“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

FC2カウンター

全記事表示リンク

2012明走会駅伝5

本日で今年の5月も終わりですが、今月13日に東京・代々木公園の織田フィールドで行われた明走会駅伝大会のアルバムは月をまたいで、もうしばらく続きます。
本日は、その5回目で、前2回がメンバーらが基本的に1人で写っている写真を並べたのに対して、2人以上のグループで写っているものをピックアップしました。

12-05-13明走会駅伝グループ1IMGP0053E  12-05-13明走会駅伝グループ2IMGP0075E  12-05-13明走会駅伝グループ3IMGP0114E

12-05-13明走会駅伝グループ4IMGP0259E  12-05-13明走会駅伝グループ5IMGP0121E  12-05-13明走会駅伝グループ6IMGP0251E

12-05-13明走会駅伝グループ7IMGP0293E  12-05-13明走会駅伝グループ8IMGP0278E  12-05-13明走会駅伝グループ9IMGP0291E

12-05-13明走会駅伝グループ10IMGP0451E  12-05-13明走会駅伝グループ11IMGP0061bE  12-05-13明走会駅伝グループ12IMGP0478E

12-05-13明走会駅伝グループ13IMGP0084bE   12-05-13明走会駅伝グループ14IMGP0117bE   12-05-13明走会駅伝グループ15IMGP0096bE

スポンサーサイト

2012明走会駅伝4

「気仙沼大沼ランフェスタ」の報告が間に入ったために休止していましたが、今月13日の明走会駅伝大会の写真掲載を続けることにします。

本日は4回目で、前回に続いて参加メンバーが1人ずつで走っている写真を集めています。
3回目からなのですが、同じ色のタスキをつけたチームのメンバーをまとめ、順位の上から並べています。
写真を撮ることができていなかったり、せっかく撮った写真がピンぼけていたりして、数人の方が漏れているのは私の力が至らなかったところです。タスキリレーのシーンや集合・グループ写真でカバーできていると思いますので、ご勘弁ください。

明走会駅伝の報告は、既に予告した通り、この後5回ほど続くことになり、またまた5月のネタが6月にズレ込むことになります。それどころか5月は20日の「ぎふ清流ハーフマラソン」、27日の「ランフェスタ」と、たっぷり「走った!撮った!」を楽しんだハーフの2大会についても報告の本編が6月へと持ち越されます。
これら2大会については、8月の写真展にも組み込むつもりですので、選択・編集作業が急がれるのですが、駅伝の写真の掲載をストップするわけにもいかず、こうして自転車操業的な作業が続くわけです。

それぞれの大会で写真を撮らせてもらった方々には申し訳ありませんが、少し気長に掲載をお待ちください。

BL120513明走会駅伝4-1IMGP0326E BL120513明走会駅伝4-2IMGP0048E BL120513明走会駅伝4-3IMGP0093E BL120513明走会駅伝4-4IMGP0032bE

BL120513明走会駅伝4-5IMGP0038E BL120513明走会駅伝4-6IMGP0441E BL120513明走会駅伝4-7IMGP0041bE BL120513明走会駅伝4-8IMGP0028bE

BL120513明走会駅伝4-9IMGP0285E BL120513明走会駅伝4-10IMGP0314E BL120513明走会駅伝4-11IMGP0444E BL120513明走会駅伝4-12IMGP0085E

BL120513明走会駅伝4-13IMGP0100E BL120513明走会駅伝4-14IMGP0192E BL120513明走会駅伝4-15IMGP0237E BL120513明走会駅伝4-16IMGP0325E

気仙沼大島スタート前

「気仙沼大島ランフェスタ」のスタート前の写真を、追加で掲載します。
一昨日のランフェスタ当日の記事でも、スタート・ゴール会場での開会式の様子などを中心に何枚もの写真を掲載したのですが、そこから漏れた写真を6枚、復活させることにしました。

これらのうちには、受付会場の小学校から、数百メートル離れたスタート・ゴール会場までの間で道案内をしてくれていたボランティアや、走り出す前の仮装ランナーらの写真が含まれています。
写真に収めさせてもらった仮装ランナーらは、私が走ったハーフマラソンの部ではなく、先にスタートをした10キロの部に参加されたことから、走っている途中では、写真が撮れなかったのです。

BL120527気仙沼スタート前1IMG_0259  BL120527気仙沼スタート前2IMG_0256  BL120527気仙沼スタート前3IMG_0270

BL120527気仙沼スタート前6IMG_0274  BL120527気仙沼スタート前5IMG_0254  BL120527気仙沼スタート前4IMG_0257

津波の爪あと

気仙沼大島で開かれたランニング大会で走る前後に撮影した、大震災の大津波による爪あとの様子を掲載することにします。

大震災の爪あとを今さら紹介することそのものには、あまり意味がないようにも思いますが、復興を支援しようと企画された「気仙沼大島ランフェスタ」が、どんな状況の中で行われたのかが分かる写真を、走りながら撮った写真の掲載に先立って少しばかり紹介することは、前置きとして必要なようにも考えたからです。

BL120526気仙沼1IMG_0058  BL120526気仙沼2IMG_0062  BL120526気仙沼3IMG_0059

名古屋から東海道、東北の各新幹線と在来線を乗り継いで到着したJRの気仙沼駅は、海岸から2キロほど内陸部に入ったところにあり、駅を降り立っても大震災の名残は見えません。
しかし、気仙沼大島に渡る大島汽船の乗り場、エースポートが近づくと、津波で損壊した建物や、建物を撤去した後の空き地が目立つようになってきます。

港の岸壁に近い市街地で、ぽつりと残されていた洋館風の建物は、2階か3階建ての上の階だけが残されて地面に落ちたもののように見えました(左)。

エースポート前にある3階建ての観光物産センターのビルは損壊したまま放置されて、廃きょの状態(右)。
この建物は2階部分までが津波で海水につかったということで、写真の右上に角の部分だけが見える標示で、当時の水位が示してありました。

岸壁にある桟橋は、その幾つもが入り口の部分で折れて、海に突っ込んだままになっていました(中央)。

BL120526気仙沼4RIMG0006  BL120526気仙沼5RIMG0013  BL120526気仙沼6RIMG0027

気仙沼大島の展望台に当たる亀山の山頂から気仙沼湾越しに陸地の方を眺めると、津波で最も大きな被害を受けた岬状の埋め立て地を中心に、空襲を受けたような様子が、被災して以来、あまり変わっていないことが分かります(右)。

この一帯には気仙沼の基幹産業である漁業の関連施設が集まっていましたが、そのほとんどが壊滅状態になり、地震で地盤沈下も起きて排水ができていない地域もあることなどから、復興は手が付いていないもようです。

亀山から気仙沼大島の港などを眺めた写真は、一昨日の記事でも紹介していますが、さらにサイズを変えた2カットを掲載します。

「緑の真珠」と呼ばれる島の南半分を広く撮したものと(中央)、ランフェスタで走った周回コースを中心にしてアップめで撮したものです(左)。
写真の手前左側にある海岸、田中浜の近くには、分別された震災がれきが幾つも山積みになっています。

BL120527気仙沼大島1IMG_0209  BL120527気仙沼大島2IMG_0239  BL120527気仙沼大島3IMG_0240

私は亀山へと続く道路の入り口付近の高台にある施設に宿泊しましたが、ランフェスタ当日の早朝、宿泊者向けに「震災の様子も説明しながら海岸などを歩く散歩会」があるというので、参加しました。
当初は、震災の爪あとも見ながら、景勝地を歩くものだと思い込んでいましたが、実際には震災の爪あとや、がれきの山を見に行くことが主眼のミニツアーで、これはこれで、ありがたい経験になりました。

散歩会の案内をしてくれたのは、宿泊施設に勤めるイケメンのスタッフ。
震災の当時、勤務中だった彼は、自宅が港の近くにあったため津波の警報を受けて急いで帰宅し、家にいた祖母を避難させましたが、家は水につかって壊され、今も仮設住宅に住んでられるということです。
1カ月にわたった断水と停電の時期を振り返って、思い出すのは「星がきれいだったこと」と話す彼が、津波による被害について淡々と説明してくれると、かえって実際にもたらされた被害の甚大さが浮かび上がってくるように感じました。

宿泊施設から海岸に降り立つ手前の斜面や木のこずえには、今なおビニールなどのゴミが散乱したり引っかかったりしていて、津波の際に海面が大幅に上昇した様子が想像できます(右)。
いまだに、がれきの山が片付かず、仮設住宅暮らしの島民も大勢いる状態とあっては、島のあちこちに散乱したままのゴミの片付けまでは、なかなか手が回らないものと思われます。

海岸に降り立ったところにある大きなあずまやのような野外活動用の施設は、屋根の骨組みなどが派手に壊れたままで、使用できない状態(中央)。
この施設は完成して間もなく津波に襲われたということで、壁や柱など、壊れずに残っている部分が真新しいままであるところが、もったいない感じがしました。

エメラルド色の海に面した田中浜は、風光明媚な景勝地だったと思われますが、今は海岸近くが、がれきの集積場になっていて、廃車、たたみ、木材、コンクリート、金属などに分別されたがれきの山が、幾つも並んでいます(左)。

BL120527気仙沼大島4IMG_0210  BL120527気仙沼大島5IMG_0218  BL120527気仙沼大島6IMG_0226

廃車の山の中には、トラクターや民宿の送迎用バスの錆びた車体も見えました(左)。

コンクリートの山の前には、立てた鉄パイプに3色の旗が付けてあり、「勝った方がいい」「負けない方がいい」などと、復興を目指す住民らの気持ちを鼓舞するような言葉が書かれていました(中央)。

木材もまた分別されて、積み上げられていましたが、すべてボロボロで再利用はできそうにありません(右)。
全国各地で、処理のための受け入れをめぐって物議を醸しているのは、こうした木材の「がれき」です。
輸送するに当たっての手間や燃料費を考えると、がれきの処理は、それぞれの地元で進めるのが理想的なのでしょうが、三陸海岸に沿った幾つもの地域で膨大な量のがれきが復興を妨げているとすれば、この国の全体で考えて最もスムーズな方法で処理を進めるしかないのだと思います。

そもそも原発事故の起きた福島から遠く離れた宮城県北部や岩手県の震災がれきに含まれる放射性物質の量は問題になるようなレベルではないことなど明らかです。
それでも、九州など原発から遠い地域の人たちほど、がれき受け入れに対して強いアレルギーを持ってられるようで、そうした自分中心的な意識は、ある意味で極めて人間的なものだとも思いますが、全国的なスローガンとして大合唱されている「絆」といった言葉とは裏腹で、被災地が復興していくうえでのハードルは、まだまだ高いように思えます。

気仙沼大島で復興支援ラン

東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市の気仙沼大島で本日、復興を支援し、盛り上げるために走ろうという「気仙沼ランフェスタ」に参加して、ハーフマラソンを走って撮ったきました!

島の復興を願う住民の皆さんと、島を訪れてランニングを楽しむことで復興を応援しようとするランナーらが、元気を交わし合おうというのが、この大会の趣旨で、開会式でも「速く走らないでください」とクギを刺されたのは、練習不足であり、はなから写真を撮りながらのファンランを決め込んでいる私にとっては、願うところ。
1週間前の「ぎふ清流ハーフマラソン」よりもさらに2分ほど遅い2時間25分を使って楽しみながら、約50枚も多い写真約300枚を撮影することができました。

それらの写真は、ぎふの写真とともに、8月に予定している写真展に向けて選択・編集作業を進め、ブログにも公開していく予定ですが、本日分の記事では、いつものように走る前後の写真を中心に報告の「さわり」をすることにしました。

BL120527ランフェスタ当日1IMG_0245  BL120527ランフェスタ当日2IMG_0246  BL120527ランフェスタ当日3RIMG0069

昨日の記事でも触れた通り、この大会のボランティアには、がれき撤去などに携わった人を含め、首都圏などから参加した人たちも多く、島の人と島外の人が一緒に楽しむとともに、一緒に汗を流そうという大会の趣旨が実現されている様子で、スタッフの明るさが印象的でした(左、中央)。

島の側からランナーを応援するために開会式で披露されたのは、伝統の「気仙沼美和太鼓」の演奏(右)。
元気いっぱいの島の女性や子どもたちによる演奏は、楽しく走ろうという気分を盛り上げてくれました。

BL120527ランフェスタ当日4RIMG0039 BL120527ランフェスタ当日5RIMG0102 BL120527ランフェスタ当日6RIMG0116 BL120527ランフェスタ当日7RIMG0132

ツバキの木が多いことで知られる気仙沼大島では、かつて「つばきマラソン」という伝統の大会が開かれていましたが、震災後は、受け入れ態勢が整わないことなどを理由に2年続けて中止が決定。
そんななか、復興途上の島の様子もランナーらに見てもらって、観光再建の起爆剤にしたいという地元からの声を受け、この大会の立役者になったのが、元エリート・トライアスリートの白戸太郎さん(中央右)。

「楽しむことが支援になる」というスローガンに賛同して、何人ものゲストも駆けつけました。
そのうちの1人はタレントの田中律子さんで、会場では開会式前に、ヨガストレッチのインストラクター役を務めてられました(左)。
そして紅白の、おめでたいコスチュームで開会宣言をして会場を盛り上げてくれたのは、人気お笑いコンビのクールポコ(中央左)。

開会式ではまた、受付会場になった大島小学校で学ぶ女子児童による歓迎のあいさつもありました(右)。
震災後、気仙沼市街と島を結ぶ水道管などのライフラインが寸断され、約1カ月にわたって水も電気も供給されなかった島では、アメリカ海軍による「トモダチ作戦」で物資が補給されたことが話題になりましたが、あいさつでは、その間、パンと牛乳だけの「簡易給食」だったことなどが紹介されました。

多くの島民の命も奪われるなど、大きな試練も経験してきた子どもから、イベントのため島を訪れたことに対して、感謝するという言葉をかけてもらうと、胸が熱くなりました。

BL120527ランフェスタ当日8RIMG0129  BL120527ランフェスタ当日9RIMG0074  BL120527ランフェスタ当日10IMG_0287

開会式ではまた、震災の犠牲者を追悼するための黙祷も行われました(左)。
とはいうものの私は薄目を開けて撮影。カップ入りのかき氷をすするストローをくわえながら目を閉じる地元の子どもたちの真剣な表情が、胸を打ちました。

参加ランナーのなかには、気仙沼大島のシンボルであるツバキの花を模した髪飾りをつけた女性も(中央)。

ゲストの1人だったモデルの長谷川理恵さんは、一緒に走りはしなかったものの、ハーフの部のスターターを務められ、長谷川さんをあこがれの的とする美ジョガーも多い参加者らから声援を浴びていました(右)。

BL120527ランフェスタ当日11RIMG0378  BL120527ランフェスタ当日13RIMG0364  BL120527ランフェスタ当日12RIMG0379

ハーフのコースは島の南半分の海岸線に沿った周回路を、おおよそ2周半するという設定。
沿道のエイドステーションや応援の人たちとは、最低2回ずつ顔を合わせることになりましたが、私は、多くの皆さんを2回ずつ撮影。
2回目には、美人スタッフと一緒に、自分を撮ってもらうことも、してもらいました(左)。

ゴールの後、すぐに受け取った完走証は小ぶりのものでしたが、「緑の真珠」と詩にうたわれた気仙沼大島の写真が印刷された、ちょっと粋なデザインでした(左、右)。

BL120527ランフェスタ当日14RIMG0420  BL120527ランフェスタ当日15IMG_0349  BL120527ランフェスタ当日16RIMG0382

ゴール後に会場で振る舞われた給食のメーンは、気仙沼特産のマグロの頭を2つ割にしてホイル焼きにした豪快な「カブト焼き」(右)。
油がのってコラーゲンもたっぷりのジューシーなカブト焼きは、マラソン会場で振る舞われる地元料理の中でもピカイチの珍しさと美味しさで、満足感に包まれまることができました。

先月、トレラン大会に向けた視察で訪れた韓国の済州島もそうですが、島という場所は、短い期間で訪れる者にとっても、土地に対する親近感が強くわいて、懐かしい場所になるようです。
気仙沼市街に戻る船の甲板では、ランナーらが島に向かって、しきりに手を振っていました(中央)。

そして再び、群がるカモメにエビセンを食べさせる光景も。
驚いたのは、エビセンを手に持って差し出すことに飽き足らず、口にくわえてカモメを誘っていた男性。
見事「口わたし」で、キスしそうになりながらカモメにエビセンを食べさせる瞬間が撮れました(左)。