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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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大阪マラソン完走&完撮!!

私の生まれ故郷である大阪で開かれた第2回の大阪マラソンに参加し、韓国のコチャン・コインドルマラソンに続いて2週間連続のフルマラソンを、なんとか完走するとともに、走りながら400枚近くにのぼる写真を撮って「完撮」も果たしました!!

といいましても、このところの絶対的な練習不足に加えて、2週間連続のフルマラソンとなったことから脚の「きつさ」はこれまでのフルでは経験したことがないほどで、記録も写真を撮りながらとはいえ、今回を含めて56回のフルのうち、一応レースである大会としては(記録を測らない東京夢舞いマラソンは除いて)ワーストの5時間39分台。

また、愛用していたカメラがスタート直前にピントが合わなくなる故障を起こしていることが判明したうえ、予備に持っていたカメラも不調だったことからスムーズで気持ちの良い撮影もできず、「完走」「完撮」ともに、なんとかかんとか成し終えたというのが実感です。

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紹介する写真の1枚目は、ゴール後にいただいた「完走メダル」と一緒に撮ってもらった私自身(左)。
「きつい」と言いながら、表情はこの通り元気いっぱいで満足げに見え、実際にきつかったのは脚ばかりで、気持ちの方は楽しくて仕方なかったことがバレバレのようです。

スタート会場となった大阪城公園で、天守閣をバックにツーショットを撮らせてもらったのは、先週のコチャン・コインドルマラソンに続いて一緒に出場することになった大阪の快足ランナー千里さんと、去年は「カメ仙人」の仮装で沿道を沸かせながら走ったものの、今年は逆に抽選に漏れて、沿道で応援してくれた中学・高校の同級生にしてトレランサークルを率いられるジダンさん(中央)。

そして3枚目の写真は、コースのハイライトである御堂筋が道頓堀を渡るところで撮ってもらったもの(右)。
取材で沿道を移動されていた雑誌「ランナーズ」副編集長の晋治さんによるショットです。
コース上では、2大ランニング誌のもう一方である「クリール」の編集長、幸也さんともお会いしていて、なんと重たい一眼レフのカメラを持って走ってられた幸也さんの写真は、追って「走った!撮った!大阪マラソン」のなかで、晋治さんの写真とともに紹介させていただく予定です。

2回目にして初めて「走った!撮った!」をしながら体験した大阪マラソンは、とても良い大会でした。
年を追ってコースも沿道も盛り上がりを増している東京マラソンと比べると、沿道の応援が全体的にやや大人しい感じがするなど、「まだまだこれから」という感じがするのは事実です。

しかし、去年より開催日を1カ月遅らせたことから、コースのハイライトである御堂筋の名物・イチョウ並木が見事に色づいて、すばらしい景観をなしていたことに加えて、ランナーも応援の人たちも、大阪ならではの飾らず、弾けた感じを発揮してくれる場面も少なくありませんでした。

特に、コース後半に「下町」の商店街などを通るあたりでは、なにわの「おっちゃん」や「おばちゃん」の歯に衣を着せないながら暖かい言葉の応援に元気づけられ、商店街による「私設エイド」では、巻き寿司からお菓子まで食べきれないほどの種類の「給食」が並び、お腹がいっぱいになったばかりか、脚を休めるための大休止を取る口実もいただきました。
そして、当時の面影はほとんどないものの、私が子ども時代を過ごした地域の近くを走ることができたことも、心づくしの応援で暖かくなった気持ちを、いっそう高揚させてくれました。

※※※

さて、「走った!撮った大阪マラソン」の写真掲載は、「走った!撮った!コチャン・コインドルマラソン2012」の残り4回分を掲載したあとからスタートすることになりますので、少々お待ち願います。
その前に今回の大阪マラソンで痛感した練習不足と、撮影がスムーズにいかなかった機材の問題について、少々反省などを書き記しておくことにします。

マラソン歴がかれこれ20年以上になる私は14年前、38歳のときに今のところ生涯で1度だけフルマラソンで3時間を切り、2時間58分15秒(スタートラインからの「ネットタイム」は2時間57分55秒)の自己ベストで「サブスリー」を達成しています。
その前後数年は3時間1ケタの記録を何度となく経験していて、3時間10分台や20分台だと「遅すぎる」と反省していたものです。

しかし年齢を重ねたうえ、「どうせもう2度とサブスリーはできそうにない」というあきらめの気持ちがあったことや100キロのウルトラマラソンや富士登山競走の完走へと照準を移したことなどからフルの記録は下降線をたどり、5年ほど前までなんとか3時間15分ほどをキープしたあとは、まさに「じり貧」で、今年1月に少し頑張って臨んだレースでも3時間40分がやっとでした。

もちろん、もう1度3時間の前半まで返り咲きたいという気持ちはありますが、ここ数年は「走るマラソンカメラマン」を掲げて写真展の開催やブログを続けるなど、さらなる「趣味活動」が加わったことから練習の時間がなかなか確保できず、「カメラマン」をするにしても土台となる「走る」方がおろそかになってきているのです。

さらにこのところは、練習不足を補う手だてとなっていた山で丸1日を走るような「ドカ走り」もできておらず、大会が練習の質や量を高めた「ポイント練習」代わりになっているというのが現状です。
確かに狙ったレースに向けての練習をこなすなかで、その途中にある大会を練習の一環とすることもあり得るのですが、絶対的な練習量が不足している場合は、練習のつもりで走るレースでも身体にもたらすダメージは十分に大きく、それによってまたまともな練習が再開しずらくなり、練習量が減ってしまうという悪循環に陥ってしまうようです。つまり日常的な練習不足が今の私の大問題なのです。

というわけで、レースでタイムを狙うにしても、「走った!撮った!」をするにしても、山に行くにも日常の練習をするにも、すべてを楽しくやるには、そのベースとなる練習が絶対に必要なわけで、「走った!撮った!」をする大会などのイベントが一段落したこれからは、毎日の地道な練習を心がけようと思います。
とりあえずの目標は来年2月初旬に予定しているフルマラソンとなりますが、できれば来年にも挑戦したいと思っている「ロング」のトライアスロンを完走するためにも、心を入れ替えようと思うわけです。

※※※

続いて、機材の問題と、それによるハプニングについてです。
私はこれまで、何年にもわたって続けてきている「走った!撮った!」で、ほぼ毎回、リコーのコンパクト・デジカメを使ってきました。

これはリコーが早くから、スナップ写真では「標準レンズ」となる35ミリフィルム用のカメラに換算して「28ミリ」という焦点距離の広角から立ち上がる高倍率のズームレンズをコンパクト・デジカメに搭載して、走りながらの撮影であっても「何でも撮れる」カメラを販売し、これまたスナップの命ともいえる、シャッターボタンを押してからシャッターが切れるまでのタイムラグが小さいなど「レスポンス」の良さも、これらのカメラに備わっていたからです。

今回の大阪マラソンでも、前の週のコチャン・コインドルマラソンに続いて、リコーの高倍率ズームレンズ付きコンパクトカメラの最新機種である「CX6」を使う予定でいました。
実は最近、CX6とほぼ同じ大きさ・重さでありながらも、ズーム倍率を控えめにする一方、フィルムに当たるセンサーの面積が4倍もあって、明らかに高画質であるソニーの「RX100」を使い始めていて、今回はこれを使ってみるかどうか直前まで悩んでいました。

しかし大阪マラソンまでに撮った写真を近く、ひとまとめにする予定があることから、画像の雰囲気が異なる新しいカメラを使うことには「良し悪し」があると思ったうえに、走力に自信がない状態では、やはり使い慣れたカメラを使う方が安心できるような気もして、CX6にいま一度の晴れ舞台を用意してやることにしました。

しかしコチャンまでに酷使を重ねたためか、大阪マラソンで荷物を預け、スタート前の集合場所に向かう途中になって、CX6のフォーカス(ピント)が、ほとんど合わなくなる不具合が起きたことに気づきました。
それでもスタート後、何枚かシャッターを切ってみましたが、走りながらチェックしてみると、やはりピントはほとんど合わず、ピンボケ写真が積み重なるばかり。正直言って、焦りに焦りました。

仕方なくウエストポーチから取り出した予備のカメラは、同じリコー製の「PX」。
搭載されているズームレンズの倍率は控えめながらも、小型で完全防水のカメラで、汗や雨に濡れても平気であるため、これまでも何度か予備に「持ち走り」、途中まで雨模様だった一昨年の東京マラソンではメーンのカメラにもなってくれたことがあります。

ただ突き出さないレンズの口径が小さく暗いうえ画素数をCX6の1000万画素より多い1600万画素としていることから、少しでも暗いところや影の部分の描写に弱く(画素数が高くなると1画素当たりに受けることができる光の量が減ることから、一般的には暗さに弱くなるのです)、逆光の場合に画面に霧がかかったようになる「フレアー」が出やすく、そうでなくても画像はソフトで「甘い」ためCX6との力量の差は歴然としています。

幸いに、今回の大阪マラソンは絶好の好天に恵まれ、暗くて困る場面はありませんでしたが、逆光のシーンは相当多く、苦戦を強いられました。
しかも私は、逆光の場合を中心に、被写体になってくれる人の顔に強い影が出そうなときは日中でもストロボをたいて(「日中シンクロ」して)、影の部分に「補助光」を当てることが多く、その場合、ストロボを使ったことが目立たず自然な描写になるように光の量を控えめに「調光」するのですが、PXにはその機能がなく(防水のコンパクト・デジカメにはストロボの調光ができる機種は、いまだありません)、ストロボを使うべきかどうかで、いちいち悩まざるを得ないことも、走りや撮影への集中が途切れる原因となりました。

さらに、PXで写真を撮り始めて、あらためて気づいたのは、このカメラはシャッターボタンを押してから実際にシャッターが切れるまでの時間差「シャッターラグ」が大きいことです。
特にストロボを発光させた際にはこれが顕著で、いらいらしてしまうばかりか、相手が動いている場合には、撮ろうと思ったようなシーンがなかなか撮れず、「ミスショット」が多くなってしまいました。
しかもしかも、実際にバッテリーの減りが速いのか標示が適正でないのか、すぐにバッテリーの残量が少なくなったという標示が出て、5つも持っていた予備バッテリーを次々に交換するはめになりました。

久々にカメラ関連のマニアックな話を書いてしまいましたが、以上が今回、私が「うまく撮れなかった」と感じるに至った理由です。
要するに、このあと掲載する「走った!撮った!大阪」の写真の画質が悪かったり、シャッターチャンスがイマイチだったりすることの言い訳を、前もって、長々と書き連ねさせていただいたというわけです。

まあ、それでも予備のカメラやバッテリーを用意しているなど、最小限の「リスク管理」をしていたことから、曲がりなりにも撮影を続けることができましたし、400枚近くもの写真を撮ったということは、大阪マラソンが、それほど楽しい大会だったことの証拠でもあるのですが、ただでさえ早々に疲れが「脚にきた」うえ、上に書いたような状況に陥ったことから、ゴールまでに心身ともに疲れ切ってしまったのも事実でした。

※※※

とはいえ、「一眼レフじゃないと画質が悪くて仕事になりませんから」とおっしゃって重たいカメラを持って走られた「クリール」編集長の幸也さんと違って、趣味で写真を撮っている私は元々、画質については、ずっとおおらかに考えています。

つまり、写真の良し悪しにとって一番大事なのは画質ではなく、自分が撮りたいと思ったものを、いかに写し止めて他の人に伝えることができるかなのだと思っているのです。
もちろん画質は良いに越したことはありませんが、現在の価格が1万円を切るようなPXを含めて、現在売られているカメラはいずれも、A3版ぐらいの大伸ばしのプリントにも耐えられる画質を保っています。
画面の隅で画像が乱れたり色がにじんだりすることはあっても、それはまず写真で伝える「内容」に影響を与えるものではありませんし、画像編集ソフトで救済することができる画質の「アラ」も少なくありません。

そもそも3次元の世界を2次元の四角い枠の中に撮し込める写真は、次元が一段落ちる段階で「真実」などではなく、人の手が加わったものに変わっています。
それでも、白黒の写真や、荒っぽい画像しか写し止めることができない機材しかない時代の写真に比べれば、今のデジタル写真は往時の人たちが想像すらできなかったほどの「高画質」を一様に実現しています。
そうであれば、世の中の「写真雑誌」の多くが、写真の中身よりも重箱の隅をつつくような画質や、表面的な撮影技術ばかりを話のネタにしているのは、どう考えても、新しいカメラ機材を売らせることばかりに重点を置きすぎているような感じがするのです。

ということで私は、もちろん一眼レフも使っていますが、一眼レフでしか撮れないもの、一眼レフで撮るべきものとコンデジ(コンパクト・デジカメ)でしか撮れないもの、コンデジで撮るべきものは何かを判断しながら機材を選ぶようにしています。
そして、私にとって「走った!撮った!」の写真は、自分のフットワークを考えても、相手に与える威圧感の少なさを考えても、やはりコンデジを使うのが一番で、そうであれば今回、多少は画質の落ちる予備機のPXを使ったからといっても、うまく撮ることができた写真の価値が大幅に落ちることはないのだと思っています。

※※※

ランニングと写真についての長い言い訳や「ごたく」を並べてしまいましたが、今回の機材のハプニングを経験してリコーさんに申し上げたいのは、もう少しハードな使い方をしても頑丈で故障しにくいカメラを作ってほしいということになります。

これまでも長らくリコーのカメラを愛用してきて、さらにリコーのギャラリーで初の写真展を開催させてもらった私は、リコーが提唱してきた心のままに気取らずに撮る「キャンディッド・フォト」が、まさに「走った!撮った!」にも通じるうたい文句であることもあって、心を写せるような道具をつくり続けてほしいと願っています。

そんなふうに書いたのには実は、わけがあります。
リコーの高倍率ズームレンズ付きコンパクト・デジカメであるCXシリーズが、どうも現行のCX6で「打ち切り」になるのではないかといううわさがあるからです。
そういえば、これまで私が愛用してきたCXシリーズや、その前身であるRシリーズは、ほぼ半年に1度の改良・モデルチェンジを繰り返してきたものの、CX6が出てから既に1年が経っているにもかかわらず、次に出るべきCX7については何の発表もなされていません。

不具合の出やすさや画質などについての多少の不満は「あばたもえくぼ」と受け入れながら、それでも他社のコンデジに比べると格段に良いレスポンス、ズームレンズの焦点距離にかかわらず被写体に接近できるという唯一無二の「マクロ機能」、それに写真好きのファンの気持ちをくんだ「かゆいところに手が届く」「ユーザー・フレンドリー」な操作性など、有り余るメリットからシリーズを愛用してきた私としては、リコーさんの事情が自分のことのように心配されてなりません。

CXシリーズの打ち切りが事実とすれば、その背景にあるのは数カ月前に行われたリコーによるペンタックスの(HOYAからの)買収にあるものとみられます。
カメラ界では、ニコン、キャノンという2大メーカー以外で、政治でいえば「第3極」をつくるべき位置にある2つのブランドを抱えるメーカーが統合されたわけで、双方のカメラを愛用している私としては、2つのブランドが関係を深めて体力を増してくれるのではないかと期待したものです。

たとえばレンズとセンサーが一体となった「ユニット」を交換する方式のリコーのカメラ「GXR」に、ペンタックスの一眼レフ用レンズを装着できるユニットが開発されれば、その両方を持っている私にとっては、この上なくありがたいことだなどと(かつてのフィルム用カメラでは、ペンタックスとリコーはともに、ボディとレンズの接続部分である「マウント」が同一の「Kマウント」を採用していました)。

しかし、どうやらそうしたプラス志向の関係強化とは逆に、重なる部分を切り捨てていくマイナス志向の動きになっていくような気配が強いようで、コンデジはペンタックスに任せ、リコーは高級コンパクトカメラだけを受け持つという方針が出されたといううわさも聞こえます。

それを裏付けるように、私が写真展を開かせてもらった銀座のリコーフォトギャラリー「RING CUBE」では、既に8月からメーンのギャラリーが休館となり、写真展は今後、「ペンタックスギャラリー」で開催していくという発表がされています。
これはCXシリーズの打ち切りなど以上に悲しい話題で、あまりに悲しすぎることからブログで取り上げることもできないでいたのですが、成り行き上、この長い長い記事の最後に触れることになりました。

東京の、そして日本の中心ともいえる銀座4丁目の交差点にあったRING CUBEは、公募で選んでいただいた私の写真展を含め、これまで実に楽しく、斬新な企画を続けてきました。
そこには新しい写真文化を切り開いていこうという、リコーというメーカーの確固とした姿勢とともに、私も大変お世話になったスタッフの皆さんの意気込みが見事に反映されていました。

そして、そんな自由な雰囲気のあふれる写真ギャラリーが銀座のど真ん中にあるということは、銀座の目抜き通りを走るマラソンが実現したことと同じように、日本が文化的に誇れることだったはずです。
たとえば、新宿の外れにあるペンタックスギャラリーには、そこの常連客か、そこで展示される写真を特別に見たいと思う人ばかりが来るのでしょうが、RING CUBEには、「銀ぶら」をしている一般の人や、チラシなどを見かけて「ちょっと見てみようかな」と思う人も大勢、足を運んでいたはずなのです。

世の中には永遠に続くものなどありませんし、物事の大きな流れには、なかなか変えることができないものもあります。だからこそ、デジカメが改良され、進歩してきたなかでリコーのカメラを愛用させてもらい、古今東西で最高の写真ギャラリーだったRING CUBEで記録的な来場者を集める写真展を開かせてもらったことは、まさに千載一遇の幸運に恵まれたことだと言えます。

しかし、それはそれとして、多くのファンに親しまれてきたCXシリーズやRING CUBEを、このまま切り捨て、見捨ててしまうことについては、もう一考も二考もしてほしいものだと心から願っています。

大阪マラソン初出場へ!

今年で2回目を迎える大阪マラソンを明日に控えて、本日はゴール会場に出向いて前日の受け付けを済ませてきました。
このマラソンは私の故郷・大阪で開催される大会ですが、昨年は第1回大会に合わせて、その直前に大阪の市内で写真展を開いたものの、肝心のマラソンには当選することができず、今年が念願の初出場です。

というわけで、韓国でのコチャン・コインドルマラソンから2週続けてフルマラソンで「走った!撮った!」をすることになりますが、そもそもが絶対的な練習不足であることに加えて、今週は徹夜の仕事もあったため、とにかく完走して、楽しい写真を撮り続けることを目指したいと思っています。

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前半はそれなりに頑張ったコチャンのマラソンでは後半、エイドに「各駅停車」し、マッコリを何杯もいただいたものの、写真はそれほど多くの枚数を撮らなかったにもかかわらずゴールタイムは4時間50分ほどもかかりました。
ですから、数百枚の写真を撮ることが予想される明日は5時間を大きく超え、目いっぱい楽しむつもりです。

とはいえ、こんな私でも一応「陸連登録選手」ですので、申し訳ないのですが、スタートの位置は一番前の「Aブロック」(中央)。
いつものように、前半は速めのランナーの中で、後半は徐々に、のんびりランナーに飲み込まれながら走ることになります。

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受け付けで一緒だったのは、コチャン行きの際も通訳を兼ねて同行してくれた美人快速ランナーの千里さん。
千里さんの職場の駆けっこ仲間の「ヒロリン」と「ゆんくん」にもお会いできました(右の写真の中央、左)。

スポーツ用品のメーカーなどが出店を並べる「エキスポ」の会場には、応援団や美人の売り子さんもいて、華やいだ雰囲気に包まれていました(左、中央)。

走った!撮った!コチャン2012-3

「走った!撮った!コチャン・コインドルマラソン2012」の3回目を掲載します。
今回の写真は折り返し地点の手前までに撮影した9枚です。

コチャン滞在中の記事はお預けとなっていましたが、とりあえず初日の写真12枚を掲載しています。
こちらも、どうぞご覧ください。

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走った!撮った!コチャン2012-2

「走った!撮った!コチャン・コインドルマラソン」の2回目は半日以上も遅れての掲載となりました。
「本日」は朝から夜までの勤務の後、屋外で立ちっぱなしとなる夜通しの勤務が入って、ほぼ丸1日ぶっ通しで仕事をしていたためです。
ともあれ4年連続で「走った!撮った!」をして、3回目の掲載となるコチャン報告は、まだまだ続きます。

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事後的になりましたが、写真の説明を少しずつ加えていこうと思います。
といいましても、そもそも「走った!撮った!」の写真は、写っている内容が難しいいものではなく、あえて説明する必要のない場合や、説明が、くどく感じられる場合もあると思います。

そんな言い訳や、怠け者の私が時間を工面できないという事情もあり、このところの「走った!撮った!」では写真の説明をないままにしてしまっているケースも少なくありません。
とはいえ、説明がないままでは寂しい感じがするのも確かで、無理をせず、可能なものを中心に簡単な説明を加えていくことにします。

今回紹介する写真9枚は、世界文化遺産に登録されている石器時代の石積みの墓「コインドル(支石墓)」群の遺跡公園の中にあるハーフの折り返し点付近から、フルの折り返しに向かう途中に撮ったものです。
そのコインドル群の前に設置された給水所(クプスデ=給水台)では今年も、そろいの鮮やかな水色のベストを着た女性ボランティアらが、真っ赤なスティックバルーンを持つなどして応援してくれていました(中央)。

その近くでは、子どもたちが応援する姿もあり、写真に撮らせてもらった2人は、ともに韓国の伝統的な民族芸能である農楽(ノンアク)で使うケンガリ(打ちがね)を手にしていました(左、右)。

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遺跡公園を抜ける前、辛うじて背景にコインドル群が小さく見えるあたりでは、ヒョウ柄の「原始人スタイル」のランナー2人が並走する姿を撮らせてもらいました(中央)。

今年で10回目を迎えたコチャン・コインドルマラソンを、主催者の郡に働きかけてスタートさせて、今も運営を実質的に担当しているコチャン・コインドルマラソン同好会(トンホフェ=クラブ)の会員の皆さんは、東京夢舞いマラソンや国内で年に数10回も大人数で参加する国内のマラソンで、いつも原始人スタイルで通しているということです。

「お祭りマラソン」や「ファンラン」といった大会のあり方や走り方が根付いていない韓国では、特にシリアスなランナーばかりが出場するフルマラソンで仮装をしている人はほとんど見かけません。
そんななかで、石器時代の原始人をイメージした、このいわば「コチャン・スタイル」のユニフォームを着たランナーは珍しいうえに目立って、コチャン以外ではコチャンやコインドルマラソンを宣伝する「広報大使」の役割も果たしているということですが、この大会では地元のランナーであることが一目で分かるというわけです。

また、こうした遊び心が、いずれもマラソン大会を運営するランナー組織同士である夢舞いとコチャンの仲間の間での交流が始まり、深まってきたことの下地にあるとも言えそうです。

遺跡公園を過ぎてしばらく行くと、道路わきに「篤谷ムラ(トックゴク・マウル)」と書いた大きな石碑が立つ集落の前を通り、ここでは毎年、集落のアジュンマ(おばさん)たちが普段着のままの姿で繰り出して、応援を送ってくれます。
今年は、ご覧の通り、アジュンマの1人がちっちゃな子どもを抱きかかえたまま応援されるシーンを撮らせてもらいました(左)。

さらに少し離れたビニルハウス前の給水所では、お父さんと子どもたちとみられるボランティアが家族ぐるみで応援してくれるシーンも撮影(右)。

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ビニルハウス前のボランティアのお父さんは、男の子を抱き上げたところも撮らせてくれました(中央)。

また同じ給水所では、若い2人が私と一緒のスリーショットを撮らせてくれました(左)。
そう、遺跡公園まではゴールの目標タイムが3時間半の集団に着いていった私ですが、その後は糸が切れたようにスローペースに切り替えるとともに、写真を撮るポイントとなる給水所で、まさに「各駅停車」しながら、のんびり楽しんで走ることになりました。

それに、遺跡公園から先は大会全体の参加者の中では「少数派」のフルマラソンの参加ランナーだけが走ることもあり、4年連続で各駅停車を繰り返している私は給水所のボランティアの皆さんと、いわば「顔なじみ」になってしまっているため、もはや素通りはできないという事情もあったのです。

というわけで、女子学生とみられる給水所の美女3人の写真も撮影(右)。
背後の交通標識の茶色い部分に書いてあるのは、フルのコースから少し外れた場所にある名刹「ソヌンサ(禅雲寺)」の文字。
これまで毎年、コチャン滞在の際に訪ねていたソヌンサですが、今年はマラソン後に、全羅北道の中心都市、全州(チョンジュ)を訪ねたことから立ち寄ることはできず、ふもとに寺があるソヌンサアン(禅雲山)の姿を、走りながら見るにとどまりました。

走った!撮った!コチャン2012-1

「走った!撮った!コチャン・コインドルマラソン2012」の掲載を本日から始めます。
第10回の記念大会となった今回のコインドルマラソンは、運営に携わる地元マラソンクラブの駆けっこ仲間たちが「これまでで最高の天気だった」というほどのマラソン日和となりました。

ただ、私は完全な練習不足で臨んだことから早々に疲れが「脚にきて」、走りに余裕がなくなって、心ゆくまで撮影に力を入れることができなかったように思っています。
そのために走りながら撮影した写真の枚数は過去3回と比べて、やや少なめとなりましたが、それでも本日から7回に分けて60数枚を掲載していく予定です。

まず第1回目で掲載する9枚は、スタートからハーフの折り返しがある10キロ過ぎの「支石墓(コインドル)」の遺跡公園までに撮影したものです。
ここまではゴール予想時間が3時間半のペースランナーを囲む集団に頑張って着いていったため、撮影枚数も少なめですが、このあとは緊張の糸が切れて、のんびりペースに切り替え、例年のように給水所などでマッコリなどを何杯もいただきながら走ったため写真は多めになっていきます。

コチャンなどに滞在中の写真は、それぞれの日の記事として、ブランクを埋める形で今後、順次掲載します。

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コチャン・コインドルマラソンのメーン会場はコチャン中心街の東の外れにある陸上競技場の「公設運動場」。
フルマラソンのほかハーフ、10キロ、5キロの各部に出場したランナーは計約4700人で、午前9時すぎから順次、スタートしました(左)。
黄色い風船を付けているのは、15分ごとに設定したゴール予想タイムに合わせて走るペースランナーです。

競技場を出て西に向かうと、打ちがねをたたくなどする応援の人たちが現れます(中央)。

しかしコースはその後、中心街を避けてバイパスの自動車専用道路をたどり、いきなり始まる登り坂では、前にいた車いすのランナーが減速せざるを得ず、ペースランナーに率いられる集団に抜かされました(右)。

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交通規制された自動車専用道路は幅が広く走りやすいのですが、町の目抜き通りを走る大会のような盛大な応援は望めません。
とはいうものの給水所では、住民によるボランティア(チャウォンポンサジャ=支援奉仕者)が暖かい声援を送ってくれて、やる気がわいてきます(左、右)。

韓国のフルマラソンでは、制限時間が短めなこともあって(この大会では5時間)、ランナーはみなシリアスに記録を狙って走っていて、前半のうちは大部分がペースランナーの後ろに集団をつくっています。
ランナーの写真も撮ろうとすれば自分も、いずれかの集団に着いていかなければならないわけで、今回も私はハーフの折り返し地点までは3時間半の集団と一緒に走ることにしました。

集団を率いるペースランナーは部隊長のような感じで、一緒に走るランナーらに向かって「ファイティング!」と気勢を上げ、一緒にこぶしを突き上げるなどします。
その瞬間をいったん撮りそびれた私は、集団の前に行って後ろ向きに走りながら、「写真を撮りますので、もう1度『ファイティング!』をやってください!」と頼み、再現シーンをおさえさせてもらいました(中央)。
実は、コチャン風の「原始人スタイル」で参加した千里さんもハーフ付近まで、この集団の中で走ってられたのですが、写真では他のランナーの影に隠れて少ししか見えません。すみませんでした。

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石器時代に造られたコチャンのコインドル群は約400基が密集し、韓国国内の他の2カ所のコインドル群と合わせて世界文化遺産に登録されています。
ハーフの折り返し点となっている遺跡公園では、巨大な石を積み上げたコインドルを間近で見ながら走ることができて、そのシーンは「走った!撮った!」をする場合、なくてはなりません。

そのために私は、遺跡公園までは3時間半の集団について行こうとしたのですが、その手前までは、給水所で他のランナーの邪魔にならないよう、その近くに来るたびにペースアップして先回りしました。

そんなふうにして撮った写真の1枚は、7キロすぎの給水所でのもの(左)。
ここでは毎回、復路に立ち寄ると、民俗楽器を打ち鳴らしての応援があったり、マッコリなどが振る舞われたりしているのですが、往路ではまだまだ準備中のようでした。

その後、すれ違ったのは、フルマラソンよりも後にスタートしたハーフのランナーのうち、既に私たちをかわして折り返しから戻ってきたトップの2人(中央)。
そしていよいよ遺跡公園に到着し、コインドルを背景にしたランナー集団の写真をワンカット、なんとかおさえることができました(右)。

練習不足のうえ何度もペースアップしたこともあって、私は早々に脚に疲れを感じ始め、このあとは3時間半の集団とは離れて、マイペースで写真を撮りながら走ることになりました。