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“走るマラソンカメラマン”辰巳郁雄写真展 走った!撮った!世界のマラソン

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犬山城に「入城」!

昨日は犬山ハーフマラソンを走った後、会場の近くにある国宝の犬山城を訪れて、天守閣の内部などを見学してきました。
犬山城は昨春、桜の名所である五条川沿いをさかのぼってマラニックをした際にも立ち寄りましたが、閉門の時間にギリギリで間に合いませんでしたので、今回は「2度目の正直」で「入城」を果たしたことになります。

お城といえば地元の名古屋城の天守閣にも、10年以上も前に1度入ったままで、3年前に転勤してきてからはまだ内部を見ていません。
しかし、戦災で焼けて急場しのぎに復元した名古屋城は、外観こそ往時の姿であるものの、内部は鉄筋コンクリートの、いわば「張りぼて」のような建造物。

それに比べて、江戸時代に造られたままの犬山城の天守閣は、当時の建築がそのままの姿で残っていて、天守閣としては国内でわずか4つしかない国宝の1つ。風邪が全快していなくても、マラソンを走った疲れが残っていても、せっかく近くまで来ている機会を逃すわけにはいかず、お城の前で昼食をとって身体を温めたうえ、前回追い返されてしまった門へと向かいました。

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木曽川沿いの丘に築かれた犬山城の天守閣は「3重4階地下2階」の構造の堂々とした木造建築(中央)。
室町時代の1537年、織田信長の叔父、信康によって築かれたといわれる城は、豊臣秀吉が入城したのをはじめ、城主が次々に入れ代わりましたが、江戸時代はほぼ豊臣の家臣だった成瀬氏が城主を務めました。

そして廃藩置県で愛知県の所有となったのを機に天守閣を除く建物は取り壊され、1891年の濃尾大地震で天守閣も半壊しましたが、それを機に県から城を譲渡された旧藩主の成瀬家が、当時の地元・犬山町民とともに義援金を集めて修復し、江戸時代のままの姿を残すことになったということです。

天守閣の最上階からバルコニーに当たる「廻縁」に出ると、周囲の絶景が広がります。
そのうち北を眺めると、犬山市街地の向こうに、かつて何度かトレランで足を運んだ「春日井三山」の山々が連なっています(左)。

また西を眺めると、木曽川の上流方面を見渡すことができます(右)。
この木曽川では上流の美濃加茂市から犬山市までの間で、ドイツのライン川下りをイメージした「日本ライン下り」の川下り船が春から秋まで運航されてきましたが、一昨年に天竜川で起きた川下り船の転覆事故を受けて今年からの運航は中止となり、私は残念ながら川下りを体験する機会を逸することになりました。

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