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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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走った!撮った!京都11

新しいネタの合間に断続的にアップしてきた「走った!撮った!京都マラソン」の最終11回目を掲載します。
写真は今回も12枚。平安神宮の朱色の大鳥居をくぐって迎えるゴールの前後で撮ったものです。

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やきもの散歩道

焼き物の街・愛知県常滑市がスタート・ゴールとなった100キロマラソン「知多半島ウルトラ遠足」の前日に、市内の観光スポット「やきもの散歩道」を訪ねた際の写真を掲載します。

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走った!撮った!知多半島

雨と風の中で行われた「知多半島一周ウルトラ遠足」の100キロの道すがら、防水カメラで少しばかり撮った写真を掲載することにします。
掲載する写真は自分が写ったものも含めて、わずか15枚。そのうち1枚はゴール後に撮ってもらった自分の写真ですので、スタートからゴールまでに撮ったものは14枚に過ぎません。
写真の出来も、いつもの「走った!撮った!」とは比べようもなく、辛うじてOKのものが少なくありません。

といいますのも先にも書いた通り、このウルトラマラソンはごく小さな手づくり大会で、ランナーも少ないため、あっというまにばらけてしまい複数が走っているシーンを撮れる機会が、ほとんどありません。
給水・給食にありつけるエイドステーションの間隔は10キロも離れている区間が多く、エイドのスタッフも、3、4人ずつくらいしかいません。要するに被写体がほとんどいないわけです。
しかもそれに加えて、まる1日中、雨がやむことがなく、暴風が吹き荒れる場面もあって、写真を撮る気持ちがなかなかわいてこないばかりか、走る気力を保つことが、やっとだったのです。

というわけで、撮った枚数は少なく出来もイマイチ、しかもレンズの部分に雨水がついてボケた部分も目立つ写真を「走った!撮った!」のカテゴリーに分類して良いものかどうか悩みもしました。
しかし、これはこれで現実ですし、走る途中で撮ったのには違いがありませんので、最長距離で掲載回数は最少の1回ですが「走った!撮った!」に分類することにします。撮らせていただいた方への敬意も込めて。

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知多半島は愛知県の南部にあり、地図では右手の親指と人さし指を、カギ形に向かい合わせたように見える2本の半島のうち、親指に当たる渥美半島よりも名古屋に近い人さし指の方です。
元の陸地と半島の境目がどこかを決めるのは難しそうですが「根元」からの長さは40~50キロでしょうか。

ただ地図を見て明らかに半島だと分かるのは南部の20~30キロで、幅は5キロ前後。
その部分の北西部には中部国際空港(セントレア)を抱える常滑市があり、その南に美浜町、南知多町が続いていて、今回のウルトラマラソンのコースが設けられたのは、これら1市2町でした。

「知多半島一周」とはいうものの、それらの市町をぐるっと回ってくるのではなく、6の字を描くように海岸線を巡った後、内陸部に入り、再び海岸線に近づいたところで折り返して戻ってくるというのが今回のコース。
つまり、知多半島南部の4分の3周ほどを往復してくるという設定になっていました。

私は名古屋に来て以来、知多半島南部の丘陵地を北から南へと縦断して独りで走ったことがあるほか、トライアスロンでは常滑の漁港を泳ぎ、かいわいの丘陵地で自転車に乗るなどしていますので、今回さらに海岸沿いの大部分を走ることで、半島のちょっとしたツウになった気分です。

ということで私たちは知多半島西岸の常滑を、まだ明けやらぬうちにスタートし、風雨をついて、まずは半島の最南端にある30キロ過ぎの師崎(もろざき)を目指しました。
参加人数が少ないことから、みるみる集団は縦長になって、ばらけていきます。

私は5、6キロまでは、快足美人ランナーの千里さんに並走していましたが、彼女は「風よけ」にしていた別の男性ランナーに着いていかれ、姿が見えなくなりました。後で聞いたところ、風よけのランナーが遅れると別の風よけのランナーを見つけ、次々に順位を上げていかれたということでした。

10キロの手前では、30秒後にスタートした80キロの部の浩さんに追いつかれました。
腰が安定してストライドに余裕のあった浩さんに抜き去られる前に、なんとか写真を撮らせてもらいましたが、悪天候で薄暗く、シャッタースピードが遅かったうえ、自分の走りに余裕がないこともあって、失礼ながらブレた画像になってしまいました(中央)。
ただ、やはり抜かれるのが時間の問題と思っていたジダンさんには、40キロまでに追いつかれずに済んで、双方ともに不思議がっています。

スタート後、約10キロで最初の給水所が現れ(左)、さらに約20キロ地点に次の給水・給食所がありました(右)。
いずれも小さな折り畳みテーブルに大きな水やスポーツドリンクのペットボトルが置かれた簡素なものです。

一部セルフサービスで、自らボトルの飲料を注ぐことになり、必要な分だけを、いただくことは合理的にも思えましたが、10キロという間隔は特に走るスピードが落ちる後半には、少しきつくも感じました。
とはいえ、サロマ湖などのように2.5キロおきに給水所があれば、ついついそれを理由に頻繁に立ち止まることにもなりますので、肌寒くて多量の水分を必要としなかった今回の場合は、結果的に走りに集中できて良かったようです。

そう、先に言っておきますと、当たり前のことではありますが、私は今回の100キロはエイド以外では一切、立ち止まったり歩いたりせず、トコトコとではあっても走り続けることができました。
足腰の不調を抱えた中では、そのことが自分にとって、自分を少しほめられる部分だと思っています。
初の100キロで脚を痛め、最後の10キロを歩いたときよりゴールタイムは15分以上も遅かったのですが。

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約20キロ地点のエイドの後は、約25キロにもエイドが続きましたが、その後はまた10キロほどのブランクがあって、黙々と走り続けることになります。
その間に、知多半島南端の師崎にある羽豆(はず)岬の近くを通りますが、かつて独りで走りに行った岬は、コースがたどる国道から外れていることからパスすることになります。
岬に続く見覚えのある風景が流れていきますが、荒れた海は寒々とした鈍(にび)色で、カメラを向ける気にもなりません。「天気が良ければ、すばらしいコースなんだろう」と、青い空や海を思い描くばかりです。

約35キロのエイドは農協の駐車場にワゴン車を止めて設けられていました。
4時間ほど走ってきていましたので、さすがにお腹が減っていて、いなり寿司などを、ぱくつきました。
この大会のエイドのスタッフは、女性よりも男性の若者が目立ち、いつもはついつい女性にばかりカメラを向けてしまう私ですが、ここではイケメンの2人を撮らせてもらいました(左)。

「え、オレたちを撮ってくれるんですか?」とポーズをきめてくれたイケメンの1人には、私自身の写真も撮ってもらいました(中央)。
私は当初、濡れてもそれほど寒くならない袖無しのアンダーウエアにTシャツを重ね着し、撥水性で超軽量のウインドブレーカーを羽織ったうえ、ビニルポンチョもかぶっていましたが、ポンチョは強風でばたついてしまうことから途中で脱いで、ウエストポーチに押し込んでいました。
雨の日はどのみち、汗によって内側からも濡れてしまいますので、動きやすさを優先したというわけです。

その後、半島の東岸沿いを北上するコースは約45キロのエイドを過ぎると左折して内陸部の丘陵地帯に入り、「知多四国88カ所巡り」の44番札所である折り返し点の大宝寺を目指します。
その途中、折り返しまで約3キロを残してすれ違ったのは、スタートして早々に振り切られた千里さん(右)。
私が脱いでしまったのと同様のポンチョを着たままでしたが、軽やかな足取り。長距離のパフォーマンスは、ウエアやシューズが変わっても差が出ることはなく、実力が現れるだけだということが分かります。

「ゆっくり行ってますので、追いついてきてくださいね」
そんな風に言われた私は、早々に自重して力を緩めたおかげで、フルマラソンの距離を超えても以前のようにペースがガタ落ちすることはなく、まだ走れる感じを残していましたが、さすがに40分ほどもついてしまった差を縮めることは困難ですので、引き続きマイペースを保つことにしました。

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前日夕方の説明会では、50キロの折り返し点にあるエイドは「立派なお寺です」と聞いていました。
サロマ湖や四万十川など大きなウルトラマラソン大会で50~60キロにある節目のエイドは、替えのウエアやシューズを預けられて更衣室も設けられ、食べ物も豊富に用意されていることから少し期待していました。
しかし、お寺は立派でもエイドは駐車場のわきに設けられた小屋がけで、ここも簡素なエイドでした。

それでも、いなり寿司やバナナなどの給食も十分といえば十分で、スタッフの若いご夫婦を小さなお嬢さんが手伝っているのがほほえましく、ご家族の写真などを撮らせてもらいました。

ここでも事前に預けておいた着替えなどを受け取ることができ、私もウエアの上下や、がっちりした大きめの靴などを預けていましたが、取り換えたのは、びっしょり濡れたアームウオーマーと手袋だけ。
雨がやむ気配はなかったため着替えたとしても再び濡れることが予想されて、シューズを2足ドロドロにするのも、はばかられたうえに、着替える手間暇がめんどうに思えたからです。

ただ、かつての100キロを思い出すと、着替えができるエイドでは既に脚がきつくなっていて、せめて着替えをすれば身体が持ち直すのでは-などと、ワラをもすがる気持ちだったことが多かったようで、それに比べると今回は体力と気持ちに余裕があったようにも思います。

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100キロの大会をはじめマラソンの距離を超えるウルトラマラソンでは、旅をするように走って、その地域のいろんな表情を楽しむ「ジャーニー・ラン」としての性格付けが重んじられるため、折り返しコースが設けられることは多くありませんが、手づくりのミニ大会である知多半島ウルトラではエイドを往復で利用できる利点などを考えると、全コースが折り返しであることも致し方ないように思います。

ただ全体の参加人数が少ないために、折り返しをしても、途中ですれ違うランナーはポツリポツリとまばらで、コースの大半は孤独に黙々と「走を進める」ことになりました。
サロマ湖のラスト約20キロで、オホーツク海と湖に挟まれた、天国のように美しい原生花園を往復する際に、20人前後もすれ違う明走会のメンバーらと、ハイタッチを交わしながら走る楽しさとは対照的です。

私の「走った!撮った!」では、大会でしか撮れない写真を撮るというのを決め事にしていて、ボランティアやランナーが写っていない、ただの風景を撮ることはしないのですが、今回の場合、それではコースの雰囲気を伝える写真は事実上ほとんど撮れません。

ということで、波が激しく寒々とした海を撮る気にはなりませんでしたが、折り返しの後には知多半島の内陸部らしい菜の花やビニールハウス、それに水路のある集落の風景などを収めてしまいました(左、右)。

その後、独りで走るランナーと時々すれ違うなかで、3人が一緒に走ってきたのは「へろへろ」のメンバーら(中央)。写真の左から浩幸さん、リキさん、ユキちゃんです。
楽しく余裕をもって走るのをモットーとされている、へろへろの皆さんはNAHAマラソン、北海道マラソンと並んでサロマ湖の100キロを何度も走っている方が多く、かつてサロマの終盤の原生花園で、すれ違ったのを思い出しました。
そういえば、チームカラーのオレンジの旗を振る、へろへろの応援グループも原生花園にはいつもいらして、がんに倒れた芳樹さんと握手したときには、すごい握力でパワーを注入してもらえる気持ちがしました。

「辰巳さーん、意外と速いじゃないですか」「いやいや、もうトシなんで十分に遅いですよ」
そんな言葉を交わした後に、スリーショットを3枚撮らせてもらい、道路わきの草むらがバックでは寂しいと思って最後に逆向きになってもらって田園風景を背景に映し込みましたが、これもこれで寂しいことには変わりありませんでした。

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知多半島ウルトラ完走!

知多半島南部の海岸線沿いを中心に走る100キロのウルトラマラソン「知多半島一周ウルトラ遠足」に参加して、雨と強風に見舞われながらも、なんとか無事に完走してきました!

記録は12時間7分17秒で、50代の部の8位。
真面目に走った100キロとしてはワースト記録でしたが、足や腰の慢性的な張りに悩まされるなかで走ったうえ、一時は猛烈な暴風雨で、なかなか進まないばかりか凍えてしまいそうな最悪のコンディションだったことを考えると、上出来の結果だと思っています。

私は、かつてはマラソン大会の記録を追い求めていたものの、ここ数年は写真を撮りながらのファンランや、やはり楽しみながら走るトレイルランの方にシフトして一昨年、富士登山競走の制限時間内完走を達成して以降は今年に入るまで記録を狙って走るということから遠ざかっていました。

ウルトラマラソンでも近年は、山口県にある山越えの旧道「萩往還」を走る140キロのマラニック(マラソン+ピクニック)や福井県から京都府へと、やはり山越えの旧道「鯖街道」をたどる約76キロの大会を走っただけで、ウルトラらしい100キロレースは、ごぶさたしていました。

100キロレースとして国内最大の大会である、北海道の「サロマ湖100kmウルトラマラソン」を10年前から5年続けて走り、その2回目には10時間を切る「サブテン」も達成したのですが、その後は目標を富士登山に移したこともあって、サロマや他の100キロレースに出る機会を逸していたのです。

とはいえ、以前にフルマラソンで3時間を切る「サブスリー」をはじめ「サブテン」「富士登山完走」という「市民ランナーの3冠」を成し遂げたとしても、ファンランばかりに「脚を染めて」、「過去の栄光」にすがりながら昔話をしているようでは、みっともないですし、肝心の脚力が衰えてしまっては、走りながら写真を撮ることだって思うようにできなくなってしまいます。

ということで、今年は「50代の仕切り直し」として、ちょっと真面目に走るレースも、たまには入れることにしていて、今回の大会も、その一環として100キロへの復帰の足掛かりにしようと参加を決めました。

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午前5時のスタートを前に、ホテルそばの交差点に集まったのは100キロ、80キロ、70キロの部に参加する合わせて200人程度のランナー(中央)。
既に小雨模様で、まる1日降り続けるという天気予報だったため、誰もが雨具に身を包んで待機しました。

名古屋から一緒に来た大阪のジダンさん、千里さんとともに写真に入ってもらったのは、明走会のメンバーで東京からいらした浩さん(左)。
大手精密機器メーカーに勤務され、私が去年、大阪で開かせてもらった写真展のギャラリーを紹介してくれた浩さんは去年に続いて2回目の参加。
去年は80キロの部で激走して総合2位、年代別優勝に輝かれ、今年も100キロの1分後にスタートしながら早々に私をかわされ、再び上位に食い込みそうな走りを見せてくれました。

5月に富士山の周囲を1周する第1回のウルトラト・レイルレースに照準を合わせ、その練習としてこの大会に参加されたジダンさんも80キロの部。
そういえば、ジダンさん、千里さん、浩さんとも、去年5月の「鯖街道」を一緒に走っていました。

手づくりのマイナー大会だけに、知り合いに会うことは、ほとんどないと思っていたところが、意外にも、やはり東京からいらしていたのはランニングサークル「へろへろ」のメンバー(右)。
写真の左から、イオリンさん、浩幸さん、ユキちゃん、リキさんの4人です。

へろへろは、明走会の国際級女性ランナーである敦子さんが、掛け持ちで所属されていたことから、NAHAマラソンや北海道マラソンの打ち上げなどに参加させてもらったうえ、浩幸さんは、明走会の月例会にも出席してくれたほか、東京で開いた私の写真展にも毎回、来場してくれています。

また私は、へろへろメンバーで、長年がんと闘病されていた芳樹さんのナンバーカードをお借りして長野マラソンを走らせてもらったこともありました。
奇跡的な回復をみせて結婚もされた芳樹さんは昨年、ついに力尽きてしまわれましたが、へろへろの皆さんにお会いしたことで、本日は暴風雨に見舞われて棄権したくなったときにも、もう走れない芳樹さんのことを考えて歯を食いしばることができました。

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さて、スタートから12時間を回った午後5時過ぎ、私がようやくゴールして会場のホテルに戻ってきたところ、80キロの部のジダンさんは、とっくに入浴を終えた後で、大会の参加に続いて名古屋方面で出張の仕事があるということで、パリッとしたビジネススーツ姿でした。
スタートして10キロもたたないうちに振り切られ、折り返し前では40~50分の差をつけられていた千里さんも約1時間前にゴールしていて、入浴と着替えを終えて、サッパリした笑顔でロビーに現れられました。

そして80キロのジダンさんは8時間40分台で、年代別の準優勝!
千里さんは100キロを11時間9分でゴールされ、年代別でも女子総合でも堂々の優勝でした!!(左)。

名古屋に戻った私たちは、金山駅前のホテル内にあり、全面禁煙でバラエティー豊かで美味しいビュッフェを楽しめるレストランで祝賀会をしました(右)。
乾杯のビールをはじめフリードリンクの飲み代は、お祝いを兼ねて私が出させていただくことになりました。

お2人の金メダルに比べると見劣りするものの、私がいただいた完走メダルも、十分に立派なもの(中央)。
かつて東京の葛西臨海公園の近くに住んでいたころ、ホノルルマラソンの日に行われる地元の手づくり大会「葛西ポノルルマラソン」で5位に入った際に人生で初めていただいて、おそらく唯一になるだろうと思われる入賞メダルと、どうやら同じものでした。

まあ、今回も「分母」が何人かは知りたくもありませんが、一応8位ですから、入賞メダルということにしておきたいと思っています。
それに今回のメダルには丁寧にも、私自身の名前の刻印までされていて、世界の大都市マラソンのなかではメダルが格段に小さくて軽い東京マラソンにも、見習ってほしいものだと思ったほどでした。

レース中は防水カメラを手にしていましたが、一緒に走るランナーもまばらなら、エイドのスタッフも最小限の人数だったうえ、暴風雨で写真を撮るのは物理的に難しく、その余裕もありませんでしたので、いつものように「走った!撮った!」をすることはできませんでした。
ただ、それでも走りながら何枚か撮った写真は、追って掲載することにします。

常滑から知多半島1周へ

愛知県の知多半島を1周する100キロのウルトラマラソンが明日、開かれる予定で、この大会に参加をするため本日は名古屋からスタート・ゴール地点となる焼き物の町・常滑に来ました。

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今回、一緒に知多半島に行ったのは、大阪から遠征してこられた男女2人。
トレランのサークル「チームジダン」を率いられる駆けっこ仲間のジダン監督と、チームの練習会に参加されている快足美人ランナーでトライアスリートでもある千里さんです。

地元の私と2人が合流したのは名古屋駅。
まずは100キロを走るためのエネルギーをため込む「カーボローディング(炭水化物補給)」を兼ねて、駅の地下街で、「名古屋めし」の代表格の1つであるウナギ料理の「ひつまぶし」をいただきました(右)。

宿泊先であり、大会のスタート・ゴール地点でもある名鉄の常滑駅前にあるホテルに到着した後、早い夕食に備えて腹ごなしのウオーキングに出掛けたのは、近くにある観光名所の「やきもの散歩道」。
昔ながらの風情を残す窯元や焼き物の販売所などが入り組んだ坂道の間に建ち並び、その道の路面や壁に土管や瓶などが埋め込まれ、登り窯などの煙突も見えるという一帯をめぐるコースで、その独特の町並みを楽しめます。

その散歩道の入り口付近の、市街地を見下ろす坂の上にあるのが、招き猫のオブジェ「とこにゃん」(左)。
巨大な招き猫の頭の部分が地面に設置されているもので、招き猫の生産量が日本一という常滑のシンボルとなっています。

今回のウルトラマラソンは手づくり大会で参加人数が少なく、年代や距離別に、多くのランナーが表彰されるため実力のあるランナーは上位入賞も狙えます。
午前5時のスタートに備え夕方の早い時間からいただいた食事の席で、80キロ50代の部と100キロ女子の部で、それぞれ上位を狙うジダンさんと千里さんは、完走狙いの私とは違って、少し緊張しているようにも見えました(中央)。