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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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大須~七里の渡し

本日は職場からの帰宅時に冷たい夜の街で遠回りのランニングをして、名刹の大須観音や、東海道を海路でつないだ渡し船の乗り場跡である「七里の渡し」などを訪ねました。

名古屋城の外堀の内側にある職場から南東の方向、直線距離で3キロ余りの鶴舞公園に近い自宅までは、碁盤状の街のどの通りを走って行くこともでき、あみだくじのようにジグザグを切りながら、そして赤信号を避けるなどしながら、気ままにルートを選ぶことができます。
さらに、このところ走り込みのためにやっている帰宅時の遠回りの寄り道を加えると、同じコースばかりを通ることによる単調さを感じることなく、けっこう新鮮な気持ちで走ることもできるものです。

実は高校時代、3年間続けて担任になっていただいた国語の先生の授業で、毎週タイトルを与えられて自由な作文を書くという宿題があって、あるとき「自然」をタイトルにした作文で、まさにこうした寄り道について書いたことを覚えています。
学校からの帰り道を、決まったコースで真っ直ぐ家に向かうのではなく、ちょっと別の道を歩いてみたいという自らの心の「自然」な気持ちに従ってみるのが、自分にとっての自然な行動のスタイルである-というような内容でした。

要するに、私は35年間も前から何も変わらず、昔も今も寄り道が好きな人間だということです。
そして、もっと言いますと、いつのころからか、自分が人生を生きるモットーの1つが、いかにたくさんの寄り道をするかということにすらなっています。
つまり人間は、この世に生まれて、いつか死んでいくことだけは決まっているわけですから、その生と死の間を直線で結ぶような生き方よりも、いかにたくさんの寄り道をして、たくさんのことを経験し、楽しむかということによって、生きることの意味や満足が測られるのではないかということです。

まあ、ひとことで言えば、自分という人間は、そんなふうに「欲ばり」なんだと思います。
さらには、ちょっとこわいような気もしますが、自分とは似ても似つかないひとのように思っている兄が、人生における「道草」を説いているということで、子どものころの自分がオヤジになっても、あまり変わらないのと同じく、血のつながった兄弟の似ている部分というものも、ぬぐい去ることなどできないのかもしれません。

BL130118大須観音1IMG_1447  BL130118大須観音2IMG_1458  BL130118大須観音3IMG_1462

さて、寄り道ならぬ脱線が長くなりましたが、本日の寄り道&帰宅ランで、初めに行ってみようと思ったのは、自宅から南に直線距離で3キロ足らずのところにある「熱田さん」こと熱田神宮でした。
お正月から実家に近い石清水八幡宮など幾つかの神社や、職場の近くにある神社にお参りに行ったものの、地元・名古屋で最も由緒正しく大きな神社である熱田さんには足を伸ばしていなかったからです。
去年は年明け早々に熱田さんに初詣ランに出かけ、夕暮れどきだったにもかかわらず、たくさんの参拝客でにぎわっていたことを思い出してもいました。

そして職場から熱田さんに向けて大通りの伏見通を一路南へと向かっていたとき、自宅に戻る場合の曲がり角に当たる交差点のそばにある大須観音の方向から、大音量の読経の声が響いてきました。
その声に導かれるように境内に入り、階段を上った本殿の中で見ることができたのは、毎月18日の「ご本尊縁日」に合わせて行われているという「お護摩」と「大般若転読会」でした(左)。

お護摩がたかれる周りで何人もの僧侶が、ハイテンションのラップのような調子で、お経を読んでいましたが、ビジュアル的に見ものだったのは、お経を読みながら僧侶が次々に蛇腹折りにした経典を両手の間で広げ、その中身をパラパラと行き来させるパフォーマンスです。
写真を見ていただければ一目瞭然ですが、要するに大道芸の「南京玉すだれ」の要領なのです。

本堂の入口につるされた大きな赤い提灯の下では、提灯と周囲の柱を結んで張られた縄に、参拝客らが、おみくじを結わえ付けていました(左)。

本堂に上る階段の両わきには、「南無聖観世音菩薩」と書かれた白いノボリが何本も並び、それを見上げると、その向こうの夜空に、上弦の月が寒々と浮かんでいました(右)。

BL130118七里の渡し1IMG_1474  BL130118七里の渡し2IMG_1476  BL130118熱田神宮IMG_1481

七里の渡しは、熱田神宮に近い「宮宿(熱田宿)」と現在は三重県の「桑名宿」の間を結ぶ七里=28キロの航路で、それぞれの渡船場のこともまた七里の渡し(跡)と呼ばれています。
宮宿は東海道で最大の宿場町・港町で、現在の名古屋港の基礎となった場所で、江戸時代に名古屋城と「熱田湊」を結んで開削された運河・堀川の下流に位置していますが、現在の名古屋港は遠浅だった海を埋め立てて、その埋立地の先につくられているため、さらに何キロも南にあります。

ともあれ、名古屋城の外堀内部にある職場からも近い堀川の上流部は、これまで何度となく見ているものの、この七里の渡しまで足を伸ばすことはなかったことから、ここを本日の遠回りランの1つの目的地にしてみました。

現在の七里の渡しは堀川の河畔に小さな公園が整備されていて、昔の面影は、ほとんどないものと思われます。
しかし、水辺には江戸時代の「常夜灯」が復元され、ライトアップされるとともに、電球が設置されているのでしょうが、明かりがともされていました(中央)。

かつては、この常夜灯の明かりを頼りに船が航行していたということですが、今はこの水辺の先にあるのは海ではなく、埋め立て地の造成に伴って延伸された堀川。
1キロ足らず先には東海道新幹線が川をまたぐ橋が架けられ、時おり列車が行き来するのが見えましたが、それを撮すことはできませんでした。あまりの寒さに、長らく立ち止まっていることができなかったからです。

この公園に復元されている、もう1つの建造物は鐘楼で、こちらは木造で、常夜灯よりも立派でした(左)。

すっかり暗くなってから到着した熱田さんは、既に境内の途中に設けられた柵が閉ざされ、中の建物も暗く、ひっそりとしていました(右)。
そういえば昨年訪れたのは正月2日で、初詣客が夕暮れ後にも押し寄せていたころ。
既に1月も半ばを過ぎているのに、いまだ正月気分なのは、自分だけのようでした。

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