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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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走った!撮った!飛騨高山4

「走った!撮った!飛騨高山ウルトラマラソン」の最終回、4回目を掲載します。
今回の写真は30付近から、リタイアを決断した60.2キロのエイドステーションまでの12枚です。

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コースが山道に入り、住宅が途切れるあたりで応援してくれていたのは、プラスチックのボトルケースを椅子として用意しながらも、立ち上がって手をたたいていた高齢の男性と、家族とみられる美女のお2人(中央)。

30.5キロのエイドで追い着いてこられた男女のカップルは、去年10月から12月まで私がゲストとして出演させていただいたFMヨコハマの番組「Route 847」のパーソナリティー、柴田聡(さとる)さんと、私の後に半年間、ゲストを務められた駆けっこ仲間の美女ランナー、長谷川有美さん。

長谷川さんは、フルマラソン3時間一けたの記録を持つ快足ランナーであるとともに、サロマ湖100キロウルトラマラソンの一般女子の部で優勝されたこともあるウルトラランナーです。
さらにトレイルもこなされ、富士登山競走も何度も制限時間内に完走。何度も富士登山に挑戦して、一昨年にやっと完走にこぎ着けた私は、いつも7合目の岩場で、「四つ足」でスルスル登っていかれる長谷川さんに、かわされていました。
今回も、ここで私を抜いていかれた2人には、36.7キロのエイドで、いったん追い着いたものの、その後は2度と会うことはありませんでした。初ウルトラの柴田さんは、アドバイザー&コーチの長谷川さんと一緒に13時間47分台で見事、完走されています。

36.7キロのエイドがある飛騨高山スキー場では、ご覧のようなハクチョウの仮装をしたサングラス美女のお2人も応援してくれていました(右)。

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飛騨高山スキー場のエイドは、標高1345メートルと、コース中で最も高いところにあります。
第2関門が設けられた節目のエイドとあってフルーツのほか、ひと口サイズの握り飯や、お吸い物も用意されていて、少し長めの休憩をとって、腹ごしらえをしました。
地元の若い美男美女に元気をもらい、何枚も撮らせてもらった写真を選びきれずに、4枚を掲載しました。

ここに着くまでの山の中の道では、本降りになった雨にも打たれ、身体の疲れ具合は、サロマ湖でいえば55キロ付近のエイドと同じぐらいの感じ。振り返ってみると、このあたりで、この日は70キロまで行くのが、やっとだという感触をおぼえつつあったようです。

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飛騨高山スキー場からは約10キロにもおよぶ長い長い下り坂で、それなりに飛ばして走ったつもりでしたが、スピードは1キロ6分程度がやっとで、さほど挽回することはできないままでした。
やはり、こうした起伏の激しいコースでは、登りで頑張って粘ること、そしてエイドでは不用意に休み過ぎないことが大事なのだと思います。

長い下り坂は、ほとんどが林の中でしたが、再び民家が見えると、応援してくれる人の姿も現れました。
「頑張ってー!私、村人でーす」という、吹き出しそうな楽しい応援もありましたが、目を引いたのは、日の丸を掲げて応援してくれていた、お母さんと娘さん(左)。
近寄ってみると、お2人とも笑顔で、しかも日の丸にも笑顔が描かれていました。

坂を下りきった46.6キロのエイドで追い着いてこられたのは明走会の駆けっこ仲間、正隆さん(中央左)。
サロマ湖を20回以上完走し、ギリシャのスパルタスロンなど、内外のウルトラマラソンを数え切れないほど走ってられる正隆さんは今回、6月下旬のサロマ湖で「最後のラン」をする練習として72キロの部を走られ、衰えの見えない堅実な走りをされていました。
私からすれば、まだまだバリバリの現役で大丈夫そうに、お見えなのですが。

46.6キロのエイドを過ぎると第3関門のある54.4キロのエイドまでに、小さな峠を1つ越えます。
スペース調整の関係で、その間に撮った山村の風景を1枚、掲載します(中央右)。

そして峠の上では、ワンちゃんを連れた、ご夫婦が応援してくれていました(右)。

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54.4キロのエイドには関門の制限時間より50分ほど前に着きましたが、身体の疲れ具合はサロマでいえば74キロぐらいの感じ。
べったりと座り込んで、子どもたちが出してくれていたフルーツや(左)、飛騨高山の名産のトマトを丸ごと凍らせてつくった「トマトシャーベット」(中央)、それに焼きそばなどをいただきました。

さらに、足が膨れてシューズがきつくなっていたため、預けてあった着替えの中から一回り大きいシューズを取り出して履き替えるなどしていた結果、出発したのは制限時間の30分前でした。
良く計算していれば、こんなギリギリのタイムなら、大きな山をさらに1つ越えて、再びここに戻ってくる際の次なる関門の82.5キロでタイムアウトするのは必至だと分かったわけですが、そこまで考える余裕もなかったというのが実情でした。

そして、大休止をとったおかげで、少しだけ力を盛り返したものの、結局のところは再び歩みが遅くなって、山の急斜面にかかったところで事実上ノックアウトされた状態になり、次の関門が、どう考えてもクリアできないことを納得したとたん、早歩きさえできなくなりました。
最後に紹介する写真は、山の頂上部にある68.2キロのエイドで、笑顔で迎えてくれた若者たちです(右)。

あっけなく終わった飛騨高山ウルトラマラソンですが、リタイアを決断するギリギリまでは完走するつもりで力を残していたこともあってか、身体や脚へのダメージは想像以上に小さいものでした。
まさに完全燃焼できなかったという状態で、情けなくもありましたが、それよりも、あっけない感じでした。

でも先に書いた通り、完全燃焼するには、相応の練習を積むことが必要だということが良く分かりました。
リベンジを期する機会があるとすれば、楽しく写真を撮りながらでも余裕で完走できるぐらいには練習を重ねたいものだと思っています。

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