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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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清須~岩倉~犬山1

名古屋の桜が満開となって迎えたこの週末は、昨日、名古屋近郊の清須市から犬山市まで桜並木が延々と続く川沿いなどを花見がてらに走る約35キロのロングジョグをしたのに続き、本日は大阪の実家に帰省したうえ、両親を連れて奈良・大和郡山市に、やはり桜を見に行く小旅行をしました。

ロングジョグで立ち寄った清州城は織田信長が天下取りの拠点とした城で、信長の叔父が築城した犬山城は現存する城の建築としては最古の天守がある城。
また本日の目的地となった郡山城は豊臣氏ゆかりの城。
これでもかというほど桜を追い続けた2日間はまた、城をめぐり歴史をたずねる小旅行の連続ともなりました。

そのうち本日は、2回に分けて掲載するロングジョグの報告の1回目として、清須から犬山まで続く庄内川の支流・五条川に沿ったコースの中間部分にあり、東海地方で屈指の桜の名所とされる岩倉市までの様子を、写真12枚とともに紹介することにします。

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私は当初、今月と6月に予定している2本の100キロマラソンに備えた超長距離練習も兼ねて、名古屋城や城と港とを結ぶ江戸時代の運河、堀川の上流部分である黒川という桜の名所も経由して、さらに長い距離を踏もうとも目論んでいました。
しかし前日の夜更かしとお酒の影響で、その目論見はあえなく崩れ、清須市にある名鉄の須ヶ口駅まで電車に乗って、ここををスタート地点にすることにしました。
(地名の「清須」と「清洲」は古くから両方が使われていたということで、3つの町が合併して市になる前には「清洲町」がありました。)

スタートして間もなく、清州城跡の手前で立ち寄ったのは、豊臣秀吉ゆかりの日吉神社(写真)。
この神社は、名古屋城の築城まで尾張の国の首府だった清州の城下町の総鎮守で、秀吉の母が子どもを授かるようにと願って、お参りをしたとされています。
秀吉の幼少時の名前が「日吉丸」だったのは神社の名前に由来し、秀吉のあだ名が「猿」とされたのは、この神社の神の使徒がサルであることからもきているということです。

そして本殿の手前の左右には狛犬があるものの、さらに手前の左右にはサルの像も置かれていました(右)。
サルにかけて「厄を取りさる」といううたい文句も掲げられている日吉神社の、お守りなどが置かれた窓口には白装束の宮司さんとみられる若い男性がいらして、「お守りはいただきませんが、代わりに写真を撮らせてください」とお願いすると「ありがとうございます」と笑顔を見せてくれました(左)。

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古くから交通の要衝として栄えた清須市付近は、今も高速道路のジャンクションがあるほか鉄道も四方八方に延びる要の部分となっていて、清洲城跡はJRの東海道本線と新幹線に分断されています。
織田信長の彫像が立つ城跡の公園は花見の名所となっていますが、城の面影はありません(左)。

そして五条川を隔てて反対側にある清洲城の天守閣は13年前、清洲町の町制100周年を記念して新たに建造されたもので、復元ではなく、想像に基づいてデザインされたということです(中央)。

清洲の城下町は、徳川家康が名古屋城を造った際、町を丸ごと移転させた「清洲越し」によって、いったんは「もぬけの殻」になったようで、清洲城もまた建材が名古屋城に使われたことから、本来の姿が引き継がれていないのは当然だといえます。
私が当初、名古屋をスタートして清須に向かおうとしたのは、その清洲越しの距離感を足で確かめてみたいと思ったからでもありました。

清洲越しでは城下町の町家や寺社がそっくり移転されたばかりか、五条川に架かる「五条橋」も移設されて、名古屋城を起点に掘削された運河の堀川に架けられたということです。
このブログでも何度か紹介している名古屋の五条橋は、町家づくりの家屋が残る地域・四間道(しけみち)の入り口にあって、もちろん再建されてはいるものの、江戸の雰囲気を醸すデザイン。
やはり元の場所に再建されている清須の五条橋も、名古屋の五条橋に似たデザインでした(右)。

ただ、水位が下がると猛烈な異臭を放つ「どぶ川」のような堀川とは対照的に五条川の流れは澄んでいて、上流ではコイも泳ぎ、清須付近でも魚釣りが楽しめるもようです。

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五条川沿いは清洲城跡付近から上流で、ほとんど途切れることなく延々と桜並木が続きます。
大都市の近郊で、こんなに長い距離にわたって桜並木が続く場所は、おそらく他にないように思われ、昨年の春に走った韓国の「慶州さくらマラソン」のコースである慶州郊外を彷彿とさせる風景でした。
日本の場合には花見客とバッティングするため難しいのでしょうが、ここで日本版さくらマラソンができれば、世界レベルの大会になるだろうと、走りながら夢想してしまうほどでした。

その桜並木は、清須の市街地から10キロほどで岩倉市に差しかかるあたりまでは途切れたり木がまばらになったりしますが、その後は立派な桜の木が間断なく並ぶようになります。
名鉄犬山線の岩倉駅付近を中心に「岩倉桜まつり」が開かれる約7.6キロという五条川の桜並木の核心部で、さほど幅が広くない川の水面に、両岸から覆いかぶさるように伸びた枝に咲き乱れる桜の様子は、まさに花のトンネルのようで圧巻です(中央)。

桜まつりの会場となっている部分の五条川両岸の遊歩道は、露店が立ち並び、名古屋駅の中央コンコース並みの見物客の混み具合で、早歩き程度のスピードでしか走ることはできません。
ただ、川をまたぐ小さな橋が次々に架かっていて、その上に立って眺める桜のトンネルは何度見ても見飽きることがなく、まつり会場の付近では完全に「武装解除」して、桜見物や買い食い、それに写真撮影を楽しみながらノロノロ進むことにしました。

橋の上では多くの家族連れなどが記念写真を撮るなどしていました(左)。
写真の中の赤いジャンパーの兄弟らしい男の子2人は、年下の子が派手なポーズをつけているのに、年上の子はなぜか、ずっと渋い表情のままでした。

本当は、もっと淡い桜色のはずの花を、より鮮やかなピンク色で写生していた女の子は、友だち3人が絵を見に近寄ってきたとき「ちょっと撮らせてね」と頼むと、けげんな表情を見せながらも振り向いてくれました(右)。

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岩倉桜まつりで、主役の桜の花を引き立てる脇役的なアトラクションの1つは、地元の祭りで繰り出す山車の引き回しと展示。
時間が合わなかったため山車が引き回される場面を見ることはできませんでしたが、橋の上に止めた山車が展示されているのは何台か目にすることができました(左)。

山車の上に載せられた、からくり人形が操られる様子も見学できました(中央)。
山車に乗って、お囃子の笛を演奏するなどしていた法被姿の女の子たちが休憩中、ほっとした表情を見せているところも撮らせてもらいました(右)。

もう1つのアトラクションの、こいのぼりを川で洗う「のんぼり洗い」の様子は、次回の記事でお見せします。

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