FC2ブログ
“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

11 | 2012/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

全記事表示リンク

日韓交流で地元紙がコラム

私が運営にかかわってきた東京夢舞いマラソンと、韓国のコチャン・コインドルマラソンを舞台とした日韓の間のランナー交流について、先月訪問したコチャンの地元新聞がコラムによって大々的に取り上げてくれ、その紙面がこのほど手元に届きましたので、紹介させてもらうことにします。

この新聞は韓国全羅北道コチャン(高敞)郡の主要紙の1つである「ハッピーデイ・コチャン」。
コラムを取材・執筆してくれたのは、この紙面に、国際的な視点からの記事を提供されている客員の記者で、韓国男性と結婚して現地にお住まいの中村恵実子さん。
恵実子さんとは、私が去年訪韓した際にもお会いしていて、彼女はそのあとにも、私がコインドルマラソンの印象や可能性などについてお話しした内容を、大きなインタビュー記事にまとめてくださっています。

恵実子さんが今回、書いてくださった記事も、コラムとはいうものの、去年のインタビュー記事と同様に長大なもので、その内容も山中伸弥さんのノーベル賞受賞も引き合いに出されるという壮大なスケールです。
ご本人から送っていただいた新聞の別のページには、マラソンの記事も載っていて、そこにも今回、夢舞いを代表する形で参加した私の名前が書かれていることから、なんだかお恥ずかしいのですが、コラムと並べて、その記事を複写した写真も掲載します。

お話した通りコラムは相当な長文の力作で、実は恵実子さんからは日本語訳もいただいたのですが、ここでは日韓のランナー交流について深く理解していただき、すてきな記事を書いてくださったことに敬意を表して、辞書を引きながら独力で翻訳した文章を、後ほど紹介させていただきます。

※※※

そうそう、今月の「走り込み月間」については、しばらく報告していませんでしたが、このところもやや失速気味ではあるものの、なんとか毎日、走り続けていて、本日まで20日間の走行距離は約205キロ。
まあ一応、1日10キロ、月間300キロのペースを維持しているところです。

BL121219日韓交流記事1RIMG0229  BL121219日韓交流記事2RIMG0219  BL121219日韓交流記事3RIMG0224

さて、掲載した記事の写真(中央)をご覧になっても、お分かりの通り、恵実子さんのコラムは1ページの半分近くに及びますが、以下に翻訳させていただきます。

「中村さんのコチャン暮らし」
「現代の祭り『マラソン』によって成される国際交流」

日本の京都大学の山中伸弥教授が2012年10月、ノーベル賞の医学・生理学賞を受賞したことは、韓国でも広く報道された。いきなり有名になった山中教授だが、整形外科医だった時期には手術が不器用で、同僚たちからも、いじめられたという。海外留学中には、うつ病にかかって、帰国した後には実験用のマウスの世話ばかりを引き受けた。

彼も過去には、こうした多くの挫折を経験したというエピソードも、受賞とともに話題となっている。彼は東亜日報の単独インタビューに応じて、韓国の若い科学者に向けてメッセージを贈った。「研究においては、失敗がなければ、成功は決してあり得ない。韓国人も日本人と同様に、失敗をとても恐れ、恥ずかしがる傾向がある。でも翻ってみれば、失敗は大きな機会だと思う。韓国の若者たちには、これからもっとたくさん失敗をしてみなさいと言いたい。若い時代の失敗が未来の成功をつくってくれる」

意味深い話だが、遠い世界の話だと思っていた。しかしながら、このノーベル賞の受賞者である山中教授は、今年まで4年続けてコチャン・コインドルマラソンに参加している日本人マラソンランナー、辰巳郁雄氏の出身高校の2年後輩だという。辰巳氏は昨年、ハッピーデイ・コチャンのインタビューに応じ、コインドルマラソンの魅力や可能性も話してくれた。さらに「世界のラン」という日本のマラソン雑誌の企画インタビューでも、コインドルマラソンを宣伝するなどして、とにかくコチャンにとっては相当にありがたい方だ。

辰巳氏によると、彼の母校の校風は、とても自由だったという。試験なども、いつも監督する人がいないままで行われるほどだったという。そんなふうであれば、かえって生徒たちの間では、不正行為が起こることが難しくなったということだ。以下は辰巳氏が書いた文章だ。
「山中教授の独創的な研究の土台は、自主性を尊重する母校の校風のおかげで、つくられたものだと思うのですが、自分自身を振り返ってみると、遊ぶことにばかり自主性を発揮しながら、人生の中間の折り返し点を通過したようです」謙遜的な辰巳氏らしい言葉だ。

辰巳氏の本職は新聞記者だ。韓国で長く暮らした経験はないが、流ちょうな韓国語を駆使しながら、コチャン以外の韓国のマラソンも多く経験している。ランナーとして走りながら、沿道のボランティア・スタッフや地域の風景を写真に撮し、各地で、そうした写真の展示会を開催している。日本のマラソン界でも珍しい「走るカメラマン」だ。走りながらランナーの目線で写真を撮ろうという発想は、それこそ母校で養われた「自由な発想」に、その根っこがあるのではないか。

辰巳氏が、その始まりに深く関与した東京夢舞いマラソンという大会がある。コチャン・コンドルマラソン・クラブとの間で、何年かにわたり韓日交流が継続している大会だ。毎年コチャンのランナーが、日本でこのマラソンを走っている。このマラソンこそまさに制限のないマラソンといえる。スポーツは競走するものという一般的な概念まで踏み外してしまっている。この大会はタイムさえ測ることのないマラソンだ。マラソンコースを特別につくって、一部の道路を封鎖した状態で走るマラソンではない。ランナーたちは信号待ちまでしながら、一般の歩道を走るのだという。こんな常識を越えたマラソン大会が、海外にはあるということだ。

辰巳氏は「ランナー目線で撮った写真」の展示会を各地で開いてきた。筆者は昨年のコインドルマラソン大会で展示され写真の数々を見ながら、マラソンは、ランナー以外にも、こんなに多くの人々がかかわって運営されているということを初めて知った。ランナーでなくても、(コースの)傍らからランナーに声援を送ることだけによっても参加することができるということを知った。筆者はこれらの写真を見て、市民マラソンとはまさに「現代における祭り」の役割を担うものではないかと思った。ここで言う祭りは韓国各地で開かれる名産品をテーマとした「何とか祭り」と同じような見学型の祭りではなく、「オゴリタンシン祝祭(村祭り)」と同じような住民参加型の祭りの意味だ。

辰巳氏らとコチャンのマラソンランナーらとの親密な交流を見ると、一部の人たちは「兄弟のちぎり」を結んだように見える。マラソンというのは、共通項によってくくられた、「祭り」の中で感じる一体感が、国の壁を軽々と越えさせてくれるものだ。韓国各地で多くの国際交流が行われているが、兄弟のちぎりまで結べる交流が、一体どれだけあるというのか。

初めに言及した山中教授の話に戻ると、失敗の経験ほど人を成長させるものはないということだ。しかし自分が積極的に失敗しようと挑戦するのでなくても、周囲の人の経験を他山の石となすこともできるものだ。これを自然にできるのは、兄弟が多い家族の子どもたちのようだ。気持さえ通じれば他人とすぐに兄弟になれることは韓国人の長所でもあり最強の武器だと思う。現代の韓国社会において、それは今や簡単なことではないけれど。

しかし、自分が先に心を開いて一歩踏み出すことこそが、多用な価値観に接し、広い視野を獲得するには最善の方法だ。多文化理解、価値観共有化といった難しい言葉を使わなくても、別の人を理解するためには、兄弟のように多くの人たちと交流することが最も近道でもある。難しく考えることは全くせずに、自然に親しく国際交流をしているマラソンランナーたちの姿は、とても希望的に見える。コチャンで英語の講師をしていたある外国人が、別の地域に行った後、コインドルマラソンのために当日、コチャンに再び戻って来て、マラソンを楽しんだということをご存じでしょうか?今後も、こうした友好関係が末永く続くことを、心から願う。

スポンサーサイト