FC2ブログ
“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

最新トラックバック

カレンダー

12 | 2013/01 | 02
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

全記事表示リンク

職場の近所で初詣

昨年末に長期連載となった大阪マラソンの報告を終えてストックしているネタがない状態に戻っているなか、一応まだ松の内である本日は昼休みに、職場の近所にある神社を参拝し、少し遅い初詣をしました。

向かった先は名古屋城の外堀の道向かいにある那古野(なごや)神社。
近隣のオフィス街は既に仕事モードになっていることもあってか、既に正月らしい風景はほとんどありませんでしたが、おめでたい感じに見える真っ赤な鳥居の列などを、ちょっと無理して収めてきました。

※※※

先月から続けている走り込みの方は、本日はちょっとペースダウンで、出勤時に走っただけにとどまりました。
といいますのも職場内で夕方、ささやかな新年会が開かれ、お寿司や乾き物のツマミなどをあてに、美味しいお酒をたくさんいただいてしまったため、走るモードに復帰することができなかったからです。

そうでなくても実は昨日の30キロ走の疲れが、それなりに残っていて、本来なら完全休養日にしたいところでしたので、朝のうちにわずかながら走っただけでも御の字でした。
どうも年齢を重ねてくると、ちょっとぐらい頑張って練習しても、思うようにスピードや持久力がアップしてこないばかりか、疲れやすく、またその疲れがとれにくくなってもきます。

長年走ってられる作家の村上春樹さんが、ランニングの効用の1つとして、年齢を重ねると体力が落ちていくのを実感できることだといった意味のことを話されていたのを思い出します。
それはまさに今の私が感じているのと同じく、トレーニングによって身体に刺激を与え、その効果を実感するという「自分の身体との対話」を続けているからこそ得られる実感なのだと思います。

まあ、あまり運動などしないで、そのために体力が落ちて、健康であることを実感できなくなるのに比べれば、ランナーが感じる力の衰えはさほど劇的なものではありませんし、そうした体力や回復力の低下も冷静に受け止めながら、そのなかでベストのパフォーマンスを目指すことこそ、年齢に見合ったランニングの楽しみ方の1つだと言えるのだと思っています。

BL130107那古野神社1IMG_1142  BL130107那古野神社2IMG_1139  BL130107那古野神社3IMG_1137

那古野神社は、隣接する東照宮とともに名古屋の中心市街地の端に残された小さな緑のオアシスのような神社で、境内が広いわけでもなく、本殿が特に立派なわけでもありません。
しかし境内の石の通路も地面も、いつもきれいに掃き清められているうえ、参拝に訪れる人たちは誰もがまっすぐに背筋を伸ばして柏手を打ち、お祈りをしているのが印象的です(中央)。
神道を信仰と呼べるのかどうかは微妙ですが、日本の伝統と言えるかもしれない清くまっすぐな心に満たされているような感じがします。

会社に近い東照宮側から並んだ2つの境内に入ろうとする所には巨大なクスノキが、向かい側のビルに対抗するかのように天に向かってそびえています(右)。
この通りは桜の時期には、クスノキの隣にある桜が、やはり頭上の視界を見事に覆うのですが、冬でも青々と茂ったクスノキのこずえも桜に負けず劣らず立派なもので、何の変哲もない写真かもしれないと思いながらも、ついカメラを向ける気になりました。

そして緑に覆われた画面の残像が頭の中に浮かんでいるなかで、何もないように感じた境内で目に入ったのは、その一角にある「福寿稲荷大明神」の祠の前に並んだ真っ赤な鳥居の列(左)。
ブログの画面上で並ぶアイコンのレイアウトもつい考えて写真を撮るなんて邪道だと思いますし、そもそも写真という表現方法においてはモノの形を浮かび上がらせる光と影が最も大事なのだとも思いますが、こうした鮮やかな緑や赤の色彩にもまた目を奪わせる力があるということも感じます。

スポンサーサイト