」というほどには至らず、体感的には最後まで投げやりになることなく、なんとか前を向いて「走っている」感じを保つことができました。

要するに、足らなかったとはいえ、それなりに練習した成果をかみしめながら走ることができたということが、それなりに満足感の得られる結果だったということです。
そして、写真展の準備などでそれなりに忙しかったなか、最低限の練習時間を工面するなどして、小さくても1つの目標に向かって少し頑張れたことを振り返ると、「健闘した」と言っても良いと思うわけです。

もちろん、こんな結果に大満足しているわけではありませんが、この結果は、今後さらに頑張るための踏み台になることは間違いありません。
写真を撮りながら走るということや年齢を重ねていくことを言い訳にして、ずるずると「持ちタイムなし」の状態を続けていくのに比べれば、こんな結果でも出すことができたのは十二分なことです。
以前にどれだけ速く走れたかということなど、単なる昔話に過ぎず、今の自分にとっては、さほど大きな意味をなすものではありませんし。

というわけで、走って撮ることを続けるために一番大事な体力・走力を保つためにも、今回の結果をステップにして、あまり後ろを振り返ることなく前向きに頑張り続けてみようと思っています。
当面では、近く韓国以外の海外では久々となる「走った!撮った!」のマラソンを走るほか、3月には地元の愛知県内でトレイルランのレースを走り、4月と6月には愛知と隣県の岐阜で、これまた久々となる100キロのレースを2本走る予定です。そのほか、トライアスロンでも、もうひと頑張りするつもりでいます。

※※※

さて、明日から最終の第3週目を迎える写真展「走った!撮った!韓流マラソン」ですが、来月1日の水曜日は会場のコリアプラザ名古屋が、夕方から行われるラジオ収録の準備のため午後は臨時の休館となりましたので、ここでお知らせさせていただきます。
この日の午後に来場を予定していた方は、その前後に予定をずらせていただきますよう、お願いします。

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勝田全国マラソンは、今年で第60回目となる老舗の市民マラソン大会です。
国内では、沖縄のマラソンや東京マラソンをはじめとする欧米型のお祭り的な大都市マラソンとは対照的に、どちらかといえば記録を狙ってシリアスに走るランナー向けの「大規模記録会」と呼ぶべき質実剛健な大会の1つで、女性の参加者が1割に満たないことを見ても、硬派な体育会系のイベントであることが分かります。

地方都市の郊外の田園地帯がコースの大半を占めることから、スタート・ゴールの近くで通る市街地を除けば沿道の応援も多いとはいえず、「写真を撮りたい」という「邪念」をあまり感じることなく「走り」に集中できる大会ともいえ、私にとって真面目に走る大会としては、うってつけでした。
私はフルマラソンを始めて以来、記録を狙う大会としては、同じく茨城県の「つくばマラソン」を繰り返し走ってきましたが、今回は真面目に走ろうと思い立ったときにエントリーできるこの手の大会としては勝田ぐらいしか残っておらず、「初勝田」を体験することになりました。

名古屋から1泊の日程を組んで遠征するにしては、観光地などプラスアルファの楽しみがないこの大会は、少し寂しいようにも思いましたが、あくまで純粋に走りを目的にするのであれば、かえってこうした割り切った大会選びの方が良いようにも思いました。
また、この地域は東日本大震災の主要な被災地となった福島県に隣接し、海岸部を中心に被害にも遭っていることから、それを乗り越えて60回目の記念大会を開催することにエールを送りたい気持ちもありました。

私の所属する明走会では、つくばを皆で参加する「指定レース」にしていますが勝田は指定外で、仲間に会うこともないだろうと思っていましたが、会場に着いたところで、超ベテランのウルトラランナーで大手出版社の元編集者である正隆さんと、銀座でバーを経営される英子ママさんの2人に出くわしました(中央)。
お2人は、バーにも近い銀座4丁目のギャラリーで開いた一昨年の写真展に続き、日本橋での去年の写真展にも来場してくださいましたが、日本橋ではその際に私は会場にいることができず、不義理をはたらいていましたので、本日お会いして、あいさつをすることができ、ラッキーでした。

1万円という破格に高額の参加費を支払う東京マラソンとは違って、勝田全国マラソンの参加費は4000円とリーズナブルな額ですが、完走証をゴール直後にいただけるなど、運営はなべてスムーズ(左)。

応援は決して多くはありませんが、市街地では子どもたちなどが暖かい声援を送ってくれますし、高校生らによるボランティアも一所懸命で、励まされます。
ゴール後には暖かい甘酒が無料で振る舞われる配慮もあって、給水所での給食によるエネルギー補給も控えめにしながら走って腹ぺこになっていた私は、5度以下の厳しい寒さで急激に冷え込んだこともあり、お腹にしみる甘酒を3杯もいただきました(右)。

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昨夜、名古屋で知人の結婚披露パーティーに出席した後に上京し、午前0時過ぎに上野のホテルに到着して1泊した私は、午前10時半にスタートするマラソンに向け、上野駅を午前8時に出るJRの特急に乗って勝田に向かいました。寝床では、遠足の前の日のように少し緊張していたためか、何年かに1度あるかないかの、なかなか寝付けない夜を過ごしました。

当日の天候や気温、気分に応じて着られるように数種類のパターンを用意してきたウエアのうち実際に着用して走ったのは、明走会Tシャツに七分丈タイツ、アームウオーマーに、ふくらはぎを覆うゲーターという、肌をほとんど露出しない厳寒期対応の「完全防備」スタイルでした(中央)。Tシャツの下には、ファイントラック製の濡れても寒くならない超薄手の袖なしアンダーウエアも着込みました。

最高気温が5度と予想された、走るには極めて寒いコンディションに対応したものですが、会場では、快晴で強い日差しを感じ、気合を入れるためにもタイツをランパンに差し替えようかとも迷いました。
しかし、預けるための荷物を入れる100円のビニル袋売り場が大混雑だったため、そんな余裕はなくなり、当初着込んでいったままでスタートすることになったのです。

走り始めると、風は思った以上に冷たく、この格好が正解だったことが、すぐに分かりました。
後半、身体を自分が発する熱で十分に温め続けることができないほどペースが落ちてくると、なおさら、年寄りの冷や水的な分不相応な薄着をしなくて良かったと思いました。

そう、ウエストポーチにしのばせていたのは、リコー製の超小型防水カメラ「PX」です。
もちろん途中で撮影するためではなく、完走を果たした自分の姿を撮ってもらうなど、スタートとゴールの前後に撮影するためのもので、わずか100グラム余りの余計なウエイトは、自己ベストにははるかに届かない今の自分の記録を大きく左右するほどの重荷ではありません。

そうそう、ウオッチはマラソン専用のものではなく、カメラ量販店で買った3000円足らずのもの。
ストップウオッチ機能は付いているものの、ラップやスプリットを測ることはできません。
そのため私は5キロごとなどの通過タイムを、そのたびごとに記憶して走ることになりましたが、これも厳しくタイムを狙うわけではない今の走りをする上では、特に問題はありませんでした。
かつてはレースごとに5キロごとのタイムや1分間あたりのピッチ(歩数)まで記録したものですが、そんなことができる専用のウオッチは、もう少ししっかりと練習を積まなければ出番がなさそうです。

日本陸連に登録しているおかげで、先頭の近くからスタートすることができた私は、最初の2、3キロは周囲につられるようにして1キロ当たり4分ちょっとのハイペースで入って、5キロもサブスリー(3時間未満)程度のペースで走ってしまい、ここでの頑張りすぎが、その後にツケとして回ってきて、かせいだタイムの何倍もを「返済」するハメになったようにも思います。
しかし、結果的に後半に踏ん張ることができた場合は、初めに突っ込んでいた方が好タイムにつながることが多いものですから、それはそれで、いまだに若者のように張り切れる自分を責める気にはなりません。

ただマラソンを50回以上も走っていると、オーバーペースを早めにあらためて、ダメージが広がっていかない程度にペースダウンする術も身に付いてしまっているもようで、その結果、少しずつペースダウンすることで、歩き出しそうなほどまでのダウンを避けられたともいえます。
そんなマインドゲーム的な部分が加味できるところも、マラソンの面白さであることを、思い出すこともできるレースとなりました。

勝田のコースは、海岸に近い地域であることから平坦だと思い込んでいたところ、実際には10~20メートル程度の起伏が繰り返される少々テクニカルなもので、記録が出やすい「つくば」などに比べると多少のタイムロスはあったようですが、この程度ならむしろ飽きずに走れるようにも思いました。

レース後は、名古屋に戻るのに先立ち、荷物の一部を預けていた上野のホテル近くにある銭湯に立ち寄って汗を流し、暖まりました。
内装に木材を多用して昔ながらの懐かしい感じを醸したお風呂屋でしたが、実際にはマンションが入るビルの一角にありました(右)。

日曜だけ特別に提供されるという「ラベンダー湯」は、本物のハーブを大量に入れた袋を湯船につけた本格的なもので、癒し効果が満点(左)。
ご主人を亡くした後、風呂屋を切り盛りしているというお母さまは、少し前まで毎日プールに通い、今も散歩を日課にされているというだけあって、背筋をしゃんと伸ばした着物姿がお似合いで、絵になっていましたが、写真を撮ることは「店の中ではお断りしているのですよ」と丁重に言われました。

富士登山競走で制限時間内の完走を果たしたときのような「快挙」ではありませんでしたが、ちょっとばかり頑張った今回のマラソンの報告も、ずいぶん長々と書き連ねてしまいました。失礼しました。
それでは、名古屋の方も、そうでない方も、コリアプラザ名古屋の近くに来られる機会がありましたら、今週の金曜までの「走った!撮った!韓流マラソン」を、ぜひご覧ください。

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