FC2ブログ
“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

02 | 2012/03 | 04
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

月別アーカイブ

FC2カウンター

全記事表示リンク

実家でまた酒盛り

本日の午前中、実家の両親と一緒に京都に出掛ける所用があって、私は出社時間を遅くしていただいたうえ、昨夕は仕事を終えた後に実家に帰省して、家族で食卓を囲みながら酒盛りをしました。

大阪・枚方市内にある実家には、京都マラソン前日の10日にも帰っていますが、その際には翌朝早くに家を出る予定だったことなどから、私と同じく酒好きの父は「マラソンがなければ一杯やろうと思っていたのに」と出がけに寂しそうにこぼしました。

そうしたこともあって昨日は、短期間に度重なる帰省となり、食事を用意してくれる母には申し訳ないように思いながらも、両親には食事の時間を少し遅らせたうえで待ってもらうことになりました。

BL120313実家1R9291190  BL120313実家2R9291194  BL120313実家3R9291198

母が酒のあてにもなるようにと用意してくれたメーンの料理の1つは、おでん風の「煮しめ」(左)。
「1人じゃ、こんなものはつくらないだろう」と言いながら、大鍋ごと食卓に置かれた煮しめは、まさに懐かしい「おふくろの味」で、以前は私自身もよくつくっていながら、たしかに最近はつくっていないこうした料理を、また手がけてみようと思いました。

そういえば兄と一緒に京都でアパート暮らしをしていた大学生時代から10年ほどの間、私は料理雑誌などを見ては自分自身で料理の修業をしたものですが、子どものころに食べた料理を思い浮かべて、「あれが食べたい」という気持ちが膨らんだ際には、必ず母に「ホットライン」の電話を掛けてレシピを教わったものです。

自分が70歳前だと思い込んでいることもあるとはいえ、実際には80歳に「王手」がかかっている母に、いつまでもこんなふうに食事をつくってもらうのは心苦しくもあり、自分が台所に立ってもよいようにも思いますが、まあ親心をおもんばかれば、子どものころと負けないぐらいの食欲で、つくってもらったものを平らげる方が親孝行になるように感じて、昨日もゲストに徹することにしました。

父が食卓に何本も並べてくれた日本酒のうち2本は、ともに岡山の銘酒「嘉美心」の「純米吟醸 大島伝」と「しぼりたて原酒」(中央)。
ともに未開栓で、そのうち原酒の方は兄が実家に送ったものだということ。
ラベルに印刷された瓶詰めの日付が先だったことから、こちらをいただくことにしました。

アルコール度数も高めなら美味しさの成分も濃縮されたかのような原酒は、少しとろっとした舌触りで、わずかに濁っています(右)。
お酒に生まれ変わった米の精気が解き放たれるような香りと味わいは、しぼりたての原酒ならではで、缶詰の生原酒の草分けである新潟・新発田の「菊水 ふな口」に通じるものがありました。
また、瓶詰めから月日が経っていても、良い酒ほど味が劣化しないということも再認識しました。

BL120313実家4R9291185  BL120313実家5R9291207  BL120313実家2R9291203

兄が実家に送っていた酒としては、日本酒のほかに、彼がそのスジのツウとされているワインもありました。
ラベルに印刷されたシルバーの題字が虹色に輝くワインは、兄が酒造メーカーに協力してプロデュースしたというヤマブドウをブレンドした国産のスパークリングワイン(左)。

まだ発売前だというこのワインもまた、ご相伴にあずかれるものと楽しみにしていたところ、母が言ったのは「3人じゃ1本開けるのは無理だから、次にしましょう」。
アルコール分が少なめのワインなら1人で1本近く飲むこともあり得る私としては、耳を疑いましたが、ここは老いた親に従うことにして、私が京都マラソンにちなみ、名古屋で買ってきた京都の日本酒ともども、またの機会にいただくことにして、次回の帰省の楽しみを残しました。

その代わりに、もう1本、栓を開けていただいたのは奈良の銘酒「春鹿」の「純米吟醸 生原酒」(右)。
「立春朝搾り」のラベル通り、立春に当たった先月4日にしぼった酒だということです。
ほど良く酸味がきいた味わいと、若々しい香りが特徴的な春鹿は、関西の酒の中で私も好きな銘柄の1つ。
そのなかでも、この生原酒は最も春鹿らしい鮮烈な印象を感じる酒でした。

オマケの写真は、ご覧の通り、デザートのイチゴです(中央)。
つい写真を撮ってしまったのは、ヘタの部分がきれいに切り取られていたのが珍しく見えたから。
私なら、こんなめんどうなことはせず、ヘタを指でつまんでイチゴを口に運ぶところですが、齢を重ねても、こうした細やかな気遣いができる母に、身内ながら、ちょっと感心してしまったというわけです。

スポンサーサイト