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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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走った!撮った!知多半島

雨と風の中で行われた「知多半島一周ウルトラ遠足」の100キロの道すがら、防水カメラで少しばかり撮った写真を掲載することにします。
掲載する写真は自分が写ったものも含めて、わずか15枚。そのうち1枚はゴール後に撮ってもらった自分の写真ですので、スタートからゴールまでに撮ったものは14枚に過ぎません。
写真の出来も、いつもの「走った!撮った!」とは比べようもなく、辛うじてOKのものが少なくありません。

といいますのも先にも書いた通り、このウルトラマラソンはごく小さな手づくり大会で、ランナーも少ないため、あっというまにばらけてしまい複数が走っているシーンを撮れる機会が、ほとんどありません。
給水・給食にありつけるエイドステーションの間隔は10キロも離れている区間が多く、エイドのスタッフも、3、4人ずつくらいしかいません。要するに被写体がほとんどいないわけです。
しかもそれに加えて、まる1日中、雨がやむことがなく、暴風が吹き荒れる場面もあって、写真を撮る気持ちがなかなかわいてこないばかりか、走る気力を保つことが、やっとだったのです。

というわけで、撮った枚数は少なく出来もイマイチ、しかもレンズの部分に雨水がついてボケた部分も目立つ写真を「走った!撮った!」のカテゴリーに分類して良いものかどうか悩みもしました。
しかし、これはこれで現実ですし、走る途中で撮ったのには違いがありませんので、最長距離で掲載回数は最少の1回ですが「走った!撮った!」に分類することにします。撮らせていただいた方への敬意も込めて。

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知多半島は愛知県の南部にあり、地図では右手の親指と人さし指を、カギ形に向かい合わせたように見える2本の半島のうち、親指に当たる渥美半島よりも名古屋に近い人さし指の方です。
元の陸地と半島の境目がどこかを決めるのは難しそうですが「根元」からの長さは40~50キロでしょうか。

ただ地図を見て明らかに半島だと分かるのは南部の20~30キロで、幅は5キロ前後。
その部分の北西部には中部国際空港(セントレア)を抱える常滑市があり、その南に美浜町、南知多町が続いていて、今回のウルトラマラソンのコースが設けられたのは、これら1市2町でした。

「知多半島一周」とはいうものの、それらの市町をぐるっと回ってくるのではなく、6の字を描くように海岸線を巡った後、内陸部に入り、再び海岸線に近づいたところで折り返して戻ってくるというのが今回のコース。
つまり、知多半島南部の4分の3周ほどを往復してくるという設定になっていました。

私は名古屋に来て以来、知多半島南部の丘陵地を北から南へと縦断して独りで走ったことがあるほか、トライアスロンでは常滑の漁港を泳ぎ、かいわいの丘陵地で自転車に乗るなどしていますので、今回さらに海岸沿いの大部分を走ることで、半島のちょっとしたツウになった気分です。

ということで私たちは知多半島西岸の常滑を、まだ明けやらぬうちにスタートし、風雨をついて、まずは半島の最南端にある30キロ過ぎの師崎(もろざき)を目指しました。
参加人数が少ないことから、みるみる集団は縦長になって、ばらけていきます。

私は5、6キロまでは、快足美人ランナーの千里さんに並走していましたが、彼女は「風よけ」にしていた別の男性ランナーに着いていかれ、姿が見えなくなりました。後で聞いたところ、風よけのランナーが遅れると別の風よけのランナーを見つけ、次々に順位を上げていかれたということでした。

10キロの手前では、30秒後にスタートした80キロの部の浩さんに追いつかれました。
腰が安定してストライドに余裕のあった浩さんに抜き去られる前に、なんとか写真を撮らせてもらいましたが、悪天候で薄暗く、シャッタースピードが遅かったうえ、自分の走りに余裕がないこともあって、失礼ながらブレた画像になってしまいました(中央)。
ただ、やはり抜かれるのが時間の問題と思っていたジダンさんには、40キロまでに追いつかれずに済んで、双方ともに不思議がっています。

スタート後、約10キロで最初の給水所が現れ(左)、さらに約20キロ地点に次の給水・給食所がありました(右)。
いずれも小さな折り畳みテーブルに大きな水やスポーツドリンクのペットボトルが置かれた簡素なものです。

一部セルフサービスで、自らボトルの飲料を注ぐことになり、必要な分だけを、いただくことは合理的にも思えましたが、10キロという間隔は特に走るスピードが落ちる後半には、少しきつくも感じました。
とはいえ、サロマ湖などのように2.5キロおきに給水所があれば、ついついそれを理由に頻繁に立ち止まることにもなりますので、肌寒くて多量の水分を必要としなかった今回の場合は、結果的に走りに集中できて良かったようです。

そう、先に言っておきますと、当たり前のことではありますが、私は今回の100キロはエイド以外では一切、立ち止まったり歩いたりせず、トコトコとではあっても走り続けることができました。
足腰の不調を抱えた中では、そのことが自分にとって、自分を少しほめられる部分だと思っています。
初の100キロで脚を痛め、最後の10キロを歩いたときよりゴールタイムは15分以上も遅かったのですが。

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約20キロ地点のエイドの後は、約25キロにもエイドが続きましたが、その後はまた10キロほどのブランクがあって、黙々と走り続けることになります。
その間に、知多半島南端の師崎にある羽豆(はず)岬の近くを通りますが、かつて独りで走りに行った岬は、コースがたどる国道から外れていることからパスすることになります。
岬に続く見覚えのある風景が流れていきますが、荒れた海は寒々とした鈍(にび)色で、カメラを向ける気にもなりません。「天気が良ければ、すばらしいコースなんだろう」と、青い空や海を思い描くばかりです。

約35キロのエイドは農協の駐車場にワゴン車を止めて設けられていました。
4時間ほど走ってきていましたので、さすがにお腹が減っていて、いなり寿司などを、ぱくつきました。
この大会のエイドのスタッフは、女性よりも男性の若者が目立ち、いつもはついつい女性にばかりカメラを向けてしまう私ですが、ここではイケメンの2人を撮らせてもらいました(左)。

「え、オレたちを撮ってくれるんですか?」とポーズをきめてくれたイケメンの1人には、私自身の写真も撮ってもらいました(中央)。
私は当初、濡れてもそれほど寒くならない袖無しのアンダーウエアにTシャツを重ね着し、撥水性で超軽量のウインドブレーカーを羽織ったうえ、ビニルポンチョもかぶっていましたが、ポンチョは強風でばたついてしまうことから途中で脱いで、ウエストポーチに押し込んでいました。
雨の日はどのみち、汗によって内側からも濡れてしまいますので、動きやすさを優先したというわけです。

その後、半島の東岸沿いを北上するコースは約45キロのエイドを過ぎると左折して内陸部の丘陵地帯に入り、「知多四国88カ所巡り」の44番札所である折り返し点の大宝寺を目指します。
その途中、折り返しまで約3キロを残してすれ違ったのは、スタートして早々に振り切られた千里さん(右)。
私が脱いでしまったのと同様のポンチョを着たままでしたが、軽やかな足取り。長距離のパフォーマンスは、ウエアやシューズが変わっても差が出ることはなく、実力が現れるだけだということが分かります。

「ゆっくり行ってますので、追いついてきてくださいね」
そんな風に言われた私は、早々に自重して力を緩めたおかげで、フルマラソンの距離を超えても以前のようにペースがガタ落ちすることはなく、まだ走れる感じを残していましたが、さすがに40分ほどもついてしまった差を縮めることは困難ですので、引き続きマイペースを保つことにしました。

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前日夕方の説明会では、50キロの折り返し点にあるエイドは「立派なお寺です」と聞いていました。
サロマ湖や四万十川など大きなウルトラマラソン大会で50~60キロにある節目のエイドは、替えのウエアやシューズを預けられて更衣室も設けられ、食べ物も豊富に用意されていることから少し期待していました。
しかし、お寺は立派でもエイドは駐車場のわきに設けられた小屋がけで、ここも簡素なエイドでした。

それでも、いなり寿司やバナナなどの給食も十分といえば十分で、スタッフの若いご夫婦を小さなお嬢さんが手伝っているのがほほえましく、ご家族の写真などを撮らせてもらいました。

ここでも事前に預けておいた着替えなどを受け取ることができ、私もウエアの上下や、がっちりした大きめの靴などを預けていましたが、取り換えたのは、びっしょり濡れたアームウオーマーと手袋だけ。
雨がやむ気配はなかったため着替えたとしても再び濡れることが予想されて、シューズを2足ドロドロにするのも、はばかられたうえに、着替える手間暇がめんどうに思えたからです。

ただ、かつての100キロを思い出すと、着替えができるエイドでは既に脚がきつくなっていて、せめて着替えをすれば身体が持ち直すのでは-などと、ワラをもすがる気持ちだったことが多かったようで、それに比べると今回は体力と気持ちに余裕があったようにも思います。

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100キロの大会をはじめマラソンの距離を超えるウルトラマラソンでは、旅をするように走って、その地域のいろんな表情を楽しむ「ジャーニー・ラン」としての性格付けが重んじられるため、折り返しコースが設けられることは多くありませんが、手づくりのミニ大会である知多半島ウルトラではエイドを往復で利用できる利点などを考えると、全コースが折り返しであることも致し方ないように思います。

ただ全体の参加人数が少ないために、折り返しをしても、途中ですれ違うランナーはポツリポツリとまばらで、コースの大半は孤独に黙々と「走を進める」ことになりました。
サロマ湖のラスト約20キロで、オホーツク海と湖に挟まれた、天国のように美しい原生花園を往復する際に、20人前後もすれ違う明走会のメンバーらと、ハイタッチを交わしながら走る楽しさとは対照的です。

私の「走った!撮った!」では、大会でしか撮れない写真を撮るというのを決め事にしていて、ボランティアやランナーが写っていない、ただの風景を撮ることはしないのですが、今回の場合、それではコースの雰囲気を伝える写真は事実上ほとんど撮れません。

ということで、波が激しく寒々とした海を撮る気にはなりませんでしたが、折り返しの後には知多半島の内陸部らしい菜の花やビニールハウス、それに水路のある集落の風景などを収めてしまいました(左、右)。

その後、独りで走るランナーと時々すれ違うなかで、3人が一緒に走ってきたのは「へろへろ」のメンバーら(中央)。写真の左から浩幸さん、リキさん、ユキちゃんです。
楽しく余裕をもって走るのをモットーとされている、へろへろの皆さんはNAHAマラソン、北海道マラソンと並んでサロマ湖の100キロを何度も走っている方が多く、かつてサロマの終盤の原生花園で、すれ違ったのを思い出しました。
そういえば、チームカラーのオレンジの旗を振る、へろへろの応援グループも原生花園にはいつもいらして、がんに倒れた芳樹さんと握手したときには、すごい握力でパワーを注入してもらえる気持ちがしました。

「辰巳さーん、意外と速いじゃないですか」「いやいや、もうトシなんで十分に遅いですよ」
そんな言葉を交わした後に、スリーショットを3枚撮らせてもらい、道路わきの草むらがバックでは寂しいと思って最後に逆向きになってもらって田園風景を背景に映し込みましたが、これもこれで寂しいことには変わりありませんでした。

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