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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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走った!撮った!飛騨高山2

残念ながらリタイアした飛騨高山ウルトラマラソンですが、コース途中までに撮った写真の掲載を続けます。
第2回目の本日は、コース中におよそ4つある山越えのうち1つ目の「山」である13キロ付近で、標高約900メートルの美女峠から、19キロ付近のエイドステーションまでに撮影した12枚を掲載します。

長い峠道を抜ける間はエメラルドグリーンのみずみずしい新緑に包まれながらも、沿道の人はほとんどいなかったのですが、峠を越えると、開けた谷沿いに集落が点在する地域となり、再び地元の人たちによる応援に励まされるようになります。
しかし、ひと山を越えてきただけに、20キロにも達していないエイドでは、既に30キロほど走ったような疲れ方だと感じ、ゆっくりと給食をとるなどして、休憩することになりました。

でも予想以上の疲れを感じ始めた一番の理由は練習不足であって、この後、さらに延々と登り坂が続いた先のスキー場では、実際の距離は37キロ手前だったものの、50キロほど走ったように感じました。
かつてサロマ湖100キロウルトラマラソンを5回連続で走ったときは、約56キロのエイドステーションまではエイドで立ち止まることなどなかったことを思うと、コースの違いよりも、年をへた今、少し練習をさぼるとすぐに力が落ちてしまう自分の、ふがいなさを痛感します。

そんなこともあって本日は、7月から8月にかけて3レースを申し込んでいるトライアスロンで起死回生を図るべく、今週から入会した自宅近くのスポーツクラブで、何年ぶりかになるマシントレーニングをしたほか、数百メートルの「慣らし」ではありますが、スイムの練習も始めました。
一応70キロ近くを走って2日後だというのに、さほど筋肉痛もないまま気持ち良く練習でき、飛騨高山のウルトラが、いかに不完全燃焼だったかを実感する結果となりました。
しっかり練習しなければ、力を出し切るための粘りも身に付かないということも、実感しています。

またまた、前置きが長くなりましたが、写真をご覧ください。

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美女峠の山越えの途中、沿道でランナーの様子を取材しつつ応援もしてくえていたのは、雑誌「ランナーズ」編集部の信宰さん。
編集部の方は皆さんがランナーですが、さすがにハードなウルトラマラソンとあっては、走りながら体験取材というわけにもいかなかったようで、信宰さんはカメラマンさんと一緒に車で移動しながら取材されていました。

美女峠を越えてキャンプ場などがある美女高原を過ぎ、川沿いの道を再び山に向かって緩やかに上っていく際、沿道に次々に現れたのは、地元の美女のお母さんたち(中央、右)。
依然として午前7時前という朝の早い時間でしたが、田畑の仕事がてらなのか、多くの女性たちが応援に繰り出してくれていました。
道路わきの田んぼは、ちょうど田植えが終わったばかりの様子。女性たちは、突然カメラを向けられて、照れたりウケたりしながら、既に何キロも縦長にばらけたランナーを応援し続けられている様子でした。

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声援や拍手を送るばかりではなく、ランナーと力強いハイタッチを交わしてくれる女性たちも(左)。

住宅の前で、カメラを持ちながら家族らと一緒に応援してくれていた女性は、お茶目なポーズを決めてくれました(中央)。

コースの道路は、市街地の一部を除くと、多くのウルトラマラソンと同じく交通規制が敷かれるわけではなく、ランナーは歩道を走って、信号も守ります。
東京夢舞いマラソンのようなマラニック(マラソン&ピクニック)の大会も同じなのですが、この大会では制限時間の厳しさから、マラニックのように、のんびりと走るわけにはいきません。

制限時間があと1時間でも長く設定されていれば、私を含めてリタイアした2割強のランナーのかなりの部分がゴールできたと思いますが、完走を果たした際に達成感の大きさがあることや、完走できなかったランナーがリベンジを期してリピーターになる可能性が高いことなどを考慮すると、「日本一厳しいウルトラマラソン」の看板を掲げるのも、主催者側からすれば得策なのかも知れません。

それた話を元に戻すと、信号のある交差点など要所では地元のお巡りさんが交通整理に立っていて、写真のように、笑顔を見せてくる方もいたのが印象的でした(右)。
日本では東京や大阪などの大都市マラソンなら、なかなか見られないことで、警察の方々もまた「大会づくりに参加している」と感じられるような、田舎のマラソンならではの光景だと思います。

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19キロ付近のエイドステーションが近づくいても、沿道で応援してくれる地元の方は続きます。
ゴーカートのような車両に腰掛けるなどして応援してくれていた3人のお母さまの後ろの建物には、ウルトラマンをあしらった手書きのポスターが掲げられ、地元FMラジオ局でのマラソン中継を告知しているようでした(中央)。

ランナーの名前5人分を書いた応援用のボードも、目につきました(左)。
名前に添えてあるナンバーを見ると、5人のうち4人までは関東から出場したランナーでしたが、残る1人は地元・高山のランナーで、その共通項が何だったのかは分かりません。

昨日の記事で紹介した「ようこそ高山へ」のボードと同じく、お母さまが掲げてられた「高山の風になれ」というボードの文字も、郷土への愛情と、訪問してくれたランナーを歓迎する気持ちが感じられました。

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19キロ付近のエイドの入り口では、ランナーらを「歓迎」する大きな横断幕も掲げられました(左)。

このエイドは道の駅の駐車場に設けられ、食べ物も豊富にある節目のエイドの1つ。
ひと口サイズのおにぎりや(右)、ヨモギそばもあって(左)、ゆっくりと腹ごしらえをしました。

峠を越えてきたとあって足の疲れが出始めていたものの、このエイドを通過するための関門時間には、十分に余裕があったことから、ちょっと気を緩め過ぎたのかも知れません。
この後、次第に分かってきたのは、この大会の制限時間は決して完走を目標としたものではなく、少しばかり余裕を持って関門を通過してもゴールにたどり着くには難しいという、緩いのか厳しいのかが分からない設定になっていたからです。

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