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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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走った!撮った!京都2

昨日ようやくスタートした「走った!撮った!京都マラソン」の第2回です。まずは写真12枚を掲載します。
今回は約7キロの嵐山から9キロ手前にある広沢池(ひろさわのいけ)付近まで。距離はあまり進みません。

第1回分の写真の説明はまだ途中なのですが、追って加えていきたいと思います。
なにしろ、お伝えした通り全部で11回、132枚もの写真を順次掲載していくという長丁場ですので、少しずつでも進んでいきたいということです。

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嵐山では社寺などの名所が集まる核心部を避けて、嵐電嵐山本線とJR山陰本線(嵯峨野線)をまたぐ「嵐山高架橋」を渡ります。ここは自動車専用道路で、コース地図では「試走禁止」とされる区間です。
ここで追い抜かれたのは、明走会きっての快速熟年ランナーでおられる力平さん(左)。
60代半ばにあっても坂道ダッシュなどのスピードトレーニングを欠かさず、フルマラソンで3時間前半の力をキープされている力平さんは、この日も3時間半余りで悠々とゴールされたということです。

自動車しか通れない高架橋では、当然のことながら沿道の応援は減ってしまいますが、そんな中で目立っていたのは建物の屋上に乗って声援を送ってくれていた地元の人たち(中央)。
マラソン見物の特等席といったところですが、こちらからも格好の被写体にさせていただきました。

眺望のきく高架橋からは、マラソン見物を兼ねた遊覧飛行のためか、青空に浮かんでいた飛行船の姿も見ることができました(右)。

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高架橋から下りると、今度は頭上の歩道橋に大勢の人たちが並んで、応援してくれていました(中央)。

バス停の前で応援してくれていた若い男女の手には赤と黄色が目立つ団扇が握られていました(右)。
書いてある文字は、たんに「ファイト」というベタなもの。でも蛍光色の色も、縁に付けた金銀の飾りも、ちょっと洒落ています。
それに、なんと言っても、団扇で応援するというところが、京都風です。

立派な塀がある住宅の前では、白髪の年配の女性が、娘さんと思われる女性と一緒に手をたたいて応援をしてくれていました。
田舎のマラソンのように年配の人ばかりが目立つのではなく、東京のように若い人の方が目立つのでもなく、老若男女がそろって応援してくれているところもまた、1000年の長きにわたり日本の中心的な街として歴史を重ね続けている京都ならではという気がしました。

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嵐山の縁の部分を南北に通り抜けるとコースは東に向かい、京都市街地の北西部に連なる山の麓を縫っていきます。大覚寺の手前で右折すると間もない7.9キロ地点にあるのは2カ所目の給水所。

ここでもまた、女子大生とみられるボランティアの美女軍団に迎えられ、急ブレーキがかかってしまいます。
走っていると、自然に美女に目を奪われるのか、それとも実際にボランティアは女性が断然多いのか。
どちらにせよ、写真には美女軍団が、どうしても多く写ってしまっています。

そしてカメラを向けると水の紙コップを自然な格好で差し出してくれる美女も(左)、ついでにVサインをおまけしてくる美女も(右)。

給水所を過ぎたところでは、路上に捨てられた紙コップを集めるために、長い柄のついた熊手や「雪はね棒(札幌の言葉ですが)」を持った男女のボランティアも(中央)。
「お掃除のひとも、こっち向いてくださいね」と声をかけると、にっこりしてくれました。

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9キロの手前で左側に現れる水面は「日本三池」の1つに数えられるという広沢池(ひろさわのいけ、左)。
私は大学時代に当時、出入りしていた学生劇団の先輩で、このブログでも何度か登場してもらっている俳優の川下大洋さんに誘われて、夜な夜な彼の車でこの池を訪れたことがあります。

そのときの記憶は、薄暗い池のほとりを仲間数人で歩いたり、岸にあったボートに乗り込んだりした場面が、おぼろげに思い出されるだけですが、調べてみると、この池は古来から観月(お月見)の名所だとのこと。
暇さえあれば山にばかり行って、京都の名所を巡ることなどは「いつでもできる」と思いながら、あまり感心がなかった私に比べて、さすがに大洋さんは学もあり、風流も解されていたことが分かります。

それから約30年後に走った広沢池は夜に訪れた際の、おどろおどろしい雰囲気とはうって変わって、明るい景色の中で青い水をたたえていて、そのほとりでは、パンダの着ぐるみが応援してくれていました(中央)。

池の近くにある茶屋の前では、高校生のクラブ活動とみられるブラスバンドが演奏をしてくれていました。
「ありがとうございます!先生も、ちょっとだけこちらを見てくださいね!」と声をかけると、指揮をするのに夢中だった男性も、手はそのまま動かしながら、笑顔を向けてくれました(右)。

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