“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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イチョウに彩られる街

友人の結婚式に出席するために出かけた韓国で撮った写真を、もう1回分だけ落ち穂拾い的に掲載します。
それは結婚式の翌日の今月28日、現地の江原道(カンウォンド)原州(ウォンジュ)市内をジョギングした際に撮ったもので、黄色く色づいたイチョウに彩られた街の様子や露店の並ぶマーケットの様子をご覧になっていただきます。

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韓国・江原道の主要都市である原州は、ソウルからバスや鉄道で西に向かって、いずれも約1時間半の山のふもとにあり、人口は約30万人ということです。
友人の結婚式の当日は、あいにくの雨でしたが、それでもバスターミナルから街外れにある式場のホテルに向かう途中でタクシーの車窓から見ると、道路が良く整備されて高層の集合住宅が林立する美しい街であることが分かり、なかでも黄色く色づいたイチョウの並木が多く、街をいっそうきれいに彩っていました。

結婚式のあとは2次会、3次会にも顔を出し、連日の午前さまとなったため、早朝に起きることはできませんでしたが、初めて来た街をタクシーから眺めるだけというのは寂しいものですから、アルコール漬けで重たくなった身体と脚にむち打って、旅先で恒例の「街ウォッチング・ジョギング」を午前の遅くに敢行しました。

ホテルから原州市の中心街に行って、市内を流れる川沿いのサイクリングロードを通って戻ったジョギングは1時間半余りで15キロほど。
イチョウ並木の葉は前夜の雨の影響もあってか、歩道や歩道わきにあったチラシ置き場とみられる棚の上に大量に落ちて、黄色いじゅうたんのようでした(左、右)。

宗教を持つ人の約3割がキリスト教とされる韓国では、どの街に行っても教会が目につくもので、原州の中心街にも教会があって、その敷地内にある大きなイチョウの木も、すべての葉が真っ黄色でした(中央)。

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原州の街を走り、折り返し部分にあったのが、大通りと川の間の道路沿いに露店などが並ぶマーケット(右)。

露店では、美味しそうな野菜や魚などが売られていて、私が真っ先に買いたいと思ったのは、大袋で2000ウォン(約150円)のショウガ(中央)。
さすがにウエストポーチしか身に着けていなかったジョギング途中に、このショウガなどを買っていくわけにはいかず、チェックアウト後に、近くにある鉄道駅を利用することにして、その前に再度立ち寄ろうと思いました。
しかし結局、列車が満席になっていることが分かってバスに乗ることになったため、買い物をすることはできませんでした。

美味しそうなパンが店頭にズラリと並ぶ「焼きたてパン」の店では、看板に「3個1000ウォン(約80円)」と書いてありましたが、やはりお預けにして、結局パンにありつくことはできませんでした(左)。
韓国の市場でお土産を買うのは、11月下旬に日韓市民ランナー交流企画の一環として全羅北道のコチャンにマラソンを走りに行くときまで我慢することにします。

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ダイナミック・ソウル

友人の結婚式に出席するため韓国に行っていた私は昨日、帰国に先立つ短い時間、毎晩延々と続いた酒盛りで疲れた胃腸と身体を癒すべく、午前中いっぱいをホテルの部屋で過ごしたあと、独りで朝昼兼用の食事を取り、ソウル市内を少しだけ散策してきました。

ホテルはソウル中心街の東部にある弘大前(ホンデアプ)にあって、この地域は最近、新しい空港鉄道の駅ができるなど、都心よりも帰国の足の便が良い場所でした。
そのため、そのまま都心に行かないでおこうとも思ったのですが、都心にある書店をのぞきたかったことからホテルに大きな荷物を預けて、地下鉄で往復することにしました。

そして約4年ぶりに短時間ながら眺めたソウルの都心の風景は、また一新されていて、ダイナミックに変化を続ける「ダイナミック・コリア」の首都「ダイナミック・ソウル」であることを実感させてくれました。

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昨日の記事では、一昨日の夜に一緒に飲んだ友人の泰植さんが、彼がかつて良く来ていた弘大前のジョン(肉や野菜に衣をつけて鉄板で焼いた料理)の店を紹介してくれたことを書きましたが、実は2次会のカラオケを終えて解散した後、私たちは2人だけで「締め」の食事をしていました。

その場所は、私のホテルのすぐそばにある牛肉スープ「ソルロンタン」の専門店(左)。
ジョンの店と同じく、以前から人気の老舗だというこの店のソルロンタンは、大量のマッコリを飲み疲れたお腹にしみわたるような美味しさでした。

「明日の朝も二日酔いだったら、また来ると良いですよ」
昼すぎにホテルを出て、近くで食事をする場所を物色しながら、いまひとつ食べたいものが見つからなかった挙げ句、思い出したのが泰植さんの言葉で、弘大前の若者の街を一回りした私は結局、この店に舞い戻って来ることにしました。

ソルロンタンは牛の肉や骨をじっくりと煮込んだ白っぽく、あっさりしたスープで、塩やコショウを自分で加えて味を調節しながらいただく料理です。
私は前夜この店を訪れた際にはシンプルなソルロンタンを頼みましたが、2度目には朝鮮ニンジンやナツメの入った豪華なものを頼み、大きな蒸し餃子(マンドゥ=饅頭)3つも加えました(右)。

そして韓国料理に「付きもの」のキムチは、ほかの料理店と同じく、もちろん無料で、テーブルの端に並んだ埋め込み式・備え付けの容器に3種類が入っていて、ここから好きなだけ取って食べ放題ですが、最初は店員さんが少しずつをトング(大きなピンセット型の物挟み)で取り出して、ハサミで切りながら皿に盛り付けてくれます(中央)。

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書店に行くついでに訪れたのはソウルの都心にある光化門(カンファムン)広場の付近。
光化門は李氏朝鮮時代の王宮「景福宮(キョンボックン)」の南側にある正門で、光化門広場は、その前から南にのびる大通り「世宗大路(セジョンデロ)」の中心部に3年前、完成した市民の憩いの場です。

私はこのところ、ランナー同士の日韓交流で毎年のように韓国全羅北道(チョルラプクド)のコチャンを訪れているほか、昨年からは古都の慶州(キョンジュ)や済州島(チェジュド)にも足をのばしていましたが、ソウルの都心に足を踏み入れるのは4年近くぶり。前回このあたりを訪れた際には、公園は造成中、光化門も改築中だったため、すっかりきれいになった一帯の眺めには目を見張りました。

光化門広場の南端にあって、背の高い台座の上に立つ彫像は韓国の英雄、李舜臣(イ・スンシン)将軍(左)。
16世紀後半、豊臣秀吉の指令により2度にわたって朝鮮半島に攻め入った日本の軍勢を、亀の甲羅に似た「コブクソン(カメ船)」を使うなどして迎え撃った朝鮮水軍の司令官です。

写真で彫像の左手奥に見える金色の座像は、世宗大路の名前の由来となった15世紀の国王で、ハングル(訓民正音=フンミンジョンウム)を制定した世宗大王(セジョンテワン)がモデル。
その背後に見えるのが改築された光化門。そのさらに左奥に、青い瓦屋根が半分だけ見えるのが「青瓦台(チョンワデ)」と呼ばれる大統領官邸というわけです。

ご存じの方も多いかとは思いますが、私がソウルを初めて訪れた1980年代の後半には、光化門の向こう、景福宮の敷地のど真ん中に、朝鮮半島を植民地支配していた大日本帝国による統治の拠点「朝鮮総督府」の建物を利用した国立中央博物館がありましたが、その後、景福宮の復元工事に伴って取り壊されました。

その工事は、まだまだ継続するということですが、こうして世宗大路から光化門、さらには景福宮までを眺められるようになると、朝鮮総督府が朝鮮民族の誇るソウルの心臓部にくさびを打ち込むようにして造られていたことが良く分かります。

国立中央博物館を見学した当時、その重厚で豪華な建物は、いまだ軍政下にあって、さほど大きなビルが目立たなかったソウルの中では飛び抜けて立派に見えて、取り壊されるのを、もったいなく感じました。
しかし、今や巨大な高層ビルが林立するこの街では、李舜臣将軍の彫像以外は背の高い建造物が何も見えない歴史の香る風致地区の存在は、貴重なものに思えます。

光化門広場の南端からほど近い世宗大路のわきから東にのびて流れているのは、都心の河川の復元工事が世界的に注目を集め、大親水公園としてソウル市民の憩いの場となっている清渓川(チョンゲチョン)です(中央右、右)。
清渓川の流れ出す場所のそばには、巻き貝を思わせる青と赤に彩られたオブジェが立っています(中央左)。

清渓川はかつて、朝鮮戦争による避難民などが暮らすスラム街が川沿いにありましたが、ソウル市当局は、そこにいた人たちを強制的に退去させるため川を覆って暗きょにし、その上に高速道路が建設されました。
しかし、2000年代に入って川の復元を求める声が高まり、当時はソウル市長だった李明博大統領が指揮をとって復元工事を完成させたということです。

私がソウル国際マラソンを走った5年前には、光化門広場が造成される前の世宗大路がスタート地点となり、都心部を巡ったあとには、この清渓川沿いの道を往復しました。
光化門広場が完成して川辺の整備がいっそう進み、街の風景も、とどまることなくダイナミックに変ぼうし続けるソウルの街を、遠からずもう1度走ってみたいという思いが大きくなってきています。

ソウルの長い夜

友人の結婚式に出席するため韓国を訪れていた私は本日、無事に帰国しました。
本日はソウルのホテルでチェックアウト時間の正午ぎりぎりまで休んだあと、市内を少しだけ散策したり書店をのぞいたりしたにとどまり、郊外の金浦空港から夕刻の飛行機に乗って、わずか1時間半のフライトで中部国際空港に戻ってきました。

昨日は結婚式があった江原道(カンウォンド)の原州(ウォンジュ)市内で午前のジョギングを楽しんだのですが、本日は夢の中でしかジョギングをすることができませんでした。
といいますのも、連日の飲み会となった昨日は夕方から午前3時ごろまでノンストップで飲み続ける長い夜となって、さすがに朝になっても体調が戻らなかったためです。

というわけで、本日の散策中や昨日のジョギング中に撮った写真も手元にありますが、まずは昨夜の写真を紹介することにします。

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ソウル市内に在住の友人らと飲みに行ったのは、名門の弘益(ホンイク)大学の前にある若者らの間で人気の繁華街「弘大前(ホンデアプ)」にある「ジョン(野菜や肉に衣をつけて鉄板で焼く料理)」の専門店。
街の風景も、そこにある店も、ダイナミックに変わっていくソウルにあって、弘大前では20年も変わっていないという店の1つだそうです。

友人と2人でまず注文し、さらに追って2人が合流した際にまた注文したのは、この店の定番料理であって、お酒のつまみにもぴったりの「モドゥンジョン(全部入りジョン)」(中央)。
店の表で、アジュンマ(おばさま)たちが大きな鉄板を使って調理を実演する、まさに「オープンキッチン」(右)で焼き上げられたジョンが山盛りになって出てきます。

このジョンに似合うお酒といえば、なんと言っても韓国風ドブロクのマッコリ(左)。
なぜかボコボコに凹凸がついた真ちゅう色のヤカンに満タンになって出てきます。
日本では「とりあえずビール」という言葉が慣用句になっているように、まずビールを飲んで、そのあと日本酒やワイン、さらに焼酎-といった「ちゃんぽん」の飲み方が一般的ですが、韓国の人たちはこれを見ると「そんなことをやると悪酔いしますよ」と言っては、自分たちはビールと決めたらビール、マッコリならマッコリの「一本やり」で1種類のお酒を飲み続けます。

なんだか一途で真っすぐな韓国の人たちの気質が、お酒の飲み方にも現れているように思えます。
そして昨日会った友人は日本暮らしが長かったのですが、この店では初めから終わりまで、ヤカンに入ったマッコリを一緒に飲み続けることになりました。

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ソウルで夕方から会ったのは、長年来の飲み友だちである泰植(テシク)さん(左の写真の右側)。
泰植さんは、私が所属する東京のランニングサークル、明走会のメンバーだった企業家の麻弓さんと日本に留学している際に結婚し、現在は麻弓さんが立ち上げられた人材派遣会社の現地法人の理事(社長)として活躍されています。

麻弓さんと一緒に明走会の月例会に顔を出されたこともある泰植さんは、私と同じように、いろんな人と会ったりお酒を飲んだりするのが大好きで、元々は麻弓さんと知り合いだった私は、ほどなく泰植さんとも酒飲み友だちとなりました。
泰植さんが幹事役となって、東京で仕事をする若手韓国人が20人以上も集まる交流会が開かれた際、私がたった1人の日本人として出席させてもらい、そこで新しい友だちができたこともありました。

そんな泰植さんですが、その後、彼がソウルに、私は名古屋に移り住んだこともあって、お会いするのは4年ぶりぐらいとなり、私たちは、それぞれの近況などを酒飲み話にして、ヤカンのマッコリを何回もお代わりしました。
そして、何杯となくマッコリを飲み干し、大皿のジョンもなくなりかけたころ、私たちに合流してくれたのは泰植さんの「後輩(フベ)」と呼ばれる、やはり日本での留学経験がある年下の友人と、原州での結婚式に出席をしたあと、昨日は釜山で仕事をしてこられた私の駆けっこ仲間の後輩である裕子さん。

自分の友人を、互いに知らない別の友人に紹介したくなるクセも、私と泰植さんが共通するところで、当然のように、それぞれの若い友人同士を引き合わせることになったわけで、私たち4人は、さらに大皿のジョンを追加してマッコリも数え切れないほど追加注文することになりました。

弘大前と言えば、原州で結婚式を挙げられた、やはり私の飲み友だちである女性、ウンスクさんと、ご主人のピョンギュさんが出会った2人の勤め先であるゲストハウスもある場所。
新郎新婦は、新婚旅行を来月中旬から予定しているため、やはりソウルに戻って来られていましたが、なんと2次会のカラオケ屋にはウンスクさんも短時間ながら合流してくれ、別の用事があったというピョンギュさんもウンスクさんを迎えに来られました(中央、右)。
(泰植さんとウンスクさんは、数年前、やはり私が引き合わせる格好でソウルで一緒に飲んでいました。)

そんなふうにソウルの長い長い夜は更けていき、次の機会には日本で一緒に会えればと話し合いました。

おめでとうウンスク2

昨日、韓国・原州(ウォンジュ)で開かれた親友の韓国女性、ウンスクさんの結婚式の様子は既に写真を掲載しましたが、本日は新郎新婦の友人たちが集まった2次会の様子を紹介します。

5年ほど前、私が韓国の名山、智異山(チリサン)に登った際、山頂近くの山荘でウンスクさんと出会ったときに一緒だった彼女の友人2人も披露宴に続いて2次会に出席。
今年2月にウンスクさんが東京にいらした際に彼女に紹介し、それ以来、彼女と交流してくれている駆けっこ仲間の裕子さんも韓国での仕事を結婚式に合わせて訪韓中で、昨日は夜のうちにソウルに戻られましたが、2次会までは参加されました。

私はそのまま原州に泊まって本日の午後にソウルに戻ったのですが、夕方からはまた友人らとの飲み会へと突入したことから、昨日のネタを再度、掲載することにしたわけです。

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おめでとうウンスク!!!

韓国・江原道(カンウォンド)の原州(ウォンジュ)市で親友である韓国人女性・ウンスクさんの結婚式が本日行われ、招待をいただいて昨日、ソウル入りしていた私は、さらに現地へと移動して式や披露宴に出席させていただきました。おめでとう、ウンスクさん!!!

ここまでを旅先で書いたままになっていましたが、日本人にはなじみが薄い韓国の結婚式の様子ですので、少しばかり説明を加えていきたいと思います。

私は以前、プノンペンに赴任していたときの友人女性が結婚した際にも招待してもらい、カンボジア式の結婚式に出席したことはありますが、韓国式の結婚式に出席するのは初めてで、日本と似たところもあれば韓国独特の伝統的な儀式もあって、喜ばしくもあり、また好奇心を満たしてくれもする経験となりました。

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前夜にソウル入りした私はこの日、郊外にある「東(トン)ソウル・バスターミナル」からバスに乗って原州に向かいました。ソウルから原州までの所要時間は通常1時間半ほどと聞いていましたが、週末で道路が混んでいたことから1時間近く余計にかかり、原州でバスからタクシーに乗り換え、街外れにある結婚式場のホテルに到着したのは式が始まるわずか数分前。まさに滑り込みセーフでした。

今回の結婚式・披露宴の会場は3カ所に分かれていました。
日本で言えば披露宴に当たるイベント用の広いホールが2カ所あって、そのうち1カ所では新郎新婦が舞台に上がるなどしてのイベントだけが、もう1カ所では引き続きビュッフェ形式の宴会だけが開かれます。
しかし出席者が宴会で飲み食いするのと平行して、新郎新婦と家族・親戚だけは小さな別室に移り、伝統的な儀式が執り行わるという段取りでした。

初めのイベントでは100人ほどの参加者が幾つもの丸テーブルを囲んで座りますが、食事は別室でとるため白い布がかかったテーブルの上には何も置かれていません。
そして入場した新郎新婦が花道を歩いて舞台に上がると、2人は舞台の正面にたたれた媒酌人の男性から贈る言葉がかけられ、その後に2人が出席者らに向かって誓いの言葉を述べられました。

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