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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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下鴨神社スケッチ

一昨日、両親と一緒に京都に出かけ、用事と食事を済ませた私は、鴨川に続いて下鴨神社を散歩しました。
その際に参道や境内で、目にとまる風景を切り取ったスケッチ風の写真を9枚、掲載します。

京都にある大学に通い、大学時代の4年間のうち2年は兄と一緒に京都で暮らしていた私は、うっそうとした森に覆われた下鴨神社が、そのころからお気に入りの場所です。
このブログでは以前にも下鴨神社の風景を紹介したことがありますが、それは秋の終わりの12月初めでしたので、夏の終わりの景色はまた違っているはずだと思いながら、今や世界遺産の神社に向かいました。

BL120905下鴨神社1RIMG0044  BL120905下鴨神社3RIMG0059  BL120905下鴨神社2RIMG0048

下鴨神社の参道は、出町柳の住宅地から神社を覆う「糺(ただす)の森」に入って境内へと、数百メートルにわたって続いています。
その途中には朱色の鳥居を幾つかくぐるのですが、参道を道路が横切る場所の前後に設けられた車止めも鳥居を思わせる形や朱色にデザインされていたのは、ちょっとおかしく感じました(左)。

傾いた午後の太陽から射す木漏れ日は、参道を所々しま状に照らしていてました。
平日にもかかららず参道には多くの参拝客が行き来していて、夏らしく短い丈のワンピースを着た女性2人に木漏れ日が当たったところでシャッターを切らせてもらいました(右)。

境内の入り口近くで、私の背丈ほどの高さまで垂れ下がった桜の枝越しに「楼門」にカメラを向けてみていると、ちょうどまた若い女性たちが何人も参道の方に出てこられ、すかさずシャッターを切りました(中央)。
後方には、みこさん姿の女性も小さく写っていました。

BL120905下鴨神社4RIMG0064  BL120905下鴨神社5RIMG0061  BL120905下鴨神社6RIMG0067

「楼門」に続いて「中門」をくぐると、境内の奥に入りますが、東西に2つ設けられた本殿は、さらに奥にあって見ることができず、参拝客は、本殿を目隠しするように建てられた「幣殿」の前から見えない本殿を拝むことになります(中央)。

御簾を通して透けるように、わずかに本殿の方が見える幣殿の手前には立派な1対の龍の刺しゅうを施した暖簾のような布が垂らされていました(左)。

幣殿の手前には、12の干支を1つか2つずつまつる「言社(ことしゃ)」という小さな社(やしろ)が7つ並んでいて、私はもちろん自分の干支である「子(ね)=ネズミ」がまつられた社に手を合わせました(右)。
考えてみると、わが家はネズミ年の私が愛猫のチーコと一緒に住んでいるわけで、チーコの方が常日ごろ、わが物顔で偉そうに振る舞っているのは、当然といえば当然な気がします。

BL120905下鴨神社7RIMG0068  BL120905下鴨神社8RIMG0070  BL120905下鴨神社9RIMG0078

境内に植えられていた榊(さかき)には白いテープ状の紙が掛けられ、榊の葉をテープに映った葉の影と一緒に撮ってみました(左)。

楼門の手前にあって、縁結びの神をまつる「相生社」の前にある桜の木の葉はムシにくわれていましたが、榊の葉と同じく逆光を受けて透き通り、葉脈がクッキリと見えていました(右)。

やはり逆光に透けていた大きな暖簾状の布は、お守りや絵馬などを扱う「供御所」の前に掛けられていたもので、白抜きの絵で描かれているのはフタバアオイ(双葉葵)の葉(中央)。
そう、毎年5月、平安時代さながらの行列が下鴨神社から上賀茂神社へと向かう「葵祭」で牛車や勅使、牛馬などに飾られるのがフタバアオイで、供御所には鉢植えが置いてあったのですが、境内にはこれが自生している場所もあることは知らず、見過ごしてしまいました。

というわけで一昨日に撮影した鴨川、下鴨神社の写真を2回にわたって掲載しましたが、ご覧の通り今回は、遠巻きに撮った人を風景に絡めた写真や、モノに寄って(アップで)切り取った写真が多く、人に寄って風景(や周囲のモノ)は遠めに小さく写り込ませる「走った!撮った!」風の写真とは対照的なものばかりでした。

もちろん人に寄って一瞬の表情を狙う写真よりも、スナップとはいえ、光や構図を考えながら撮った写真が多かったのですが、ダイナミックな面白さは、やはり人に寄って撮る写真の方がずっと上で、今回のような大人しい写真を撮っていると、ちょっと欲求不満がたまってくるのも感じます。

まあ、そうは言っても写真は写真で、いろいろな撮り方があるわけですから、たまには人が写っているものの大人しい写真を撮ってみるのも悪くないかも知れませんし、こうして感じる欲求不満が、次回に人にぶつかるようにして写真を撮るときのパワーになるようにも思います。

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