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郡山城でも花見

一昨日、大阪・枚方市に住む両親を連れて出かけた奈良・大和郡山市の桜の名所、郡山城跡の様子を紹介します。

前日に名古屋近郊の清須から犬山まで、桜並木が延々と続く五条川沿いなどをロングジョグして、この春の桜を満喫した私ですが、朝のうちに実家に帰ったところ、高齢の両親はまだ花見をしていないと聞いて、申し訳ない気持ちになり、少し奮起することにしました。
ちょうど、母が運転していたものの昨年11月に免許を返上したため主がいなくなった車をとりあえず「延命」させるため、ディーラーに出掛けることを私がおおせつかり、バッテリーを交換するなどの修理を昼すぎまでに済ませることができたたため、せっかくですので試運転のドライブがてら、少し遠出をすることにしたのです。

名古屋よりも少し南にあるはずの大阪ですが、名古屋で2日前に桜の満開宣言が出たにもかかわらず、この日まではまだ5分咲きになるかどうか。かといって、和歌山まで出掛けるのは遠すぎることから、枚方より南にあって、車なら生駒山地を越えて手軽に行ける郡山城跡を目的地にしました。

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金魚の名産地である大和郡山は、大阪と奈良を行き来する際に何度も通り過ぎた場所ですが、わざわざここに出掛けて来る機会はこれまでになく、城跡があって、そこが桜の名所であるということも今回、花見の場所を探してみるまで知りませんでした。
ただだからこそ、もっと有名で誰もが知っている桜の名所よりも渋滞や雑踏に悩まされることなく、高齢の父母を伴って行くには、ちょうど良いように思われました。

復元されるなどした天守閣がないこともあり、さほど知られていない郡山城ですが、戦国時代には豊臣秀吉の弟である秀長が入城して大和、紀伊、和泉という3国の中心となりました。
また江戸時代には5代将軍・徳川綱吉に重用された御用人・柳沢吉保の長男である吉里が入城して以来、明治まで柳沢家の居城だったということです。

鉄筋コンクリートで天守閣が復元され、入場料や開園時間が設定されている名古屋城などに比べて、天守台の石垣の上に何もない郡山城跡は、少し寂しいような感じもしますが、城跡全体が公園になって、誰もが自由に出入りできるのは、ありがたいことです。
天守台の周りに植えられた桜は、暖かくなったこの日のうちに開花が進んだようで、満開に近くなり、その近くにシートを敷いて花見をするグループも見られました(中央、左)。

天守台の周囲には深く掘られた二重の堀も残っていますが、それらの石垣は、名古屋城や大阪城、皇居などに比べると、風化が進むに任せてある様子に見えます。
「つわものどもが夢の跡」「荒城(の月)」といった言葉が思い浮かぶような風景で、悪く言えば整備・管理が行き届いていないようでもあります。しかし、一気に咲き誇った途端に潔く散っていく姿が世の無常を感じさせる桜をめでるには、こうした場所の方が似合っているようにも思えます。

清洲城から犬山城まで走った前日の花見ジョグに続いて、この日も花見とはいえ、座り込むのではなく散歩しながらでしたので、公園内のテントで作りながら売っていた香しく美味しい草餅は、帰宅後にいただきました(右)。

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