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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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夢舞いのあと

東京夢舞いマラソンにゲスト参加してくれた韓国・コチャンの駆けっこ仲間らが昨日、無事に帰国されて、私もまた本日から職場に通う日常の生活に戻りました。

お腹の底から何度となく笑い、韓国の仲間や夢舞いの仲間らとの親交も深めた楽しい日々は今回も、あっという間に過ぎ去って、何もなかったかのように再開した日常の時間に身を置いてみると、あまりに楽しかったからこそ、かえって現実感が一気に薄れるようです。
まさに「夢のあと」、いや「夢舞いのあと」という感じがしています。

夢舞いを終えた連休明け、このブログにどっと訪問してくれた方々のためにも、「走った!撮った!夢舞い」の掲載を始めたいところです。
しかし快い疲労と喪失感に、どっぷりとつかっている私は、仕事を終えて独りの食卓に向かい、楽しかった日々を思い出しながら杯を重ねると、もはや400枚にも上る夢舞いの写真の選択・編集にかかる余力など残っておらず、作業は明日以降に持ち越すことにしました。

その代わりに掲載するのは、「夢舞い休暇」中の落ち穂拾いの写真の第1弾で、夢舞い当日のゴール後に、会場となった国立競技場や、打ち上げが行われた競技場の敷地内にあるレストランで撮った写真です。

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今回2年ぶりに夢舞いの会場となった国立競技場では一昨年と同じく、前年の夢舞いの写真を展示することになりました。しかし今年は展示の作業を前日にすることができなかったため、早朝に行い、その後にゲストの韓国ランナーを宿舎に迎えに行ったことから「会場班」を担当したボランティアの仲間の写真を撮る余裕がありませんでした。

さらに私たちのゴールは制限時間の約20分前だったため、仲間のほとんどは撤収の準備にかかっていて、辛うじて持ち場についてられたのは「義援金受付」のカウンターにいらした輝子さんらだけ(左)。
そう、輝子さんは東京・新橋でランナーのオアシスといえる美味しい小料理店の「かすみ亭」を開いておられ、ご自身が以前、東日本大震災の被災地である岩手県陸前高田市に住んでられていたことから、義援金募集の活動もされています。

そしてまた、韓国ランナーのゴールを待ってくれていたのは、2日前の歓迎会にもいらしたスポーツ用品店の社長で在日韓国人の鄭貞子(チョン・ジョンジャ)さん(中央の写真の左から3番目)。
貞子さんは、東京・上野を拠点に複数の店を展開する「スポーツジュエン」を経営されて、夢舞いの会場にも出店しているほか、私がささやかに行っている日韓ランナー企画も支援してくださっています。

貞子さんがコチャンと夢舞いとの交流に加えて支援を表明してくれているのが、韓国・済州島の漢拏山(ハルラサン)を舞台とする「ハルラ登山競走」の企画なのですが、当初は今月中にプレ大会の開催を予定していたこの大会は、現地の受け入れ態勢をめぐる調整が期待通りに進んでいないことから、足踏み状態になっています。
プレ大会の計画につきまして、このブログや一部で配布させてもらったチラシなどで告知をさせていただいていましたが、ここで現状をお知らせするとともに、プレ大会参加を検討してくださっていた皆さまに対し、遅ればせながら、おわびを申し上げます。

国立競技場のロビーでの私の写真展示コーナーは、義援金などの受付の向かい側に設けられました(右)。
一昨年はロビーの壁に直接、写真パネルを設置しましたが、今回は専用の掲示板が2台用意されて、そこに38枚の写真をはり付けました。
そのうち30枚は去年の夢舞いで撮影したものですが、残る8枚は去年のコチャン・コインドルマラソンの写真を説明文とともに初めて展示し、ともにランナーが中心となって運営する日韓の2大会を舞台に草の根交流が進んでいることをアピールしました。

展示させてもらった写真は、被写体になってくれた方から声かけがあった場合、日韓交流への寄付をお願いしながら、ご本人に差し上げていましたが、そのことをご存じなかった方の中でパネルを入手されたい方は、どうぞ夢舞い事務局か私まで、ご連絡ください。

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夢舞いの後に行われた打ち上げは、実行委員のほか、会場や走路でボランティアの仕事に携わってくれた多くの仲間たちが集い、参加者は数10人以上に上りました(左)。
写真の中で、みなが手を挙げているのは、実行委員長の片岡久さんから「来年も夢舞いをやりたいか?」と聞かれた次の瞬間に起きたリアクションです。

今年13回目を迎えた夢舞いは当初「都心を3万人で走ろう」と東京マラソンの開催を呼びかけるためのイベントとして誕生して成長したものの、2007年の東京マラソン実現を機に本来の大義名分を失いました。
その後は「もう1つの東京マラソン」として継続するのに当たり、毎年こうしてボランティアや参加者の意向を聞きながら次回の開催を決めているというわけです。

運営に携わる市民ランナーが、それぞれの個性や創意工夫を発揮しながら育ててきた夢舞いのことを、私は「大人の学園祭」と呼んでいますが、開催するかどうかを、その度に決めるやり方は、図らずも私の出身高校の学園祭と同じです。
生徒の自主性を重んじることを一番のモットーにしていた私の出身校では、当初は学校のスケジュールに入っていない学園祭を、授業時間を割いて行うに当たり、生徒側が討論に討論を重ねて、開催の意義を明確にしたうえ、学校側と交渉をして開催日を「勝ち取る」という「儀式」を重ねていました。

確かに既に当初の大義名分を失ったうえ、毎年、多くの歩行者に迷惑をかけることにもなる夢舞いでも、開催する側の熱意や大会の意義を毎回確かめることは、大事なことのように思います。

まったくの余談になりますが、このたびiPS細胞の研究でノーベル賞を受賞された山中伸弥教授は、私と同じ高校の出身で、2年後輩に当たります。
独創的な研究の土台は、上に書いたような自主性を重んじる校風によっても形作られたものと思いますが、翻って私はといえば、ご覧の通り、遊ぶことばかりに自主性を発揮して人生の折り返しを通過したもようです。
そうそう、とはいいながら、山中教授も昨年の京都マラソンで見事に4時間を切る「サブフォー」を達成されたバリバリの市民ランナーで、そのことだけは私との間の、うれしい共通点でした。

夢舞いの打ち上げでは、ゲストとなったコチャンのランナー3人も参加して、あいさつされました(中央)。
(通訳をしてくれたのは、雑誌「韓国語ジャーナル」の編集長、暢子さん。)
これまでに最長10キロのレースまでしか走った経験がなかったというパク・ウルグさん(写真の右)は、実は夢舞いで初めてフルマラソンの距離を完走したことを明かされ、会場から拍手が沸き起こりました。

あいさつの後には、来月18日に開かれるコチャン・コインドルマラソンにも日本から多くのランナーに参加してほしいということを伝える、お知らせもありました。
そうそうそう、今年のコチャン行きツアーは来週ごろまで大募集をしていますので、夢舞い・明走会の関係者の皆さんの中で、興味をお持ちの方は、ぜひご連絡ください。

打ち上げのあとは会場の前で記念撮影をし、昨年や今年、コチャンの一行と歓迎会や温泉旅行を共にした仲間らが名残を惜しんでくれました(右)。
この日は、初フルのウルグさんをはじめコチャンの皆さんの疲れが大きく、翌日からは関西方面への旅行を控えていたことなどから一行とともに私も珍しく1次会でおいとまをして、元気の回復に努めることにしました。

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