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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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夕方に向け黒川・矢田川へ

いつもより早めに年末年始休みに入らせてもらった私は本日、ランニング関連のちょっとした書き物を終えた午後の遅い時間に少し長めのランニングをしました。

夕方に向けて走ったのは、これまでも何度かたどっているコースで、自宅から名古屋城のそばを通って、城と庄内川を結ぶ運河である黒川に沿った遊歩道と、庄内川の支流である矢田川の河川敷を走り、動物公園のある東山を巡って戻ってくるというもの。名古屋城そばの名城公園で今後、ちょっとしたインターバルトレーニングをしてみようと思っていることから、その下見を兼ねて1.3キロある公園のジョギングコースを1周したのを加え、走った距離は約26キロ。

なかなか30キロの練習ができないのが情けないところですが、一応ほぼ毎日走っている「走り込み月間」の中で少しばかりボリュームのある練習を挟むことができたことは、このところさぼりまくっていた自分としては頑張った方だと思うようにします。そして、本日まで今月の27日間に走った距離は約278キロに達しました。
キロ数だけを追っても、それがレースでのパフォーマンスに直結するとは限りませんが、このままもう少し頑張れば今月は月間300キロに達しそうで、これは1月、2月のハーフやフルの大会に向けて、ちょっとした心の支えになりそうです。

実をいいますと、この走り込み月間は2月初旬のフルマラソンに向けて長くとも2カ月続けようと思っていたのですが、そのあともさらに2カ月半ほど頑張らなければならなくなりました。
といいますのは、4月に開かれる宮古島でのロングタイプのトライアスロンに出場することになったからです。
厳しい選考があるこの大会は、1回目の申し込みで当選することなどないと思っていたところ先日、「内定」の連絡を受け、「そのうちに」と思っていたロング初完走に向けての挑戦が急きょ現実となって、これはもう観念して本格的な身体づくりに励むしかないと思っているところなのです。

そう、今月はバイク(自転車)やスイムの練習は、そこそこにしかできなかったのですが、来月からは走り込みに加えて「乗り込み」「泳ぎ込み」の月間にもしなければなりません。久々にちょっと真剣に頑張ります。

とはいいながら、本日のランでは当初、走りに専念して「よほどのことがない限り写真は撮らないようにしよう」と思ったのも束の間、夕方に向けて色づいていく陽光によって、ちょっとドラマチックに演出された黒川や矢田川の景色を何枚か撮ってしまいました。

※※※

クリスマス前に上京したことなどから中断している「走った!撮った!大阪マラソン」は、あと3回分が残っていて、これも忘れてしまったわけではありません。おそらく明日から再開して、年内にゴールする予定です。

BL121227黒川1IMG_0947  BL121227黒川2IMG_0953  BL121227黒川3IMG_0962

紹介する写真の1枚目は、黒川沿いの遊歩道の入口の真上にある高速道路のジャンクション(左)。
こうした「都市の造形」的な写真は普段あまり撮っていませんが、本日は色づき始めた陽光に照らされる道路と真っ青な空のコントラストが美しく、シャッターを切ることにしました。

次は川の水によって錆色の縞模様がついた護岸のコンクリートと、それに接する水面(中央)。
揺れる水面に反射した陽光が、さらに縞模様をつくって、なんだかきれいなシマシマになっていました。

そして黒川の写真の最後は橋のたもとにある子どもとハトの彫像と、その背景にあるセンダンの木の実(右)。
ちょうどハトが木の実に向かっているような感じに見えました。
センダンは、木材にすると香りがあることから「栴檀(センダン)は双葉より芳し」という諺になっている木です(諺になったのはセンダンではなく、ビャクダン=白檀の勘違いらしいのですが、まあそれはそれとして)。
諺の意味は、何かにつけ秀でた者は小さいころから、それを予想させる片鱗を見せているといったところ。

その諺は私が中学か高校のころ読んでいた陸上競技の本の中に書かれていて、その後に名マラソン選手となった瀬古利彦さんが四日市工業時代から高校陸上界で知られる存在だったことを説明したうえ、この諺を引き合いに出して、彼のその後の活躍を予想していました。

山登りをしながらランニングも好きだった少年時代の私ですが、いくら頑張っても、瀬古さんのようなすごい人にはなれっこないのだということを、この諺によって、うすうすと理解していたものです。
片や私の名前の「郁」という文字も「馥郁(ふくいく)と香る」という言葉がある通り「香しい」という意味がありますが、自分自身は小学校時代に書いた作文に「オナラの香りばかりだ」とつづっていて、それは当たらずとも遠からずということになっています。

BL121227矢田川1IMG_0972  BL121227矢田川2IMG_0985  BL121227矢田川3IMG_0978

午後3時すぎから走り始めため、10キロほどを走った矢田川に来ると、夕陽は一気に傾いていきました。
「これじゃ明るい写真は撮れそうにない」と半ば安心していたところが、対岸の集合住宅などが朱色の夕陽に照らされて焼けるように見えて、カメラを向けました(左)。
低い建物の屋根の上からは月が昇り始めていました。

その太陽は、あっという間に土手の向こうに沈むところで、河川敷のグラウンドで練習を終えた野球部の生徒たちがトンボで地面を整備する姿が、落日と似合っていました(右)。

太陽が落ちてしまうと景色はパステル調に変わり、少し高度を増した月が輝きを増してきました。
公園で、シロクマのオブジェと一緒に置かれたオットセイのオブジェに、その月をボール遊びの曲芸よろしく、つつかせてみようとしましたが、大きさがまだ少し足らなかったようです(中央)。

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