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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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走った!撮った!飛騨高山1

練習不足などのために関門通過が難しくなってリタイアした飛騨高山ウルトラマラソンですが、まだ幾つかの言い訳や反省点がありました。そのうち最も大きなものは、写真の撮影でした。
持ち歩いていたカメラを調べてみると、リタイアをするまでに、前半を中心に撮っていた写真は、決して多くはないものの、それでも120枚余りに達していました。

初めから写真をしっかり撮ろうとした大会ではなかったものの、東海地方を中心とした主な大会を走っておきたいという気持ちから、この大会にエントリーしたことに間違いはなく、写真は可能な範囲で「おさえておこう」ぐらいに思って撮影したとはいうものの、パフォーマンスに影響しない程度を少しばかり超えていたのかも知れません。
そうなった理由の1つは、第1回目の大会であり、集落から離れた山間部を中心に走るコースだったにもかかわらず、沿道での応援が印象的で、エイドステーションのボランティアも温かく支えてくれたということです。

一方、午前5時にスタートするレースを控えた一昨日やリタイアという情けない結果になった昨日の記事は、そうした事情のほか旅先だったこともあって、ごく簡単にしか書いていませんでしたが、サイトを訪問してくださった方の数が普段の週末では、あり得ないほど増えていました。
どうやら、これは参加者を中心として、この新しく誕生したウルトラマラソンに対する関心が高まったことを示すものだと思われます。

ということで、もう少し言い訳をしたいという気持ちと、せっかく訪問してくださる方に大会の様子を撮った写真を早く、お見せしたいという思いから、「走った!撮った!飛騨高山ウルトラマラソン」を急きょ、掲載し始めることにしました。

お伝えした通り、「走った!撮った!」を掲載する予定の大会としては、先月の「ぎふ清流ハーフマラソン」と「気仙沼ランフェスタ」の2大会が残ったままになっていますが、上に書いた理由から、「飛騨高山ウルトラ」を前倒しして先に掲載することにしたということです。
とはいうものの、初めから「がんばって撮ろう」としていた大会ではなく、走っているうちに次第に、身体も心も余裕がなくなっていったことから、写真の方もまた満足できるほどには撮れていません。

つまり走りも写真撮影も不完全燃焼で、言い訳ばかりが重なるという結果になったのが、今回の大会でした。
それでも、温かい声援と心なごむ山間の景色を楽しみながら、走りも撮影も、それなりに努力したのは事実でありますし、それを後悔するつもりはありません。自分がやりやいようにやった結果なのですから。

まあ、ごたくはこのあたりにして、写真をご覧いただくことにします。
「走った!撮った!飛騨高山」は全部で4回、写真は50枚を掲載する予定です。

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飛騨高山ウルトラマラソンは、古い町並みが残る岐阜県高山市の中心部をスタートして、岐阜・長野の県境にそびえる乗鞍岳の裏側に当たる市東部の山間地を回った後、JR高山線で高山の2つ富山寄りにある飛騨国府の駅近くに設けられたゴールを目指すコースで行われました。
100キロの部と、併設された72キロの部は、約72キロ分は同じコースですが、100キロの方は約55キロの地点から約28キロを余分に走る回り道が用意されています。

スタートとゴールの標高はともに約500メートルですが36.6キロにある最高点の飛騨高山スキー場の標高は1345メートル。
それに加えて約68キロで約1000メートル、14キロと87キロ付近で、それぞれ900メートル程度の山を、いずれもいったん600~700メートルあたりまで下った後に登り直すほか、その間にも小さなアップダウンが繰り返されます。

あらためてコースマップや高低図を見ると、そのハードさに驚きますが、結果的には、そのことを十分に理解しないまま甘い走りをして途中で挫折してしまったのは、既にお書きした通りです。
おおまかにいって4つあった主な山越えのうち、3つ目の山のてっぺんで、私はリタイアしたことになります。

それはさておき、スタートから順に写真を紹介しますと、まずはスタート会場の高山市役所(左、中央)。
スタート時間はウルトラマラソンでは、いわば定番といえる早朝の午前5時でしたが、高山は小さな町であるために、私を含めて多くのランナーが、市街地のホテルなど宿泊先から徒歩で集まることができました。

スターターは國島芳明(みちひろ)市長。市長はコース途中でも、車に乗りながら応援されていました。
100キロの部と72キロの部は同時のスタートで(制限時間は14時間と11時間)、合わせて1000人余りが一斉に駆けだしました。
完走率は、2つの部を合わせて8割近く、男子の100キロでも約78%に達し、主催者側が予想した65%~75%を上回る結果に。しっかり練習を積んだ実力のあるランナーが集まったことが分かります。

高山の市街地を走るのは、ほんの数キロだけですが、早朝にもかかわらず、沿道には多くの地元の方々が応援してくれていました(右)。
街中に大きなポスターが張られ、新聞の地元紙面や地元FMラジオなどで大会のことが紹介されていたことに加えて、3月に第1回のフルマラソンが開催された京都と同じく、観光が産業の柱となっている高山では、祭りやイベントで外から訪れる人たちを暖かく迎えようという風土が培われていることで、こうした盛り上がりが生まれたのではないかと思われます。

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江戸時代に山深い飛騨地方の商業・文化の拠点として栄えた「小京都」の高山には、今も当時の面影を残す古い町並みが残っています。
町家づくりの木造建築が特徴的な町並みが保存され、造り酒屋や味噌・醬油屋、民芸品などを扱う土産物屋や飲食店が軒を並べる「上三之町」は観光スポットの1つですが、コースには、その狭い通りも組み込まれています(左、右)。

もちろん、お店はまだ開店前なのですが、多くの店の人たちが繰り出して、声援を送ってくれました(中央)。

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高山の中心街を外れても、沿道で応援してくれる地元の人たちは、まだまだ続きます。
眼鏡の美女が掲げてくれた横断幕には「ようこそ高山へ」と書かれていて、この言葉はベタな感じもしましたが、「わが町」に対する愛着や誇りも込められているように思いました(左)。

古道具を扱っているようだった店の前で、かっぽう着姿で応援してくれていた高齢のお母さまら女性3人は、そろって右手を振って、長い道のりに駆けだしたランナーらを励ましてくれていました(中央)。

さらには、愛犬を右腕で抱えながらも、左手を振りながら声援を送ってくれていた美女も(右)。

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高山の市街地を抜けると、コースは最初の山越えである「美女峠」の峠道に差しかかります。
梅雨の低い雲がかかる山に向かい、峠道に差しかかっていく際の風景は、昨年5月に福井県の小浜市から京都市までを走った「鯖街道ウルトラマラソン」(約76キロ)の前半と、よく似ていました。
そういえば鯖街道も峠を3つほど越える難コースで、山道(トレイル)の部分も多かったのですが、飛騨高山はトレイルはないものの、登る標高差も(100キロの場合は)距離も、一段とハードです。

峠道に入るあたりのエイドステーションでドリンクを手渡してくれた女性ボランティアの帽子の上には、高山や飛騨地方で伝統的につくられる縁起物の人形「さるぼぼ」が乗っていました(左)。

その先で、お父さんのひざに乗って応援してくれていた男の子はパジャマ姿(中央左)。
両手を振ってくれる様子がフニャっとしていたのは、寝起きだったからなのでしょう。

登り坂が急になっていくころ、さっそうとした足取りで私を追い抜いていったのは、「悪代官」姿の仮装で走ってられた駆けっこ仲間のタフマンさん(中央右)。
ウルトラマラソンを中心に、毎回仮装をしながら超人的なパフォーマンスを見せてくれるタフマンさんは、8日前にも「しまなみ海道ウルトラ遠足」で100キロを走ったということですが、疲れが残っているような様子などみじんも感じさせず、今回も一緒に走るランナーをはじめ、応援やエイドのボランティアを楽しませながら完走を果たされたものと思います。

そして、峠道の沿道で応援してくれていたのは、やはり駆けっこ仲間で大ベテランの夜久弘さん(右)。
フリーのランニングライターで、各地のウルトラマラソンを席巻するとともに、多くの著書で大会や名物ランナーの紹介などをされてきた夜久さんですが、今回は仲間たちの応援に回られた様子でした。

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