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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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国見山~飯盛山トレラン

昨日は大阪府と奈良県の境にある生駒山系の北部で、約25キロを走るトレランをしてきました。
私の実家がある大阪・枚方市や、その隣の交野市の「裏山」に当たるこの丘陵地帯には、今年の夏から秋にかけて何度かトレランをするため入っていましたが、昨日は、そうした走り慣れたコースを結んで、ちょっとまとまった距離を踏むことにしました。とりあえずは途中で撮った写真15枚を掲載します。

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今回のトレランでは、生駒山系を縦走する長大なハイキングコースのうち、北端のスタート地点に当たる枚方市・藤阪から、ほぼ中間に位置する生駒山の手前までを走って、コースから少しずれた所にある大阪平野の展望台、飯盛山を登って、その直下にある四条畷市のJR四条畷駅に下りてきました。
トレランとはいうものの、所々で舗装路も走りましたが、勾配は緩やかな部分が多いとはいえ、上り下りを繰り返すコースで、マラソンに向けての足腰の「下地」づくりには、うってつけです。

そして、いつものトレランでは、つい途中で写真を撮り過ぎてしまい、ペースを乱しがちにしてしまうことを反省して、今回は要所要所で最低限の写真は撮ったものの、その枚数は控え目となりました。
そんななか、まず最初の写真スポットは、トレイルに入って、いきなりの急な上り坂を詰めたところで到着する国見山の山頂(右)。
標高284メートルの山頂は大阪平野の北部から京都盆地までを見渡す、まさに大展望台で、北東のはるか向こうには、琵琶湖の西側にそびえる比良山地の、真っ白に雪化粧した峰々が輝いて見えました。

そして次なるスポットは、国見山に勝るとも劣らない大展望を楽しめる交野山(こうのさん)の山頂。
こちらの標高は314メートルで、今回のコースの中では、まったく同じ標高の飯盛山の山頂と並んで、最も高いところ。山頂に乗っかっている飛鳥・石舞台古墳を思わせるような巨石に登ると、足元を山地の縁に沿って伸びている第2京阪国道を隔てて、遠くは神戸の裏山に当たる六甲山地まで見渡すことができます(中央)。
とにかく、今回のトレランは絶好の好天に恵まれて、空気は冷たかったものの、日向では、冬の山の中であるにもかかわらず快適に走ることができました。

交野山を過ぎると、コースは傍示という集落の外れにある棚田のわきなどを通って、そのあたりの路傍には、石仏が見られます。そのうちの1つは1つの石に2体の仏さまが並ぶ「二尊仏」の石仏(左)。
前に置かれた青竹の花さしに3色の菊の花が飾られ、年月を経て顔も分からなくなって表面にコケがむした石仏でも、地元の人たちに大事にされているようであることが分かりました。

BL121211国見山~飯盛山4RIMG0243  BL121211国見山~飯盛山5RIMG0226  BL121211国見山~飯盛山6RIMG0229

次にコースのハイライトとなった場所は、府県境を越えた奈良県生駒市の側にある「くろんど池」。
夏から秋にかけて、ここを繰り返し訪れた際には、地元の農産物を扱う出店で売られていたトマトやスイカを食べるのが楽しみでしたが、初冬の平日とあって、出店が設けられていたレストハウス跡の建物はシャッターが下りていました。

しかし出店があったとしても、池の端のベンチで、じっとして休むには屋外の空気は冷たすぎ、今回は、その少し先にある食堂に入って、減り始めていたお腹を満たすことにしました。
注文したのは、あつあつの鍋焼きうどん(中央)。
ご覧の通り具だくさんで、色が淡く澄んだ大阪風のダシも美味しく、身体の芯から暖まることができました。

店頭で売っていたのは、手作りの小ぶりで銃弾のような形をした干し柿(右)。
味見をさせてもらうと、歯応えのある果肉は中身が詰まった感じで、かむほどに、程よい甘さの味が口の中に広がり、なかなかオツでしたので、1パックを購入することにしました。

この干し柿を途中で食べるつもりでいたところ、店のご夫婦から、たき火を使ってつくったホクホクの焼き芋をプレゼントしていただき、十二分なエネルギーを補給することができました。

大きなため池、くろんど池は岸から水面を撮っても絵になりにくいので、岸辺近くに集まっていたアヒルやカモを狙いました(左)。
それぞれ4羽と3羽が左右に並んで、グループ分けされているのはおもしろいのですが、バックに池の様子が分かる風景を取り込むことはできませんでした。

BL121211国見山~飯盛山7RIMG0255  BL121211国見山~飯盛山8RIMG0248  BL121211国見山~飯盛山9RIMG0250

次なるコース上の節目は、山の谷あいに架かる長い歩道のつり橋「星のブランコ」(左)。
ふもとにある地区の名前をとって「星田園地」と呼ばれる、このかいわいのハイキング・エリアで一番の人気スポットで、平日ながら多くのハイカーがここを目指していましたが、なんと火曜日は、管理事務所の定休日に伴って通行禁止に。
安全管理の問題があるのかも知れませんが、いくらなんでも無料で通れる歩道の橋が通行止めなんて、すんなりと納得できない措置に思えました。

くろんど池から星のブランコに至るコースは途中、ゴルフ場のそばを通ります。
そのあたりの道のわきで、いつも目に入るのが南米原産でイネ科の、背の高い草、パンパスグラスの株(右)。
長い穂が風に揺れる花の時期は過ぎたようで、葉は枯れて、穂も丸っこく固まっていました。
パンパスグラスの名前が「パ」で始まることしか思い出せず、ネット検索して調べようとしましたが、どうしてもヒットしません。で、最後に入れてみたキーワードは「ススキのおばけ」。これは一発で当たりでした。

その近くの垣根状になった植え込みの木はカンツバキで、真っ赤な花が次々に咲き始めているところでした(中央)。

BL121211国見山~飯盛山10RIMG0262  BL121211国見山~飯盛山11RIMG0266  BL121211国見山~飯盛山12RIMG0271

星のブランコをあとにして、しばらく進むと、コースはいったん山道を抜け出し、斜面に広がる大規模な霊園や住宅地の端を通って再び山に戻り、くろんど池よりも大きなため池、室池を目指します。
大規模霊園の「飯盛霊園」では、前方に見える生駒山とは反対側に、巨大な雪山のように見える大きく白い雲が丘陵の山の端近くに浮かんでいました(左)。

室池への登り道で通る別のため池では、色づいた葉を残す木々のこずえが斜光を受けて輝いて、立体感のある水際の景色を撮ることができました(左)。

三日月のような細長い室池を東西に分かつ「中堤」から池の東側を見ると、真っ青な空の下にある水もインクのような深いブルーに染まっていました(右)。

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室池から生駒山系の縦走路を外れて西へと向かい、いったん深い谷に下りて、反対側の急斜面を登り切ったところが、コース最後のハイライトであり最大の目的地となった飯盛山。
前回、この近くを通った際には脚が疲れ切ったうえに時間がなくなり、迂回コースをとっていました。
また、その前にも、やはりこの山を目指しながら、途中でショートカットしてしまったことがありました。
つまり、3度目の正直で、リベンジを果たすことになったわけです。

西は大阪平野、東は深い谷に面して、ともに急斜面によって周囲から隔絶された飯盛山は、中世に山城が築かれていた自然の要衝です。
地図を見るだけで、大阪平野側の大展望がいかにすばらしいかは容易に想像がつきましたが、実際に山頂に立ってみると、その大パノラマは想像以上で、息をのむほどでした(中央)。
写真では紹介していませんが、山頂には、鎌倉幕府の滅亡した後、後醍醐天皇による建武の新政の立役者となった楠正成の嫡男で、「大楠公」の正成に対して「小楠公」と呼ばれた楠正行(まさつら)の彫像が立ち、ふもとの四条畷神社も、この正行をまつっています。

飯盛山が楠一族ゆかりの山だと聞いていた私は、てっきり正成・正行の親子が、この山に城や陣地を構えていたものと思い込んでいました。
しかし実際には、それは勘違いで、正行が北朝をいただく足利一族側の高師直(こうの・もろなお)と戦って敗れ、自害することになった「四条畷の戦い」も、この山ではなく、平地での出来事だったということです。

山頂から四条畷神社へと下る道では、足元の枯れ葉の上に、ウルシの仲間の真っ赤な羽状の葉が落ちていました(左)。
この表側の登山道沿いには、立派な桜の木が、たくさん植えられていて、花の季節に再び訪れたい思いを抱きつつ、駆け降りていきました。

ゴールのJR四条畷駅にたどり着いて振り返ると、冬枯れの雑木に覆われた飯盛山の山頂近くにだけ夕日が当たってオレンジ色になり、一見、そこだけ紅葉がよみがえったかのように見えていました(右)。

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