“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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さつきちゃんブラジルへ!!!

私が所属する東京を拠点としたランニングサークル・明走会の駆けっこ仲間で、スーパー女性市民ランナー、さつきちゃんが、先にブラジル・サンパウロに海外赴任されたご主人の信義さんと現地で同居生活をスタートすることができるようになり、10月1日の出発を前に本日、明走会の「若手」メンバーによる送別会が開かれて、私も仕事の後、名古屋から駆けつけて参加させてもらいました。

送別会の際に撮った写真は多数ありますが、私は旅先にいることもあって、とりあえず本日は、そのうち3枚のみをアップし、残りは追って別の日に掲載することにしたいと思います。

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輪島の朝市みやげ

先の記事でお話した通り、珠洲トライアスロン大会への出場に伴う能登半島旅行では、大会当日も行き帰りでも、あまり写真を撮らず、落ち穂拾いにするネタはほとんどなかったのですが、本日は、またまたネタ切れとなったことから、なけなしのネタを絞り出すことにしました。

それは大会の翌日、バイクコースを含む半島の外周道路を巡って立ち寄った「輪島の朝市」でのスナップと、朝市で仕入れた食材などの紹介です。

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無念の途中リタイアを喫した6月の飛騨高山ウルトラマラソンの際も、大会の翌日は高山名物の朝市に立ち寄っていたことから今回も、高山に負けず劣らず名だたる輪島の朝市は、ぜひ見たいと思っていました。

実のところ、先の記事で大学時代に友人らと能登半島をドライブした話を紹介しましたが、そればかりか輪島にはかつて父方の叔父さまが2人住んでられて、親戚の集まりなどで数回、来たことがありました。

叔父は2人とも体格が良くて、うち1人は、かつて輪島市長を務められましたが、往年の名横綱で小柄だった双葉山から「あなたの身体が欲しい」と言われたとのこと。もう1人は市内で作り醤油屋を営まれていて、まさにウナギの寝床のような町屋づくりの建物の奥の方の通路の両側に、大人の背丈の何倍もあるような、巨大で真っ黒な桶が並んでいたのを覚えています。

しかし以前に輪島を訪れた、いずれのときにも朝市を見る機会はなく、今回は少し楽しみにしていたのです。
ところが今回、ドライブを経てようやく輪島にたどり着いたのは既に太陽が高くなった午前11時すぎ。
今や観光名所となった朝市は午前中いっぱいは開いているのですが、店の数は少なくなり、大会当日と同じく猛烈な暑さなっていたことから、そそくさと実家などへのみやげ物を買い求めて、退散することにしました。

何枚か撮った写真も詰めの甘いものばかりで、みやげ物は既にレジ袋に包まれてしまっています。
そこで解説を加えますと、左の写真の袋の中に入っているのは、地元産のミョウガとニンニク。
右の写真に入っているのは、イワシからつくった魚醤の「いしる」です。

帰りがけに朝市の通りを手押し車に瓶や缶の飲み物を満載して運ばれている年配の女性が行き過ぎられ、すかさず撮らせてもらいましたが、「私なんか撮って、どうするのよ」と言われてしまいました(中央)。

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朝市でゲットしたみやげ物は、その場ではきっちりと撮影できなかったことから本日、自宅のテーブルの上で「ブツ(物)撮り」を試みました。
いずれも既に実家などに、お裾分けした後ではありますが、まずは上で紹介したニンニクとミョウガ(左)。

韓国料理に使うだけでなく、そもそもニンニクが大好きな私は、スーパーでも旅先でも、生きのいいニンニクを見つけると必ず買ってしまいます。
安価な中国産のニンニクは、薄皮がむきにくいうえ、刺激が強すぎて味の厚みも少ないように感じることからニンニクは国産にこだわっているためで、能登産のニンニクは、ご覧のようにゴロっと大きく、見るからに美味しそうです。

ジャパニーズ・ハーブに目がない私はミョウガも大好物なのですが、スーパーに並ぶ3、4本で100円程度の画一的な大きさのものは、なんだか野趣に乏しいような感じがして、これまた旅先などで、摘んだばかりの、ふぞろいなミョウガが袋入りになっていると、ついつい買ってしまいます。
石川県小松市の「安宅の関」近くにある母の実家で、数年前に亡くなった祖母が、私が夏に遊びに行った際にいつも庭で摘んでくれたミョウガの鮮烈な香りを、こうした規格外のミョウガは思い出させてくれもします。

次なる能登みやげは「揚げ浜式製塩法」で手づくりされた塩と、上で紹介した、いしるです(中央)。
能登半島は昨年、佐渡島とともに国連食糧農業機関(FAO)から、生物多様性を大切にした農業や関連する文化、地域に独特の景観を守っている地域として、「世界農業遺産」に登録されていますが、その選定理由の1つとなったのが、昔ながらの製塩技術を受け継いでいることでした。
旅先で、その土地の食材や調味料を買い込むのを楽しみにしている私は、沖縄などでも手づくりの塩を見かけると買ってしまうのですが、今回は世界農業遺産のことが頭にあったものですから、この塩を見つけるや、ゲットすることにしました。

そういえば、「能登の里山里海」と抱き合わせで「トキと共生する佐渡の里山」として世界農業遺産に登録された佐渡島もまた長い距離のトライアスロンが開かれています。
長く快適なバイクコースを確保できるような僻遠の地は、トライアスロンのような地域おこしイベントが生まれやすい環境にもあるということでしょうが、逆に言えば、こうした場所で開かれるトライアスロンには、昔ながらの田舎の風景や人々の暮らしに触れる楽しみもあるものです。
残念ながら、ここでは紹介できませんが、珠洲トライアスロンのコースは、透き通った海、息をのむほど美しい海岸の風景、そして地元の人たちの応援が暖かい町並みをスイム・バイク・ランでそれぞれに楽しめるというすばらしいものでした。

いしるは、朝市の店頭では、イワシからつくったものとイカからつくったものの2種類が並んでいたのですが、「魚醤」の字が頭に浮かんで、イワシの方を選びました。
魚醤は私がかつて仕事で暮らしたことのあるカンボジアをはじめ東南アジアの各地でつくられていて、カンボジアでは「トゥック・トゥレイ(魚の水)」、タイでは「ナンプラー」、ベトナムでは「ニョクマム」と呼ばれます。
以前はよく東南アジア風の料理もつくった私は、またつくってみたいとも思って、いしるをゲットしたのですが、大きな瓶のものを使い切る自信がなかったため、小ぶりでスタイリッシュな瓶に入ったものをいただきました。

そして、能登みやげの最後に紹介するのは「ハバ(ノリ)」(右)。
海苔よりもずっと、分厚い海草をちぎって並べ、乾燥させて厚紙状にしたものです。
叔父などから送られてきていたのか、かつて実家でよく食べていた輪島のハバは、能登半島を連想させる懐かしい味の1つで、朝市に来る前から、これはゲットしなければと目論んでいました。
しかし、冬に採れるというハバははじめ、どの店で聞いても在庫がない状態で、何軒目かでようやく「ちゃんと保存しとったんよ」という、おばさまの店に巡り合うことができたというわけです。

(トライアスロンや恋路屋さんの記事も書き足しますが、もう少し後になります。)

京都へトンボ返り

トライアスロンに参加した能登半島からの帰りに立ち寄った大阪の実家から昨日、名古屋に戻ったばかりの私ですが、本日は再び両親の手伝いをする所用があって、京都までトンボ返りで行ってきました。

とは言いましても、その所用は京都だからといっても観光などとはほど遠いシリアスなものであるうえ、元よりこのブログでは純粋にプライベートな物事をネタにすることは避けていますので、こうした日は掲載する写真を確保するのに窮してしまいます。

そこで窮地の策として撮影・掲載する写真は、ご覧の通り行き帰りに通った名古屋駅と京都駅で、それぞれ撮影したスナップとなりました。

BL120829名古屋駅IMG_1239  BL120829京都駅1IMG_1268  BL120829京都駅2IMG_1280

名古屋駅での写真は、新幹線のホームに京都方面行きの、のぞみ号が入線してくる際のもの(左)。
先頭列車の長いノーズの先端はフレー不アウトしてしまいましたが、ホームにいた親子連れの男の子が列車を指さす瞬間が撮れました。

京都駅では、新幹線に乗る前に駅ビルの「大階段」に立ち寄ってみました。
階段にはポケモン映画を宣伝するための壁画のような絵がペインティングされ、その前で記念写真を撮ってもらう男の子は、絵に描かれたピカチューのかぶり物をしていました(右)。

階段のわきのデッキからは駅前にある京都タワーを見ることができて、タワーに向けてカメラを構えていると、手前にあった案内板の陰に隠れていた女の子が突然、飛び出してきました(中央)。

大阪の空、名古屋の空

一昨日、能登半島で開かれた珠洲トライアスロン大会に参加するのに合わせ2度目の夏休みをいただいている私は本日、遠回りの経由地となる大阪の実家から名古屋へと戻ってきました。

珠洲トライアスロンの報告はわずかな写真と短い記事のみで暫定的なものになっていますが、トライアスロンを真面目にやったうえに超長距離の移動が大仕事だった今回は、落ち穂拾いの写真もさほどなく、本日分として掲載する写真は実家の近くや名古屋の自宅の近くで撮った空の写真です。

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大阪府枚方市の実家近くで撮った空には、秋の訪れを感じさせる、うろこ雲が浮かんでいました(左)。

大阪から名古屋に向かって新名神高速をドライブした際には、途中で、このところの全国的に不安定な気候を象徴する積乱雲の中に突っ込み、窓の外は一時、雨模様になりましたが、それに先立ち、滋賀県内で雲に近づいたところでは、不完全な形ながら虹がかかるのが見えました(中央)。

そして名古屋に帰還した後、自宅の近所にある地下鉄の鶴舞駅前の商店街「鶴園前通り」の前で空を見上げると、再び、うろこ雲が浮かんでいました(右)。

憩いの宿「恋路屋」

昨日、能登半島を舞台に開かれた珠洲トライアスロン大会に出場した私は本日、再び車での長旅をして大阪の実家まで戻ってきました。
しかし本日のネタは、旅の様子ではなく、大会前日から2泊することになった現地に近い民宿の紹介です。
その民宿は、大会が開かれた石川県珠洲市に隣接する能登町の恋路海岸にある「恋路屋」さんです。

能登半島のある石川県は両親の故郷であることなどから参加を決めたこの大会ですが、関西や名古屋方面のトライアスリートにも人気の大会とあって、エントリー後の2カ月ほど前、会場の近くに宿泊先を確保しようとした際には既に近隣地域を含めてほぼすべての宿泊施設が満員の状態でした。

ネットでの検索に加え、20~30軒もの宿に電話してもなお1部屋の空きすらなく途方に暮れていた際にふと思い出したのが、この恋路屋さんのこと。
以前、このブログで紹介したことのある金沢近郊に在住の従兄にして名だたるデザイナーの岩井庸之介さんが食事もロケーションもすばらしいとして、ご自身のブログで恋路屋さんを紹介されるなどしていたからです。

そしてダメ元で電話してみたところ案の定、この期間はトライアスリートで一杯だったものの、偶然にも1部屋のみ急なキャンセルが入った直後で空いていて、そこにすべり込ませてもらったというわけです。

※※※

珠洲トライアスロンの様子などは、昨日・一昨日の記事に書き足すなどして追って加えていきます。

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さてトライアスロンの選手登録を終えた後、元来た道を途中まで戻り、さらに少し進んだ能登半島東岸の恋路海岸に宿泊先の「民宿旅館」である「恋路屋」さんはありました。

恋路海岸の名前の由来は、語り継がれている悲恋の伝説にあるということです。
そのストーリーは、その昔、恋に落ちた男女がいましたが、男性に嫉妬する別の男の罠によって男性は海の深みに落ちて亡くなり、女性もその後を追ったというもの。
このストーリーに関係があるのかどうか覚えていませんが、かつて私が大学時代には、この海岸と私の母の実家がある石川県小松市を舞台にした、その名も「恋路海岸」というテレビドラマが放映されました。

それから数年後、芝居好きが高じて学生時代にNHKの朝ドラで全国デビューをしてしまった兄(辰巳琢郎)が、その時に共演した樋口可南子さんが「恋路海岸」にも出ていたのを覚えていますが、一緒に出ていた別の俳優や肝心のストーリーは頭に残っていないのです。

ところが、そこは地元だけあって、恋路屋のお母さまは、「共演していたのは林隆三さんだったんだけど、お話はあまり面白くなかったわねえ」と、良く覚えてられました(左、中央)。
それもそのはずで、お母さまのご主人は、そのころ「アンノン族」などの間で、北海道の幸福駅などと並んで人気があった民宿のそばの恋路駅に、JR時代から民営化後の、のと鉄道時代を経て、7年前に鉄路がなくなるまで努めてられたという筋金入りの鉄道マンだったということです。

私が恋路屋さんに2泊したうち1泊目のトライアスロン前日は、お話した通りで宿はトライアスリートで満杯の合宿所のような状態でした。
従兄の庸之介さんから宿の方には私が行くことを伝えてもらってありましたが、あいさつをした際、お母さまは「今日は、年に1度のこんな日だから特別なものではなくて、普通のものしか出せないのよ」と、おっしゃっていました。

そして2日目、テーブルの上に所狭しと並んだ料理の数々の中で、その特別なものの筆頭が、天然の岩ガキを使ったカキフライ(右)。
お父さまが自ら船を出して捕ってこられたという岩ガキはドーンと大きく立派で、うまみがつまっているばかりかボリュームも満点でした。

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しかし1日目の食事とて、私にとっては十分にスペシャルで、カキフライの代わりに出されたエビフライも、中身が詰まって、ジューシーでかつカラっと揚がっていて絶品でした(左)。

そして2日目の特別料理のうちの1つが、ゆでてほぐしたカニと、甲羅からこそげとって、たっぷりと皿に盛られたカニみそ(中央)。
数えきれないほどの料理をいただいて、お腹がいっぱいになった後で、シメのごはんを平らげるのに格好のおかずとなりました。

恋路屋は海岸から道路を隔てて、ほんの20~30メートルのところに建っていて、その海岸の先には約50メートルほどの浅瀬の向こうに弁天さまが祀られた小島が浮かんでいます。
正面の浅瀬に鳥居が立つ弁天さまの写真は掲載するにはイマイチだったことから、代わりにアップするのは、浅瀬に裸足で入って撮った海の写真(右)。

遠くにポツリと浮かぶ岩にモヒカンのような林を乗せた島は、珠洲の景勝地「見附島」。
トライアスロンでは、珠洲市中心部の外れにあるメーン会場から、この見附島までをランニングで往復したのですが、どうやらミドルタイプの大会で一般的なランの距離がハーフマラソンなのに、ここの大会ではそれよりも2キロほど長い23キロとなっていたのは、この見附島まで行くためのように思われます。

海に面した恋路屋の部屋で夜を過ごすと、遠浅の海岸に寄せては返す、おだやかでやさしい波の音に包まれて、海に浮かぶ小舟をベッドにしているような、とてもぜいたくでスペシャルな気分を味わえます。